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(2)ガール、ミーツ、ボーイ
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(アンリ十歳、イアン十歳)
この国の王太子は泣き虫だ。
いつも私の後ろに隠れている。虫でも泣く。厳しい稽古をつけられても泣く。勉強でも泣く。とにかく泣き虫なのだ。
これでは国王になった時にやって行けるか不安だ。
泣き顔はとても可愛らしいし美しいとさえ思う。
けれど、一国の王たるものこれでは国内はともかく外交がままならない。
諸外国に舐められておしまいだ。特に危険なのが隣接する帝国だ。
今は現国王の交渉術で何とかなっているが、代替わりしたら一気に飲み込まれるに違いない。
「アンリ? アンリエールどこ……?」
「イアン様、アンリはここにおりますわ」
図書室へ入ってきたイアンに気づくと、私は本棚の陰からひょっこりと顔を出した。
やはり。
はたしてイアンは泣いていた。
きらめく銀色の髪、その隙間から覗くラベンダーアメジストの瞳をうるうるとさせている。
袖口から覗く腕は驚くほど白くて滑らかだ。ルイギア王国の至宝とも言われるその姿は、動いていなければ陶器人形と間違えるかもしれない。
イアンの陶器人形──欲しい。いくらまでなら出せるかしら?
全財産出したら買える?
お家抵当に入れちゃう?──いかんいかん、脳内妄想が暴走してる。
「あら? イアン様は今は帝王学の授業の時間のはず……ひょっとして抜け出してきたのですか?」
「うん…来ちゃった」
「可愛らしく言ってもダメですよ。今度は一体なぜ抜け出してきたのですか?」
「だって帝王学の授業はアンリがいないからつまんないんだもん」
ちょっと奥様聞きまして? 「もん」ですって……ああっ可愛いっ!
公爵令嬢でありながら、腐れ縁でイアンの教育係を拝命している(ほぼ王命だけど非公式)私よ! これしきの可愛さでうろたえるな!
表情筋にぐぐっと力を入れて、なんとか真顔を死守する。
「わたくしは女ですから帝王学を一緒に受けるのは無理ですわ」
「じゃあ僕も受けない」
ほっぺたを膨らませてぷいっと横を見るイアン。
たらぁ~……あっ! 脳内アンリが鼻血垂らしてる。
ダメよダメダメ!
「あなたは将来立派な国王となって、この国を治めていかなければならないのです。わたくしとも約束しましたわよね? その為にも帝王学は必修なのですよ」
「うん……じゃあ、後でアンリが遊んでくれるなら頑張る」
「お勉強終わってからならいいですよ。今からでも遅くないので、先生に謝って授業にお戻りくださいませ」
「ねぇアンリ……一人じゃ怖いから、一緒に行ってくれる?」
「うっ……」
私は私で少し調べごとがあったため、イアンにはできれば一人で戻って欲しかったのだが。
うるませた瞳の上目づかいはずるい。
ぐはっ。
脳内のアンリが、今度は口から吐血した。もはや出血多量で瀕死状態だ。
「お願い!」
上目づかいのまま、拝むように胸の前で手を合わせるイアン。
涙で泣きはらした目が、ゆらゆらと切なげに揺れる……すると、そこだけスポットライトに当たったようにキラキラしだすじゃないか!
あれ? 天使──もしかしたら天使じゃないのか?!
イアン、ひょっとして王子様じゃなくて天使かもしれないな? 知ってたけど!
チョロい。チョロすぎだろう私?
そうは思うけれど、この人外な可愛さを前にして誰が耐えられようか、いや耐えられない!
私はイアンがする、この『お願い』にすこぶる弱かった。
「ぐぅ……わかりました。ではわたくしも参りますから一緒に謝りましょうね」
「うんっ!」
表情をぱぁっと輝かせるイアンは、泣き腫らした目を擦りながら頷く。
ああ……神様ありがとう!
私、この笑顔だけでお腹いっぱいです。この笑顔を思い出すだけで、朝食のパンにもジャムを塗らずに食べられる。
と、いうように彼は、大変末恐ろしい十歳である。五、六年後には輝くばかり美青年に成長するに違いない。ついでに私も同い年だけど。
国内にある公爵家のうち、十代以下の子供がいる家は二つだけ。そのうちの一つが我が家門、フェルズ公爵家である。私はアンリエール・フェルズ──フェルズ家の至らない娘である。
私には四つ上の兄もいる。美しい母に似た兄は青金の髪にターコイズブルーの瞳をもつ、大層な美少年である。すでに大人の色香をまといつつあり、お屋敷のメイドさんたちがザワザワしている。
それに対して私は、誰に似たのか茶髪茶眼でたいして色白でもない、ごくごく平凡な容姿で生まれついた。卑下でも自己評価が異様に低いわけでもなく、ごくごく一般的な認識で平凡である。
他国に住んでいる母方の親戚に、同じような平凡容姿の方がいるらしい。その何代か前にもいたらしいから、たまに生まれる突然変異みたいなものなんだろう。今はそれで納得しているけれど。
物心がついてまもない頃、心ない使用人に陰で「養女ではないか」と何度も囁かれていたのを知っている。その使用人はとっくに解雇されてもういないが。
だが、その使用人のおかげで自分の見目がよくないのだということには気がつけた。
身内では蝶よ花よと育てられていた私であったが、客観的な評価というものは非常に重要であることを知ったのだった。
公爵家の力を振りかざして、人様に無理やり『かわいい』と言わせるような痛い女にならなくて済んだ。その使用人に感謝──はさすがにしてないけど。
十歳になった今では、その事実を受け入れつつあった。もっと幼い頃には、家族の誰にも似ていないこの容姿を嫌悪したものだけど。
またある時、どこかの貴族令嬢と遊んだことがあった。彼女はお父様に用事のあった男爵何某に連れられてきたらしく、退屈そうにしていた。見るに見かねた私がままごとに誘ったのだ。
「あなた、ほんとうにここのこどもなの? すちゅあーとさまとぜんぜんちがうのね! ちゃいろのかみなんて……ドギーとおなじだわ」
出会い頭に見た目を揶揄された。ちなみにスチュアートというのは私の兄の名前であり、ドギーというのは彼女の家の飼い犬の名前だったらしい。格上の公爵家の娘だというのに、バカにしすぎである。
おまけにおままごとで使用人の役をやらされ、それを陰で嘲笑われていた。それを聞いた私は、怒りのあまり暴走したらしい。使用人の真似事に本物のハサミをこっそり持ちこみ、その令嬢のおさげをちょっきんと切ってしまったのだそうだ。覚えていないが。
と、まぁ、そんな経験をした私はもれなく人嫌いになった。
幼い引きこもりの誕生の瞬間である。
こういってはなんだが、その代わり家族には恵まれたと今では思っている。
父も母も、優れた容姿の兄と平凡顔の私、どちらとも分け隔てなく接してくれた。少なくとも両親からの愛情を疑ったことはない。
これはとても希有で幸福なことだと思う。
人間は所詮ないものねだりの生き物だ。与えられたもので満足しているうちが幸せなのだ。
私は先の理由で他貴族の令息令嬢とはほとんど交流を持とうとしなかった。
それでもそんな自分を何とかしようと思って、一度だけどこかの家のお茶会に参加したことがある。
「おまえのかみのけへんないろーっ!」
「まぁ、どこからひろってきたこどもかしら?」
「こうしゃくさまにもおくさまにもにてないわ!」
「すてごだったんでしょう? おかねもちにひろわれてよかったわね」
彼らは陰口をたたいていた使用人よりも幼い。相手が格上の公爵令嬢だからといって、悪口を控えようとする賢い子どもはいなかった。
そして、彼らをとがめようとするような心ある者もその場にはいなかった。子どもたちよりも分別のあるはずの大人でさえ、私を一目見るなりこう嘲ったのだ。
「あなたみたいなのがフェルズ公爵の娘だなんて、何かの間違いだわ」
「使用人の子供が紛れ込んでるんじゃないかしら?」
「せっかく公爵家のお金で高いドレスを着ても、この髪と顔じゃあね」
「本当に。豚に真珠という言葉があるんですけどご存知?」
「こんな外見に生まれて、かわいそうに」
なぜ初対面の人間たちにそこまで言われなければならないのだろうか。
あまりに悔しすぎて言い返すことができず、帰ってから泣いた。
もう二度とお茶会になんか行くもんか。
それからはお茶会の誘いも断りまくった。彼らの誰とも仲良くなれる気がしなかったし、他の人間も似たりよったりだろう。そう考えていたのだ。
そのうち、友だちがいないことを心配した父と兄によってなぜか王宮に連れてこられた。
王宮には同じ歳くらいの王子がいた。
彼にはある理由から遊び相手がいない。だから私が遊び相手になって欲しいと、引き合わされることになった。ぼっち同士で話が合うとでも思われたのだろう。
その王子はなぜか初対面から泣いていた。
あれは三、四年前の話だから六歳くらいだっただろうか。
女の子のように可愛らしい見た目で泣くその姿は、同い年の私にさえ守ってあげたいと思わせた。大変庇護欲をそそられるものだった。
アメジストの塊のように透き通った大きな二つの瞳は、滝のような涙を流していた。
まぁ、その泣き虫っぷりが遊び相手のいない原因だったのだが。
確かその時は、飛ばした飛行機のおもちゃが木に引っかかって取れないのだったか。とにかくポロポログズグズと泣いていた。
女の私でもこんなには泣かないと、軽く驚いた覚えがある。
そのうちなぜか王子は私に懐いてきた。
他に遊び相手もできない(すぐ相手に泣かされるのだそうだ)ので、相手をしてやってくれと国王陛下に頼まれ、そして今に至るわけだ。
そう、なぜか私に懐いてしまっているのだ。
一体なぜだ……?
そして、私の知らないうちに彼と私の婚約話が進んでいた。
解せぬ。
この国の王太子は泣き虫だ。
いつも私の後ろに隠れている。虫でも泣く。厳しい稽古をつけられても泣く。勉強でも泣く。とにかく泣き虫なのだ。
これでは国王になった時にやって行けるか不安だ。
泣き顔はとても可愛らしいし美しいとさえ思う。
けれど、一国の王たるものこれでは国内はともかく外交がままならない。
諸外国に舐められておしまいだ。特に危険なのが隣接する帝国だ。
今は現国王の交渉術で何とかなっているが、代替わりしたら一気に飲み込まれるに違いない。
「アンリ? アンリエールどこ……?」
「イアン様、アンリはここにおりますわ」
図書室へ入ってきたイアンに気づくと、私は本棚の陰からひょっこりと顔を出した。
やはり。
はたしてイアンは泣いていた。
きらめく銀色の髪、その隙間から覗くラベンダーアメジストの瞳をうるうるとさせている。
袖口から覗く腕は驚くほど白くて滑らかだ。ルイギア王国の至宝とも言われるその姿は、動いていなければ陶器人形と間違えるかもしれない。
イアンの陶器人形──欲しい。いくらまでなら出せるかしら?
全財産出したら買える?
お家抵当に入れちゃう?──いかんいかん、脳内妄想が暴走してる。
「あら? イアン様は今は帝王学の授業の時間のはず……ひょっとして抜け出してきたのですか?」
「うん…来ちゃった」
「可愛らしく言ってもダメですよ。今度は一体なぜ抜け出してきたのですか?」
「だって帝王学の授業はアンリがいないからつまんないんだもん」
ちょっと奥様聞きまして? 「もん」ですって……ああっ可愛いっ!
公爵令嬢でありながら、腐れ縁でイアンの教育係を拝命している(ほぼ王命だけど非公式)私よ! これしきの可愛さでうろたえるな!
表情筋にぐぐっと力を入れて、なんとか真顔を死守する。
「わたくしは女ですから帝王学を一緒に受けるのは無理ですわ」
「じゃあ僕も受けない」
ほっぺたを膨らませてぷいっと横を見るイアン。
たらぁ~……あっ! 脳内アンリが鼻血垂らしてる。
ダメよダメダメ!
「あなたは将来立派な国王となって、この国を治めていかなければならないのです。わたくしとも約束しましたわよね? その為にも帝王学は必修なのですよ」
「うん……じゃあ、後でアンリが遊んでくれるなら頑張る」
「お勉強終わってからならいいですよ。今からでも遅くないので、先生に謝って授業にお戻りくださいませ」
「ねぇアンリ……一人じゃ怖いから、一緒に行ってくれる?」
「うっ……」
私は私で少し調べごとがあったため、イアンにはできれば一人で戻って欲しかったのだが。
うるませた瞳の上目づかいはずるい。
ぐはっ。
脳内のアンリが、今度は口から吐血した。もはや出血多量で瀕死状態だ。
「お願い!」
上目づかいのまま、拝むように胸の前で手を合わせるイアン。
涙で泣きはらした目が、ゆらゆらと切なげに揺れる……すると、そこだけスポットライトに当たったようにキラキラしだすじゃないか!
あれ? 天使──もしかしたら天使じゃないのか?!
イアン、ひょっとして王子様じゃなくて天使かもしれないな? 知ってたけど!
チョロい。チョロすぎだろう私?
そうは思うけれど、この人外な可愛さを前にして誰が耐えられようか、いや耐えられない!
私はイアンがする、この『お願い』にすこぶる弱かった。
「ぐぅ……わかりました。ではわたくしも参りますから一緒に謝りましょうね」
「うんっ!」
表情をぱぁっと輝かせるイアンは、泣き腫らした目を擦りながら頷く。
ああ……神様ありがとう!
私、この笑顔だけでお腹いっぱいです。この笑顔を思い出すだけで、朝食のパンにもジャムを塗らずに食べられる。
と、いうように彼は、大変末恐ろしい十歳である。五、六年後には輝くばかり美青年に成長するに違いない。ついでに私も同い年だけど。
国内にある公爵家のうち、十代以下の子供がいる家は二つだけ。そのうちの一つが我が家門、フェルズ公爵家である。私はアンリエール・フェルズ──フェルズ家の至らない娘である。
私には四つ上の兄もいる。美しい母に似た兄は青金の髪にターコイズブルーの瞳をもつ、大層な美少年である。すでに大人の色香をまといつつあり、お屋敷のメイドさんたちがザワザワしている。
それに対して私は、誰に似たのか茶髪茶眼でたいして色白でもない、ごくごく平凡な容姿で生まれついた。卑下でも自己評価が異様に低いわけでもなく、ごくごく一般的な認識で平凡である。
他国に住んでいる母方の親戚に、同じような平凡容姿の方がいるらしい。その何代か前にもいたらしいから、たまに生まれる突然変異みたいなものなんだろう。今はそれで納得しているけれど。
物心がついてまもない頃、心ない使用人に陰で「養女ではないか」と何度も囁かれていたのを知っている。その使用人はとっくに解雇されてもういないが。
だが、その使用人のおかげで自分の見目がよくないのだということには気がつけた。
身内では蝶よ花よと育てられていた私であったが、客観的な評価というものは非常に重要であることを知ったのだった。
公爵家の力を振りかざして、人様に無理やり『かわいい』と言わせるような痛い女にならなくて済んだ。その使用人に感謝──はさすがにしてないけど。
十歳になった今では、その事実を受け入れつつあった。もっと幼い頃には、家族の誰にも似ていないこの容姿を嫌悪したものだけど。
またある時、どこかの貴族令嬢と遊んだことがあった。彼女はお父様に用事のあった男爵何某に連れられてきたらしく、退屈そうにしていた。見るに見かねた私がままごとに誘ったのだ。
「あなた、ほんとうにここのこどもなの? すちゅあーとさまとぜんぜんちがうのね! ちゃいろのかみなんて……ドギーとおなじだわ」
出会い頭に見た目を揶揄された。ちなみにスチュアートというのは私の兄の名前であり、ドギーというのは彼女の家の飼い犬の名前だったらしい。格上の公爵家の娘だというのに、バカにしすぎである。
おまけにおままごとで使用人の役をやらされ、それを陰で嘲笑われていた。それを聞いた私は、怒りのあまり暴走したらしい。使用人の真似事に本物のハサミをこっそり持ちこみ、その令嬢のおさげをちょっきんと切ってしまったのだそうだ。覚えていないが。
と、まぁ、そんな経験をした私はもれなく人嫌いになった。
幼い引きこもりの誕生の瞬間である。
こういってはなんだが、その代わり家族には恵まれたと今では思っている。
父も母も、優れた容姿の兄と平凡顔の私、どちらとも分け隔てなく接してくれた。少なくとも両親からの愛情を疑ったことはない。
これはとても希有で幸福なことだと思う。
人間は所詮ないものねだりの生き物だ。与えられたもので満足しているうちが幸せなのだ。
私は先の理由で他貴族の令息令嬢とはほとんど交流を持とうとしなかった。
それでもそんな自分を何とかしようと思って、一度だけどこかの家のお茶会に参加したことがある。
「おまえのかみのけへんないろーっ!」
「まぁ、どこからひろってきたこどもかしら?」
「こうしゃくさまにもおくさまにもにてないわ!」
「すてごだったんでしょう? おかねもちにひろわれてよかったわね」
彼らは陰口をたたいていた使用人よりも幼い。相手が格上の公爵令嬢だからといって、悪口を控えようとする賢い子どもはいなかった。
そして、彼らをとがめようとするような心ある者もその場にはいなかった。子どもたちよりも分別のあるはずの大人でさえ、私を一目見るなりこう嘲ったのだ。
「あなたみたいなのがフェルズ公爵の娘だなんて、何かの間違いだわ」
「使用人の子供が紛れ込んでるんじゃないかしら?」
「せっかく公爵家のお金で高いドレスを着ても、この髪と顔じゃあね」
「本当に。豚に真珠という言葉があるんですけどご存知?」
「こんな外見に生まれて、かわいそうに」
なぜ初対面の人間たちにそこまで言われなければならないのだろうか。
あまりに悔しすぎて言い返すことができず、帰ってから泣いた。
もう二度とお茶会になんか行くもんか。
それからはお茶会の誘いも断りまくった。彼らの誰とも仲良くなれる気がしなかったし、他の人間も似たりよったりだろう。そう考えていたのだ。
そのうち、友だちがいないことを心配した父と兄によってなぜか王宮に連れてこられた。
王宮には同じ歳くらいの王子がいた。
彼にはある理由から遊び相手がいない。だから私が遊び相手になって欲しいと、引き合わされることになった。ぼっち同士で話が合うとでも思われたのだろう。
その王子はなぜか初対面から泣いていた。
あれは三、四年前の話だから六歳くらいだっただろうか。
女の子のように可愛らしい見た目で泣くその姿は、同い年の私にさえ守ってあげたいと思わせた。大変庇護欲をそそられるものだった。
アメジストの塊のように透き通った大きな二つの瞳は、滝のような涙を流していた。
まぁ、その泣き虫っぷりが遊び相手のいない原因だったのだが。
確かその時は、飛ばした飛行機のおもちゃが木に引っかかって取れないのだったか。とにかくポロポログズグズと泣いていた。
女の私でもこんなには泣かないと、軽く驚いた覚えがある。
そのうちなぜか王子は私に懐いてきた。
他に遊び相手もできない(すぐ相手に泣かされるのだそうだ)ので、相手をしてやってくれと国王陛下に頼まれ、そして今に至るわけだ。
そう、なぜか私に懐いてしまっているのだ。
一体なぜだ……?
そして、私の知らないうちに彼と私の婚約話が進んでいた。
解せぬ。
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