【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(4)泣き虫王子の小さな手②(十歳イアン視点)

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「あ……」

 パン屋を出た僕たち。二人ともパンの入った紙袋を抱えていた。
 大通りに差しかかる直前アンリが、小さく声をあげた。

「どうしたの?」
「あの、イアン様」
「アンリ、馬車の中でも言ったよね? 今日は『様』づけ禁止だよ!」

 まぁ、口実だけど。ただ、僕がそう呼んで欲しいだけなんだけど。『イアン様』の前は確か『殿下』だったんだよね。『殿下』だなんて、臣下に呼ばれているみたいじゃないか。公的な場ならそれでも仕方ないけれど、私的な場ではもっと親しげに呼んで欲しいんだ。今の僕たちは婚約者同士なんだしさ。

「う、あ……はい。それではイアン?」
「どうしたの、アンリ?」
「あの子どもたち、行くあてがないんでしょうか?」

 前方にいたのは道端でうずくまる二人の子どもたちだった。僕たちより幼い。彼らがまとう衣服はボロボロで、頬がこけている。兄弟だろうか? 痩せぎすで髪も伸び放題になっていて、性別すらわからない。保護者はいないようだ。
 彼らは落ちくぼんだ目でじっとこちらを見つめていた。うらやんでいる? いいや違うな。あれは諦めの目だ。

「孤児のようだね」
「……こじ……孤児は孤児院に行かないのですか?」
「孤児院がいっぱいで受け入れてもらえない者もいると聞いたことがあるよ」
「そう……なのですね」

 社会学の教師が言っていた。この狭い王都の中でさえ貧富の差があり、食い扶持に困る人間が存在していると。彼らはやがて子どもを手放さなくてはならないほど食いつめる。捨てられた子ども、親を亡くした子どもは孤児になるのだそうだ。
 孤児院に入れられるのはまだマシな方で、孤児院に入れず保護もされず死んでいく子どもたちもいるそうで──僕も実際にその現状を目にしたのは初めてだった。

 何て……小さな手なんだろうか。この手は。

 救えない。今の僕では彼らを救うことなどできやしない。

「……?!」

 いつの間にか僕の手をほどいたアンリが、彼らに近づいていた。彼女の手にはさっきまで僕が抱えていた紙袋がある。

「これ、食べてください。パンが入ってます」

 そして、その紙袋をずいっと子どもたちに差し出した。突然話しかけられた子どもたちは目を泳がせている。

「食べて」

 アンリは兄と思しき子どもの方に紙袋を押しつけた。若干無理やりだった。彼らの目が白黒している。

「アンリ……」

 彼女にもわからないはずがないのだ。それが一時的な優しさだということが。
 渡したのはたった一袋のパン。彼らは今をしのぐことはできるかもしれない。しかし、パンを食べ尽くしてしまったら、結局は同じ場所へ戻ってきてしまうだろう。あの一袋のパンだけでは彼らは救えない。

 それでもアンリはあの兄弟にパンを与えた。人はそれを自己満足だと、偽善だと笑うかもしれない。自分が施したい時だけ施して満足するのだろうと。
 でも、僕もアンリも満足したわけではない。その証拠に、アンリもさっきからずっと微妙な顔をしている。悲しいというよりは悔しいというべきなのか。

「……今日を生き延びなければ明日はこないのですから」

 ぽつり、彼女がつぶやいた。誰に言うでもなく。おそらくは自分自身に言い聞かせるための言葉だったのだと思う。

 きっとこれは焦燥感なのだ。

 何とかしなければならない。その思いだけが何度も何度もぐるぐると渦巻いている。何にもできないことがわかっていてもだ。
 まだ十歳で何の富も権力も持たない僕。それを得るための努力を何もしてないのだから当然だ。
 せいぜいできるのは、さっきのアンリのように彼らに一袋のパンを与えて今日を生き延びてもらうことくらいだ。あの兄弟には今日と同じような明日を迎えるに違いない。だがそれで彼らは幸せなのだろうか。

 僕は──……。

「これも彼らにあげよう」

 僕はまだ温かい紙袋を、アンリと同じように兄弟に差し出した。
 兄弟はやせ細った手でそれを受け取り、何度も頭を下げた。
 違う、僕はお礼を言われるような人間じゃない。思わずそう叫びそうになった。僕はこの国の王子なんだ。それなのにこんなことしかできないなんて。

 本当に、なんて小さいのだろうか、この手は。

 アンリの手をぎゅっとする。
 握り返してくれた彼女の手もまた──震えていた。





 パンを買った後は、公園へ行こうと思っていた。大通り沿いにある公園には、それは見事な噴水があると聞いたからだ。噴水を眺めながら、アンリとパンをかじろうと思っていたのだ、さっきまでは。それが定番のデートコース(Ver.王都民)だと聞いていたから。
 だが、とてもじゃないがそんな気分にはなれずにいた。

 僕はアンリを連れて、馬車へ引き返した。
 馬車に乗る時、シンにパンを一つ渡された。

「自分のものを全てわけ与えて、自分が空腹で倒れてしまっては元も子もありませんよ?」

 彼は苦笑しながらそう言った。
 どうやらシンは、自分のおやつ用にパンを買っていたらしい。

「わかってるよ」

 僕は不貞腐れたような態度でしかそれを受け取ることができなかった。素直に『ありがとう』と言えればよかったんだけど。僕はまだ子どもだからね。
 それから、馬車の中でパンを半分に割ってアンリに渡した。彼女は最初は固辞していたが、シンの言葉を伝えるとそれを噛みしめるようにして食べていた。

 少し重たい沈黙を抱えたまま、馬車は緩やかな坂道を登っていく。





 塔の上へついた頃にはもう日が傾いていた。
 夕陽がゆっくりと山へ沈みゆくのが見える。
 山の間から強い光が差し込んで、アンリが目を細めた。

「ここはいったい……?」
「高台にある物見の塔だよ。元は鐘楼だったらしいけどね。王都が一望できる。そして、山の向こうに輝いて見えるのが海だよ」
「海──!?」
「うん。よく晴れた日、王都ではこの塔からしか見えないんだ」

 王都は海のある西側に山がそびえているため、海が見える場所はない。いくら高台にある塔の上とはいえ、普通ならば遠方の海が見える高さではないはずである。しかし、時季や天気、気温など、様々な条件が揃うと、山の谷間から海が見えることがある。
 今日見えるとは限らなかったけど連れてきてよかった。

「海ってあんなに綺麗なんですね」
「そうだね。離れて見ると綺麗に見えるよね」
「……?」

 アンリは僕の言葉に首を傾げている。

 こうして離れて見ていれば綺麗なものも、近づいて見れば色々な問題を抱えていることに気づく。
 ここから見えるあの海は実は汚染されている。鉱山で採れる鉱石を精錬する工場では、炉を冷やすために川の水が使用される。その際に数パーセントの水が鉱石に含まれる魔素によって汚染されてしまうのだ。そして川はその汚染された水を含んだまま、海へと流れこみ汚染は蓄積されていく。
 その問題に気づいた時には遅く、すでに生き物のすめない死の海域となってしまっていたらしい。魚や貝を名産としていた港町もまた、今は寂れてしまっているのだそうだ。これも社会学の教師から伝え聞いた。

 国も同じだ。

 この高台から見える街の景色はどれも素晴らしい。
 特に今は、家々の白い石壁が夕陽を反射して、街全体が薄紅に染まっている。
 しかし、近づいてよく見ると問題だらけなことに気づくのだ。
 ここの景色は美しい。美しいが、同時に王の責務を思い起こさせて身のすくむ思いもする。

「この素晴らしい景色は、一つ一つ人の手で作り上げてきたものだと思うと、何だか感慨深いですわね」

 今度は王都を望んでいたアンリがふとつぶやいた。
 すると、それに呼応したかのように山間の太陽がアンリに光を一筋投げかけた。その瞬間、彼女の頬が薔薇色に染まり、瞳には緑と赤の光が宿りゆらゆらと光った。ちょうど水面がキラキラと光を反射するように。

「……っ!」

 僕はその美しさに息を呑んだ。
 そして、胸がぎゅーっと苦しくなった。愛しくて切なくて苦しくて……多分、それは僕が彼女に墜ちた瞬間だった。
 頬を、生温い雫がすべり落ちていった。

「綺麗だね」

 僕は彼女を見て微笑む。街を見つめたままの彼女は気づかない。

 きっと彼女の世界にまだ僕はいない。
 でも、今はそれでもいい。いつか必ず心ごと手に入れるつもりなのだから。
 彼女はきっと僕の欠けてしまった世界の欠片なのだ。だから、彼女さえ手に入れば僕の世界は丸くなるような気がした。



 だから、僕は手の甲で涙の筋をそっと消した。





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