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(1)婚約破棄という名の茶番
しおりを挟むそれは本当に突然だった。
舞踏会場に流れていた音楽がピタッと止まった。
当然ダンスを続けることはできなくなる。
会場内がざわつく中を、ある男がある女に向かってつかつかと歩み寄っていく。
見事な銀髪が舞踏会場のきらびやかな光を受けてキラキラと光っている。そして、澄んだラベンダーアメジストの瞳は彼女をしっかりと見すえていた。
彼はこのルイギア王国の第一王子。名はイアンという。
そして、突然のできごとに茫然自失となっている女の名はアンリエール。フェルズ公爵家の娘である。彼女はイアンに比べると、やや濁った茶色の髪にありふれた鳶色の瞳をした、ごくごく平凡な容姿の女性だった。
イアンは驚きで立ちすくむ彼女にこう言い放った。
「アンリ……いや、アンリエール・フェルズ! 君との婚約を破棄する!」
「え──どういうことですか、イアン様?!」
新しいざわめきがさざなみのように広まり、イアンはアンリエールを鼻で笑った。
「ふん。理由すらわからないとは情けないな」
「そんなのはぁっ、あたしをいじめたからに決まってるじゃないですかぁ!」
イアンの言葉にかぶせるように、鼻にかかるような甘ったるい声がした。
それは彼の後ろにいる女のものだった。彼女の名はラーラという。リスト男爵家の娘だ。
ラーラは、イアンの背後からひょっこり顔をのぞかせると、頬ををぷくぷくとふくらませながらアンリエールを指さした。
「ラーラ、余計な口を挟まないでくれ」
「でもぉっ」
「ラーラ」
「……わかりました」
イアンにたしなめられ、渋々口を閉じたラーラ。ちなみにラーラは先ほどから、イアンに自分の腕をからめて身体をぴったりとくっつけていた。
「イアン様っ! わたくしはあなたの婚約者ですのよ?!」
「いや、今この時からもう君は、私の婚約者でなくなった」
「そん……な……まさか、わたくしを捨てて、そこの泥棒猫と婚約し直すおつもりですか?」
自嘲気味に問いかけるアンリエール。どこか芝居がかっているような気もするが、そんなことを気にする人間はこの場にはいないようだった。
「それもいいかもしれないね」
「「…………っ!」」
その言葉を耳にしたこの二人の女性の反応は、あまりにも対照的だった。
一人の顔にはみるみる喜びが満ち、もう一人の顔には絶望が広がる。ちなみに喜んでいるのはラーラ、絶望の表情を浮かべているのがアンリエールだ。
「わたくしは公爵令嬢ですのよ? 何もかもが至らない身分が低いものを教育するのは、上の者として当然の義務ではありませんか。それを、いじめだなどと……おおかた、そこの女が被害者ぶって大袈裟に騒いでいるだけですわ。何か証拠でもございますのっ?」
アンリエールの主張はごく当たり前のものだった。イアンはなるほど、と思案顔になる。
「ふむ、証拠か」
「証拠がなければこの度の婚約破棄はなかったことに……」
「しょ、証拠ならありますよぉ! 持ってきてくださぁい!」
静まり返った会場に、ラーラの間のびした声が響いた。すると、よく彼女と行動をともにしているトマスという男子生徒が姿を現した。学園での彼女にはもう一人、ジュリオという取り巻きがいるはずだが、幸か不幸かこの場にはいないようだった。
「ジュリオ、証拠の品を!」
「ああ、待たせたなラーラ。
イアン殿下、その女アンリエールは学園内でラーラをいじめていました。その、証拠の品を持ってきました。破られた教科書、捨てられた靴、切られた髪などです。
どれも残されたものに、アンリエールの魔力残滓が感じられます」
ジュリオはそれらの証拠品が入った袋を取りだして、イアンに見せた。
男爵家の人間である彼が公爵家のアンリエールを呼び捨てにするのはどうかと思うが、とがめる者は誰もいない。会場の者はみな、固唾をのんで彼らの一挙一動を見守っていて──。いや、見逃さないようにすることに忙しいようだ。
ちなみに魔力残滓というのは、個人が持っている魔力の型である。同じ型の魔力は存在しないので、個人の識別に使われることがままある。
魔法化学科のジュリオは、きっとそういった魔力残滓を読みとるのが得意なのだろう。
「──だ、そうだが申し開きはあるか、アンリエール?」
「……っ!!」
イアンに問われたアンリエールは悔しげに顔をゆがめた。ジュリオとラーラを睨みつける。
「わたくしはイアン様の婚約者です。未来の王妃なんですよ? そのわたくしに刃向かってただで済むとお思いですか? イアン様の婚約者はわたくしなの! 他の誰にも渡せないわ!」
「アンリ……」
その様子を目にしたイアンが何かを言いよどんだ。
「お黙りなさい、この悪役令嬢!」
その瞬間、ラーラが前に出て金切り声で叫んだ。耳がキーンとする声だ。いや、キーンとした。側にいたイアンも思わず耳を押さえている。
そして、イアンの言葉を待っていたであろう全員が、ポカンとする。アンリエールでさえ口を開けて固まっている。
「……は?」
「このゲームのヒロインは、あたしラーラなのっ! 悪役令嬢アンリエールはここで退場するシナリオなのよ! 早くここから出ていきなさいよぉアンリエール!」
「なっ……あなた、たかが男爵の娘ごときがわたくしにそんな口を利いてもいいと思ってるの?!」
「うるさいっ! 衛兵! 早く連れていっちゃってよ! 悪役令嬢がいなくならないと話が進まないじゃないの!」
「ラーラ、何を言って……」
突然の行動(奇行?)に驚いたイアンが、恐る恐るラーラに声をかけると、彼女はハッと息をのんだ。
「あ、ごめんなさい! ほら、あたし今までアンリエールにいじめられてたから怖くて……早くあたしの前からいなくなって欲しいの!」
我に返ったらしいラーラは、瞳をうるうるさせて上目遣いでイアンを見た。甘ったるいその声を聞いたイアンは、ラーラを安心させるように頷いた。そして、アンリエールを連れていくように衛兵に指示をする。
「やめて! 離しなさいっ! 私はイアン様の婚約者ですよ?!」
「だから、お前との婚約は破棄すると言ってるだろう。辺境の修道院で頭を冷やすがいい」
イアンはそう言い放った。
北の辺境にあるそこは、女性の犯罪者(その多くは詐欺犯や窃盗犯)が多く追いやられることで有名である。アンリエールが息をのむ。
すると、いまだにイアンの腕にぶら下がっているラーラが、何やらブツブツとつぶやき始めた。
「へっ? ちょっと待ってよ、話が違うわ! 悪役令嬢はどのルートでも断罪後は処刑のはずよ? 修道院送りじゃ罰が軽すぎない? 辺境の修道院でのんびりスローライフとか楽しんだ後に、逆ざまぁとかされたらまずくない? これってヒロインの方がピンチじゃない?」
イアンはそんなラーラをチラッと見たが、何も言わなかった。
「連れていけ。仮にも公爵令嬢だから丁重に扱えよ」
「イアン様っ、イアン様──っ!?」
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──何なの、この茶番……。
私は一連のその様子を呆れながら見ていたのだった。
そんな私はアンリエール・フェルズ。
フェルズ公爵家の娘であり、言わずと知れたこの国の王子であるイアンの婚約者である──ああ、さっき婚約破棄されてたから過去形だわ。
イアンの婚約者だった。
要するにさっきのアンリエールは偽者というわけである。
そして私がいるのは、先ほど偽アンリエールに婚約破棄を申し渡し、会場から追い出した、イアンその人の上着のポケットの中だった。
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