完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

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36 初めての感情と戸惑い

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 神殿での騒動の後、屋敷に戻ったシルフィアは半泣きのサラに抱きつかれたり、丸一日以上部屋から顔を出さなかったことをマギーに怒られたり、新しい執事が増えたりと大騒ぎだった。

 いろいろとある雑務はルーカスに任せてこっそりと自室に戻ったシルフィアは転送魔法で運ばれていた大量の本を前にひとしきり歓喜した後、本棚に本を収める作業に集中した。

(あぁ、この本はシリーズでまとめておきたいので、やはりこちらへ。この本たちは作者ごとに並べたいのでこちらに……って、これではこの棚に収まりきりませんわ! でしたら、こちらのシリーズを作者ごとに分けて……クッ! 上下段になってしまいますが、致し方ありませんわね。これで、ここに空いたスペースにこのシリーズを置きまして……あら、この本はしばらく読んでおりませんでしたから、また読みた……って、ダメですわ! 今は本の整理に集中です! 読んでいては終わりませんわ!)

 ルンルンと亜麻色の髪の毛先を躍らせながら本棚の整理をしていく。

 こうして窓の外に月が上り始めた頃、どうにか綺麗に本を並べ終えたシルフィアは本棚を前にうっとりとため息を吐いた。

「なんて素晴らしいのでしょう。今日は忙しかったので、サラには明日この本たちを紹介いたしましょう」

 新しく加わった本を眺めながら、神殿の庭でのことを思い出す。

(そういえば、どうして王弟から婚約という話が出たのでしょう? 別に私と婚約などしなくても問題はないと思うのですが……)

 二人の愛で埋めようと言われたことは耳に入っておらず、プロポーズとも気づいていないシルフィア。
 ウーンと首を捻りながら、胸の前で腕を組んで考える。

「……そういえば、王弟が結婚することなく独身を貫いているのは、婚約者だった聖女への気持ちを貫いているからと言われておりますが」

 たしかにそうなのだが、それを公言していないため、様々な憶測が流れている。
 その内の一つに、腐を嗜む者たちが王弟をとりまく様々な貴族との組み合わせを楽しんでおり、あらゆる腐の小説が執筆、作成されているのだが。
 シルフィアは王弟との絡みが書かれている小説を置いている本棚へ視線を動かした。

(王弟については、腹心と言われるブラウン侯爵、近衛騎士のガルシア伯爵、文官で王家の頭脳と呼ばれるターナー子爵などなど、様々な殿方と噂があり、多様な腐の小説が出回っておりますが……ハッ! そうですわ! 結婚をしない表向きの理由にしている救国の聖女が現れたら婚約しないと誤魔化せなくなりますものね! そういう理由で偽装婚約のために私へ声をかけたということですか! それは失礼なことをしてしまいました)

 思い出しながら右手を顎に添えて考える。

「偽装とはいえ、今の私はルカの婚約者ですし……」

 そこに逞しい腕の感触と、低い声が脳内に響いた。

『現世ではオレが師匠を守る!』

 その強い言葉にキュッと胸がしまり、顔がぼわんと熱くなる。

「ぎ、偽装婚約ですから。世間の目を誤魔化すための」

 自分に言い聞かせるように呟きながら別の本棚へ視線を移す。
 そこは騎士団長と大魔導師について書かれた腐の本がずらりと並んでいた。

「この本ようにルカが騎士団長と立派に愛を育める環境を作らないといけませんから」

 いつものように手を伸ばしてお気に入りの本を手にする。
 そして、何度も心をときめかせながら読んだページを開き……

「…………ぇ?」

 不思議なことにこれまでのウキウキやドキドキがない。
 それどころか、どこか寂しいような、隙間風が吹いたような、キュンと切ない気持ちが膨れ上がり……

 コン、コン。

「ピャッ!?」

 軽いノックの音に亜麻色の髪が尖る。

「お嬢様? 夕食のお時間ですが」

 サラの声にシルフィアはホッと胸を撫でおろしながら本を棚へ戻した。

「すぐにいきますわ」

 神官長が執事になるという予想外のことがあったが、これでいつもの日常に戻る……はずだった、のだが。

 シルフィアが食堂に入ると、先にきていたルーカスが笑顔で出迎えた。

「師匠、本の整理は終わりましたか?」

 本来なら地下牢から脱獄したため処罰が追加されるところだったが、王弟が神殿へ進軍するという前代未聞のやらかしをしたため、その対応の手伝いと口裏を合わせることを条件に減刑され、こうして普通に生活している。
 しかし、そんな裏事情をまったく感じさせず、にこやかにシルフィアへ話を続けていく。

「よければ、またオススメの本を貸していただきたい…………師匠、どうかしましたか?」

 艶やかな黒髪を揺らしながらルーカスが近づいてくる。
 記憶の中にある幼さが残る少年ではない。太い眉に涼やかな深紅の瞳。筋の通った鼻に薄い唇。男らしくも端正な顔立ちに滑らかな肌。そして、適度な筋肉がついた逞しい体躯。

 それは、腐の本に描写され、何度も読んできた姿でもあり、実際に目の前で何度も見ている姿なのだが、その姿が目に入った瞬間、シルフィアの中で何かが弾けた。

(え? な、なにか変な感じが!? どうして、こんなに胸がドキドキして、頭が沸騰するような……えぇぇぇ!?)

 初めての感覚に動けず離せず。そのまま固まっていると、ルーカスが心配そうに覗き込んできた。

「師匠? どこか調子が悪いのですか?」

 まっすぐ見つめてくる深紅の瞳。
 そこに、ふわりと爽やかな匂いがシルフィアの鼻をくすぐり、逞しい腕に抱きしめられた感触を思い出す。そして、顔がボッと熱くなり……

「な、ななな、な、なんでもありませんわ!」

 そう叫ぶと同時に踵を返して部屋へ駆けこんでいた。

 バタン! と勢いよくドアを閉め、その場にへたり込むように座る。
 そして、早鐘を打ち続ける胸を押さえて呟いた。

「……な、なんなのでしょう?」

 ポツリと落ちた声に答えはなく、静寂が落ちるのみ。

 ずっと受動的だったシルフィアの心に芽生えた自発的な感情。本人がその感情の正体を知るまでにはもう少し時間がかかるのだが、それはまた別のお話。


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