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(5)共闘する課長
しおりを挟むまだ、柴崎と矢城さんの姿は見えない。
だいぶ遅れを取っているようだ。
まぁ、その方が彼らにとってはいいのかもしれない。
「課長、危ない!」
敵は一人ではなかった。
十数人が課長と女性を囲んでいるので、たった一人の湾刀をタングステン名刺入れで弾き飛ばしたところで、劣勢が覆るわけではない。
今まさに、課長の死角から斬りかかろうとした人間がいて、俺は思わず叫んだのだ。
「おい、仲間がいるぞ! あっちも始末しろ!」
しかし、叫んだことで俺の存在が敵に認知されてしまったようだ。
半数ほどが俺の方へ流れてくる。
「はぁ……」
俺は、課長に比べたら多分体力もあるし、上背もある。
けれど、相手は武器を携えたならず者たちだ……問答無用に斬りかかってくるのは間違いなくならず者だよね?
俺は奴らが近づいてくる前に、そこら辺の細めの木を二本、力任せに根元からへし折った。
と、書くと怪力の持ち主のように思われるかもしれないが、実は根元に節があって意外と簡単に折れたのだ。
そして、更に枝先を折って棒状にしたものを一本、課長の方へぶん投げた。
「かちょおおおお──っ!!! 受け取ってくださああああ──いっ!!!」
それは、グルングルンと回転しつつ大きく弧を描いて、計算通りに課長の頭の上に落下するかと思われた。
──パシッ!
課長は一歩も動かずにしゅたっと手を伸ばすと、その即席の木刀を受け取った。俺が投げといてなんだけど、かっこよ過ぎる。
「うむ、剣道七段の血が騒ぐな」
課長は剣道七段らしい……。マジか。
ちなみに俺は剣道はやっていない。
剣道はやっていないが、母方の祖父から杖術を習ったことがある。祖父のは我流らしいが。
まだ少しは身体が覚えてるといいんだけど。
「邪魔者は死ねぇ──っ!!!」
ああ、それ、完全に悪役の捨て台詞ですよ、ならず者さん!?
彼らが握る湾刀の扱い方は、少し日本刀に似ている。
杖術の中には、確か日本刀との打ち合いを想定した型もあったはずだ……が、詳しくは思い出せないんだな、これが。
その代わり、モンスターを狩るゲームで使用したことのある、湾刀の動きは少しわかる。
反り返った刃の斬れ味を活かすために、弧を描くような軌道で腕を動かすことが多い。
叩き斬るのが直刀のイメージ。
引き斬るのが湾刀のイメージ。
真正面から打ち合っても、木の棒は金属製の刃に勝てない。
刃は棒で受け止めるのではなく、常に受け流すようにする。
相手が斬りこんできたら、半身になり棒先を刃の腹に押し当てながら外側へ少しだけ弾いて、その勢いのまま相手の顎のちょい下へ差し込んで上方向へ突いた。
「ぐぶあぁっ!」
相手はその激しい衝撃で気絶は確定的。
ボクシングのアッパーのように脳震盪を起こして倒れる。
──ドン!
はい、一丁上がり!
こんな状況だけど喉はなるべく狙いたくないんだよね。
最悪死ぬからね……さすがに、人を殺す覚悟なんて俺にはないよ。
「なななな……なんなんだコイツは?!」
まぁ、棒の方が若干長いからリーチ的には勝ってるな。
ただ、居合抜きとかで棒を真っ二つとかにされたらおしまいだと思うけど。
そんなことができそうな人は……。
「……」
いないみたいだし?
──ビュンッ!
──ビュンッ!
正面から来るのを諦めたのか、左右から二人が同時に斬りかかってきた。
走りながら勢いをつけて回転しつつ、振り下ろしてくる左側、下から斬りあげてくる右側。
息もぴったり、タイミングもバッチリだ。
そのまま突っ立ってたら、綺麗に胴が真っ二つになっていたに違いない。
俺は棒を横に構え、左手を中心に添えて素早く右手を手前に引き寄せた。
「……ぐっ!」
「……うっ!」
すると、棒の両先が跳ね上がって、勢いよく彼らの手首を直撃する。
──カランカラン!
その衝撃で武器は彼らの手を離れて、地面に転がる。
──ドスッ!
後は、武器を弾き飛ばされてがら空きになった鳩尾へそれぞれ一発ずつ。
「が……あ……っ!」
「うぐっ……ぅっ!」
──ドン!
──バタン!
大した防具をつけてないから、衝撃は相当なものだっただろう。
彼らは、苦悶の表情を浮かべたまま、崩れ落ちた。
「なっ……馬鹿な……ぐっ!」
「ただの木の棒相手だぞ?! ……うぐぅっ!!」
突っ込んできた奴らとは違い、やや遠巻きに様子を眺めていた奴らは、かなり動揺して周囲への警戒がおざなりになっていた。
そんな彼らを後ろから絞め落としたのは、音もなく忍び寄った課長だった。
この人、絞め技もできるのか……怖っ!
「……課長……」
「ふむ……意外とやるじゃないか。近江くんにこんな特技があったとはなぁ」
「はは……課長には敵いませんよ」
自分でも、真剣を持つ相手になかなか健闘したとは思うが、俺が倒したのはたったの三人だ。
それに比べて……。
「……すげぇ……」
(あっちには軽く見積っても十人以上倒れてる……元の世界に戻っても、課長には逆らわない方がいいな、うん)
「あ、あのぅ……」
互いの健闘を讃え合う俺たちに、声をかける存在が現れた。
それは、先ほど跪いていた女性だ。
「……」
よく見ると、灰色のローブの下に上質な布を使ったと思われるワンピースを着ている……いや、ワンピースと言うよりはドレス……?
まぁ、正直言ってワンピースとドレスの違いはよくわからないのだけど。
それを身に纏う彼女もまた、ただならぬオーラを発していた。
ローブのフードを目深に被ってはいるが、キラキラとした金髪が隙間から零れ落ちている。
フードの下からチラチラ覗くその瞳は、まるでエメラルドのようで──とにかく今まで見たことがないほどの美少女だった。
うーん、異世界の定番美少女と言えば、王女様だったりくっ殺騎士だったり女勇者だったり……。
いずれにしろ危ないところを助けて仲間になったりするのが多いんだよね。
「あ、あのっ……助けてくれてありがとうございましたっ!」
もしかしたら、この女の子が俺たちの仲間になる展開が待ってたり……?
こんな美少女が仲間にいたら眼福すぎるだろ?
俺はちょっとだけそんな夢のような展開を期待して、ドキドキしていた。
──ガサガサッ!
「……はぁ、はぁ……やっと見つけたぞ! おい、オレたちを置いて行くなよな!」
「ふぇ……ふぇぇ……」
雰囲気をぶち壊して薮から姿を現したのは、荒い息をつく柴崎と半泣きの矢城さんだった。
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