21 / 27
インタールード
インタールード 5
しおりを挟む
夢宮くんの話が終わった。
あとひとり、と意味ありげな言葉を残して。問い質してみたい気持ちもあったが、結局、神原の話を聞けば分かることなのだろう。
「どうする」
と言ったのは、神原だった。意味ありげな笑みを浮かべて。
「何が」
「このまま話を続けようか。休憩なんか挟まずに」
「いや、すこしインターバルは置きたいな」
僕はひとり、夜風に当たりに外に出た。不安な気持ちを抑える時には、外の空気を浴びるのが一番良い、とむかし僕に教えてくれたのは、朝里だ。実際にそうなんだろう、と思うが、生温い風はこれと言って心地良さを与えてはくれない。
背後から声がした。
「どうしたの、そんなに憂鬱な顔をして」
相瀬さんだった。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』と送ってくれた相瀬さんのメッセージを思い出す。ただ残念ながら、相瀬さんの話を聞いたいまとなっては、相瀬さんも信じることのできないひとになっている。
「だいぶ疲れる話ばかり聞いてきましたから」
「あとひとりだよ」
「まるで僕の話の番が来ないような言い方ですね」
僕の疑問に、相瀬さんは答えてはくれなかった。
僕はこれまで五人の話を聞いてきた。
一人目は、小野寺さん。仕事でゴミ屋敷の清掃に行った際、学生時代からの知り合いでもあった職場の先輩を殺した話だ。いま思えば、もっとも怪談らしい怪談は、この話だったのかもしれない。それでもいびつではあるが。
二人目は、新倉さん。大学時代の恋愛のもつれの話だ。おのれの性別を偽った、というよりは、意図的に隠した、というべきか。その行動が生んだ恐怖だ。新倉さんの語りのせいか、どことなくコミカルに感じた部分もあったけれど、男性としては、こんなに怖い話はない。しかし新倉さんはいまだにどこか性別を濁しているところがあり、男性だと信用しきれない。
三人目は、鈴木さん。自分の行動が原因で死んだバイト先の同僚の霊と出会って、仲間割れのように不良の先輩を殺した男だ。横柄な語り口もあって、不信感以上に、不快さを感じさせる人物だった。だけどこの種の話を語る上で、彼ほどの適任はいないだろう。
四人目は、相瀬さん。そして彼女は目の前にいる。ちいさなコミュニティの中で支配者的な存在になっていた母親との話だ。僕がきょう聞いた話の中で、もっとも罪のにおいが薄かったのが、相瀬さんだ。いやひとを殺したことに変わりはないのだが。初対面の時点で、僕は相瀬さんに好意まで告げているわけなのだが、本当に自分自身のその心が変わっていないか、というと、怪しい。たった一日で、こんなことになるなんて思いもしなかった。
五人目は、夢宮くん。先ほど聞いたばかりの話を振り返る必要もないだろう。末恐ろしい子どもだ、と思う。大人になった時、彼がどうなっているのか心配になる。あんな生き方をして、大人になる未来があるかどうかも怪しいけれど。
彼らの話は、死のにおいに満ちている。
もちろんすべての話が真実であるなら、と仮定しての話だが。
「相瀬さん」
「何?」
「メッセージの話はなんだったんですか。あの『みんなを信じ過ぎちゃだめ』って」
「あぁ。あれは、どちらにしても、もうすぐ分かる。神原くんの話が終わった時に」
「まるでどんな話をするのか知っているような口ぶりですね」
「そうね、まぁ。知ってるかもね」
「その反応は知ってますね」
「仮にそうだとして、佐藤くん。あなたはあまり驚いていないみたいだね」
「えぇ、途中からうすうす気付いていました。もちろん具体的なことは、何も分かりませんが、すくなくとも今夜の催しが僕のために開かれたものだ、とは」
これから僕を何が待ち受けているのか。
「怖い?」
「怖いですよ。もちろん」
「そのわりには、あまり怖がっているように見えない」
「きょうは朝から色々ありましたから。もうどうでもいい、って気持ちになってるのかもしれませんね」
「知ってる? 世の中で一番強いのは、そういう人間、って」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「相瀬さんの話、ってどこまで本当なんですか?」
「そんなの」相瀬さんが笑う。「知ってしまったら、興ざめだと思わない。せっかくの催しが」
「そうですね。あの……、この会が終わったら、一緒に帰りませんか」
相瀬さんがため息をつく。相瀬さんはひとの心が読める、と言っていた。いや相手の望みが分かるだったか。それが本当なら、僕の気持ちも分かっているのだろうか。
「驚いた。私のあの話を聞いて、まだそんなことを言うなんて。怖くないの?」
「僕はこういう時、ブレーキを踏めないタイプなんです」
朝里に告白した時も、そうだった。神原という存在があったことを知りながらも、止められなかったのだ。付き合ってからも、神原のことはつねに、頭の片隅にあった。
「もうそろそろ、休憩も終わりかな」
「あの……答えは」
「いいよ、一緒に帰ろうか。この会に終わりが訪れる、なら」
まるで永遠に終わりが来ないかのような言い方だ。
僕たちは、部屋へと戻る。
そして僕はこれから、最後の嘘を聞く。
「戻ってきたな。じゃあ、俺の話だ。この日のためだけの、とっておきの話だ。これから話す予定もない。最初で最後の話だよ」
部屋を暗くして、神原がじっと僕を見る。彼は他の誰も見ない。僕だけを見ている。周りが不在で、この空間に僕たちふたりしかいない気分になる。外野の息づかいさえ聞こえてこなくなった。僕も彼の話だけに集中することにした。
あとひとり、と意味ありげな言葉を残して。問い質してみたい気持ちもあったが、結局、神原の話を聞けば分かることなのだろう。
「どうする」
と言ったのは、神原だった。意味ありげな笑みを浮かべて。
「何が」
「このまま話を続けようか。休憩なんか挟まずに」
「いや、すこしインターバルは置きたいな」
僕はひとり、夜風に当たりに外に出た。不安な気持ちを抑える時には、外の空気を浴びるのが一番良い、とむかし僕に教えてくれたのは、朝里だ。実際にそうなんだろう、と思うが、生温い風はこれと言って心地良さを与えてはくれない。
背後から声がした。
「どうしたの、そんなに憂鬱な顔をして」
相瀬さんだった。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』と送ってくれた相瀬さんのメッセージを思い出す。ただ残念ながら、相瀬さんの話を聞いたいまとなっては、相瀬さんも信じることのできないひとになっている。
「だいぶ疲れる話ばかり聞いてきましたから」
「あとひとりだよ」
「まるで僕の話の番が来ないような言い方ですね」
僕の疑問に、相瀬さんは答えてはくれなかった。
僕はこれまで五人の話を聞いてきた。
一人目は、小野寺さん。仕事でゴミ屋敷の清掃に行った際、学生時代からの知り合いでもあった職場の先輩を殺した話だ。いま思えば、もっとも怪談らしい怪談は、この話だったのかもしれない。それでもいびつではあるが。
二人目は、新倉さん。大学時代の恋愛のもつれの話だ。おのれの性別を偽った、というよりは、意図的に隠した、というべきか。その行動が生んだ恐怖だ。新倉さんの語りのせいか、どことなくコミカルに感じた部分もあったけれど、男性としては、こんなに怖い話はない。しかし新倉さんはいまだにどこか性別を濁しているところがあり、男性だと信用しきれない。
三人目は、鈴木さん。自分の行動が原因で死んだバイト先の同僚の霊と出会って、仲間割れのように不良の先輩を殺した男だ。横柄な語り口もあって、不信感以上に、不快さを感じさせる人物だった。だけどこの種の話を語る上で、彼ほどの適任はいないだろう。
四人目は、相瀬さん。そして彼女は目の前にいる。ちいさなコミュニティの中で支配者的な存在になっていた母親との話だ。僕がきょう聞いた話の中で、もっとも罪のにおいが薄かったのが、相瀬さんだ。いやひとを殺したことに変わりはないのだが。初対面の時点で、僕は相瀬さんに好意まで告げているわけなのだが、本当に自分自身のその心が変わっていないか、というと、怪しい。たった一日で、こんなことになるなんて思いもしなかった。
五人目は、夢宮くん。先ほど聞いたばかりの話を振り返る必要もないだろう。末恐ろしい子どもだ、と思う。大人になった時、彼がどうなっているのか心配になる。あんな生き方をして、大人になる未来があるかどうかも怪しいけれど。
彼らの話は、死のにおいに満ちている。
もちろんすべての話が真実であるなら、と仮定しての話だが。
「相瀬さん」
「何?」
「メッセージの話はなんだったんですか。あの『みんなを信じ過ぎちゃだめ』って」
「あぁ。あれは、どちらにしても、もうすぐ分かる。神原くんの話が終わった時に」
「まるでどんな話をするのか知っているような口ぶりですね」
「そうね、まぁ。知ってるかもね」
「その反応は知ってますね」
「仮にそうだとして、佐藤くん。あなたはあまり驚いていないみたいだね」
「えぇ、途中からうすうす気付いていました。もちろん具体的なことは、何も分かりませんが、すくなくとも今夜の催しが僕のために開かれたものだ、とは」
これから僕を何が待ち受けているのか。
「怖い?」
「怖いですよ。もちろん」
「そのわりには、あまり怖がっているように見えない」
「きょうは朝から色々ありましたから。もうどうでもいい、って気持ちになってるのかもしれませんね」
「知ってる? 世の中で一番強いのは、そういう人間、って」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「相瀬さんの話、ってどこまで本当なんですか?」
「そんなの」相瀬さんが笑う。「知ってしまったら、興ざめだと思わない。せっかくの催しが」
「そうですね。あの……、この会が終わったら、一緒に帰りませんか」
相瀬さんがため息をつく。相瀬さんはひとの心が読める、と言っていた。いや相手の望みが分かるだったか。それが本当なら、僕の気持ちも分かっているのだろうか。
「驚いた。私のあの話を聞いて、まだそんなことを言うなんて。怖くないの?」
「僕はこういう時、ブレーキを踏めないタイプなんです」
朝里に告白した時も、そうだった。神原という存在があったことを知りながらも、止められなかったのだ。付き合ってからも、神原のことはつねに、頭の片隅にあった。
「もうそろそろ、休憩も終わりかな」
「あの……答えは」
「いいよ、一緒に帰ろうか。この会に終わりが訪れる、なら」
まるで永遠に終わりが来ないかのような言い方だ。
僕たちは、部屋へと戻る。
そして僕はこれから、最後の嘘を聞く。
「戻ってきたな。じゃあ、俺の話だ。この日のためだけの、とっておきの話だ。これから話す予定もない。最初で最後の話だよ」
部屋を暗くして、神原がじっと僕を見る。彼は他の誰も見ない。僕だけを見ている。周りが不在で、この空間に僕たちふたりしかいない気分になる。外野の息づかいさえ聞こえてこなくなった。僕も彼の話だけに集中することにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる