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(21)カエル公女の里帰り計画1
しおりを挟む「僕も一緒について行きたいんだけど」
なんで? 冗談だよね?
王子なんて泊まりに来た日にゃ上を下への大騒ぎになるに決まってる。私はこっそり家族の様子を見に行きたいのだ。
『ダメ』
キッパリお断りをいれると、イアンは涙目になってガックリ肩を落とした。
「だってさ、アンリはおもちゃのカエルなんだよ?絶対危険だよ! それにどうやって公爵家に入りこむの? まさか歩いて行けるわけじゃないでしょ?」
そこは……そうね。確かに。
父か兄を王宮に呼び出して、その馬車にこっそり乗りこむとか?
「何の用事もないのに呼び出すの? それに、このタイミングで公爵を呼び出したりしたら、母上に不審がられるんじゃないかな?」
む……確かにそうかもしれない。私も王妃に不審がられるのは本意じゃない。
そういえばイアンは兄様に会うこともあるんじゃない?
「んー……スチュアートと会う予定はしばらくないよ」
四つ上の兄様は既に卒業してしまっているから、学園でも会うことはない。
──学園といえば。
「学園で偽アンリに接触しろって言うならお断り」
『まだ何も言ってない!』
「アンリの考えそうなことはわかるんだよね」
そう言って不敵に笑うイアン。ああぁ……すごくいい! ──じゃなくて!
いかん。イアンと話していると、すぐ煩悩が理性を押し流してくるから困る。
「それに彼女、ここのところまた休学してるんだよね」
『──休学?』
「うん。また体調が優れないんだって──表向きはね。でも学園では、いじめとかの件が公爵の耳に入って謹慎させられているんじゃないかって噂だよ」
『謹慎……?』
やっぱり迷惑かけてた偽アンリ。
お父様の頭と兄様の胃は無事だろうか……ああ、こうしてはいられない。すぐに確かめに行かないと!
「だからね、アンリ。僕が一緒に行ってあげるって言ってるでしょう?」
くっ……仕方がない。背に腹はかえられぬ。
イアンのお宅訪問の名目は、アンリエールへの見舞いとでも言えばいい。イアンと私が婚約者であることを家族は承知しているからなんら不自然ではない……と思う。
そういえば、私が王宮へ行くばかりでイアンが来ることは滅多になかった……というかなかった。
まぁ、対外的には婚約者であることは秘されているはずだから、年頃の女性の家へ王子が訪ねていくというのは外聞がよろしくない。
しかし、今回ばかりはうってつけの理由がある
「ああ、例のいじめの件を言い訳にするんだね」
そうそう。
秘密裏にとかジュリオが言っていたが、既に学園内では何人かがいじめの件を噂していた。人の口には戸が立てられないとはよく言ったものだ。
今回はそれを逆手にとって、ジュリオの注進通りにアンリエールに警告しに行ったことにすればいい、と思う。
「それが無難だろうなぁ。じゃあお泊まりの用意もしなくち……」
お泊まりはダメ、絶対!
「何でっ?! 婚約者の家なんだからお泊まりしてもよくない?」
もう、目的と手段が崩壊してるよ?
目的はこっそり私の里帰り。イアンはその手段にすぎない。それなのに、なぜ手段がお泊まりを要求するんだ?
だいたい、イアンがうちに来るのだってそれ相応の理由を用意しなければならないのだ。
婚約者だから見舞いに訪れたというのが私の家族向けの理由。
学園のいじめの件で訪ねたというのが対外的な理由。
──という感じなんだけども。やっぱりお泊まりする理由、欠片もなくないですかね?
「まぁね……でも! アンリの部屋は絶対見たい! 入りたい! ニオイ嗅ぎたい!」
おい、最後のはアウトだぞ。
その情熱はいったいどこへ向かってるんだ?
私の部屋なんて面白いものは何も置いてないと思うんだけどなぁ。
「それでもいい!入りたい!」
まぁ、見られて困るものもないし。別に入ってもいいんだけど。
今は『私』の部屋ではないから、アンリエールになりすましている偽アンリ(肉体は私だけども)の許可を得なければならないよね?
「大丈夫。中身がアンリじゃなければ落とす自信あるから! 絶対うんって言わせてみせるから!」
う、うん……まぁ頑張って……。
「じゃあ、善は急げっていうし明日でどう?先触れ出しておくよ!」
明日って……もう夜なんですが……。今から先触れ出されてもうちの家、困るんじゃないかなぁ? 特に家令のピーターとか白目をむいて倒れちゃうんじゃないか。
『イアン、せめて明後日に……』
あっ、もういない!
──────────
馬車に揺られながら、さっきから鼻歌を歌っているイアン。
ちなみに私はイアンのお膝の上の翻訳紙の上に座っている(つもり)。
「楽しみだなぁ、アンリの部屋!」
そうですか、それは何よりですね。
私は若干胃が痛いですけども。家令のピーターは今頃、若干どころじゃなく胃を痛めてるに違いない。
イアンは昨日の夜から上機嫌だった。
私の部屋ってそんなに気になるものなんだろうか?
幼い頃から買い集めた冒険小説とかスパイ小説が棚に並べられているくらいなんだが。
「え……かわいいぬいぐるみとかは? 置いてないの?」
あるわけないでしょ?むしろなんで置いてあると思うの?
私の容姿でかわいらしいぬいぐるみを与えてくれる人は稀だし、私も自分がそういうものが似合わないのは重々承知している。
隣国にいる親戚の叔父さまから暗器の複製品とか送ってもらって飾ったりしてるけど……。
「暗器?! 女の子が何で暗器?!」
とあるスパイ小説に出てくる暗器である。主人公の女スパイはそれを駆使して次々と襲ってくる刺客を撃退する。
その暗器の複製品(観賞用)が小説とのコラボで発売された。予約不可の数量限定だったので発売日当日に早朝から並ばなければならず、絶賛引きこもりの私は買いそびれたというわけである。
持つべきものは特殊な販路にコネがある親戚だよね!
イアンが今度は「ここへきて次々と僕の知らないアンリが……」とか言って、落ちこんでる。はしゃいだり落ちこんだり忙しいな。
私だって年頃の女の子だ。別にかわいいものが嫌いなわけじゃないんだけど。
子どもの頃に「似合わないくせにフリフリしたドレスなんか着て恥ずかしい」と言われた一言がずっと引っかかってるんだよね。多分言った方はもう覚えてないだろうし、自分がどんなドレスを着ようがかわいいものを買って部屋に飾ろうが自由だと思うんだけど。
ああ、似合わないんだと思うと、かわいいものを見てふわふわとした気分が途端にしぼんでしまうのだ。
「ちなみにそんなことを言ったやつの名前は覚えてる?」
あー……覚えてないかな?
何しろ昔のことだから。
なんだか剣呑な雰囲気のイアンから目をそらした。
それで、肝心の偽アンリへの尋問(?)はどうする気なのだろうか。
「ああ、それなんだけど。まぁ、リスト嬢へのいじめを指示した人には心当たりあるし別に聞かなくてもいいかな、と思うんだ」
えっ……ダメじゃない? それも口実のひとつなのに。
「そう? アンリがそういうならちょっとだけ揺さぶってみる? 正直いって、僕は今回の計画に加担した偽アンリを許せる気がしないんだけど」
う、うん……まぁ、聞かなくてもいいかもしれない。
「僕はさ、どんなアンリでも好きでいる自信があるんだけど、アンリがそれじゃ嫌だろうしね……」
そうね。
私もどんなイアンでも好きでいる自信はあるよ!
ただ、イアンが私のことを友人として好いてくれるのはとても嬉しいけど、やっぱり自分は自分がいい。おもちゃのカエルで残りの一生を終えるなんて嫌だから。
そんな思考をしていると、イアンはちょっと眉を下げた。
「アンリの気持ちはよくわかった。僕は全面的に協力するよ! ……ま、今は友だちとしての好きで満足しとくかな」
『ありがとう……』
思わずこぼれ落ちた言葉。
それは声にはならなかったけれど、イアンは心得たとでも言うようにニコッと笑った。
本当にイアンがいてよかった。
もし、頼る人が誰もいなかったら。こんなおもちゃの身体でどこまでできるかもわからない。そう考えるとゾッとする。絶望的といってもいいだろう。
でも、実際の私は一人きりじゃない。一人きりじゃないのがこんなに心強いなんて。
「こちらこそ。いつもそばにいてくれてありがとう、アンリ」
だから、そんな笑顔で言うのは反則ですってば!
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