【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(5)ぼっち公女の昼ごはん

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(十五歳アンリ視点に戻ります)




 美少年だったイアンは、五年後、それは美しい青年に成長した。
 
 学園に通っている間は『泣き虫王子』を封印しているらしい。だから他の生徒の前で泣いている姿を見たことはない──ないよね?

 そうそう。貴族以上の身分のものは、十五歳になると少なくとも三年は王立学園と呼ばれるところへ通わなければならない。そこで、社会、経済、領地経営学、その他専門的な知識を学ぶ。王国法でそう定められている。

 それはそれは気が重かった……まぁ、私だけだけど。
 通うのは同じ年頃の少年少女と聞いて、脳裏にチラつくのは幼き日の悪意ある貴族のお茶会。

 正直いって家庭学習さえきちんとできていれば、学園になんて通わなくてもいいじゃないかと思っている。だけど貴族はもれなく学園に通うのが義務だから拒否はできないのだ。経済状況が思わしくないご家庭にもちゃんと国から補助が出るようになっている。逃げられない。

 創立理念としては、学園に通うことで社交性の向上や、専門的に学ぶことで学問の基礎・応用力の充実をはかるとあるんだけど、本当に余計なお世話だと思う。

 幸い地味な見かけのおかげで、初日から社交の対象からは外されたらしい。皆さん、新しい人間関係を築くのに忙しいようで、地味な私には目もくれない。
 だから、私は案外いつもと変わらない平和な学園生活を送っていた──ぼっちだけれども。
 ぼっち落ちつくんだから!
 誰にも気をつかわなくていいしぼっち最高!

 ──はぁ。

 私が比較的穏やかな学園生活を送れているのには、外見が平凡地味であること以外にもう一つ理由がある。私が学園側に頼んでイアンの婚約者ということをふせてもらっているからだ。バレたらただではすまないに違いない。ガクブル。

 この婚約はある理由から公にされていない。学園に通う生徒諸君のみならず貴族の方々も知らない人がほとんどだと思う。
 今のところこの婚約の件確実に知っているといえるのは、ここの学園長と王宮関係者だけだ。

 なぜならば。

 この婚約が形だけのもので、いずれ解消される性質のものだからだ。

 学園へ通う前のイアンは、社交外交問わず公の場へ出ることはほとんどなかった。
 それは彼が『泣き虫王子』と揶揄されることにも起因する。あまりにも癇癪を起こして大泣きすることが多かったので、王族としての外聞が悪かったのだと思う。

 だが腐っても鯛は鯛。泣き虫でもこの国の第一王子だ。未来の国王に取り入ろうとする貴族は多かったらしい。

 貴族たちはこぞって、同じくらいの子どもを、イアンの遊び相手として送りこんできた。覚えがめでたければ将来の側近になれるかもしれない。そんな思惑が大半だっただろう。
 柔和な外見をもつ者、ゴマをすりたおす者、兄弟が多くて年下のあしらいに長けている者など──様々な猛者(子どもだが)が送りこまれてきたようだ。しかし誰と遊んでも、なぜかいつもイアンが泣くことになってしまう。そして、泣かせた相手は二度と王宮には呼んでもらえない。
 それを何度か繰り返すうちに貴族たちもやがて、我が子を政略のための生贄にすることをあきらめたらしい。

 そのループは十歳頃になるまで続いており、遊び相手どころか婚約者を決めるのにも難航した。大半の貴族令嬢が泣き虫イアンの相手をすることを嫌がった。まれに積極的な令嬢がいても、今度はイアンが激しく拒否して婚約自体が暗礁にのりあげることになった。

 このままではまともな社交や外交ができなくなってしまう。そう危惧したらしい現国王から白羽の矢が立ったのが、フェルズ公爵家を棲家とするもう一人の引きこもりだった。幸いその人物はなぜかイアンに懐かれている。
 そこにあまり深い意味はない。
 引きこもり同士で話も合うだろうし、友人としてうまくやっているなら、婚約者にしてもいいんじゃないかとか、適当な理由に違いない。
 私から見た現国王は大変おおらかで割と大雑把なところのあるお方だったから。
 この婚約を決めるにあたり、王妃からは相当な反対があったと聞く。王妃は何よりも美しいものが大好きなお方だという話だ。たとえ仮初の婚約者だとしても許容できないほど、彼女はこの平凡な容姿を忌み嫌っているのだろう。
 王宮ですれ違うこともまれにあるが、挨拶してもまず返ってこない。どころか、存在しないものとされているようだった。
 私が彼女の立場だったとしても、将来の義娘がこんな地味女だなんてがっかりだと思うから、気持ちはわからないでもない。

 まぁ、何が言いたいかというと、この婚約が仮初のものだということ。それに、いずれは解消されるだろう性質のものであること。そして私がそれを十分承知しているということだ。

 おそらくだが、アンリが成人を迎えて正式に王太子に任命される前に解消されることになるだろうと踏んでいる。

 王太子妃ともなれば、社交がつきものだ。はっきりいって、引きこもりボッチーナの私に王太子妃はつとまらない。父もそうこぼしていたしね。
 今でもどちらかというと婚約者というよりも保護者的立場だし。普通よりちょっぴり泣き虫だけど、手がかかる弟みたいなものだと思っている。
 まぁ、王家が責任をもって円満的な解決をしてくれるならば、婚約解消に否やはないのだよ。

 もう一度言うが、私はイアンには懐かれているけど王妃には嫌われている。
 自分を嫌っている人を好きになるのはまず無理だ。
 もし本当にイアンと結婚することになったら王妃が姑ということになる。険悪な空気の中での結婚生活は、十中八九お互いに居心地の悪いものになることだろう。

 イアンのことは嫌いではないし、貴族の政略結婚なんてそんなものだと知っている。
 ただ私が、そんな苦痛を抱えてまで結婚したいとは思わないだけだ。もし私が低位貴族の娘に産まれていたらそんなわがままは通らなかったかもしれない。しかし、私は地味でも公爵令嬢。通らないわがままはない──はず。
 すまないね、イアン。君が悪いのではない。私の平凡な容姿が悪いんだ。

「アンリー!」

 ああ……目立つから学園では声をかけないで欲しいって言ったのに。
 イアンが向こうで手を振っている。
 警戒しながら周囲をうかがったが、いつもの取り巻きたちはいないようだ。撒いてきたのだろうか?

 グフッ! それにしてもなんたるかわいらしさ! 十五歳になっても『かわいい』が似合う男子は貴重すぎる! いっそそのまま絵に閉じこめてしまいたい! ──いや、閉じこめちゃいかーん!

「どうしましたか?」
「今日の食堂のランチが魚だったんだ」

 魚? ──ああ、この間小骨が喉にささって大泣きしたやつね。食べてもないのにすでに涙目なのはなぜ? 魚、おいしいと思うんですけどねぇ……。

「では、わたくしと一緒にお弁当でも食べますか? サンドイッチですがよろしいですか?」
「やった! サンドイッチは大好き! 食べる! ハムサンドある?」
「ございますよ。では、中庭のベンチにでも行きましょうか」
「うん、行こう!」

 キラッキラした笑顔で答えてくれる天使──もといイアン。同い年なのによしよしってしたくなっちゃってお姉さん困っちゃう──同い年だけど。

 中庭といえば、先日とてもいい場所を見つけた。
 なぜか誰も通らないような植えこみの奥に、ベンチが一台設置してあったのだ──おひとり様用なのだろうか。
 かゆいところに手が届く仕様の学園の中庭、嫌いじゃない。
 それにあそこならばきっと、イアンといても誰にも見とがめられないだろう。

「アンリ、どうしよう……こぼしちゃった……」
「ああ、そんなに泣かないでくださいまし。今拭いて差しあげますから!」

 イアンはサンドイッチをつかんで食べ始めたが、開始五秒くらいで中味のハムだけ落としてポロポロ泣いていた。奇跡の不器用さ!
 私はすばやくパンだけになったサンドイッチと落ちたハムを回収した。それからイアンに新しいサンドイッチを持たせると、取りだしたハンカチで彼の服をぬぐった。
 手慣れてるでしょう?
 もうね、イアンとつき合ってかれこれ九年くらい? 子どももいないのに育児をする母のようだよね、私。まだうら若き十五歳の乙女なのに、そこはかとなく漂う母味……。
 でもイアンといるのは嫌いじゃない。彼だけは私を外見みためだけで判断しないから。だから私も、イアンがどんなに泣いても呆れないことにしている。
 まぁ、正直いうと十五歳になっても泣き虫のままだとは思ってなかったけれども。三年後には成人を迎えるが、こんな調子で大丈夫だろうか……未来の王太子様?

 学園内で泣くことは我慢しているイアンだが、泣かない美男子はただの美男子だ。イアンの場合は最高権力をともなう美男子──モテる要素しかない、うん。
 学園で見るイアンは私と違って、いつも人に囲まれている。キラキラしてる……あ、別にぼっちがリア充にヤキモチ妬いてるとかそういうのじゃないから!
 学園生活を謳歌しているように見えるけど、常に人目にさらされるっていうのは意外と辛いものだ。

 公人であろうともプライベート大事。

 私の前でくらいいつも通りでいさせてあげたい。我慢せず、泣きたい時に泣けばいい──そして私は美男子の涙を合法的にウォッチング!
 あ、いかん。本音が。

「あ、イアン様! お口の横にソースがついております」
「ん? どこ?」
「ああ、そこではなくもうちょっと右……あ、もうちょっと上──ここです!」

 じれったくなった私は、自分の指でイアンの口の横をぬぐった。えいっ!
 ふぃー。これでスッキリ!
 そう思って汚れた指をハンカチでぬぐおうとしたら、なんとイアンが私のその指をパクッとくわえた。

「ひゃっ?!」

 突然の生温かい感触にビクッとなる。

 ななななな舐めた──っ?!
 イアンが、私の指を?!

 イアンはちゅっと音を立てて私の指を解放した。

「ありがと、アンリ!」

 そして、何事もなかったようにまた新しいサンドイッチをほおばる。
 ほおばる。
 ほおば……。

「──……っ!」

 普段からイアンは、心を許している(?)私には割と距離が近い。
 そう、距離が近いだけ。
 今の行為に特に意味はないはず。きっと自分の指でも舐めるような感覚なのだろう。

 そうわかっていても、指先が熱い。

 まるでそこに心臓があるかのようにドクドクと脈を打つ。
 私はその指をそっと握りこんで、なかなか鳴りやまないドキドキを抑えようとした。
 指先だけでなく顔も熱いし、全身が鼓動の塊にでもなったみたいだったが、持ち前の超理性で必死に平静をよそおう。
 だがしかし思わずにはいられなかった。




 反則でしょ、これは?!



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