夏夜と死の怪談会

サトウ・レン

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エピローグ

後の祭り

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 僕の住む、そして僕たちがかつて一緒に暮らしていたマンションまで、もうすぐだ。

 もう彼女が戻ってこない、と知っていても、もしかしたら部屋の玄関を開けると、彼女が出迎えてくれるんじゃないか。そんな都合の良い妄想を浮かべてしまう。

 気持ちは焦っているのに、足取りは重い。
 部屋の前に立って、僕はひとつ大きく深呼吸する。

 玄関のドアを開けると、残ったままの朝里の靴が水に濡れている。そのそばには、割れた花瓶があって、破片が飛び散っている。片付けなんて、朝里がいないことに比べたら些末な問題だけど、それでも後々の掃除を考えれば、憂鬱にはなる。

 靴を脱いで、リビングに行くと、置時計は地面に落ちて時を止めたままで、カレンダーは引き裂くように破れてしまって、記念日に付いていた丸印も半月のような形になっている。割れた食器にコップ、大喧嘩の後の、残骸がそこらじゅうに残ったままだ。あの時、結構な音が響いていたけれど、隣人には何も思われなかっただろうか。

 防音はしっかりしてるから、と信じたいところだ。
 僕はクローゼットを見る。
 鈴木くんが人殺しじゃないか、という話をした時、相瀬さんは想像以上にあっさり引き下がった。それはきっと彼女自身が、その話を何も信じていなかったからだ。彼女のひとの心が読める、という話は真実なのかもしれない。

 相瀬さんはきっと、鈴木くんの部屋のクローゼットなんて見ていない。
 クローゼットの前に立つ。
 僕の手は震えている。

『私たちはここで別れて、もう会わないほうがいい。お互いのため、あなたのためでもある』
 相瀬さんの言葉がよみがえる。

 きっと彼女は気付いていたのだろう。だからあの時、僕と関わる気がない、という意志表明をしたのだ。相瀬さんが僕の誘いの手を取っていたら、彼女は朝里と同じようになっていただろう。だってあの時には僕の相瀬さんに対する好意なんて、何もなくなっていたからだ。ただ僕は知りたかっただけだ。僕の隠し事に気付いた、相瀬さんの真意について。

 沈黙を選ぶならば、僕だって何もしない。
 彼らが、誰も殺していないことなんて、はじめから分かっていた。あんなのはただの虚構。馬鹿馬鹿しい作り話だ。

 だって彼らは、僕とは違うにおいがした、から。

 現実の扉を開くように、僕はクローゼットを開ける。
 都合の良い物語に変わることはなく、そこに朝里の死体は残ったままだ。
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