神の盤に抗う者

デンデンムシ

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英雄は民より始まる

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劉備が立ち去ると、焚き火の爆ぜる音だけが残った。
霧は相変わらず地を這い、火の光すら鈍らせている。

「民に先に手を回すか」

「元居た世界では予がいくら追い詰めようがヒラリヒラリと交わし、放っておけば民が集まり国を造る。玄徳はそんな男だ」

信玄が笑う。

「はっはっはっ。面白い」

「何が面白いか。予が在野から見つけた才ある者がいつの間にか玄徳の下で働いているのだ。玄徳の人を惹きつける能力をどれ程憎んだか」

次は信長が笑う。

「クッハッハッハッ。だが、ワシが聞いた三国の話ではお主が建国した魏という国が中華を制したと書物で見たぞ?誰が正解なのかは火を見るより明らかだ。要は強いか弱いか」

釣られて曹操も笑う。

「ふっはっはっ!日の本の男は面白いのう。確かに予は統一を待たずに死んでしまったが、死ぬ前の時点で、余程の事がない限り蜀、呉が挽回する機会はないくらいに領土は広げた。戦には予は負けん。政も予は負けん。だが玄徳の人を惹きつける能力には負ける」

一拍、間が空いた後、3人の言葉が重なる。

「「「だからこそ、裏切られる」」」

信長が、ふっと笑った。

「どこも同じだな。人が集まれば、欲も集まる」

「だが、玄徳はそれでも捨てぬ」

曹操の声には、軽い嘲りと、わずかな敬意が混じっていた。

「それが英雄か、愚か者かは……時と盤が決める」

信玄は焚き火の向こうを見据える。

「盤、か」

その言葉に、胸の奥が微かに疼いた。

『その眼、盤面を見失っていない』

再び、あの声の余韻がよぎる。

「どうやら、我らは集められたらしいな」

信玄が言う。

「偶然にしては、顔触れが良すぎる」

信長は鼻で笑った。

「三国と日の本か。面白半分なら趣味が悪い」

「だが、力を持つ者だけが呼ばれている」

曹操が続ける。

「病も傷も癒やされ、年も戻る。これは黄泉ではない。戦のための“場”だ。予は其方等の事を知らぬが、眼を見れば相当の場数をを踏んでいると見える」

「戦、と来たか」

信玄は目を細めた。

「ならば敵は誰じゃ?」

その問いに、三人とも答えなかった。

代わりに、霧の奥から、別の気配が近づく。

重く、湿った足音。
蹄でも、人の歩みでもない。

焚き火の光が、歪んだ影を映す。

曹操が立ち上がり、腰の剣に手をかけた。

「来たな。異形だ」

信長の目が細くなる。

「ワシ等は書の中でお主の事は少し知っている。ならば、ワシ等の事も知ってもらわねばならぬ。武田。少しの間あの異形の者を止められるか」

「おことは誰に言っておるのだ。あの戦狂いの越後兵なんかより覇気がない。ワシ一人で数刻は保てる」

「ならば良い。民を蜂起させる」

ここで曹操が口を挟む。

「辞めておけ。予でもあそこに居る民達は心がやられており立ち上がらぬ。だから予は退きながら情報を集めていたのじゃ」

「クッハッハッハッ!それはお主の能力不足じゃ!尾張の兵は弱兵でのう?年がら年中考えてた事じゃ!お主は手出し無用。それとな・・・日の本を舐めるでないわッ!この武田信玄という男は日の本で一番と言われていた兵を率いていた男ぞ。そこに関しては負けず嫌いのワシでも負けたと言えるくらいにのう。暫し待っておれ」

信玄は照れくさそう……という顔でもなく自信に溢れた顔で曹操に言う。

「あぁ。武田の赤備え、武田騎馬軍団は日の本一じゃったのう。相対するだけで敵は震え上がり、一歩本陣を進めるだけで勝った戦もあったのう。孟徳。安心せぃ!織田信長という男は民を立ち上がらせる天才じゃ。兵の調練やなんかはワシが上手じゃ。だが、織田信長という男は動き出せば速い。まぁ見ておれ」



信長は焚き火を背に、霧の向こう――うずくまる人々の方へ歩み出た。

泣き声も、怒号もない。
あるのは、折れ切った沈黙だけだった。

信長はしばし、その光景を眺めていたが――
やがて、低く、だがよく通る声で言った。

「……聞け」

誰も反応しない。

信長は構わず続ける。

「貴様ら、終わった顔をしておるな」

数人が、ゆっくりと顔を上げた。

「安心せい。死んではおらん。
ここは地獄でも黄泉でもない」

一人の男が、かすれた声で呟く。

「……なら、ここはどこだ」

信長は鼻で笑った。

「知らん」

ざわ、と空気が揺れる。

「だがな」

信長は一歩、前へ出た。

「知らぬ場所で、知らぬ敵に怯えて、座り込んで死を待つ――
それは“生きている”とは言わん」

民の中に、微かな動揺が走る。

「貴様らの元の国や時代は知らん。
家も、名もな。
だが――」

信長の目が、鋭く光る。

「手足はある。声もある。
ならば、まだ終わっておらん」

「だが……敵は、あんな……」

霧の奥を指す手が震える。

信長は、その手を見ると笑った。

「化け物が何だ。
武器が何だ。
数が多い? 強い?」

一拍。

「――ワシはな」

信長の声が、はっきりとした熱を帯びる。

「尾張という、弱小の国から天下を見た男だ」

ざわめきが、確かに大きくなる。

「槍も揃わぬ百姓兵で、今川義元を討った。
敵は強く、数は十倍。
だが、動いた」

信長は民を見渡す。

「立ち上がった者から、世界は変わる」

「信じろとは言わん」

信長はきっぱりと言った。

「だが、座り込んでいる限り、貴様らは“民”ですらない。
踏み潰される草だ」

沈黙。

だが――誰かが、拳を握った。

「武器がない?」

信長は焚き火の中の燃え木を蹴り、火の粉を散らす。

「拾え。折れた木でいい。石でいい。
恐怖より先に、一歩出ろ」

信長は、最後にこう言った。

「生きたい者だけ、ついて来い」

「――死にたい者は、ここに残れ」

その背中は、もう民を見ていなかった。

霧の中へ、真っ直ぐ歩き出す。

一人、また一人と、
重たい足が、地を離れた。

背後で、信玄が低く唸る。

「……ほう」

曹操は、静かに息を吐いた。

「なるほど。
これは士気を上げるのが上手だ」

焚き火の光が揺れる。

霧の中、
“織田信長、武田信玄、曹孟徳、劉玄徳の軍”が、今、産声を上げた。
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