【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(22)カエル公女の里帰り計画2

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「よ、ようこそいらっしゃいました。はははっ!」

 声が裏返ってます、お父様……。

「なにぶん急なお越しでしたので、何もお構いできなくて申し訳ございません。おほほっ!」

 知らせるのがおせえよって表情です、お母様……。

 そして、後ろに立つ家令のピーターは一層老けこんでいる。目の下のクマがひどい。準備が相当大変だったんだろうんなぁ……。

 でも、久しぶりに家族に会えて嬉しかった。涙は出ないけど、泣けるものなら多分泣いていたと思う。

「妹に会いに来たとうかがっておりますが」

 何だか兄様の表情が固くて暗い。心なしか少しやつれたようにも見える。兄様は『王子が突然ウチへやってくるぞ』準備に関係ないはずなのに、どうかしたのかな? 

 それに、偽アンリの姿が見えない。いったいどこに……?

「うん。一応婚約者だしね。最近王宮でも会ってないから。見舞いがてら顔を見にきたんだよ」
「しかし……今の妹には会わない方がよろしいかもしれません」

 言いよどむお兄様。偽アンリに何かあったんだろうか?

「どういうこと?」
「何だか最近人が変わったようになってしまって……正直いって、今のアンリに会っても殿下のご気分が悪くなるだけかと……」
「んー? 大丈夫だよ。それより彼女はどこかな? 学園のことでちょっと聞きたいこともあるんだ」

 こらっ! そこで、どうせ本物のアンリじゃないし……とか、小声でも言わない! 誰かに聞かれたらどうするんだ?!

「今は自室にこもっております」

 あ、兄様が一瞬遠い目をした。
 自室にこもるって、つまりは軟禁状態なんだと思う。兄様も昔お父様ご自慢の髭にイタズラしちゃった時『自室にこもらされて』いたはずだから。
 噂通りいじめのせいで休学して謹慎中だとしても、さらに自室に軟禁されるまでのことはないと思う。お父様ならば休学の間に事実関係を調べるだろう。そしていじめが事実ならば、執務室に呼ばれて正座でお説教くらいはされるかもしれないが。
 偽アンリはいったい何したんだろうか? 聞くのが恐ろしい。

『……』

 ──とりあえず、お父様の髭は無事のようだ。先がちょん切れてるとか焦げてるとかはない模様。

「あ、そう? じゃあ、アンリの部屋に案内してくれるかな、スチュアート?」

 それにしてもめちゃくちゃ嬉しそうだ、イアン……。

「は、はい……しかし……」
「ははは。大丈夫だから」

 まぁ、私たちはアンリエールの中身が入れ替わってるのを知ってるからね。別人に変わったようなアンリエールの中身は本当に別人なわけだ。

「こちらでございます。何が起こるかわからないので、私も同席させていただきますね」

 何が起こるかわからないってどういうことだろう……そんな言い方をされるとすごく怖い。



「アンリいるか? 殿下がお見えになったから部屋に入るぞ」

 兄様がノックしたものの、中から返事はなかった。代わりに聞こえるのは罵声と悲鳴だ。

「──! ──!」
「──?! ──!!」

「アンリ、入るからなっ!」

 若干慌てた様子で扉を開ける兄様。

「これじゃないって言ってるでしょ?! こんな服、地味すぎて着られないわよっ!」

 部屋の中央に偽アンリが仁王立ちになってわめいている。部屋に入った私たちに気づく様子はない。
 そして、彼女の前に跪かされているのはアンリエールの侍女マリッサだった。

「す、すみません! お嬢様はこれがお気に入りでいらっしゃいましたので」
「何度も言わせないでくれる?! もっと綺麗にならないと殿下に見てもらえないのよ?!」

 うわ……ここから見てもわかるほど厚化粧をした偽アンリ……あれはいったい誰?

「すみません、すみません! あの、でもこれが一番……」
「まだいうのっ?! その減らず口をきけなくしてやるわっ!」

 激昂した偽アンリは、ベッドサイドにあった花瓶を引っつかんだ。

『危ないっ!!!』

 それを見た私は、気づいたらイアンのポケットから飛び出していた。

「アンリっ?!」

 ──ドンッ!

 偽アンリが投げた花瓶は私に当たり、少しだけ軌道を変えて私ごと壁に激突した。
 その瞬間、とてつもない衝撃が身体に走ったのがわかった。痛くはない──痛くはないんだけど……。

『ぐえっ!』

 あ、出ちゃいけない声が出ちゃった。といっても、誰にも聞こえてはいないはずだけど。
 そして花瓶ごと壁に叩きつけられた私はゆっくりと床に落ちる。その時、視界にうつった花瓶は割れていなかった。私がクッションになったおかげかも?

 飛び出した私に当たって速度が落ちたはずの花瓶。それでも私ごと壁に激突するほどの勢いがあった。
 もし、あれがそのままマリッサに当たっていたら──そう考えると震えるほどの怒りを覚える。ただの打撲では済まなかったかもしれない。
 マリッサ──アンリエールの、私の大切な侍女。もし彼女に何かあったら、絶対許さない。

「アンリ、大丈夫?」

 駆け寄ってきたイアンは、床にひっくり返った私を拾い上げると心配そうにささやいた。
 私は微かに首を縦に振る。

「アンリ! 何をしてるんだ?! マリッサはお前のおもちゃじゃないと何回言ったらわかるんだ?! 今度こそマリッサをお前つきから外すからな?!」

 激昂のあまり、兄様の声が震えている。この状況に憤っているのが私だけじゃなくてよかった。

「マリッサは下に行ってなさい」
「あの、でも! 私が悪いんです! 私がお嬢様の好みを把握しきれてないせいで……!」
「……いいから! クビになりたくなければ言う通りにするんだ」
「──……はい、坊っちゃま……」

 思いのほか強い語気にひるんだマリッサは渋々という感じで引き下がった。
 イアンの側を通り過ぎるその瞬間目に入ったのは、予想もしなかった彼女の姿だった。
 さっきはとっさのことで気づかなかったけれど、彼女の頬はどう見ても腫れているようだった。唇をかみしめながら去っていくその手首やうなじには赤黒い痣が見え隠れしている。
 私はあまりの変わりように思わず息を呑んだ。
 明るかったはずの彼女は陰鬱な空気をまといながら部屋を後にした。
 侍女の虐待──そんな言葉が脳裏をチラつく。虐待しているのはやはり偽アンリなのだろうか?

 いったい、私がいない間に公爵家で何が起こっているのだろうか。

「お兄様、妹とはいえ淑女の部屋に勝手に入るなんて感心しませんわね」
「いいや、ノックはした。マリッサを罵るのに忙しかったお前が聞いていなかっただけだ」
「あら? わたくし罵ってなどいませんわよ? あれは教育ですわ! だって、あの侍女ちっとも言うこと聞かないんですもの! そうだわ、あんなできそこないの侍女はいっそクビにしてしまいましょうよ!」
「お前、自分が何を言ってるかわかってるのか?!」
「だって、兄様だってさきほど『クビにするぞ』っておっしゃってたじゃありませんか!」
「そういう意味ではないと、わかっているだろう?! いったいお前はどうしてしまったんだ?!」

 握りしめた兄様の拳が震えている。

「なるほど……これは思ったより深刻そうだねぇ」
「「……っ?!」」

 一触即発。睨み合う二人の間に割って入ったのはイアンだった。

「イアン様……!?」

 イアンを認めた偽アンリの顔に、さっと喜色が満ちる。
 ──えっ?
 まさか、偽アンリはイアンが好きなの?
 あ、違う。
 偽アンリじゃなくて中の人が好きなんだ。彼女はずっとイアンが好きだったんだって、王妃が言っていたじゃないか。

 そういえば王妃とその侍女は確か『イアンの方から婚約破棄をさせる』と言っていた。
 イアンの成人まで待てば自ずと解消されるものをわざわざなぜ今なのだろう? それも、バレたらただでは済まないだろう禁呪薬を使用するような危険を冒してまで。
 それに、いったいどうやって彼をその気にさせるのだろうか。
 彼に嫌われるとか? でも、好意全開の偽アンリを見るに、そんなつもりはみじんもなさそうだった。

「いらっしゃってたんですね!」
「うん、まあね。兄妹で話をしているところを邪魔してごめんね」
「まぁ! 邪魔だなんて、そんなことあるはずがないでしょう? とっても嬉しいですわ! こちらへどうぞ!」

 さっきまで言い争っていた兄様の存在はもう忘れたかのように、彼女はイアンの腕をとってソファへと導く。ふわっと化粧の匂いが鼻につく。

 しかし、間近で見てもひどい厚化粧だ。色白に見せようとしているのか、白粉を限界まではたいて首との色差が大変なことになっている。唇に塗りたくっているのは血を連想させるような真っ赤な口紅。大きく見せようとでもしたのだろうか、目の周りは茶色い何かで色濃く縁どられているが──隈にしか見えない。

 一見してこれがの地味令嬢アンリエールだとわかる者は誰もいないだろう。確かに地味とは言えない顔になってはいるが、これはもはや公爵令嬢ではなく化粧オバケではないのか?
 夜道で会ったら卒倒するレベルだ。
 中の人の美意識はいったいどうなってるんだ?

「スチュアート、悪いんだけどちょっとだけ二人にして貰えないかな? アンリにどうしても話したいことがあるんだ」
「殿下、さっきの状況をご覧になったでしょう?! 今の妹は──!」
「ねっ? お願い! 十分だけでいいんだ!」

 おぅ。
 ここで伝家の宝刀ときましたか。いや、あちらこちらで乱用しすぎて伝家の宝刀になっていないような。

 こてん、と首を傾げて兄様を見つめるイアン。兄様は何か言いたそうな顔をしていたけれど、イアンには引く気がないことを悟って肩を落とした。

「わかりました、では十分だけ。ですが、部屋の外に控えております。何かありましたらすぐお呼びくださいよ?」

 兄様はいつぞやの護衛兼侍従のようなセリフを口にした。
 ちなみに本日、その彼は城で留守番である。イアンがどうしても本日中にやらなければならない執務を全て押しつけてきたのだ。
 彼も学園でのフェルズ公女ご乱心の噂は耳にしているはずだ。最後まで行くなと言って譲らなかったんだけど「お願いだよ、シン! 僕はアンリが心配なんだ!」と言って涙に目をうるませるイアンに勝てる人間がいるわけなかった。

「うん。でもその十分の間は中で何があっても入ってこないで欲しいんだ。ちょっと嫌なことを聞くからアンリが怒るかもしれないんだけど。いいかな?」
「……承知しました」

 兄様は何か言いたそうにしていたけれど、結局その言葉はのみこんだようだ。

「アンリ、くれぐれも殿下に失礼な真似はするなよ?」

 釘を刺した兄様をキッと睨みつける偽アンリ。諦めのため息をつきながら扉の向こうへと姿を消す兄様。

「さて、それじゃあ始めようか?」

 二人きりになったイアンはソファへ腰を下ろすと、偽アンリに向かってニコッと笑った。


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