【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(28)ヒロインと王妃の密談(王妃視点)

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「王妃様、話が違うじゃないですかっ?!」

 小娘が一人で喚いている。

 デビュタントの挨拶の時に目をつけた金髪碧眼の美しい娘。彼女ならばイアンの横に立っても見劣りしないと思われた。
 彼女の名前はラーラ・リスト。後からわたくしの遠い親戚にあたる男爵家の娘だと知って、喜んだものだった。

 この娘の取り柄は外見だけなのだけど、彼女にはそれがわかっていないらしい。
 頭に響くこの声はどうにかならないのかしらね?

「何の話かしら?」

「だからっ! アンリエールが修道院に行く件ですよ! 王妃様も見てたでしょう?! あたしをあんなにいじめておきながら修道院って、刑が軽すぎませんか?! このゲームの悪役令嬢はもれなくひどい目に合うはずなんですよ?」

「ああ、また『乙女ゲーム』の話?」

 わたくしは呆れてため息をついた。この娘は時折よくわからない話をする。
 自分は他の世界から転生してきただの、この世界はゲームの世界で自分がヒロインだの──まぁ、イアンと結婚すればいずれ王妃だから、ヒロインにはなれるかもしれないわね。

「そ、そうです! ゲームでは、イアンルートのアンリは死刑になるはずなんです!」

 ラーラはわたくしのため息を気にもとめずに反論してくる。

「ふぅ……そなたをいじめたくらいで、公爵令嬢を死刑にはできないのよ」
「で、でもっ! あたしはもう、イアンの婚約者でしょう? そのあたしを階段からつき落としたんですよ?! 立派な殺人未遂だわ!」

 彼女の金切り声をこれ以上聞いていられなくて、思わず言葉を遮った。

「大丈夫よ、ラーラ。死刑にはならなくとも結局死ぬことには代わりがないから」

「えっ? どういうことですか? だって行く先は修道院なんでしょう?」

「無事に修道院に辿りつければいいのだけどね」

「えっ……?」

 それ以上はこの場では言えない。話がどこから漏れるかわからないからだ。
 ラーラに呼び出されたこの部屋はごく普通の応接間で、重要な話をするには適していない。この王宮には重要な話をするための部屋というのが存在していて、護衛などの配置にも気を遣わなければならないのだ。まぁ、もちろん一般の人間はそれがどの部屋なのかを知る術はないが。

 それに、この娘はただの駒なのだからそこまで知る必要はないだろう。
 正直頭のおかしな娘の相手をするのは疲れるのだ。ただでさえやることも考えるべきことも多いというのに──。
 しかし、まだ今は表面的にでも友好的な態度で接しておかないとまずい。わたくしにはどうしても彼女が必要な現状、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではない。

 エマがずっと苦虫をかみ潰したような顔をしているが、彼女には口を出すなと申しつけてあるから、口を開けないのだろう。

「とにかく、あの女のことだったら心配はいらないわ」
「あっ……そうなんですね! じゃあ、悪役令嬢からの逆ざまぁはナシってことでいいんですよね?!」

 ラーラの声が弾む。

 悪役令嬢というのがあのゴミのような女を指しているのはわかったが、逆ざまぁってなんなのだろうか? 聞き覚えのない言葉に、私は首をひねった。

「逆ざまぁ……いつもながらよくわからない言葉だこと。まぁラーラ、そういうことだから、そなたは安心して引き続きイアンを誘惑してちょうだい。せっかくあの女と引き離したのだもの。他の女にかっさらわれたりしたら目も当てられないわ。誘引の香はちゃんと身につけてるわね?」
「はいっ! 王妃様に言われた通りに髪の毛を入れてみました!」

 ラーラはうなずきながら胸元から私の渡した小さな袋を取り出した。
 ああ、おかしな話さえしなければこれほど素直でいい子はいないのだけどね。

 便宜上、誘引の香という名で呼んではいるが、あれは魅了の呪薬である。
 わたくしの一族は口伝により呪術を引き継ぎ、代々呪い師をやってきた。医療や魔法の発展により、秘薬たちもそのほとんどはゴミも同然の扱いになってしまったが。

 魅了の呪薬は身体に馴染めば馴染むほど効力を発揮する。ゆえに、身体の一部を混ぜて使うことで異性を魅了する強い効果が得られるのだ。
 イアンがラーラに骨抜きになっているのがいい証拠だ。学園では片時も側を離れないとの報告を受けている。
 先ほどの舞踏会では自らあの女に向かって婚約破棄を突きつけた。演技か否かは定かではなかったが、あの女の顔が絶望に染まった時の爽快感といったらなかった。

 どれほど潔癖な男であろうとも、あれほど美しい娘が側にいてに惹かれないでいるのは無理だろう。頭の中身は多少あれだとしても。
 ラーラをいじめさせるなどの小細工は必要なかったかもしれないが、それでもあの女を公的に追いやる口実は必要だったのだ。

 あと一押しすればきっと、イアンは完全にラーラに落ちるに違いない。
 学園だけではなく、王宮での接点も増やすことにすればよいだろう。これからはあの忌々しい女もいなくなるのだから。

 あとはあの女を処分してしまえばいいだけの話だ。
 イアンが修道院送りとしたのも、思えば僥倖だった。北の修道院は脱走防止のため、厳しい山を越えたその先にある。道中で野盗や山賊に襲われたとして、誰が気にかけるものか。

 アンリエール・フェルズ──何もかもが目障りなあ女。

 幼い頃からイアンの環境には気を配ってきたというのに。最高の教育を施し、美しいものだけを見て聞いて育つように。
 それなのに、あの女はいつの間にかさも当然のような顔をしてイアンの隣にいた。引き離そうとしてもイアンが離さなかった。いったいあの醜い容姿のどこにイアンが惹かれたのかわからないが、あの女にイアンを渡すわけにはいかない。

 ──ああ……。

 あれの顔を思い浮かべると、遠い昔に忘れたはずの苦い記憶が頭をもたげてくる。

 ──考えるな。

 わたくしは甦りそうになる記憶を打ち消すために、舞踏会での様子を思い浮かべた。

 イアンとラーラ。
 二人が並んだ光景は本当に素晴らしかった! ほとんどの者が言葉も忘れて二人に見入っていた。
 特にラーラの姿は素晴らしかった。その美がすでに完成していると言えるイアンの隣に並び立っても、遜色なかった。期待以上の美しさだ。
 あの美がいずれ自分のものになるのだと思うと身震いを禁じ得ないほどに。

 頭の方が少し残念な娘だけれど、予想以上にいい働きをしてくれたようだった。
 それに、駒は馬鹿な方が使い勝手がいい。
 この程度の戯言はいつでも聞き流せるのだから。

 小賢しい駒は扱いにくいのよ。時に下手に策を巡らせてこちらを窮地に引きこむ。
 そう、例えばエマのように──わたくしはその王妃付き侍女には目をやらずに彼女のことを考える。
 彼女ももうそろそろ潮時だろう。
 王妃の権力を振りかざして我が物顔で振舞っていることは知っている。彼女が王宮出入りの商人と結託し、密かに王妃用の予算の一部を着服していることも、だ。

 バレないとでも思ったのかしら?
 まったく愚かなこと。
 放っておいてもいつか身を滅ぼすだろうけれど、その際に道連れにされるのはごめんだ。

 それに、彼女は知りすぎている。証拠は全て処分したつもりだが、彼女がこちらに不都合な証言することで疑惑が向くのは避けたいところである。

「──そう」

 ラーラの身体からは強い呪薬の香りが、ゆらゆらと立ち昇っていた。
 これは実際に鼻で嗅げる匂いではなく、魂で感じる香りのようなものだ。普通の人間には見えないし匂わないが、知らないうちに魂がこの香りに当てられ、引き寄せられる──それはまるで自らの番を求めるように。

 魅了の呪薬というものはそういう薬だから。

「なるべく長い時間、イアンの側にいなさい……いい? くれぐれもイアンをあの女のところにやらないでちょうだいね。会ってしまえば万が一にも里心がついて、修道院行きの処分を撤回するとか言いだしかねないわ」
「そんな……それこそ心配いらないですよ! だってイアンは腹黒ですけど、実は一途な溺愛タイプですもん。婚約破棄イベントの後は溺愛モード一直線なんですから!」
「腹黒……一途な溺愛タイプ……? 相変わらず言ってることがよくわからないけれど、わたくしの言ったことを必ず守るのよ?」
「はい! あたし頑張りますね! ……あの、でも王妃様……」
「何かしら?」
「本当にアンリエールは外に出たりすることはありませんか? ゲームのイアンルートだと、追い詰められたアンリエールが禁呪に手を出して私と身体を入れ替えたりするんです! もちろん、それはイアンが気づいて助けてくれるんですけど、ちょっと心配で……」

「「……っ!」」

 わたくしが少し眉をつり上げるのと、エマが息を呑んだのは同時だった。やはりエマは早めに何とかしないといけないわね。

 しかし、なぜ禁呪薬のことをラーラが知っている──?
 まさかエマが漏らした……? いえ、さっきの様子から見るにエマではなさそうだ。するとやはり、彼女の『乙女ゲーム』とやらの話か。
 これまでもゲームの話をしつつ、現実との奇妙な一致が見られることが稀にあった。今回のことも、恐らくはそのひとつだろう。

「心配いらないわ、ラーラ」

 ラーラをなるべく安心させるように微笑んだ。

「あの女は今夜、馬車に乗って修道院へ向けて出発する予定だから。もう二度と王宮へは戻らないと思って構わないわ」
「そうなんですね! よかったぁ……」
「でもそうね……心配だと言うならば、そなたの部屋を用意させましょうか。王宮の兵を何人か護衛につけましょう」
「えっ!? 王宮に泊まれるってことですか?」
「そうよ。お気に召したかしら?」
「はい! はいっ!!」
「エマ」
「かしこまりました。ラーラ様、こちらへどうぞ」

 エマが心得顔でラーラを部屋の外へ連れ出した──大した仕事でもないのに、その得意げなことといったら。
 彼女の中ではもう既に、ラーラを次期王妃候補とみなしていて、おべっかをつかっているつもりなのだ。まぁ、そのこと自体はあながち間違いではない。
 彼女が見誤っているのは、そこに自分の居場所が変わらずあると思っていること。エマの居場所はそこにはない。

 何か決定的な証拠を握られてしまう前に──。

「あの女と一緒に始末するのがいいわね、きっと。エマには修道院まであの女の見張りを頼むことにするわ。戻ったら侍女長の位でも与えることにしようかしらね?」

 なんだか楽しくなってきたわたくしは、忍び笑いを漏らしながら独りごちた。

 彼女がわたくしの計画に気づいた時には、すでに谷底にいることだろう──いや己の命が尽きるその瞬間まで、気づきさえしないかもしれない。


 そうして事が終わってから、わたくしはゆっくりと全てを手に入れればいい。


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