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盤の外より
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霧が、わずかに揺れた。
音ではない。
風でも、声でもない。
だが――
確かに、全員の内側に届いた。
『その者、理は優れていた
だが、信は育てなかった』
誰か一人に向けた言葉ではない。
だが、誰のことかは分かる。
焚き火の音が、一瞬、遠のいた。
信長が眉を動かす。
「……評価か」
信玄は、目を閉じた。
「神か。あるいは……盤の外の者じゃな」
曹操は、ゆっくりと息を吐く。
「なるほど。敵を名指しせず、答えだけを置いていく……
実に性格が悪い」
そのときだった。
霧の奥から、再び人の気配が増え始めた。
劉備が戻ってきたのだ。
だが、今度は一人ではない。
老若男女。
武器を持たぬ者、怪我をした者。
先ほどまで、座り込み、うつむいていた者たち。
劉備は彼らを急かさない。
叱らない。
命じない。
ただ、歩く。
「……ここに居ていい」
それだけを、何度も繰り返す。
「怯えていい。だが、独りでいる必要はない」
不思議なことに、
その背に吸い寄せられるように、人が集まる。
信玄が、低く唸った。
「……集まるのう。命じずして」
曹操は、目を細める。
「人を“集める”才だ。
あれは作れん」
次に動いたのは、信長だった。
信長は、劉備の作った輪の中央へと踏み込む。
「集まったな」
短く、それだけ。
「ならば、立て」
言葉は荒い。
だが、迷いがない。
「立った者から、生き残る」
誰かが、膝に手をついた。
誰かが、歯を食いしばって立ち上がる。
信長は、それを見て、満足そうに頷いた。
「よい。
それでいい」
次に前へ出たのは、信玄だった。
信玄は、人の並びを一目見る。
年齢。
体格。
呼吸。
目の光。
「……ほう」
短く言って、配置を変え始める。
「若い者は前に出るな。
足の速い者、左右へ。
声の通る者、後ろじゃ」
誰も異を唱えない。
不思議なことに、
動かされるたび、恐怖が薄れていく。
「統率、というやつだ」
信玄は静かに言う。
「人は、役割を与えられると立てる」
最後に、曹操が一歩前へ出た。
焚き火の光が、その眼を鋭く照らす。
曹操は、全体を見渡し、短く告げた。
「敵は強い。
だから、勝ち方を選ぶ」
地面に、指で線を引く。
「退く場所。
囮にする場所。
死ぬ場所と、生きる場所を分ける」
一瞬、空気が凍る。
だが、曹操は言い切った。
「安心せい。
死ぬのは――計算の外に出た者だけだ」
信長が、口角を上げる。
「はっ。言うじゃねぇか」
信玄は笑う。
「現実的でよい」
劉備は、黙って民の背に手を置いた。
霧の向こうで、異形が蠢く。
だが、もう先ほどのような沈黙はない。
集まり、
立ち上がり、
並び、
考える。
そのとき、誰かが気づいた。
――もう、座っている者はいない。
霧の中で、
英雄たちは剣を取らずして、軍を作っていた。
そして、盤の外から、
誰にも聞こえぬはずの声が、再び静かに落ちた。
『――これが、答えだ』
その言葉は、反響しなかった。
だが、消えもしなかった。
誰かの耳に残ったのではない。
誰かの心に響いたのでもない。
そこにいた全員が、同時に、同じ言葉を聞いた。
信長も。
信玄も。
曹操も。
劉備も。
名も知らぬ民も。
武器を持たぬ者も。
霧の向こうで蠢く者さえも。
誰一人、聞き逃していない。
誰一人、「自分だけの幻だ」とは思わなかった。
ただ、理解した。
――これは、選別の言葉だと。
霧は再び、静かに流れ始めた。
次の瞬間。
異形が――襲い掛かる。
音ではない。
風でも、声でもない。
だが――
確かに、全員の内側に届いた。
『その者、理は優れていた
だが、信は育てなかった』
誰か一人に向けた言葉ではない。
だが、誰のことかは分かる。
焚き火の音が、一瞬、遠のいた。
信長が眉を動かす。
「……評価か」
信玄は、目を閉じた。
「神か。あるいは……盤の外の者じゃな」
曹操は、ゆっくりと息を吐く。
「なるほど。敵を名指しせず、答えだけを置いていく……
実に性格が悪い」
そのときだった。
霧の奥から、再び人の気配が増え始めた。
劉備が戻ってきたのだ。
だが、今度は一人ではない。
老若男女。
武器を持たぬ者、怪我をした者。
先ほどまで、座り込み、うつむいていた者たち。
劉備は彼らを急かさない。
叱らない。
命じない。
ただ、歩く。
「……ここに居ていい」
それだけを、何度も繰り返す。
「怯えていい。だが、独りでいる必要はない」
不思議なことに、
その背に吸い寄せられるように、人が集まる。
信玄が、低く唸った。
「……集まるのう。命じずして」
曹操は、目を細める。
「人を“集める”才だ。
あれは作れん」
次に動いたのは、信長だった。
信長は、劉備の作った輪の中央へと踏み込む。
「集まったな」
短く、それだけ。
「ならば、立て」
言葉は荒い。
だが、迷いがない。
「立った者から、生き残る」
誰かが、膝に手をついた。
誰かが、歯を食いしばって立ち上がる。
信長は、それを見て、満足そうに頷いた。
「よい。
それでいい」
次に前へ出たのは、信玄だった。
信玄は、人の並びを一目見る。
年齢。
体格。
呼吸。
目の光。
「……ほう」
短く言って、配置を変え始める。
「若い者は前に出るな。
足の速い者、左右へ。
声の通る者、後ろじゃ」
誰も異を唱えない。
不思議なことに、
動かされるたび、恐怖が薄れていく。
「統率、というやつだ」
信玄は静かに言う。
「人は、役割を与えられると立てる」
最後に、曹操が一歩前へ出た。
焚き火の光が、その眼を鋭く照らす。
曹操は、全体を見渡し、短く告げた。
「敵は強い。
だから、勝ち方を選ぶ」
地面に、指で線を引く。
「退く場所。
囮にする場所。
死ぬ場所と、生きる場所を分ける」
一瞬、空気が凍る。
だが、曹操は言い切った。
「安心せい。
死ぬのは――計算の外に出た者だけだ」
信長が、口角を上げる。
「はっ。言うじゃねぇか」
信玄は笑う。
「現実的でよい」
劉備は、黙って民の背に手を置いた。
霧の向こうで、異形が蠢く。
だが、もう先ほどのような沈黙はない。
集まり、
立ち上がり、
並び、
考える。
そのとき、誰かが気づいた。
――もう、座っている者はいない。
霧の中で、
英雄たちは剣を取らずして、軍を作っていた。
そして、盤の外から、
誰にも聞こえぬはずの声が、再び静かに落ちた。
『――これが、答えだ』
その言葉は、反響しなかった。
だが、消えもしなかった。
誰かの耳に残ったのではない。
誰かの心に響いたのでもない。
そこにいた全員が、同時に、同じ言葉を聞いた。
信長も。
信玄も。
曹操も。
劉備も。
名も知らぬ民も。
武器を持たぬ者も。
霧の向こうで蠢く者さえも。
誰一人、聞き逃していない。
誰一人、「自分だけの幻だ」とは思わなかった。
ただ、理解した。
――これは、選別の言葉だと。
霧は再び、静かに流れ始めた。
次の瞬間。
異形が――襲い掛かる。
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