課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

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(8)自由になったらしい課長

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 そして俺は、目を擦りながら起きてきた課長に、奴らが俺たちを置いてけぼりにして逃げたことを説明した。相手が身内でも他人でも報連相は大事よ?

 説明と言っても多分三文字三行で済むけどな。

 みんな
 いない
 にげた

「なるほど。まぁ、こんなこともあろうかと……実は持ち出し袋の中身はこっちにほぼ移しておいたんだ。昨夜、柴崎くんが君の持ち出し袋を物欲しそうにチラチラ見ておったのでな。ほら、近江くんのはこれだぞ」

「えっ……」

 そう言って課長は、どこからともなくナイロン製のエコバッグ的なリュックを取り出した。あれ? リュックinリュックだったってこと?
 渡されたリュックの中身を確認すると、食料品と飲料水が減ってはいるものの、持ち出し袋の中身がほとんど移されている。

 やだ。課長の先見の明と気遣いに全俺が泣きそう。

 何でこの人、あのブラックな会社で課長なんかやってるんだろうか?
 そんでもって、木偶の坊の俺はともかく、このスパダリ課長を置いて行く意味がわからんな。

 王女も兵士たちも、自分たちを助けたのはほぼ課長だというのに、何故置いていったんだか。

「柴崎くんの営業トークには目を見張るものがあるからな。しかし、やはり彼は目先の利益や新しさに囚われて他をないがしろにする傾向があるな」

 契約を結ぶだけ結ばせた後は、何があろうとほとんどフォローをしない。大きな旨味のある相手だけは特別扱い。
 会社にいた時の柴崎の営業はそんな感じだった。
 責任者の課長に、苦情を申し入れられることもしばしばだったらしい。

「矢城くんも、非常に短絡的で享楽的だ。付き合う相手の価値が自分の価値だと錯覚している」

 そうか。だから矢城さんは、価値の低い万年営業成績最下位の俺には全く興味がなかったわけか。納得したくないけど納得だ。
 あれ? ちょっと目から汗的なものが流れ落ちそう……。

「だからといって……俺はともかく、一番頼りになる上司の課長を置き去りにしていくなんて……あいつらアホですねぇ」

「まぁ、ここは会社じゃない。上司も部下もないしな。彼のようなタイプの人間を他にも知っているが、自分より目立つ存在は周りに置きたくないんだろうな」

 確かに。
 柴崎には、そういうところがあるかも知れない。

「それより、これからどうしましょうね? どうやら本当に異世界に来たようですし……俺たち、もう帰れないのかなぁ……」

 ここはバークリンド王国という国だと、あの王女が言っていた。
 百年ぶりに勇者を召喚したら、この森に飛ばされたとの神託を受け、迎えに来たらしい。秘密裏に来たので人数も最小限だったそうだ。
 昨日、柴崎が王女から詳しく聞き出していた情報だ。
 最初のうち俺たちのことを警戒していた王女は、俺たちが異世界人と知って途端に態度を軟化させた。

 それにしても。
 普通、勇者を召喚するというのは国を上げての行事ではないのだろうか?
 聖女や勇者の召喚には膨大なエネルギーとか魔石とかを使うのだ(俺の勝手な憶測だが)。下手をしたら国庫を脅かすことになるのだから、秘密裏にやるのは間違っているんじゃないか?
 少なくとも俺が読み漁ったほとんどのラノベではそうだったけど……まぁ、国庫を脅かすほどの費用が費やされたのなら、民衆からの反発を恐れて秘密裏に召喚するって線もなくはない。うん。
 ただ、昨日の馬車を思い返してみても、紋章も入っていなかった。黒塗りした馬車だった。だからこそ野盗なんかに襲われたのだと思う。そもそも馬車に王家の紋章が入っていたら、彼らもおいそれと手は出さなかったかもしれない。

 何故そこまで秘密に動かなければならないのだろうか。
 それに、勇者を召喚した動機もしなければならなかった必然性も聞いてはいない。
 普通、勇者と言えば魔王だ。
 魔王が復活したり、魔王が復活したり、魔王が復活したりすると勇者が召喚されるのが定番というものだろう。むしろ魔王復活以外に、異世界から勇者が召喚される理由があったら知りたい。
 中二心がどうしようもなく騒ぐので、その辺りのことを王女に詳しく聞こうとしたら不自然に話をそらされた。更には同調した柴崎に邪険にされ、聞けなかったのだ。

 こいつはなんだかきな臭い。

 昔から勘だけはよかったんだ。
 妹曰く「野生動物の勘」だそうだが。
 柴崎も言っていた、王族の庇護というのは魅力的だけれど、何も知らない俺たちは、それこそ駒の一つとして使い潰される可能性もなくはないんだよな。

 そういや……妹の夏や母さんは今頃どうしているだろうか?
 連絡が取れなくなって心配してないかな? ……案外、便りがないのが元気な証拠とか思ってそうだけど。
 親父は……うん、まぁどうでもいいや。

「元の世界に帰る方法がないか探しますか? 幸い、言葉は通じていましたし。村か町か、人の多い所へ行けば何かわかるかもしれません」

 王女は勇者を召喚したと言っていたけれど。

『オレオレ!オレがその勇者です!』

って、柴崎は両手上げて言ってたけど。

 本物の勇者はどこか別にいて、その召喚に巻き込まれた可能性が高いんじゃないかと俺は踏んでいる。
 何故かちょっとチート気味な課長は別として、俺も柴崎も特に何か身につけているわけでもなく。
 特別な存在ではありえない。
 そう思うんだけど……あの自信ありげな笑みは何だか気になるんだよね。
 まさかあいつ、本当に鑑定スキルを使えるのか……?
 じゃあ、転移して勇者のスキルが生えたとかなのだろうか?

 課長はうつむいて、じっと自分の手を眺めている。

 もしかして、俺と一緒で家族とか思い出してるのかな? と思ってたら……。

「今の会社に就職し、見合いで出会った嫁と結婚して娘が生まれて……」

 あれ? 唐突な自分語り始まった?!

「私は今まで、家族と仕事のことだけ考えて生きてきた」

 そりゃそうですよね……ってな感じで課長がホームシックなうだ。

 スパダリ(仮)課長のことだから、きっと家庭内でも大活躍して家族にも慕われていたんだろうな。最近、粗大ゴミ扱いされてるウチの親父とは雲泥の差だな。
 課長の方も、愛する家族と引き離されてさぞかし寂しいことだろう。

 何の取り柄もない俺にだって、心残りはあるのだよ?
 予約だけしてまだプレイしてない新作ゲームとか。
 録画だけして見てないお気に入りのアニメの二期とか。
 そのアニメの主題歌を歌ってるアニソンアイドル『ゆにーず』のライブ行きたかったなぁ……でも抽選当たってたとしてももう行けないな。生の松原愛梨ちゃん見てみたかった! とか。

 それはもう、色々な未練が──って、あれ?

 自分で回想してて、頬がひくつく。
 未練って言うほどの未練じゃないわ、これ。

 でも、もしすぐに帰れないとなるとやはり家族のことが心配だ。
 いや。俺のことだから、逆に家族に心配をかけているかもしれない。そう考えるとつきんと胸が痛んだ。

「しかし、だ。娘が大きくなると『お父さん臭い』と言われて避けられるようになり、そのうち『親父の顔見ると気分が悪い』と言われるようになり、更にはたまの休みに家でゴロゴロしていると『掃除の邪魔だから公園でも行ってきて』と邪険にされ……気がつくと家の中には私の居場所がなくなっていたのだ」

 ふむふむ。
 娘だとやはり色々大変なんだなぁ。父親の扱いはウチの妹と似たような感じだ。
 そういえば妹も、年頃になった途端、俺や親父の下着と一緒に洗濯するのを嫌がったっけ。

「娘が嫁に行くまではと、何とか歯を食いしばって中間管理職の地位にしがみついてきたのだが……」

 ん?

「とうとう……」

 おや? 課長の様子が……。

「私は自由だぁぁぁぁぁぁ──っ!!!!」

 はいぃっ?

「近江くん、この世界のことを色々教えてくれたまえ! 私はやるぞ! 異世界とやらで第二の人生を、誰のためでもない自分のための人生を歩むのだ! よろしく頼むぞ!」

「あ、いや……えーっと……課長?」

 ガシッと両手を掴まれて、最上級にキラキラとした目で見つめられたら──。

「あ、はい。コチラコソヨロシクオネガイシマス?」

 そう答えるしかなかった。





 誰だ? 今、ヘタレって口走ったやつ?!





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