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(29)カエル公女の盗み聞き
しおりを挟む──大変なことを聞いてしまった!
私は震えながらソファの下からはい出した。
──────────
イアンの部屋から出たはいいが、広い王宮の中で迷ってしまったのだ。
以前イアンの執務室にたどり着いた時のように、侍女さんたちのスカートの中にお邪魔しようと思っていたのだが、なにぶん時間も遅いため人気(ひとけ)自体がほとんどないのだ。
しかもこの王族専用棟で見かけるのは見回りの兵士ばかりで、彼らはスカートをはいてないのでこっそり忍び込む場所がない! なぜだ。男性もスカート履けばいいのに!
イアンのポケットに入ったままこの専用棟を歩いたことは何度もあるけれど、上から見下ろす景色と下から見上げる景色とではまるで視界が違うのだ。
そして当然だけど、人間の歩幅とカエルの歩幅も。
同じような扉が並んでいて、どちらを見渡しても同じような床が続いているし。進んでいるのか戻っているのかさえわからない──いや、戻ってたら困るんだけども。
まぁ、早い話が途方に暮れて歩き回っていたのだ。
そう。だから迷ったんだって言ってるじゃないか。
そういえば自分の足で歩くことなんてほとんどなかったなぁと思いながら、独り身になったことの悲哀を噛みしめていたのだけれど──。
さすがに歩き疲れて(精神的に)、ちょっとどこぞの部屋で休憩でもしようと魔が差したのだ。おあつらえ向きに、目の前の扉に隙間が開いていたのだ。ちょうどカエル一匹が通れそうな、ね。
入るでしょ? これは入ってくださいって言ってるでしょ?
廊下なんかで休んだ日にゃ、すぐに誰かに見つかってチャーリーのおもちゃ箱へ戻される未来しか見えない。
どこの部屋かはわからないけれど、ソファーやテーブルが置いてあるため、どこかの客間だということだけはわかった。
王宮には様々な部屋があり、用途によって使いわけるらしい。
この部屋の調度品は高級だが古いものではない。ソファーなどのファブリックはパステルカラーなどの柔らかい色調のものが中心だ──多少長く待たされたとしても不快感を感じさせない色合い。
ここでもてなされる貴族はきっとあまり位の高くない方の貴族なのだろう──と、いうことはいつの間にか王族棟を抜け出していたようだ。
おめでとう私!
後は連れていかれた偽アンリを探し出して、一緒に公爵家へ戻るだけだ。ああ、その際はもちろんドレスの内側にピッタリ張り付いていく所存である。今のところ一番安全で楽チンな移動方法であるからして。
舞踏会のあの様子からみて、事情などを聞いたり調べたりするために王宮のどこぞに監禁もしくは軟禁されているはずだ。それがどこかまではわからない。衛兵たちに連行されていったから衛兵の詰所かもしれないし、イアンが『丁重に扱え』とか指示していたから、一般棟のどこかの客間に閉じこめられている可能性もある。
──まさか地下牢とかないよね?
まさか。いくらなんでもそれはない。
舞踏会で婚約破棄を宣言されてしまったが、別に人殺しで裁かれたわけではないのだ。
学園での度重なるいじめや奇行により、矯正の見込みなしとされて修道院行きを命じられるのは仕方がない。しかし、確たる証拠はまだ揃ってはいないし、証言の裏もとれていない。そんな状況で、王族の次に高い身分である公爵家の人間を牢にぶちこむなんて頭がおかしいだろう。
まぁ、あの頭のおかしい王妃ならやりかねないけど──イアンがそんなことはさせないだろう。だって、そんな子に育てた覚えはないし!
とりあえず、迷いまくって疲れたからちょっとひと休みだ。偽アンリの居場所についてはまた後で考えればいい。
面倒なことを後回しにするのは悪いクセだとわかってはいるけど、今はそんな私につっこむ人もいないしいいや。
私はソファーの下に入りこんだ。
──ああ、やっぱりこの隙間が落ちつくわ。
これはカエルの習性のせい?
それともおもちゃの性質のせいかな?
もともとの性格だとはちょっと思いたくない自分がいる。
とにかく、この薄暗くてちょっと埃っぽいここが私は気に入っていた。
イアンの部屋のソファーやベッドの下は私のお気に入りの場所だった。イアンのいない間に潜りこんだ私を見つけだした彼は、いつも苦笑いをしてたなぁ……。
まぁね、普通人間が隠れるところじゃないものねぇ。もし人間が隠れてたら──えっ……隠れてないよね?
背筋を冷たいものが走り抜けて思わずキョロキョロしてしまったけど、このソファーの下に招かれざる客はいないようだ。ひとまず安心する私。
もし人間が隠れていたら、そいつはストーカーもしくは東の国の伝説の刺客『ニンジャ』というやつだろう。
──ああでも……。
『ふわぁ~』
すごく、眠い。とりあえず、何もかも後で考えよう。この姿になってから、眠くなることが多くなった。
よくイアンのポケットの中で爆睡をしていた私。
最近イアンが学園に行っている間はこうしてソファーの下やベッドの下で眠っていることが多かった。
イアンいわく、
『今の肉体が人間じゃないから、魂がその形を維持するために消耗しているのかもしれない』
らしいんだけど──。
精神的にも肉体的にも疲れていた私はそのままソファーの下でうとうとしてしまった。
「……」
「……」
誰かの話し声で目が覚めた。
──うん? この感じはなんだか覚えがあるぞ?
「大丈夫よ、ラーラ。死刑にはならなくとも結局死ぬことには代わりがないから」
ああ、やはり王妃の声だ。
もう一人は──。
「どういうことですか? だって行く先は修道院なんでしょう?」
この甘い声……この声は恐らくラーラだ。
「無事に修道院に辿りつければいいのだけれどね」
二人は、それはそれは不穏な話をしていた。
要約すると、結局偽アンリは今夜中に例の修道院へ出発するらしい。
──えっ……ちょっと待って?!
いくらなんでも早すぎやしないだろうか? それに偽アンリはいじめの疑いがかかっているとはいえ、公爵令嬢なのだ。一度も家に帰されないまま修道院へ向かうというのは納得できない!
この王妃は本当に──。
『……✕✕✕っ!!』
おっといけない。
淑女が口にしてはならない言葉が思わず飛び出そうになった。
こうしてはいられない。
ラーラの『ゲーム』の話は正直まったくわからなかったが、王妃が偽アンリを生かして修道院へ送る気が全くないのだけはわかった。
彼の修道院は北の険しい山の奥にある。
山奥にあるのは脱走防止のためだそうだが、王都から向かうには二つばかり山を越えなければならないはずだ。そこへ至るまでの厳しい道のりもまた、罪を犯した者たちへの罰に含まれるのだ。
確かに、その道中で何があったとしてもおかしくはない。王妃が直接手を下さなくても金で動く人間たちはいくらでもいるのだから。
偽アンリの身が危ない!?
もし、彼女に何かあったら?
言うまでもなく私が元の身体に戻る機会は永遠に失われてしまうだろう。
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これ以上彼らの謀略に巻き込まれてたまるものか。
偽アンリ──アンリエールの身体は私が守ってやる!
とりあえず彼女の元へ行かなくては!
でも、いったいどうやって──……?
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