【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(20)カエル公女は実験される

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 怪しげな呪い師曰く『強い衝撃を与えると、魂と肉体のつながりが切れやすくなる』そうな。
 人間では試せないけど、ほら、私今おもちゃのカエルだから!
 ほらほら!
 グッとひと思いに殺っちゃってくださいよ、旦那! ぐへへへ。

「いやだっ! 僕にはアンリを殴るなんてできないよっ!」

 本人がいいって言ってるんだからはよはよ!


──────────


 あれから王宮へ戻った私たちは、とりあえずあの呪い師(多分)の言ってたことを整理してみた。

 一つ、一度薬を使った魂と肉体には、同じ薬は使えない。
 一つ、元の身体に戻るには、薬以外の方法で魂と肉体を切り離すことが必要。
 一つ、強い衝撃を与えれば、魂と肉体のつながりが切れやすくなる。

 新たにわかったのはこんなところだろうか。

 よし、やろう。強い衝撃を与えてみようじゃないか!

「えっ……アンリ正気?」

 もちろん正気、本気、やる気、元気だ。

「あの怪しげな男の言うことを真に受けるの?」

 イアンだって男を『信じる』って言ったじゃないか。

「あの時はああ言わないと話が進まないだろ?」

 さて。まず小手調べに殴ってもらおうかな。

「ちょっと?! 僕の話聞いてた?!」

 聞いてるけど、時間が惜しい。
 私は早く元の身体に戻りたいのだ。そのためにできることは全部やる所存なんだ。

「僕だって協力するよ? するけどさぁ……やっぱり女の子殴ったりとかはちょっと……」

 女の子じゃなくて、おもちゃのカエルだからね?
 仕方がない。イアンができないと言うなら、チャーリーに頼んでくるしかないか。チャーリーなら振り回したりぶつけたり、色々と痛いことをしてくれそうだし。願ったりかなったりだ。

「ちょ、待っ……チャーリーのところへ行くのはやめてよ?! また返してもらうのが大変すぎるから! しかも、痛いプレイ好きな危ない人に聞こえるからその言い方やめた方がいいよ?!」

 だったらイアン。
 たかがおもちゃを叩くだけなんだから、深く考えずに背中にいいパンチを一発入れて欲しい。

「いやだっ! 僕にはアンリを殴るなんてできないよっ! 落ちついて、もっと他にいい方法がないか方法がない考えてみようよ!」

 今までに散々考えた。でも、何一つとして良い案は思い浮かばなかったじゃないか。
 イアンがやってくれないなら自分でやるからいいよ。
 私は捨て台詞を吐くと、窓辺に向かった。

「えっ?! アンリ?! 何するつもり?!」

 もちろん飛び降りだ。そして地面にたたきつけられるのだ。
 ここは五階だ。ここから飛び降りたらそこそこの衝撃があるに違いない。
 怖くないと言ったら嘘になる。だけどきっと大丈夫。だって私、革製のおもちゃのカエルだから!

『えいっ!』

 気合を入れて窓から飛び出したら……いや、飛び出す寸前でイアンに足をつかまれて、ぷらーんって窓枠の外で逆さまにぶら下がった状態になった。

「待って待って! わかったから! やるから飛び降りたりしないでよっ!」

 あ、泣く……!
 イアンのラベンダーアメジストの瞳にぶわっと透明な膜が張ったかと思うと、それがいっせいに流れ落ちた。それはまるで透明な宝石の滝のようで。こんな状況──窓枠の外で逆さ吊り状態──にも関わらず、いつまでも眺めていたくなる。

 うーん、いつ見ても美男子の涙は綺麗だなぁ……。

 私が見とれていると、イアンは私を引き寄せて、彼の額に当てた。お腹の革が、彼の流す涙でぬれていくのがわかる。

「死んじゃうかと思った……」

 なんか……ごめん? でも、おもちゃだから死にはしないと思うんだ。

「次、飛び降りようとしたら、僕も一緒に飛び降りるからね!?」

 えっ……私はおもちゃだから大丈夫だと思うけど、イアンは人間だから飛び降りたら死んじゃうよね? ダメだよ!

「今飛び降りようとしたアンリに言われたくない。アンリが飛び降りるなら僕も飛び降りるから!!!」

 ──ドキッ。

 何だか熱烈な愛の告白にも聞こえてドキドキが止まらない。いや、ドキッとしてる場合じゃない。一緒に飛び降りたところでイアンだけが死ぬことになる。

 うわぁぁぁ──……。

 もし本当にそんなことになったら、未来の国王を殺してしまった私はお先真っ暗だ。元の身体に戻ったとしても、待つのは死刑……。

 飛び降りダメ、絶対! イアンに賛成! 他の方法を探そう!

 私がこくこく首を縦にふっていたら、ようやく手の力が緩んだ。

「お願いだから無茶はしないで欲しい。アンリ一人の体じゃないんだよ?」

 ひっ! 何か誤解をまねくような言い方やめて!?

 それから結局、イアンに放り投げてもらって壁にたたきつけられること数回、ジャンプして上から踏み潰してもらうこと数回──さすが王家に献上されたおもちゃ。なんと傷一つつかなかった。
 そして、私的にこれといった変化も見受けられない。
 まぁ、そもそも『魂と肉体のつながりが切れやすくなる』だなんて、どういう状態なのか想像もつかないんだけれど。
 チャーリーもダメ、飛び降りもダメ──ならば、後はどうすればいいのだろうか?
 馬車に轢かれるとか? って言ったら「確実に壊れるし多分中身が出ちゃうからやめて」って涙目で言われたんだけど。
 いわゆる万策尽きた状態である。

「煮てみよう!」
『はっ?! に……煮る?!』
「うん! グツグツ鍋で煮てみようよ。これなら壊れたりしないと思うし!」

 ちょっと待って。その自信はいったいどこからくるんだ?
 しかも、鍋で煮て衝撃って与えられるものだっけ?

「カエルにとっては鍋で煮られるなんて致命的じゃない? 考えたんだけどさ、衝撃が大事というよりも、きっと死にそうな目に合えばいいってことだと思うんだ」

 ──思うんだって……それ、ただの推測じゃない?!
 推測で煮られるの、私──?
 じと目で見上げたつもりだったけど、イアンはいつの間にか鍋を持っていた。すごくいい笑顔。

「鍋ならアンリに傷もつかないし。ほら、お風呂みたいでしょ?」

 ね?
 そう言って小首を傾げるイアン。その仕草、女子だけの特権じゃないのね? キラキラとした瞳でじっと見つめられてしまったら──。

『はいぃっ!』

 つい二つ返事もしちゃうよね。仕方ない、うん。



「熱くない?」

 うん……まぁ熱くはない。そもそもおもちゃだから熱さとか感じるわけない。お湯の中って、何だかふわふわして変な心地だけど。

「ねぇ、頭に小さなタオル載せてみてもいい?」

 好きにすればいいじゃない。
 私はこくこくと首を縦にふった。
 それより身体の周りにポコポコと泡が浮いてきたんだけど──沸騰してるってことだろうか?

「わぁ、アンリ、小さいタオル似合ってるよ! かわいいねぇ」

 イアンが私の額を指でなでなでしてくる。
 苦手なカエルを克服できてよかったね。私がカエルになったかいもあったというもの──別にそのためになったわけじゃないけど。

 イアンはどこからか卓上コンロを持ってきて、鍋を火にかけた。このコンロ、魔道具なんだって。いったいどこから調達してきたのか検討もつかない。まさか王宮の宝物庫から……いや、怖いから想像するのはやめておこう。
 禁書といい、このコンロといい、王子の職権フル活用だ。それは間違いない。

 そんなわけで、現在グツグツと煮込まれています。
 このカエル、何の革でできているのか知らないけど、煮込んでダシとか出てきちゃったらどうしよう。
 そう思って身体の周りの湯を見ると、微かに湯に色がついてる──!

『ダシが──っ!!!?』

 私は慌てて湯から飛び出した。

「うわっ! あちちっ!」

 あ、ごめんね。
 飛び出した時、イアンにお湯がかかっちゃったみたい。大丈夫? 火傷してない?

「突然どうしたの、アンリ? お湯熱かった?」

 イアンは驚きつつ、さっとタオルを差し出して身体を拭いて、翻訳紙も敷いてくれた。至れり尽くせりだ。

『ダシ……じゃなくて! お湯の色が!』
「色……? ああ、革の染料が溶けだしてきちゃったんだね。この辺でやめとこっか」

 染料……そっか、ダシじゃなくてよかった! カエル鍋になるかと思った。

「あは……カエル鍋! ふふふっ」

 むう。
 笑いごとじゃないんだけどな。
 それより──。

『何か動きづらい』
「えっ……?」
『身体も重いし……』
「じゃあ、もしかして効果があったってことかな?」
『いや、これは効果があったっていうよりも──』
「あっ……アンリ、何かちょっとちっちゃくなってない?」

 そう!
 革をグツグツしたから縮んでしまったのだ!

『革が縮んで動け……ない……』

 さらに、熱によって収縮した革が乾くことによって硬く固まってしまったのだ。私はぎぎぎ……とでも音がしそうなぎこちない動きで振り返ろうとしたが、無理だった。
 多分、私、今、木彫人形くらいの硬度だな、うん。

「ひえっ! ちょっと待ってて! オイルもらってくるよ!」

 うろたえてバタバタと部屋を出ていくイアンの足音を聞きながら私は、何となく実家を思い出していた。
 鍋のせいで、お風呂に入った気分になったから余計にかもしれない。

 カエルになってかれこれ一ヶ月以上経つ。
 私のいない──いや、偽アンリがいるはずだけど──公爵家はどうなっているのだろう。偽アンリとは上手くやっていけているのだろうか。
 近頃学園で聞く彼女の噂は、良くないものばかりだから少しばかり不安だ。
 最近突然、メイクや衣装が派手になっただとか。言動が暴力的になったとか。
 特によく耳にするのは、ラーラとのことに関してだった。人前で彼女を罵倒するのは日常茶飯事で、廊下で会えばわざとぶつかって転ばせたりなど、やや危険な真似もしているらしい。
 とにかく公爵家の名をかさにきてやりたい放題だと誰かが言っていた。
 なんてことをしてくれているんだ、偽アンリ! せっかく今まで大人しく目立たないように過ごしてきたのに、全て水の泡じゃないか!?

 ああ、だんだん不安になってきた! むしろ不安要素しかない!

 偽アンリの行動を何とかするのは今の私には無理なので、実家の父や母に迷惑をかけていないことだけを祈るしかない。最近ちょっと寂しくなってきた父の頭が、焼け野原になってしまうような心配だけはかけないであげて欲しい!

『お父様やお母様、兄様は元気かなぁ。マリッサにも会いたいなぁ……』



 ──そろそろ、お家が恋しいよ。



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