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死にゆく者の祈り、2002

死にゆく者の祈り、2002 第二話

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 私たち四人はかつて同じ高校に通っていた。

 長崎への四人旅行は、卒業してから久し振りに集まらないか、という話をきっかけに、じゃあせっかくなら旅行でも、と早苗が計画したものだった。旅行の計画を話した時、あんたたち相変わらず仲が良いわね、と呆れたように言っていたのは、誰だっただろうか……、確か同じ高校に通っていた双子の姉だったはずだ。姉と私の見た目は、瓜二つとまではいかないがすごく似ている。ただ性格は対照的で、私はひとりだとすぐ不安になるし、いつも誰かの後ろにくっついているタイプで、反対に、姉はひとりで何でもこなしていて、誰かといる時は、よく周りから頼られていた。同い年でも、私にとって、姉は憧れだった。

 自分を変えよう、と思ったのは、大学に入ってからだ。

 大学デビューなんて言い方は、自分の冴えない過去を認めるみたいで、ちょっと嫌だが、かなり無理して新たな自分を作り込んだのは事実だ。

『ねぇ、早苗から旅行に誘われてるんだけど、一緒に行かない?』
 と恵美から電話が来たのは、大学三年の秋頃だっただろうか。

 恵美は高校だけでなく中学も一緒で、グループの中ではもっとも付き合いの古い相手だった。彼女はオカルトとか幽霊とか、そういった類の話が好きな女の子で、まぁでも私たちが中学、高校くらいの頃はノストラダムスの大予言を前にして、テレビでオカルト番組がよく放送されていたこともあって、そういう生徒は決してめずらしくなかった気がする。

 恵美は悪い子ではないのだが、思い込んだら一直線で、周りが見えなくなるところがあった。

 久し振りの恵美の声に、私は安堵とわずらわしさの混じった感情を抱いた。

 大学生活を送る中で、私はいつも気を張っていた。だから旧知の間柄である恵美の声は私を隠し立てのいらないあの頃に戻してくれたが、自分を変えようと敢えて捨てた関係がまた近付いてくるのは、どうもわずらわしい。

「……うん。良いよ」

 ほんのわずか悩んだのち、私がそう答えると、

『良かったぁ、断られたらどうしよう、と思ったよ。渚はもう都会の女だからね』

 冗談めかした口調だった。渚は私の名前だ。恵美が、渚、と呼ぶ時のイントネーションは他のひとと違っていて、私は初めて会った頃からそこに小馬鹿にしたような色を感じ取っていた。

 何が、断られたらどうしよう、だ。断られるなんて思ってもいなかったくせに。
 姉にもそう思われていたように、私たちは周囲からとても仲が良いと思われていた。

 恵美との通話を終えると、またすぐに電話の音が鳴った。恵美だと決め付けて取った受話器から聞こえてきた声に、私は慌ててしまった。ちゃんと着信の登録名を見てから、出るんだった。

「ごめん。急に。もしかして寝てた。声がちょっと怒っている感じだったけど」
「ううん。そんなことないよ」

 声の主は、現在の恋人で、そして彼は私の最後の恋人になる予定だ。

 彼は業界のことを知らない人間でも、聞けば大抵はその名を知っている電機メーカーの社長の息子で、大学を卒業したら、その会社に縁故採用されるだろう、と言われている。周りもそう噂していたし、本人もそのつもりでいることを自分で口にしていた。彼は小説を書いていて、分かりやすい文学青年を気取っているところもあり、卒業したら一切書かない、在学中に芥川賞でも取ってやるぜ、なんて公言していたが、たぶんそれは無理だろう、というのが実際に作品を読んだ私の正直な感想だった。

 社長の息子、というステータスに惹かれて交際しているのだろう、と陰で言われていることは知っていた。彼は決して見てくれが良いわけでもなく、才能や知性に溢れているような雰囲気に対して、首を傾げてしまう部分があまりにも多かったからだ。ただ私は彼と付き合いはじめるまで、彼の家族のことなんてひとつも知らなかった。

 彼には才能がない。そんな才能を持たない人間が苦しんでもがいている姿に、私はどうしようもなく惹かれてしまうのだ。周囲には理解されないだろうし、プライドの高い彼には絶対に知られてはいけない私の本心だ。

 とはいえ……、
 もともとは結婚のことなんてまったく頭になかったが、交際の後のその先まで考えるようになったきっかけは、彼のステータスを知って、だったのだが……。

「それなら良いんだけど……」
「さっき高校の頃の友達から電話が来て、長話になっちゃったから、すこし疲れてただけ」
「へぇ、きみの友達……確か和歌山の田舎って言ってた、っけ?」
「そうよく覚えてたね。本当に何もない田舎。大嫌いだった」
「でも、離れても連絡を取り合える友達がいるなんていいじゃないか。僕にはそんな相手、誰もいないよ」
「都会でうまくいってない人間を見つけて、馬鹿にしたいだけよ、きっと」
「ありゃ、もしかして仲の悪い相手だった?」
「嫌い。あの田舎と同じくらい」
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