夏夜と死の怪談会

サトウ・レン

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鈴木翔平

殺せ、と彼の声がする 中編

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 なぁ佐藤さん、世の中で一番怖い人間、って聞いて、どういう奴を想像する。
 喧嘩の強い人間、狡猾な人間、色々といるとは思うけど、俺は、心とか考えの読めない人間が一番怖い。

 んっ。どうしたんですか、相瀬さん。そんな変な顔して。

 いいや。話を戻そう。
 まぁそれなりに生きてりゃ……なんて俺の世代くらいの人間が言う言葉でもない気はするが、まぁでもそれなりに生きてりゃ、どういう時に人間が、怒ったり、喜んだり、悲しんだりするのか、ある程度、想像できるようになってくる。人間関係を構築するうえで、この想像力は強い力になるわけだけど、たまに、喜ぶと思って伝えた言葉で怒られて、どう考えても悲しむとしか思えない言葉に喜びを覚えたり、こっちの想像を否定してくるような人間がいて、俺はそんな人間が何よりも怖いんだ。

 Oさんは、まさにそういう人間だった。
 はじまりは女性関係のトラブルだった。Oさんの付き合っている恋人が、俺の高校の時の同級生で、さ。

 手を出したのか、って?
 あれが手を出した、っていうのなら、世の中の浮気と俺の定義する浮気には天と地ほどの隔たりがあるような気もするけどな。

『同窓会、やろうぜ』
 なんて高校の時の仲の良かったクラスメートから電話があって、まぁ同窓会なんて言っても、全員に案内状送って、先生まで呼んで、みたいな堅苦しい感じのやつじゃなくて、当時よく一緒につるんでたやつら中心に集まって、居酒屋からカラオケに行って、飲んで、騒ぐだけの同窓会だよ。

 その中に、Oさんの彼女だった女もいてさ。
 もちろん知らなかった。たぶん会を開いたやつも知ってたら、呼ばなかったんじゃないかな。本当に面倒くさいんだ、Oさんは。それは俺たちの共通認識としてあったはずだから。

 カラオケから出て、そこから彼女が歩きで帰る、って話で、ちょうどいまいるこのアパートからも徒歩圏内の場所ってのもあったから、俺が彼女を送っていくことにしたんだ。多少下心があったことは否定しない。

 でも、それだけだ。なぁこれだけで浮気、って呼ぶのなら、世の中はもっと浮気で溢れていいと思うんだけど、違うのかな。

 帰り道、確かに酔った彼女の距離がやけに近かったのは事実だ。もしかしたら彼女のほうには、そういう気持ちがあったのかもしれない。会話の中にそう思える節はあった。

 彼女を家に送って、帰っている途中だよ。
 背後から声がして、さ。

 夜の沈んだ景色に似合わない、うるさい気配を漂わせた男がいてさ。それがOさんだった。

「よぉ、翔平。お前、ひとの女に手を出したか」
 なんて笑いながら言うのが、また怖くてな。

 ちょっとそこまで面貸せよ、って言われて、近くにあった神社裏にまで連れて行かれて、殴られたんだ。
 俺とOさん、もし「どっちが強いでしょう」って質問したら、たぶんOさんを知っているほとんどのひとは、Oさんを挙げると思う。Oさんは俺よりも小柄で、外見だけで言えば喧嘩が強そうな雰囲気なんてひとつもない。

 だけど俺とOさんが喧嘩を百回したとしたら、俺は百回負けると思う。こういう時に強いのは、場慣れしていて、容赦を知らない人間だ。

「な、にゃにお」
 思わず俺は馬鹿みたいな声を上げてたよ。子どもならかわいいのかもしれないが、大人の男が出すには歪すぎる声だってのは理解してるが、恥ずかしがる余裕もないほど、俺は焦っていた。

「なぁ、翔平、ひとの女に手を出したら、だめだぞ」
 柔らかい口調だったけど、目は笑っていなかった。でも怒っている、という感じでもなくて、どこか嬉しそうで、獲物を見つけたみたいな顔だった。仮に俺が浮気していたとしても、Oさんは同じ態度を取っていたと思う。浮気した、していない、それ自体は別にどうでもいいんだ。このひとは。

「本当に謝罪したい気持ちがあるなら、俺は言葉で済ませるのは違うと思うんだよな。なぁ、そう思わないか」
 つまりは金を払え、ってことだ。Oさん側から具体的な金額は言ってこなくて、金額を言ったのは俺だ。言わされた、のほうが正しいかな。分かりやすい恐喝の手法だよ。金額か……、まぁただのフリーターが簡単に払えるような金額じゃない。いくらかは伏せておくことにしようか。金額から、いまの俺の経済状況を推測されても嫌だからな。

 まぁこういうことがあって、さ。
 金策に走ったわけだ。もちろん最初からS君に狙いを定めてたわけじゃないよ。友達を中心に、お願いして回ってたんだけど、さ。みんなから断られて。Oさんのことはお願いした相手の誰にもいわなかったけど、それでも俺が変なトラブルを抱えてる、ってのは感じ取ってたんだろう。そりゃ巻き込まれたくないわな。まぁあと、俺がお金の返済にルーズな人間、ってのもあったとは思うが。

「嫌だよ」
「面倒くさいな」
「他の奴に言えよ」
「お前に貸す金なんてあると思うか」
「ってか、まず前に貸した金返せ」
 みたいな感じで、友達甲斐のない薄情な奴らだよ。

 Oさんからは一週間、って期限を付けられてたから、どんどん時間はなくなってきて、焦る一方だよ。
 正直に無いこと話して謝り倒したら、ってか?
 聞いてくれるはずがない。あのひとを知らないから言えるんだ、そんなこと。そもそもそんな言葉に耳を傾けてくれる人間は、はじめからお金を脅し取ろうなんてしないさ。

 で、俺が頼ったのは、S君だよ。

 多少罪悪感はあったが、もうこっちも余裕なんてなくてな。S君がそれなりにひとに貸せる金を持っていて、ある程度、強引にいけばなんとかなる、って感じた以上、どうしても逃すわけにはいかなかったんだ。

 罪悪感があるなら、それはもうただの借金じゃない、って?
 まぁそうかもな。

 ……なぁ佐藤さんは同じ状況になった時、絶対に俺と同じ行動はしない、って言い切れるか。一切犯罪にもグレーな行為にも手を染めない、って。一度真剣に自分の胸に手を当てて考えてみなよ。もしそれでも本当に一切俺のようにならないと言えるんなら、まぁそれはそれでご立派なことだが、もしかすかにでも自分自身を信用できない、って思いが掠めてるなら、そんな蔑んだ目で俺を見ないほうがいい。

 まぁ話を戻すが、
 で、俺はまぁS君から金を借りたわけだ。何度も言うが、奪い取ったわけじゃない。借りたんだ。

 S君はどんな顔してたか、って?
 どんな感じだったか、って?

 さぁ覚えていないし、思い出す気もないよ。いちいちそんなことを気にしていたら、そもそもできるわけがないんだよ、こんなこと。見ない振りしなけりゃ、無理なことを、俺たちはやっているんだ。たち、って付けるのはさすがに感じが悪いか。

 同僚のRさんが知っていたのは、たぶんこの件で、ここまでだろう。
 ここからはおそらく俺とS君、Oさんしか知らないはずだ。

 俺とS君の距離感はそこから明らかにおかしくなって、S君はたぶん俺にお金のことを言いたいと思っていて、いつ返済してくれるの、とかそういうことだよな。だけど言葉にすることで、俺の逆上してしまうのを恐れている感じだった。で、俺のほうもこの話題は避けたいから、S君と話す機会自体を減らそうとしていた。元々仲の良い間柄でもなかったから、俺たちの会話がさらに減ったところで、周りのほとんど誰も気付いていない様子だった。ただRさんのあの反応を見てると、彼女はもしかしたらS君から結構な相談を受けてたのかもしれないな。もちろん深く突っ込んで聞いて、俺とS君のその後のことまでばれるわけにもいかないから、何も言わなかったが。

「ふぅん、どうやって集めたんだ」
 お金の支払い日、Oさんに渡すと、俺がお金を払ったことよりも、そちらが気になっている様子だった。で、まぁ俺がS君のことを話すと、Oさんはなんか嬉しそうに聞いてたな。まるで新しい獲物を見つけた、って感じで。言わなきゃ良かった、って思ったけど、でも隠し事をした時、後でどうなるかって考えたら、俺に秘密にするなんて選択はなかった。本当だよ。矛先を逸らすために、自分から進んで話したとか、そんなことじゃない。いくら俺でもそこまでしないさ。はは。

 Oさんの部屋を出た帰り道、時刻は真夜中近くになっていて、夜の、暗く澱んだ景色がやけに不穏だったのを覚えている。そうちょうどいまみたいな景色だ。その日はバイクや車がよく走っていたのか、走行音がやたらと遠くから聞こえてきて、うるさいな、と思っていた。虫の羽音も、鈍く光を放つ月も、何もかもが嫌だった。そんな風に心がささくれ立つのは、きっとすでに起こる未来を予想していて、罪悪感を覚えてたからかもしれない。

 コンビニでビールを何本か買って、公園のベンチに座って、それを一気に飲み干した。とりあえずいまだけでもこの恐怖から逃れるすべが欲しい。そんな思いで。酔ったまま家に帰って、そこからはあまり覚えていない。とりあえず寝て、起きたら朝で、気持ち悪くて吐きそうだった。二日酔いだけが原因じゃない気がする。

 体調不良、って連絡を入れて、俺はその日、仕事を休んだ。
 いや実はその日だけじゃなくて、三日休んだ。
 三日目の夜、俺の自宅をひとりの男が訪ねてきた。

 S君だった。

 僕は死んで、誘拐されたんだ、って言って。
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