7 / 20
第一部 雨と、僕たちのはじまり
かくれ鬼は、見つかる時を過ぎて。
しおりを挟む
かくれ鬼、という遊びがある。
僕は誰もが知っている遊びだ、と思っていたのだけれど、そうではない、と知ったのは、つい一年ほど前のことだ。どんなきっかけか、までは覚えていないが、大学の同級生と子どもの頃の話になり、僕がかくれ鬼の話を振ると、その同級生は困ったように首を傾げていた。何それ、と。
かくれ鬼は、かくれんぼと鬼ごっこを一緒にしたような遊びだ。鬼がかくれんぼと同じ要領で、隠れている人間を探すが、見つかればそれで終わりじゃなく、そこから走って逃げることができる。
仲良くなって、まだそんなに経っていない頃だから、僕たちは四年生だったはずだ。
葉瑠にとっても、それなりに仲の良い生徒も増えつつあって、以前ほど周囲から見ても、孤独な雰囲気はなくなっていたが、それでもときおり、他の生徒たちとの間に、ちいさな距離がかいま見えていた。そんな時期だ。
当時、僕たち男子たちの中で流行っていた遊びが、キックベースだ。野球とサッカーを混ぜたような遊びで、そんなに運動神経がよくなかった僕にとっては、あまり参加したい遊びではなかった。まぁただの偶然でしかないのだけれど、かくれ鬼にしろ、キックベースにしろ、当時の僕たちの間では、何かと何かの遊びを掛け合わせたものが流行っていたのだ。
放課後の、よくキックベースに参加するメンバーの中に、最初は僕も入っていたのだけれど、途中でみずから外れることにした。別にのけ者にされたわけじゃない。ただチームリーダーがじゃんけんで自分のチームのメンバーを取り合うのだが、毎回僕が最後に残ってしまうくらい、僕はこの遊びに向いていなかった。わざわざそれを口にするクラスメートはいなかったけれど、やっぱりひしひしと伝わってくるものがあり、僕はそれとなく断るようになったのだ。
菱川も、このキックベースには、ほとんど参加していなかったはずだ。
確か秋頃だった。僕と菱川と、葉瑠、そしてあと何人かの生徒が、決まったメンバーとして、よく放課後の教室に残って、だらだらと話していた時期がある。僕と菱川だって、もちろんそんな毎日、秘密基地に行っていたわけではなく、この時期はあまり、あの屋敷には顔を出していなかった。放課後の教室で、気の合う同級生と複数人で話すのを、楽しんでいた頃だ。
「ねぇ、いまからさ。公園に行かない?」
そう言ったのは、小林だ。彼女は、市内のテニスクラブに入っている、明るく活発な女の子で、静かに本を読んだりするよりも、身体を動かしたりするのを好む性格だった。男女分け隔てなく接するクラスの人気者で、いつも周りに自然とひとが集まってくるような、そんな子だ。僕は彼女と話す時、つねに緊張していた。小学校を卒業するまで変わらずに。嫌いだったわけではもちろん、ない。彼女を嫌いなクラスメートなんて、あの頃もしいるとしたら、その人気にやっかみを覚えていた子くらいだろう。
眩しいくらいに、目立つ女の子だった。
だからこの緊張は、気後れに近い。僕はどちらかと言うと、目立たない存在だったので、彼女との間に隔たりを、僕自身が勝手につくってしまっていたのだ。小林は、そんなこと何も考えていなかった、と思う。
僕の小林への接し方を、葉瑠は勘違いしていたみたいだ。
「ねぇ、結城くん、小林さんのこと、好きでしょ」
と言われたことがある。これに関しては何年生の時だったか、まったく覚えていない。
「小林のこと?」
「うん」
「なんで? 別に、そんなことないよ」
そう返した時、僕はきっと驚いた表情を浮かべていた、と思う。隠していた気持ちを言い当てられたから、ではなく、なんでそんなことをいきなり言い出すんだろう、という驚きだった。もしも彼女から好意を持たれていたとしたら、僕は嬉しい、と感じるはずだ。だけど小林が、僕に恋愛感情を持っていたとは考えられない。僕にしたって、小林のことを、かわいいなぁ、と感じることがなかった、と言えば、嘘になるけれど、その心持ちが、恋だったか、というと首を傾げてしまう。
まぁなんというか、僕と小林はそれくらいの関係だった。
かくれ鬼の場所として、僕たちが選んだのは、学校の近くにあるそれなりに広々とした公園で、ブランコやシーソー、ジャングルジムなど多くの遊具が備えられていて、中央には広場があり、小高い丘を駆け上がると、そこには屋根とテーブル付きのベンチがあった。悩みのある時なんかは、僕はもうすこし大きくなってからも、そこによく訪れた。あまり褒められたことではないのだが、中学や高校の時、どうしても学校に行きたくない気持ちが限界に来ると、ひとりでこのベンチに座って、特に何をするわけでもなく、空を眺めていた。ただぼんやりと景色を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる瞬間がある。その一瞬を、僕はたびたび、この景色に求めたのだ。もちろん悩みの大きさ次第では、どうにもならないのだけど……。
その時、一緒にかくれ鬼をすることになったメンバーは、僕、菱川、葉瑠、小林、あと三人、クラスメートがいた。全部で七人。男子が四人で、女子が三人だった。
七人で円になって、鬼役決めの、じゃんけんをする。
鬼になったのは、僕だ。隠れる場所自体はすくない、とはいえ、この広範囲の中から六人を見つけるのは、結構大変だった。木やベンチの裏、さすがに僕が入れないので女子はそんなことしないだろうけど、男子ならトイレの中、隠れやすそうな場所から探していく。
「菱川! 見つけた!」
最初に見つけたのは、菱川だった。
公園での注意事項などが書かれた看板の裏に隠れていたのだ。見つけてしまえば、僕より足の速い子はその中にはいなかった。そもそも運動が好きなタイプの男子は、ほとんどキックベースのほうに参加しているからだ。
そのあと、次々と見つけていき、残ったのは、小林と葉瑠のふたりになった。
「もうだいぶ、遅くなってきたな……」
そう言ったのは、菱川だ。辺りは橙色に染められていて、逢魔が時なんて言われるのが似合いの景色になっていた。
「私たちも手伝うから、早く見つけようよ」
とクラスメートの女の子が言うので、僕たちはみんなでふたりを探すことになった。数人がかりだと、小林は意外とすぐに見つかった。木々と金網の間の、どうやってそんな場所に入ったのだろう、という狭い場所に隠れていた。
「どんなところに、隠れてるんだよ」
「へへっ、ごめん」
と、僕の呆れた言葉に、小林が照れたように笑った。
とりあえずこれで、あとは葉瑠だけだ。
そう思った時、
大きな笑い声が聞こえた。聞いた瞬間、あぁ嫌だな、と思う、そんな印象の。僕たちがその声のほうを向くと、中学校の制服を着たちょっと不良な感じのグループが数人集まって、大声を張り上げていた。うちの小学校の卒業生なのだろう、見覚えのある顔もいる。小学生をいじめている中学生の話を、その時期よく聞いていた僕たちは、その雰囲気から、彼らが犯人だ、と思った。
「とりあえず急いで永瀬を見つけて。逃げよう!」
僕の言葉にみんなが頷き、僕たちはこっそりと行動した……つもりだった。
だけど、こんな時に限って、タイミング悪く見つかってしまうのが、僕の運の良くないところだ。
僕と中学生グループのひとりの目が合ってしまって、そのひとりが僕たちのほうへと向かってきた。
「逃げろ!」
と、菱川の言葉を合図に、僕たちは散り散りになった。僕は小高い丘を駆けて、ベンチへと向かい、テーブルの下に隠れる。
そこに葉瑠がいた。
「結城くん!」
「永瀬」
僕たちは互いにびっくりした声を上げた。
「びっくりした――」葉瑠の言葉を止めようと、僕は慌てて自分の唇の前に、人差し指を付ける。驚きのせいか、想像以上に、その声が大きかったからだ。「どうしたの? 鬼でしょ。なんで隠れようとするの?」
僕の行動に従って、彼女は声をちいさくしてくれた。
「実は、それどころじゃなくて……」
僕は葉瑠の耳もとで、これまでの出来事を話すことにした。ここまでの経緯を聞き終えた彼女は、ごめん、と言った。
「すぐに見つかってたら、良かったね」
「いや、永瀬は悪くないよ。でも、ここ探した記憶が……」
「あっ、実はあんまり来るの遅いから、一度トイレに行ったんだ。その時に、もっと見つかりやすい場所にしようかな、って」
もともとは茂みの中に隠れていたらしい。そこも探しているので、タイミングが悪かったのだろう。
「まぁ、見つかって良かった……。じゃあ、とりあえず反対の坂をおりよう」
僕と彼女がテーブルの下から出ようとした時、叫び声が聞こえた。菱川の声だ。遠くから、その様子が見えて、中学生のひとりと追いかけっこをしているような状況になっていた。いまになって思えば、あれはとても滑稽な光景だったように思う。だけどあの頃の僕たちは必死だった。身の危険を感じるくらいの恐怖が、そこに確かにあったのだ。
小学生にとって、三つ四つ離れた中学生は、強大で、とても凶悪な存在で、そんな菱川の姿を見ながら、助けなきゃ、と焦った。
「永瀬は、逃げて! 公園の外に!」
僕はそう言って、菱川のもとへと、駆ける。
そして僕は中学生のグループに、ぼこぼこに殴られて……走りながら、そんな不安が駆け巡った。怖い。逃げたい。自分の行動に後悔しなかったか、と言えば、それは嘘になる。
「お、おい、ちょ、ちょっと待てって……」
近付くと、そんな声が聞こえてきた。声の主は、その中学生グループのひとりだ。状況に違和感を覚えたのは、その時だ。
結果から言ってしまうと、彼らは小学生いじめの犯人ではなかったし、さらにとても優しい性格だった。ごめんなさい、と疑ったことを謝ると、おそらくそのグループのリーダーっぽい雰囲気の中学生のひとりが、
「いやぁ、顔を見た瞬間に逃げられたから、あっ、怖がられてる、って思って。なんとか勘違いされてるなら、解きたいなぁ、なんて思ってさ。追いかけたんだけど、余計、怖がらせちゃったな。こっちこそ、悪かった」
と、言った。体躯は大きく、目つきも鋭かったので、外見の印象は怖かったけれど、穏やかなしゃべりかたには、安心感がある。
僕たちの周りを渦巻く雰囲気が和やかになった。
それを遠くから見て、察したのかもしれない。散り散りになっていたクラスメートたちが、集まってくる。葉瑠以外の、四人全員がいる。公園の外に出たものだとばかり思っていたので、その時には、本当にびっくりしてしまった。
公園の中で、全員が隠れて、こちらの様子を見守っていたのだ。
もう一度、中学生グループを相手にして、新たにかくれ鬼をしているような状況だったわけだ。ただ中学生たちの人柄が分かってしまえば笑い話でしかないけれど、それまでは遊びではない、緊張感があったわけだ。
「大丈夫、なんだよね……?」
こっそり他のひとに聞こえないように、僕の耳もとに囁いたのは小林で、僕はそれに頷いた。
それにしても無謀な行動をしてしまった。みんなが公園を出なかったのは、僕たちのことが心配だったからだ、と思う。それでも隠れていたのは、一歩間違えていれば、大惨事になっていたからだ。中学生くらいの少年が、自分よりもおさない小学生をいじめて、死なせてしまう、という事件は実際に存在するわけで、場合によっては僕たちがその当事者になっていたかもしれない。そう考えると、結局、運が良かっただけなのだ。
「永瀬、探さないと」
菱川が、ぽつり、と言って、僕以外は葉瑠がまだ、かくれ鬼を続けている、と思っているのだと気付いた。
「あぁ、永瀬はもう帰ってもらったから、大丈夫。さっき偶然、見つけたんだ」
だけど公園前の自転車置き場まで行くと、そこには葉瑠の自転車が残ったままだった。
「みんなで手分けして探す?」
僕は首を横に振った。大丈夫だ、と。
葉瑠がいる場所に、見当はついていた。きっと彼女は、そこにいる。
小高い丘をのぼって、テーブルの下に隠れているだろう葉瑠のもとへと行くと、彼女はすこし顔を赤くして、ほおを膨らませていた。
「ごめん、遅くなって」
「見つけるの、本当に遅い。……あんな言い方されて、無視していけるわけないよ。それなのに、なんか楽しそうに話してるし……」
「見てたなら、くれば良かったのに」
「なんか、悔しくて」
つまり彼女は、遠くから僕たちと中学生たちが仲良くなっている光景を見ていたらしい。それで自分だけ仲間外れになってしまったのが、嫌で、ここで拗ねていたわけだ。改めて隠れていたわけではなく。
とりあえず謝り続ける僕に、ちょっと冷たい目を向けてはいたものの、彼女はテーブルの下から出てきてくれた。
見回すと、辺りの景色は暗くなっていた。
僕は誰もが知っている遊びだ、と思っていたのだけれど、そうではない、と知ったのは、つい一年ほど前のことだ。どんなきっかけか、までは覚えていないが、大学の同級生と子どもの頃の話になり、僕がかくれ鬼の話を振ると、その同級生は困ったように首を傾げていた。何それ、と。
かくれ鬼は、かくれんぼと鬼ごっこを一緒にしたような遊びだ。鬼がかくれんぼと同じ要領で、隠れている人間を探すが、見つかればそれで終わりじゃなく、そこから走って逃げることができる。
仲良くなって、まだそんなに経っていない頃だから、僕たちは四年生だったはずだ。
葉瑠にとっても、それなりに仲の良い生徒も増えつつあって、以前ほど周囲から見ても、孤独な雰囲気はなくなっていたが、それでもときおり、他の生徒たちとの間に、ちいさな距離がかいま見えていた。そんな時期だ。
当時、僕たち男子たちの中で流行っていた遊びが、キックベースだ。野球とサッカーを混ぜたような遊びで、そんなに運動神経がよくなかった僕にとっては、あまり参加したい遊びではなかった。まぁただの偶然でしかないのだけれど、かくれ鬼にしろ、キックベースにしろ、当時の僕たちの間では、何かと何かの遊びを掛け合わせたものが流行っていたのだ。
放課後の、よくキックベースに参加するメンバーの中に、最初は僕も入っていたのだけれど、途中でみずから外れることにした。別にのけ者にされたわけじゃない。ただチームリーダーがじゃんけんで自分のチームのメンバーを取り合うのだが、毎回僕が最後に残ってしまうくらい、僕はこの遊びに向いていなかった。わざわざそれを口にするクラスメートはいなかったけれど、やっぱりひしひしと伝わってくるものがあり、僕はそれとなく断るようになったのだ。
菱川も、このキックベースには、ほとんど参加していなかったはずだ。
確か秋頃だった。僕と菱川と、葉瑠、そしてあと何人かの生徒が、決まったメンバーとして、よく放課後の教室に残って、だらだらと話していた時期がある。僕と菱川だって、もちろんそんな毎日、秘密基地に行っていたわけではなく、この時期はあまり、あの屋敷には顔を出していなかった。放課後の教室で、気の合う同級生と複数人で話すのを、楽しんでいた頃だ。
「ねぇ、いまからさ。公園に行かない?」
そう言ったのは、小林だ。彼女は、市内のテニスクラブに入っている、明るく活発な女の子で、静かに本を読んだりするよりも、身体を動かしたりするのを好む性格だった。男女分け隔てなく接するクラスの人気者で、いつも周りに自然とひとが集まってくるような、そんな子だ。僕は彼女と話す時、つねに緊張していた。小学校を卒業するまで変わらずに。嫌いだったわけではもちろん、ない。彼女を嫌いなクラスメートなんて、あの頃もしいるとしたら、その人気にやっかみを覚えていた子くらいだろう。
眩しいくらいに、目立つ女の子だった。
だからこの緊張は、気後れに近い。僕はどちらかと言うと、目立たない存在だったので、彼女との間に隔たりを、僕自身が勝手につくってしまっていたのだ。小林は、そんなこと何も考えていなかった、と思う。
僕の小林への接し方を、葉瑠は勘違いしていたみたいだ。
「ねぇ、結城くん、小林さんのこと、好きでしょ」
と言われたことがある。これに関しては何年生の時だったか、まったく覚えていない。
「小林のこと?」
「うん」
「なんで? 別に、そんなことないよ」
そう返した時、僕はきっと驚いた表情を浮かべていた、と思う。隠していた気持ちを言い当てられたから、ではなく、なんでそんなことをいきなり言い出すんだろう、という驚きだった。もしも彼女から好意を持たれていたとしたら、僕は嬉しい、と感じるはずだ。だけど小林が、僕に恋愛感情を持っていたとは考えられない。僕にしたって、小林のことを、かわいいなぁ、と感じることがなかった、と言えば、嘘になるけれど、その心持ちが、恋だったか、というと首を傾げてしまう。
まぁなんというか、僕と小林はそれくらいの関係だった。
かくれ鬼の場所として、僕たちが選んだのは、学校の近くにあるそれなりに広々とした公園で、ブランコやシーソー、ジャングルジムなど多くの遊具が備えられていて、中央には広場があり、小高い丘を駆け上がると、そこには屋根とテーブル付きのベンチがあった。悩みのある時なんかは、僕はもうすこし大きくなってからも、そこによく訪れた。あまり褒められたことではないのだが、中学や高校の時、どうしても学校に行きたくない気持ちが限界に来ると、ひとりでこのベンチに座って、特に何をするわけでもなく、空を眺めていた。ただぼんやりと景色を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる瞬間がある。その一瞬を、僕はたびたび、この景色に求めたのだ。もちろん悩みの大きさ次第では、どうにもならないのだけど……。
その時、一緒にかくれ鬼をすることになったメンバーは、僕、菱川、葉瑠、小林、あと三人、クラスメートがいた。全部で七人。男子が四人で、女子が三人だった。
七人で円になって、鬼役決めの、じゃんけんをする。
鬼になったのは、僕だ。隠れる場所自体はすくない、とはいえ、この広範囲の中から六人を見つけるのは、結構大変だった。木やベンチの裏、さすがに僕が入れないので女子はそんなことしないだろうけど、男子ならトイレの中、隠れやすそうな場所から探していく。
「菱川! 見つけた!」
最初に見つけたのは、菱川だった。
公園での注意事項などが書かれた看板の裏に隠れていたのだ。見つけてしまえば、僕より足の速い子はその中にはいなかった。そもそも運動が好きなタイプの男子は、ほとんどキックベースのほうに参加しているからだ。
そのあと、次々と見つけていき、残ったのは、小林と葉瑠のふたりになった。
「もうだいぶ、遅くなってきたな……」
そう言ったのは、菱川だ。辺りは橙色に染められていて、逢魔が時なんて言われるのが似合いの景色になっていた。
「私たちも手伝うから、早く見つけようよ」
とクラスメートの女の子が言うので、僕たちはみんなでふたりを探すことになった。数人がかりだと、小林は意外とすぐに見つかった。木々と金網の間の、どうやってそんな場所に入ったのだろう、という狭い場所に隠れていた。
「どんなところに、隠れてるんだよ」
「へへっ、ごめん」
と、僕の呆れた言葉に、小林が照れたように笑った。
とりあえずこれで、あとは葉瑠だけだ。
そう思った時、
大きな笑い声が聞こえた。聞いた瞬間、あぁ嫌だな、と思う、そんな印象の。僕たちがその声のほうを向くと、中学校の制服を着たちょっと不良な感じのグループが数人集まって、大声を張り上げていた。うちの小学校の卒業生なのだろう、見覚えのある顔もいる。小学生をいじめている中学生の話を、その時期よく聞いていた僕たちは、その雰囲気から、彼らが犯人だ、と思った。
「とりあえず急いで永瀬を見つけて。逃げよう!」
僕の言葉にみんなが頷き、僕たちはこっそりと行動した……つもりだった。
だけど、こんな時に限って、タイミング悪く見つかってしまうのが、僕の運の良くないところだ。
僕と中学生グループのひとりの目が合ってしまって、そのひとりが僕たちのほうへと向かってきた。
「逃げろ!」
と、菱川の言葉を合図に、僕たちは散り散りになった。僕は小高い丘を駆けて、ベンチへと向かい、テーブルの下に隠れる。
そこに葉瑠がいた。
「結城くん!」
「永瀬」
僕たちは互いにびっくりした声を上げた。
「びっくりした――」葉瑠の言葉を止めようと、僕は慌てて自分の唇の前に、人差し指を付ける。驚きのせいか、想像以上に、その声が大きかったからだ。「どうしたの? 鬼でしょ。なんで隠れようとするの?」
僕の行動に従って、彼女は声をちいさくしてくれた。
「実は、それどころじゃなくて……」
僕は葉瑠の耳もとで、これまでの出来事を話すことにした。ここまでの経緯を聞き終えた彼女は、ごめん、と言った。
「すぐに見つかってたら、良かったね」
「いや、永瀬は悪くないよ。でも、ここ探した記憶が……」
「あっ、実はあんまり来るの遅いから、一度トイレに行ったんだ。その時に、もっと見つかりやすい場所にしようかな、って」
もともとは茂みの中に隠れていたらしい。そこも探しているので、タイミングが悪かったのだろう。
「まぁ、見つかって良かった……。じゃあ、とりあえず反対の坂をおりよう」
僕と彼女がテーブルの下から出ようとした時、叫び声が聞こえた。菱川の声だ。遠くから、その様子が見えて、中学生のひとりと追いかけっこをしているような状況になっていた。いまになって思えば、あれはとても滑稽な光景だったように思う。だけどあの頃の僕たちは必死だった。身の危険を感じるくらいの恐怖が、そこに確かにあったのだ。
小学生にとって、三つ四つ離れた中学生は、強大で、とても凶悪な存在で、そんな菱川の姿を見ながら、助けなきゃ、と焦った。
「永瀬は、逃げて! 公園の外に!」
僕はそう言って、菱川のもとへと、駆ける。
そして僕は中学生のグループに、ぼこぼこに殴られて……走りながら、そんな不安が駆け巡った。怖い。逃げたい。自分の行動に後悔しなかったか、と言えば、それは嘘になる。
「お、おい、ちょ、ちょっと待てって……」
近付くと、そんな声が聞こえてきた。声の主は、その中学生グループのひとりだ。状況に違和感を覚えたのは、その時だ。
結果から言ってしまうと、彼らは小学生いじめの犯人ではなかったし、さらにとても優しい性格だった。ごめんなさい、と疑ったことを謝ると、おそらくそのグループのリーダーっぽい雰囲気の中学生のひとりが、
「いやぁ、顔を見た瞬間に逃げられたから、あっ、怖がられてる、って思って。なんとか勘違いされてるなら、解きたいなぁ、なんて思ってさ。追いかけたんだけど、余計、怖がらせちゃったな。こっちこそ、悪かった」
と、言った。体躯は大きく、目つきも鋭かったので、外見の印象は怖かったけれど、穏やかなしゃべりかたには、安心感がある。
僕たちの周りを渦巻く雰囲気が和やかになった。
それを遠くから見て、察したのかもしれない。散り散りになっていたクラスメートたちが、集まってくる。葉瑠以外の、四人全員がいる。公園の外に出たものだとばかり思っていたので、その時には、本当にびっくりしてしまった。
公園の中で、全員が隠れて、こちらの様子を見守っていたのだ。
もう一度、中学生グループを相手にして、新たにかくれ鬼をしているような状況だったわけだ。ただ中学生たちの人柄が分かってしまえば笑い話でしかないけれど、それまでは遊びではない、緊張感があったわけだ。
「大丈夫、なんだよね……?」
こっそり他のひとに聞こえないように、僕の耳もとに囁いたのは小林で、僕はそれに頷いた。
それにしても無謀な行動をしてしまった。みんなが公園を出なかったのは、僕たちのことが心配だったからだ、と思う。それでも隠れていたのは、一歩間違えていれば、大惨事になっていたからだ。中学生くらいの少年が、自分よりもおさない小学生をいじめて、死なせてしまう、という事件は実際に存在するわけで、場合によっては僕たちがその当事者になっていたかもしれない。そう考えると、結局、運が良かっただけなのだ。
「永瀬、探さないと」
菱川が、ぽつり、と言って、僕以外は葉瑠がまだ、かくれ鬼を続けている、と思っているのだと気付いた。
「あぁ、永瀬はもう帰ってもらったから、大丈夫。さっき偶然、見つけたんだ」
だけど公園前の自転車置き場まで行くと、そこには葉瑠の自転車が残ったままだった。
「みんなで手分けして探す?」
僕は首を横に振った。大丈夫だ、と。
葉瑠がいる場所に、見当はついていた。きっと彼女は、そこにいる。
小高い丘をのぼって、テーブルの下に隠れているだろう葉瑠のもとへと行くと、彼女はすこし顔を赤くして、ほおを膨らませていた。
「ごめん、遅くなって」
「見つけるの、本当に遅い。……あんな言い方されて、無視していけるわけないよ。それなのに、なんか楽しそうに話してるし……」
「見てたなら、くれば良かったのに」
「なんか、悔しくて」
つまり彼女は、遠くから僕たちと中学生たちが仲良くなっている光景を見ていたらしい。それで自分だけ仲間外れになってしまったのが、嫌で、ここで拗ねていたわけだ。改めて隠れていたわけではなく。
とりあえず謝り続ける僕に、ちょっと冷たい目を向けてはいたものの、彼女はテーブルの下から出てきてくれた。
見回すと、辺りの景色は暗くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる