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挿話(9)落とされる
しおりを挟む乗せてくれと懇願する冒険者たちを、振り切って出発した馬車と同行する騎士たちだったが、間もなく異変が彼らを襲った。
突然前方湧き上がった黒い霧のようなものが、波のように押し寄せてきたのだ。
あっと思った時にはもう、馬車が黒い霧に覆い尽くされていた。
「こ、これは──っ!!!」
「王女殿下、お逃げ下さい!」
騎士たちの悲鳴と怯えた馬の嘶きが聞こえる。
サッと青ざめたアリステラの様子を見るに、どうやら想定外のことが起こったらしい。
さっきから、グラグラと足元が揺れているのも気になる。
「あ、アリステラちゃん、どうする?」
動揺したカケルは、アリステラの方を縋るようにして見つめた。
アリステラが微笑んだので、ほっとしたカケルも微笑み返した。が、しかし。
「勇者様が守ってくださいますわよね?」
アリステラはカケルの手を取って、彼を上目遣いで見上げた。
「え……」
「お願いします、勇者様!」
「いや、」
アリステラはカケルが返事をする前に、扉の掛け金を外した。と、同時に彼を背中から外へと押し出した。
「えっ?! ちょっと待って、アリステラちゃ──っ?!!!」
(何で彼女がこんなことをするんだ──?)
しかし、カケルは振り返ることはできなかった。
何故ならば、馬車の外には足場もなく、あるはずの地面もなく。ただ、黒い空間が広がるのみだったからだ。
カケルは足を踏み外したような格好になって、そのまま落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!!!!」
上も下もない真っ暗な闇の中を。
落下しながら、空気の音だけがビュウビュウと耳を擦っていく。
それはまるで、底なしの穴に吸い込まれていくようだった。
「うっ……うっ……いったいここは……?」
どうやら意識を失っていたらしい。
それにしても、長い間落ちていたように思うのに、カケルは死んではいないらしい。
目を開けたつもりだったのに、周囲は変わらず真っ暗なままだった。
彼は身体をゆっくりと起こした。
「うう……いてて……」
死んではいないが、身体のあちこちが痛む。特に痛むのは後頭部だったので、擦りながら起き上がる。
「ぶつけたかな……?」
慎重に触ってみたけれど、コブや傷の感触はなかった。
「んー……身体も重い……」
コキコキと肩を回しながら呟くカケル。
「それにしてもアリステラちゃんに突き飛ばされるなんて……オレ、何か怒らせるようなことしたっけ? わけわかんねぇし、こりゃないだろ……」
いつも冷静なアリステラが若干慌てていたので、完全に想定外の何かが起きたのだろう。
「あ、何かある」
暗闇の中、手探りで周囲を探っていたカケルは、箱のようなものを発見した。
(ん? この感触は覚えがあるぞ……これは、もしかして馬車に積んでたアリステラちゃんの荷物……?)
人一人くらいは横たわって入れそうなサイズの箱は、スベスベとした触り心地のいい布張りだ。
馬車に積んでいた荷物がここにあるというのは、どういうことだろうか?
(まさか、馬車ごと落ちたとか?!)
しかし、それにしてはカケル以外に生き物のいそうな気配がしない。馬車に同行していた騎士とか、馬車を率いていた御者とか……耳をすましても返ってくるのは、耳が痛いほどの静けさだけだった。
この荷物がもし、自分の後に落ちてきたのだとしたら……そして、たまたまそれが自分の真上だったりしたら……。
(死んじゃうところだったじゃん!)
カケルはゾッとした。幸い、そんなスプラッターにはならなかったようだが。
「誰か──誰かいませんかー……?」
カケルの声が虚しく響く。
「あー……んっんんっ! 何か声も変だな……喉でもやられたかな?」
普段より若干、声が高い気がするが……気のせいだろうか?
カケルは暗闇の中でしきりに首を傾げた。
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