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第二部 雨と、僕たちの終わり
新たな人生の中で、懐かしい彼女が。
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そのくせ、私は幽霊がないよりはあったほうがいいと思っている。理由は簡単だ。幽霊が存在しないよりは、存在したほうが世の中がたのしいからである。――――「恐怖の窓」遠藤周作
新しい同級生たちの中に、知っている顔はひとつもなかった。それは自ら望んでいたことで、想像通りだったにも関わらず、実際にその状況に置かれた時に萌したのは、寂しさだ。全員が全員、初対面からのスタートだったなら、また違っていたのかもしれないけれど、すでに顔見知りの生徒たちの間で、いくつかのグループができている。どれだけ願っていたとしても、生まれ変わらない限り、まったく一からのスタートなんてないのだ、と、高校の入学式を終えて、改めて実感してしまった。
人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ。
そう言ったのは、姉だ。
僕が受験する高校を選んだ際、誰よりも反対したのは、姉だった。両親よりも、僕に対する言葉は辛辣で、姉ならこういう考えを応援してくれるに決まっている、と思っていた僕は、落ち込むよりも前に、驚いてしまった。
その当時、姉は高校三年生で、進路のことや、あるいは付き合っている恋人との破綻しかけた関係に苦しんでいた。あとから知ることで、この時から知っていたわけではない。ただ漠然と、なんとなく生きている感じのする僕が、許せなかったのかもしれない。
「なんで、そんな高校を選んだの?」
と、姉は僕に聞いた。
「知っているひとが全然いない場所で、新しい人生を、って思って」
言いながら、中身のないハリボテのような、とても空虚な言葉だと思った。姉の言葉にとっさに返しただけで、そのあとにこの考えも悪くないかな、なんて思っていたのだから。
言葉が、心に馴染んでないのだ。
「人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ」
そして姉は、話の終わりに諦めたような口調で、そう言った。
姉の言葉通りになった、とは思いたくない。だけど、どこを歩もうとも、結局それまでとそれ以降を切り離すことなんてできない、と僕は入学初日から感じていた。
僕の通っていた巽高校は、僕の住む地域から遠く離れた田舎町に広大な敷地を持つ、生徒数八百人程度の私立高校だ。特別偏差値の高い学校ではなく、ただスポーツには全般的に力を入れていて、運動部を理由に選ぶのであれば、魅力的な学校だった。それ以外の生徒は、大抵公立の進学校の滑り止め、という場合が多い。ただその滑り止めにしても、僕の地域の生徒だったら、基本的には別の、近所の高校がほとんどで、巽高校を選ぶ生徒なんてほとんどいない。
なんで、と姉から聞かれた僕の答えが、先ほどの考えなわけだけれど、
本当の理由は、結局わずらわしかっただけなのだ。近所の高校へ行けば、顔見知りの同級生は自然と多く、その環境は、学校は変わっているのに、どこか区切りなく地続きな感じがして、それがひどくストレスになりそうな気がした。
それでこの高校を選んだくせに、いざ入ってしまえば、寂しい、という感情をまず抱いているのだから、勝手なものだ。
入学式が終わって数日経って、部活を決めるためのオリエンテーションがあった。巽高校には、高校が所有するにしては立派に過ぎる映画館か劇場と見間違うような大講堂があり、段差になって、上へと向かって並ぶ席の、座り心地も良かった。
僕はどこの部活にも所属するつもりはなかった。
一応、その高校にも将棋部はあったけれど、中学の時だって、そこまで将棋に熱心ではなく、残念ながらまた以前のように、そこでチェスの同好会を作って、というのは現実的ではない。あれは偶然、周囲が許容してくれただけで、狙ってできるようなものではないからだ。
「なぁ、結城はどこに入るか決めた?」
オリエンテーションが終わって、教室に戻った時、僕にそう聞いてきたのが、城阪だった。
高校時代の僕は、特進クラスにいた事情もあり、三年間同じクラスメートと学校生活を過ごした。城阪はそのクラスメートのうちのひとりだった。文武両道、なんて言葉があるけれど、城阪ほど、この言葉にぴたりと当てはまる同級生はいない。強豪と言われた巽高校の野球部でやがてエースとなる彼は、スポーツ推薦での入学が可能だったものの、一般入試を選び、特進クラスに入ってしまったのだ。理由はスポーツ科が嫌だったから、らしい。
勉強ができて、運動神経も良くて、性格も優しく、周囲から人気があった彼を見ながら、神様、って本当不平等に人間をつくったなぁ、と思うこともあった。
他のクラスメートと比べて、僕たちが特別、仲の良い関係だったわけではない。だけど特進クラスは生徒数がすくなかったこともあり、話す機会は多かった。
はじめて話した時、結城と城阪、ってしりとりなら続くな、と笑った彼を見て、やけに明るいやつだな、と思った覚えがある。
「まだ、全然決めてない。体験入部期間は、一週間って言ってた、っけ?」
「あぁ。色々回れるし、楽しそうでいいなぁ」
と、彼は心底、羨ましそうに言った。
「別に、城阪だって、好きなところ行けばいいじゃないか。まだ野球部に入る、って決めたわけじゃないんだろ」
「ま、そうなんだけどな。でも、結構もう外堀から埋められている、って感じで。なかなか断れない雰囲気なんだ。困ったもんだ」
「断りたい?」
「いや、もともと入るつもりだったから断る気はないよ。ただこう色んな部活があると、どうしても目移りはする、かな」
「で、興味ある部活は? 別に体験入部なら行っても大丈夫なんじゃないか?」
「先輩の目もあるから、さすがに、な」
この時点で、彼はまだ正式な野球部員ではなかったけれど、すでに他のスポーツ推薦の新入生に混じって練習していたらしい。この事実が、城阪への期待値の高さだった、と言ってもいいのかもしれない。
放課後、それぞれの教室や多目的室などに、各部活が散らばり、勧誘をおこなっていた。野球部、サッカー部、バレー部、卓球部、といったどこの高校にもあるような部活から、まだ部活として認められていないクイズ研究会、フェンシング愛好会、テレビゲーム研究会なんていう活動もあり、すこし歩いただけで、色々な先輩たちから声を掛けられた。帰宅部になるだろう、という予感はありつつも、まぁもし興味を持てるものがあれば、とそんな気持ちだったのだが、さっさと帰れば良かった、と後悔していた。
目当てのものがなく、うろうろとしていた僕は、格好の標的でしかなかったのだ。
かなりしつこく勧誘してきた部活もいくつかあった。人気の部活はそうでもないけれど、どうしても部員を集めたい、と躍起になっている部活の先輩方は押しも強く、なかなか大変だったけれど、逆にそういう態度で来られたことが、僕から、どこかの部活に入ろう、という気持ちを奪っていった。
きょうは帰ろう、と正門を出る。雨が降っている。ここ数日ずっと、雨続きだ。
傘置き場に、自分の傘が見当たらない。もしかして盗まれたのだろうか。最悪だ。僕はちいさくため息を吐く。
雨がもうすこし落ち着くのを待って、僕は正門玄関の庇の下から、ピンクに色づいた桜を眺めていた。濡れた地面に貼り付く花びらは、もともと儚い桜の寂しさを、より際立たせていた。
選んだ学校、本当にここで良かったのかな、と心の中でつぶやく。
人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ、と。
思い出すのは、姉の言葉だった。
「あれっ」
感傷的な想いに浸っていた僕の背後から声が聞こえて、振り返るとそこに、ひとりの女子生徒がいた。
「えっと……」
その付近には、僕以外に誰もいなくて、その言葉は明らかに僕に向けられたものだった。
困惑しつつも、見覚えはある。
長く、つやのある髪が印象的だった。どこか幼さの残る顔立ちに、昔の面影が重なり、僕は、あっ、と声を上げそうになってしまった。僕は彼女を知っている、と。
「やっぱり、結城くんだ」
嬉しそうな表情を浮かべる彼女の顔を見ながら、僕は焦っていた。どうしよう……、名前が思い出せない、と。彼女が僕の名前を覚えていただけに、余計に困ってしまった。
「あれ、覚えてない? 私のこと?」
「も、もちろん。覚えてるよ」
「そっか。じゃあ当ててみて」
絶対当たらないね、と彼女の顔は、そう語っていた。その表情を見て、僕は素直に謝ることにした。
「ごめん。分かりません」
「ふふ。最初からそう言えばいいんだよ。永瀬葉瑠……、どう? 思い出してくれた?」
「永瀬……、そうか、永瀬か。久し振り。い、いや、これだけは信じて欲しいんだけど、顔と名前が一致しなかっただけで、顔はすぐに思い出してたよ」
「別に疑ってないし、それに仮に忘れてたとしても、何も思わないよ。こんなに、久し振りなんだから。それで、どうしたの?」
「どうしたの、って何が?」
「いや、だって」葉瑠はずっと楽しそうな表情を浮かべていて、あの頃よりもずっと大人になったその顔を見ながら、お互いもう小学生じゃないんだな、と実感していた。「なんか雨を睨んでたから」
「そんなつもりはなかったんだけど。睨む、って……」
「ごめんごめん。でも本当に、そんな顔してるように見えたから。こういう雨、春霖、って言うんだよ」
「春霖?」
「そう」と葉瑠が頷き、言った。「春に長く降る、こういう雨を、春霖、って呼ぶんだよ。雨、って普通は……、すこし哀しい感じがするものだけど、春の、特に小雨が長く続くような雨は、どこか明るい感じがして、好きなんだ。まぁ哀しい感じ、って、私が勝手にそう思ってるだけ、なんだけどね」
「難しい言葉、知ってるね」
「前に小説で読んで、美しい言葉だな、って思ったから」
「そう、なんだ」
「傘、ないの?」
「まぁ、うん」
「電車で通ってるんだよね? 私もそうだから。良かったら、入ってく?」
「いや、それは……」
「あっ、照れてる。大丈夫、堂々としてれば、誰もたいして気にしないよ」
そう言って、葉瑠が傘を広げ、その下に、僕も入る。
葉瑠が、春霖、と呼んだ雨は、結局その日、僕たちが別れるまで続いた。そして家に着いた頃には、雨は上がっていた。
これが高校生になった葉瑠との再会だ。
新しい同級生たちの中に、知っている顔はひとつもなかった。それは自ら望んでいたことで、想像通りだったにも関わらず、実際にその状況に置かれた時に萌したのは、寂しさだ。全員が全員、初対面からのスタートだったなら、また違っていたのかもしれないけれど、すでに顔見知りの生徒たちの間で、いくつかのグループができている。どれだけ願っていたとしても、生まれ変わらない限り、まったく一からのスタートなんてないのだ、と、高校の入学式を終えて、改めて実感してしまった。
人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ。
そう言ったのは、姉だ。
僕が受験する高校を選んだ際、誰よりも反対したのは、姉だった。両親よりも、僕に対する言葉は辛辣で、姉ならこういう考えを応援してくれるに決まっている、と思っていた僕は、落ち込むよりも前に、驚いてしまった。
その当時、姉は高校三年生で、進路のことや、あるいは付き合っている恋人との破綻しかけた関係に苦しんでいた。あとから知ることで、この時から知っていたわけではない。ただ漠然と、なんとなく生きている感じのする僕が、許せなかったのかもしれない。
「なんで、そんな高校を選んだの?」
と、姉は僕に聞いた。
「知っているひとが全然いない場所で、新しい人生を、って思って」
言いながら、中身のないハリボテのような、とても空虚な言葉だと思った。姉の言葉にとっさに返しただけで、そのあとにこの考えも悪くないかな、なんて思っていたのだから。
言葉が、心に馴染んでないのだ。
「人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ」
そして姉は、話の終わりに諦めたような口調で、そう言った。
姉の言葉通りになった、とは思いたくない。だけど、どこを歩もうとも、結局それまでとそれ以降を切り離すことなんてできない、と僕は入学初日から感じていた。
僕の通っていた巽高校は、僕の住む地域から遠く離れた田舎町に広大な敷地を持つ、生徒数八百人程度の私立高校だ。特別偏差値の高い学校ではなく、ただスポーツには全般的に力を入れていて、運動部を理由に選ぶのであれば、魅力的な学校だった。それ以外の生徒は、大抵公立の進学校の滑り止め、という場合が多い。ただその滑り止めにしても、僕の地域の生徒だったら、基本的には別の、近所の高校がほとんどで、巽高校を選ぶ生徒なんてほとんどいない。
なんで、と姉から聞かれた僕の答えが、先ほどの考えなわけだけれど、
本当の理由は、結局わずらわしかっただけなのだ。近所の高校へ行けば、顔見知りの同級生は自然と多く、その環境は、学校は変わっているのに、どこか区切りなく地続きな感じがして、それがひどくストレスになりそうな気がした。
それでこの高校を選んだくせに、いざ入ってしまえば、寂しい、という感情をまず抱いているのだから、勝手なものだ。
入学式が終わって数日経って、部活を決めるためのオリエンテーションがあった。巽高校には、高校が所有するにしては立派に過ぎる映画館か劇場と見間違うような大講堂があり、段差になって、上へと向かって並ぶ席の、座り心地も良かった。
僕はどこの部活にも所属するつもりはなかった。
一応、その高校にも将棋部はあったけれど、中学の時だって、そこまで将棋に熱心ではなく、残念ながらまた以前のように、そこでチェスの同好会を作って、というのは現実的ではない。あれは偶然、周囲が許容してくれただけで、狙ってできるようなものではないからだ。
「なぁ、結城はどこに入るか決めた?」
オリエンテーションが終わって、教室に戻った時、僕にそう聞いてきたのが、城阪だった。
高校時代の僕は、特進クラスにいた事情もあり、三年間同じクラスメートと学校生活を過ごした。城阪はそのクラスメートのうちのひとりだった。文武両道、なんて言葉があるけれど、城阪ほど、この言葉にぴたりと当てはまる同級生はいない。強豪と言われた巽高校の野球部でやがてエースとなる彼は、スポーツ推薦での入学が可能だったものの、一般入試を選び、特進クラスに入ってしまったのだ。理由はスポーツ科が嫌だったから、らしい。
勉強ができて、運動神経も良くて、性格も優しく、周囲から人気があった彼を見ながら、神様、って本当不平等に人間をつくったなぁ、と思うこともあった。
他のクラスメートと比べて、僕たちが特別、仲の良い関係だったわけではない。だけど特進クラスは生徒数がすくなかったこともあり、話す機会は多かった。
はじめて話した時、結城と城阪、ってしりとりなら続くな、と笑った彼を見て、やけに明るいやつだな、と思った覚えがある。
「まだ、全然決めてない。体験入部期間は、一週間って言ってた、っけ?」
「あぁ。色々回れるし、楽しそうでいいなぁ」
と、彼は心底、羨ましそうに言った。
「別に、城阪だって、好きなところ行けばいいじゃないか。まだ野球部に入る、って決めたわけじゃないんだろ」
「ま、そうなんだけどな。でも、結構もう外堀から埋められている、って感じで。なかなか断れない雰囲気なんだ。困ったもんだ」
「断りたい?」
「いや、もともと入るつもりだったから断る気はないよ。ただこう色んな部活があると、どうしても目移りはする、かな」
「で、興味ある部活は? 別に体験入部なら行っても大丈夫なんじゃないか?」
「先輩の目もあるから、さすがに、な」
この時点で、彼はまだ正式な野球部員ではなかったけれど、すでに他のスポーツ推薦の新入生に混じって練習していたらしい。この事実が、城阪への期待値の高さだった、と言ってもいいのかもしれない。
放課後、それぞれの教室や多目的室などに、各部活が散らばり、勧誘をおこなっていた。野球部、サッカー部、バレー部、卓球部、といったどこの高校にもあるような部活から、まだ部活として認められていないクイズ研究会、フェンシング愛好会、テレビゲーム研究会なんていう活動もあり、すこし歩いただけで、色々な先輩たちから声を掛けられた。帰宅部になるだろう、という予感はありつつも、まぁもし興味を持てるものがあれば、とそんな気持ちだったのだが、さっさと帰れば良かった、と後悔していた。
目当てのものがなく、うろうろとしていた僕は、格好の標的でしかなかったのだ。
かなりしつこく勧誘してきた部活もいくつかあった。人気の部活はそうでもないけれど、どうしても部員を集めたい、と躍起になっている部活の先輩方は押しも強く、なかなか大変だったけれど、逆にそういう態度で来られたことが、僕から、どこかの部活に入ろう、という気持ちを奪っていった。
きょうは帰ろう、と正門を出る。雨が降っている。ここ数日ずっと、雨続きだ。
傘置き場に、自分の傘が見当たらない。もしかして盗まれたのだろうか。最悪だ。僕はちいさくため息を吐く。
雨がもうすこし落ち着くのを待って、僕は正門玄関の庇の下から、ピンクに色づいた桜を眺めていた。濡れた地面に貼り付く花びらは、もともと儚い桜の寂しさを、より際立たせていた。
選んだ学校、本当にここで良かったのかな、と心の中でつぶやく。
人生を最初からやり直す、なんて夢物語だよ、と。
思い出すのは、姉の言葉だった。
「あれっ」
感傷的な想いに浸っていた僕の背後から声が聞こえて、振り返るとそこに、ひとりの女子生徒がいた。
「えっと……」
その付近には、僕以外に誰もいなくて、その言葉は明らかに僕に向けられたものだった。
困惑しつつも、見覚えはある。
長く、つやのある髪が印象的だった。どこか幼さの残る顔立ちに、昔の面影が重なり、僕は、あっ、と声を上げそうになってしまった。僕は彼女を知っている、と。
「やっぱり、結城くんだ」
嬉しそうな表情を浮かべる彼女の顔を見ながら、僕は焦っていた。どうしよう……、名前が思い出せない、と。彼女が僕の名前を覚えていただけに、余計に困ってしまった。
「あれ、覚えてない? 私のこと?」
「も、もちろん。覚えてるよ」
「そっか。じゃあ当ててみて」
絶対当たらないね、と彼女の顔は、そう語っていた。その表情を見て、僕は素直に謝ることにした。
「ごめん。分かりません」
「ふふ。最初からそう言えばいいんだよ。永瀬葉瑠……、どう? 思い出してくれた?」
「永瀬……、そうか、永瀬か。久し振り。い、いや、これだけは信じて欲しいんだけど、顔と名前が一致しなかっただけで、顔はすぐに思い出してたよ」
「別に疑ってないし、それに仮に忘れてたとしても、何も思わないよ。こんなに、久し振りなんだから。それで、どうしたの?」
「どうしたの、って何が?」
「いや、だって」葉瑠はずっと楽しそうな表情を浮かべていて、あの頃よりもずっと大人になったその顔を見ながら、お互いもう小学生じゃないんだな、と実感していた。「なんか雨を睨んでたから」
「そんなつもりはなかったんだけど。睨む、って……」
「ごめんごめん。でも本当に、そんな顔してるように見えたから。こういう雨、春霖、って言うんだよ」
「春霖?」
「そう」と葉瑠が頷き、言った。「春に長く降る、こういう雨を、春霖、って呼ぶんだよ。雨、って普通は……、すこし哀しい感じがするものだけど、春の、特に小雨が長く続くような雨は、どこか明るい感じがして、好きなんだ。まぁ哀しい感じ、って、私が勝手にそう思ってるだけ、なんだけどね」
「難しい言葉、知ってるね」
「前に小説で読んで、美しい言葉だな、って思ったから」
「そう、なんだ」
「傘、ないの?」
「まぁ、うん」
「電車で通ってるんだよね? 私もそうだから。良かったら、入ってく?」
「いや、それは……」
「あっ、照れてる。大丈夫、堂々としてれば、誰もたいして気にしないよ」
そう言って、葉瑠が傘を広げ、その下に、僕も入る。
葉瑠が、春霖、と呼んだ雨は、結局その日、僕たちが別れるまで続いた。そして家に着いた頃には、雨は上がっていた。
これが高校生になった葉瑠との再会だ。
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