三千年草子

黒猫琲

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第一話 三千年先に

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「…で…できた!
私ってば、やっぱり天才だわ!」

液晶画面のプログラムを組み終えた女性は、丸い眼鏡をデスクに置き、大きく体を伸ばした。

デスクの先には、配管が繋がった小さな座席と、両サイドにそれを覆うほどの湾曲した器のようなものが付いた装置があった。

「私カグヤ女史20歳は、なんと一人でタイムマシンを作ってしまったのであります!」

出来上がったタイムマシンを満足そうに眺めながら、彼女は白いカップに入った甘いコーヒーを啜った。

「やっとこれで退屈な時代からおさらばできるって事ねぇ~
長かったわほんと…」

彼女は結んでいた黒髪を解き、脱いだ白衣を椅子にかけ、コーヒーカップを手に地下の階段を上がっていく。

「もう朝か…また徹夜しちゃったな…
なんか夜の方が調子いいのよね。

仕方ない、このまま学校いくか。
じゃあシロちゃん。自宅警備よろしく!」

彼女はクマ消し程度の化粧をしながら、床でうずくまっている白い雌犬に向かって声を掛けた。
シロと呼ばれる犬は片目だけを開いて反応した。

外は快晴だった。
太陽が登り始め、地平線に巨大で透明な障壁が光を反射して見える。
彼女の住む小さな島国は5つの障壁によって閉ざされていた

「ホント、退屈で狭い世界…」

彼女はそう言いながら大学に向けて歩き始めた。

「…えっ?」

出会いは突然だった。
早朝の人通りの少ない通学路。
路地裏に全身傷だらけで全裸の少年がうつ伏せで倒れていた。

「ど、どうしよう…とりあえず救護車!」

カグヤは携帯端末をバックから取り出し番号を入力しようとした。

「…ダメだ…誰も呼ばないで…お願い…」

苦しそうな声で黒髪で短髪の少年は懇願した。

「でも…怪我してるし…んー。
とりあえず、ウチに来て!」

カグヤは悩みつつ少年に肩を貸し、自宅へ連れて戻った。

汚れた身体を洗い、傷を申し訳程度に応急処置し、余った服を着せてベッドに寝かせた。
少年は静かに眠っている。

「授業は…もう間に合わないよねぇ。
仕方ない。緊急事態だったもんね!

しかしながら、あぁ…やってしまった…

落ちてる食べ物と素性の知らない男は拾って来るなって死んだ父さん母さんに言われたのに…

しかもこんな状況で初めて男の裸を見るなんて…」

ベッドの近くに置いてある椅子に腰掛け、思い出した記憶を消し去るかのようにカグヤ頭を振った。

「ワフッ」

犬のシロが軽く吠えた。

「…そう落ち込むなって。
私なんて年中裸なんだから。ってさ。」

「…え?」

少年は目を開けていた。
横になりながらシロの頭を撫でている。

「起きてたの?」

カグヤは驚きながら少年に聞いた。

「うん。
助けてくれてありがとうお姉さん。」

少年は首だけカグヤに向けながら言った。

「びっくりよ。裸で倒れてるんだもの。
あなた名前は?
なんであんなところで倒れてたの?」

カグヤは思っている事を聞かずにはいられなかった。

「名前は…トゥージー。トージー?
って呼ばれてる。
服は最初から着てなくて、武装した人たちに追われてたのは覚えてる。

その時にいろいろ怪我をして、体力も無くなって…それしか覚えてない。」

少年は記憶を辿るように自分の話をした。

「なんか曖昧ねぇ。
もしかして記憶喪失?
じゃあひとまずトージって呼ぶわね。

追われてる人に見つかると危ないから、助けを呼ぶなって事だったのね。
武装した人達って誰かしら…
公安?それともギャング…

…あれ?ちょっと待って、
もしかしてあなた結構ヤバい子?」

カグヤの顔が引きつった。

「分からない。
俺もなぜ追われてたのか…

でも、お姉さんは優しい人だって事は分かったよ。俺の命の恩人だ。
恩人にこれ以上迷惑かけたく無いから、少ししたら出て行くから安心して。」

爽やかな笑顔でトージは言った。

「…ま、まぁ。
困ってる人は放っておけないタイプだし。
なんなら記憶が戻るまでここに居てもいいわよ?

2人分の生活費ならバイトでなんとか捻出できるし。」

カグヤは照れ隠しをしながら言った。

「ワフッ…」

シロはまた低く吠える。

「チョロい。ってさ。」

「さっきもだけど、あなた犬の言葉分かるの!?」

どうやらトージは動物と対話ができるらしい。

それから2人と1匹の奇妙な生活が始まった。

驚くべきはトージの吸収スピードである。
食事の仕方、文字の使い方など、外見年齢的には16歳ほどだが、どれも最初はうまくできない状態だったが、一度教えただけで覚えた。

さらには読書を好むようで、文字を完璧に覚えてからは本ばかり読んでいた。

さらに生活するうちに、カグヤは彼の驚くべき生態を垣間見る。

-とある日-

リハビリと称し、カグヤはトージを外に連れて行った。
人目につくと都合が悪そうなので、彼にはフードの着いた服を着せていた。

道中野球ボールが目の前に転がってきた。

「すみませんッ!フォアボールですッ!
お怪我はありませんかぁ!?」

200mほど離れた草野球場から飛んできたようだ。
ユニフォームの男性が大声を出している。

「今返しまーす!」

トージはボールを掴み声の方へ投げた。

「えぇッ!?」

カグヤは驚愕した。
ボールは飛距離を伸ばし、声のする男性のグローブに正確に収まったようだ。

「強肩なのね…」

「そうかなぁ?」

トージは驚くカグヤを尻目に涼しい顔をしていた。
草野球の男性がスカウトするために走って来る様子が見えたので、これ以上目立たないようにその場から逃げた。

「どう?何か思い出した?」

2人は街の大通りを歩いた。
商業ビルが立ち並び、通行人が多い。

「なんにも…
全部初めて見る景色だよ。
人がこんなに居るのも初めてだよ。」

トージは周囲を興味深く見渡している。

"では次のニュースです。
今日午前2時ごろ、北東の海上で障壁のゆらぎが観測されました。

敵勢力が多数侵入した恐れがあることから公安部隊が対処に当たっているとの事です。

これを受け、国家代表は事態の早期収束と、老朽化した防衛システムの早期一新に努めるとコメントしています。"

商業ビルの一つに設置されている大画面のモニターからニュースが伝えられる。

「敵…」

トージがニュースの単語に反応した。

「ん?敵がどうかしたの?

いつも公安が対処してるみたいだけど、なんかオークとかオーガとかデーモンとか、いろんな呼ばれ方してるね。

実際には見た事ないけど。」

カグヤはトージの顔を覗き込みながら聞いた。

「…いや、ちょっと気になっただけ。

それより今日は食材買いに行くんだよね!
団子買ってくれない?串に刺さってないやつ!」

トージは少し考えた後、目を輝かせて言った。

「アナタ本当に団子が好きね。
好きなものが分かれば何か記憶に繋がるヒントが得られそなものだけど…

動物と話せる、強肩、団子が好き…
なーんにも関連性が無くて困っちゃうわね。」

カグヤは腕組みをしながら、全く分からない様子で頭を振った。

「…!カグヤ姉ちゃん。
動かないで。」

突然トージはカグヤを静止させた。
前方には多くの人に紛れて、大きなバックを肩から下げた男性がショッピングセンターの入口で立ち止まっているのが見える。

「ど…どうしたの?」

鋭い眼光で男性を睨むトージにカグヤは聞いた。

「…いまッ!」

突然トージはその男性に向かって走り出し、男性がバックに手を入れる寸前で男性を殴りつけた。

「えぇッ!!トージ何してんの!?」

強烈な一撃に弾き飛ばされる男性。
大衆がどよめき、悲鳴をあげる者もいた。
カグヤは全力疾走でトージに向かう。

「…この人、多分人殺しをしようとしてたよ。」

「え…?」

ネクトが指差す気絶した男性のバックには、公安部隊が所有しているサブマシンガンと大量のマガジンが入っていた。

「これって…無差別殺人でもしようとしてたってわけ?
なんでわかったの?」

カグヤは混乱しながらもトージに聞いた。
続々と騒ぎを聞きつけて人が集まってくる。

「ここだと目立つから、人に紛れて場所を離れよう!」

トージはカグヤの手を掴んで、群衆に紛れた。

たくさんのまわり道をしながら自宅に戻った2人は疲れた様子で椅子に腰掛けた。

「これだけまわり道すれば、さすがに追跡されないわよね…

で、なんでさっきの男が殺人をしようとしてるのがわかったの?」

カグヤはトージに聞いた。

「なんだろう…
なんとなく嫌な感じがしたんだ。

何か自分以外に対しての強くて暗い気持ちみたいな…」

トージはうまく伝えられない様子だった。

「殺気って事かしら…

なんかトージって普通の人じゃできない事ができて凄いよね。」

カグヤは机に頬杖をつきながら言った。

「そうかな?
俺から見れば、カグヤ姉ちゃんも普通の人じゃできない事をしていると思うよ?」

トージが不思議そうに言う。

「カグヤ姉ちゃんのおかげで、食事の仕方、読み書きの仕方みたいな基本的な事を学べたし、もっと難しい量子力学や天文学だって丁寧に教えてくれた!

俺の知らない知識をいっぱい持ってて、それをわかりやすく伝えられるのは普通じゃできないよ。

それって俺が出来ることよりも、凄くて素晴らしい事だと思うよ!」

トージは笑っている。
カグヤは突然幼少期の過去の記憶が蘇る。


"なんでお前は他の人と同じことができないんだ!"

"だって、こっちの方が簡単だし早くできるんだよ?"

"お前だけ違うことをしていたら恥ずかしいだろ!目立とうとせずに周りに合わせなさい。''

またとある記憶。

''お前、ちょっと頭が良いからって調子に乗るなよな。"

"別にそんなつもりじゃあ…
解ける問題を解いてたら全問正解してただけで…"

"そういうところが気に食わないんだよ。
どこか違う学校行けよ。
お前一人のせいで全員頭悪い感じになるんだよ。''

いままで『周りと同じ』である事を強制されてきた。
普通の人から逸脱してはならない、
他と同じでない者は悪とされた。

「…私、昔から周りのみんなと違うことが多くて自分が嫌だったんだよね。
自分の周りからは生意気だとか変な奴だとか言われて友達は出来なかったし。

だから毎日が窮屈だな。
って感じてたの。
こんな息の詰まる時代からどうしても逃げたくてタイムマシンなんか作ってさ…

でも、トージと話してたら少しだけ気持ち楽になったかも。」

カグヤは俯きながら、内情を語った。

「それは良かった!」

トージは笑った。

(あぁ…そうか。
私は誰かに自分を肯定して欲しかったんだな。)

カグヤは心の中でそう思った。

「カグヤ姉ちゃんに友達が居ないなら俺が友達になるよ!
お互い普通じゃ無い者同士って事で!」

トージは白い歯を見せながら爽やかに言った。

「え!
あっ…末永くよろしくお願いします。」

カグヤは突然の提案にしどろもどろになりながら答えた。

「ワフッ…」

足元にやってきた来た犬シロが低く吠える。

「"その返しは無い。"だってさ。」

「うるさい!」

トージに撫でられているシロに、
カグヤは顔を真っ赤にしながら言った。

自分を肯定してくれるただ1人の友達。
もしかすると、トージと居れば世界の窮屈さを感じなくなるかもしれない。
と、カグヤは思い直した。

だが、平穏な毎日はそう長くは続かなかった。

-数日後の朝-

玄関のチャイムが鳴る。
カグヤは玄関前のモニターを確認する。
帽子を被った男性が1人立っていた。

「どちら様ですか?」

異様な雰囲気を醸し出すその男性に向けてカグヤは訪ねた。
すると、男性は拡声器を取り出し叫んだ。

「"TO-Gトゥージー
活動を強制終了せよ"!!」

大きな声がモニター越しに響く。

「うわぁぁぁぁッ!!」

部屋の奥からトージが叫ぶ音が聞こえ、座っていた椅子から倒れる音がした。

「トージ…!!大丈夫!?」

カグヤは慌てた。
状況が読み込めていない。

そのうち武装した大量の公安部隊が玄関扉を蹴破り入ってきた。

「なるほど。
家全体にスキャンジャマーを設置しているのか、見つからないわけだ。

街で騒ぎを起こしてくれたおかげで足取りはつかめたが…
一般学生の防犯にしてはいささか厳重すぎやしないかね?」

先ほどの拡声器を持った初老近い白衣の男性がゆっくり入ってきた。

「さて、ミス・カグヤ・ナヨターク。
申し遅れた。
私は国家公安部 技術生態研究所で所長を務めている、バンブール・フォレスト。

君の家に転がり込んでいるそれは、我々の所有物でね。
申し訳ないが、返してもらう。
ついでに今から君にも当研究所へご同行いただく。

拒否権はないので悪しからず。」

淡々と話すバンブール。

「ちょっと、一体なんなの…」

カグヤは手を拘束され、武装した集団に連行された。


~ 国家公安部 技術生態研究所 ~

薄暗く、広い研究室。
職員のものと思われる大量のデスクと、壁一面に計算式やグラフを表示したモニターが並んでいる。

カグヤの地下室の研究室とは比べ物にならない規模だった。
しかしながら職員は一人もいない。

「本日は休業日なのでね。
出勤しているのは私と当直の職員数名だけなのだ。」

バンブールは鉄の椅子に拘束されているカグヤの周りを歩きながら言った。

「それはお仕事熱心ですね。
ご苦労様です。

そんなことよりトージは無事なの!?」

カグヤは苛立っていた。
手と足が拘束されているので身動きが取れない。

「落ち着きたまえ。無事だとも。
先ほども話したがアレは我々の所有物だ。
少なくとも君よりは丁重に扱う。」

「アレとか所有物とか物扱いしないで!!
同じ人間として異常な発言よ!」

カグヤはバンブールを睨みつける。
バンブールは眼鏡を人差し指で掛け直した。

「ほう。アレが人間に見えると…
それは、それは、最高の賞賛だな。」

「…?
どういうこと?」

カグヤはバンブールの発言の意図が分からず困惑した。

「ここから先を知る事は、国家の重要な機密事項に触れる事と同義だ。
そうなると君は一般人としてはこの施設から二度と出る事ができなくなる。

それでも良いかね?」

カグヤの目の前で目線を合わせながらバンブールは言った。

「脅し文句にしては弱いんじゃないですか所長さん?

一般人としてって事は、ここの職員になれば出れるって事でしょう?
現に休日で職員は帰れてるわけだし。

学生のうちに就職先まで決めてくれて、国家の秘密まで教えてくれるなんて至れり尽くせりね!」

カグヤは皮肉たっぷりに言った。

「ふむ。強い娘だ。
よかろう。ではあちらを見たまえ。」

バンブールはカグヤの目の前を指差す。
職員のデスクが並ぶ先の壁が二つに分かれ、中から大きなガラス製の水槽が現れた。

水槽の中にはトージがいた。
口にマスクをされた状態で裸のまま沈められている。

「トージ!!」

「安心したまえ。これは培養液だ。
傷ついた箇所を修復している。」

バンブールは培養液の水槽に近づきながら話を続ける。

「この国の周囲には太古の昔に作られた5つの防衛装置が設置されており、五角形に囲むことによって対外の敵の侵入を拒んでいる。

さて、カグヤ君。
この防衛装置が侵入を阻んでいる外敵とは?」

「…オーク?」

水槽を見つめるバンブールの問いかけにカグヤは少し悩みながら答える。

「正解だ。
まぁ、世間的には不安を煽らぬよう様々な呼称でぼかされているが、我々は『鬼』と呼んでいる。

その性格は残虐非道、強靭な体を持ち、武器を使いこなし、捕食対象はタンパク質全般。無論人間も食う。

そのような凶暴な生命体の侵入を太古の防衛機構によって阻んだうえで、今の我々の生活がある。」

「あの透明な壁で鬼を…」

カグヤは地平線に見えた透明な壁の正体を悟った。

「そうだ。
だが既にロストテクノロジーと化している。修理やメンテナンスは不可能だ。

そこで我々は別の方法での国防を考えることにした。
それがTO GAIN GROUND計画。
略してTO-Gトゥージー計画。

鬼に対抗できる強力な人造兵器の製造を行い、鬼に奪われた土地を奪還する計画だ。

ここまで話せば君も察しはつくのではないかね?」

バンブールは再びカグヤの方を向いた。

「トージは人造人間ってこと…?

人が人を造るって…
それも戦場投入が目的なんて倫理観どうなってんのよ所長さん。
大学でも禁忌って教わってるのに。」

カグヤは再度バンブールを睨みつける。

「だからこその国家機密だ。
公になれば鬼どころの騒ぎではない。

しかし、こうでもしなければ我々はどのみち鬼の侵攻を受け破滅する。
我々は守りから攻めの段階に移らなければならない。

すでに人造人間兵器は12体が完成している。
君がトージと呼んでいるものは最新型の13体目。
まだ限られた者しか知らない。

技術の粋を結集した最高傑作だ。」

カグヤはトージの異常な身体能力を思い出した。
通常の人間としては不可思議なことの全てに合点がゆく。

「しかし、戦闘に特化した兵器とするための矯正を施したはずだが、感情を手に入れてしまったのは誤算だった…」

バンブールは少し不服そうに呟く。

「矯正って…あの体の傷は痛みで分からせたっていうの!?」

「何度も言うが、これは国防のための兵器の開発だ。
目的から逸脱してはならない。

人類滅亡がすぐそこに迫っている。
不確定要素である感情の起伏で敵の殲滅行動中に異常をきたされては困るのだよ。

この後再調整をして…」

バンブールの話が終わる前に、施設内に大きな地響きと、大音量の警報音が鳴り響く。

『緊急警報!
鬼と思われる敵生体の攻撃及び侵入を確認。

研究所内職員は至急防衛室に集合及び、緊急施設保護マニュアルに従い各ブロックの閉鎖システムを作動せよ。』

「馬鹿な…!
公安部隊が対処仕切れなかったというのか!
いや、生身に武器を携えただけでは鬼には太刀打ちできんか…

くッ!仕方ない。
12体全てを解放して迎え撃たねば!

君はここに居たまえ。」

バンブールは急いで研究室内を後にした。

「あ!ちょっと!
せめて拘束具を外しなさいよ!
逃げられないでしょ!」

カグヤは叫ぶが、すでにバンブールは居ない。

「…これ実はめちゃくちゃヤバい状況?」

カグヤはなんとか拘束具を外そうと暴れてみるものの、鉄の椅子は寸分も動かない。

その時、轟音と共ににカグヤの前方の天井が破壊され、巨大な何かが落ちてきた。

瓦礫の粉塵に紛れ、瞳孔の無い赤い眼光がこちらを見つめた。

「人間ヲ確認。
殲滅開始。」

現れたのは人間よりも巨大な体躯に、2本角が頭部についた鬼だった。

鬼は強固な防具を纏い、巨大な銃を模した近代兵器をカグヤに向けた。

「たすけて…」

死を悟った。
助かりそうに無いのは分かっているが、意図せずに救いをを口走った。

その時、培養水槽の中にいたトージの目が開く。
水槽の中で弧を描き、水槽の壁を蹴った推進力で体当たりした。

水槽のガラスが割れると同時に、割れた破片を鬼の構える銃口に投げつける。

「ッ!」

引き金は引かれていた。
銃は分厚いガラス片が挟まることによって暴発した。
鬼は衝撃で腕を失い、苦痛に悶えている。

「カグヤ姉ちゃん!ごめん!
なかなか起きれなくて助けるのが遅れた!」

トージはいつものように笑いながら元気よく言った。

「うぅ…トージィ…!」

安心してカグヤは涙を流した。
トージは怪力で拘束具を破壊し、カグヤを椅子から立たせた。

「殺気が渦巻いている…
早くここから逃げよう!」

苦痛にもがく鬼をそのままに、トージはカグヤの手を引いて施設の出口を目指す。

「出口はわかるの!?
私はこの施設の地理感が全くないんだけど…」

「大丈夫!
長いことこの施設にいたから、どこに何があるかわかる!」

カグヤは長い通路を不規則に曲がりながら、トージに手を引かれるまま走る。
各方向で爆発音と悲鳴が聞こえてくる。

「あれは…!」

白衣が血液で赤く染まったバンブールが倒れていた。

「…あぁ、生きていたか…
助けに戻ろうとしたが…しくじった…
これを…」

バンブールは刀のような形をした金属製の長物をカグヤに渡した。

「…それは、TO-G13型に最適化されている名前を対鬼兵装たいきへいそうアマテラス。
これを彼に持たせて…早く逃げなさい…」

「…でも、所長が…」

生気を失いかけているバンブールにカグヤは動揺していた。

「ふ…被人道的な研究をしてきたツケだ…
危険に巻き込んですまなかった…
余計な感情は捨てて逃げたまえ…」

「カグヤ姉ちゃん!
殺気が近い!早く!」

トージは感情が混乱しているカグヤの手を強引に引っ張り、駆け出した。

「…もっとも…逃げても既に…安全な場所は無いかもだが…」

バンブールは静かに目を閉じ、傷口を押さえた手は力無く地に落ちた。

「見えた!出口だ!」

研究所のエントランスを発見し、外に出た2人は絶句した。

各所で立ち昇る黒煙と火柱。
無惨に破壊された建物。
随所で聞こえる恐怖に喘ぐ悲鳴。
惨殺された死体の数々。

「なんで…
さっきまで普通に人が生活してたのに…
これじゃあ…地獄じゃない…」

カグヤはバンブールに渡された対鬼兵装を抱えたまま項垂れた。

「カグヤ姉ちゃん。
ひとまず、家に戻ろう。
シロが心配だ。」

「うん…」

カグヤとトージは自宅に戻るため駆け出そうとした。

「…させんよ。」

音もなく、黒装束に身を包んだ男が空から着地した。

人の姿をしたをしたその男は顔を右半分仮面で隠し、仮面の目の部分からは長く太いツノが突き出ていた。

「こいつも鬼!?」

カグヤはトージを見る。
トージは顔を強張らせている。

「カグヤ姉ちゃん…
こいつめちゃくちゃ強い。

守りながら戦えないから先に家に向かって!
あとそれ貸して。」

トージはカグヤから対鬼兵装たいきへいそうアマテラスを受け取った。

「この先に殺気は無い!
多分安全だから走って!
すぐ追いつく!」

カグヤは深く頷き、全力で走る。

「させんと言ってるだろう?」

黒装束の男はカグヤを追おうとするが、トージが対鬼兵装を構えて立ち塞がる。

「お前…なんだ?
変な感じがする。

鬼か?人か?」

トージの問いかけに、黒装束の男は不適な笑みを浮かべた。

「そうだな…
鬼と答えよう。
人間と、それにくみする者を鏖殺おうさつする怪異そのものだ。」

~ カグヤ自宅付近 ~

カグヤは息切れをしながら走っていた。

道中建物の崩壊や爆発に見舞われながらも、自宅に戻るために足を止めなかった。

「トージ、シロ、無事でいて!
家にはアレがある。
でもアレには…」

カグヤは懸念すべき一つの事を悩みながら走っていた。
自宅はもう目の前に見えている。

「なんとかなる…なんとかしよう!」

その時、目の前に武装した鬼が現れる。

日光に照らされた鬼は全身が濃い緑色をしており、その胴体と脚部を黒いプロテクターが覆っている。

「人間発見。鏖殺。」

カグヤに向けて巨大な銃火器を構える。

「もうちょっとだったのに…!!」

カグヤは咄嗟に手で顔を庇った。

「グヘッ!」

何かが突き刺さる音がした。
カグヤは手をゆっくり下げる。

対鬼兵装アマテラスが鬼の頭頂部に突き刺さっていた。
鬼の動きが止まり、正面に倒れた。
倒れたと同時に人影が1人見えた。

「トージ!無事…」

そこには全身から鮮血が滴るトージが立っていた。

「トージ!大丈夫?
ひどい怪我…」

鬼に刺さった対鬼兵装を引き抜いたトージにカグヤは駆け寄る。

「ごめん遅くなった…
さっきの奴は…アレ…どうしたんだっけ…
とりあえず、逃げてこれた…」

そう言うとネクトはその場に倒れた。

「トージ!!しっかり!
とにかく血を止めなきゃ…」

倒れたネクトを背負い、まだ無事な家のドアノブに手をかける。

「ワフッ…」

律儀に犬のシロが玄関前で待っていた。

「良かった…無事みたいねシロ!」

カグヤはシロの頭を撫でた。
家の外では激しい爆発音が絶え間なく聞こえてくる。

「そんなに時間は無さそうね。
応急処置用品を持って、早く地下へ!」

カグヤは壁に備えついている赤いボタンを強く押す。
するとリビングのソファが自動で動き、床の隠し扉が開いた。

ライトが点灯し、地下へと繋がる階段を照らしている。

カグヤは血だらけのトージを担ぎ、シロは対鬼兵装を咥えて下に降りた。

~ カグヤ邸 地下工房 ~

「ひとまずこれで良いかな?
まさか同じ人を2回も手当するなんてね。

あと問題は…こっちか。」

包帯を巻かれ、気絶したままのトージを横たえた。
カグヤは難しい顔を浮かべながらモニターを見つめる。

「時代は…鬼が出現して人間がこの狭い国に追いやられる前の時代に設定。

到着座標は…
あぁ…こんな事なら詳しく文献調べとくんだった。
まぁ、地下とか海とかじゃ無けりゃ良いでしょう!」

計算式が並ぶモニターに絶え間なく手を動かし、数値を入力していくカグヤ。

ふと、その手を止めて横たわるトージを見る。

「…」

カグヤは黙り込んだまま、トージの身体をゆっくりと起こし、ダクトの繋がった座席に運んで座らせる。

「前にも言ったけどさ。
私、周りの人達と違うことが多くて、この世界が窮屈で、逃げたくて…
だからタイムマシンを作ったの。

でもトージ。
君が友達になってくれた。
たくさん私を肯定してくれた。
だから…過去に逃げる理由も無くなったの。
もっとこの世界で…生きてみようと…」

カグヤは言葉を詰まらせ涙を流した。
鬼が迫り来る恐怖。
侵略による国全体の崩壊近いことの悔恨。
そこに対して無力な自分への憤りで感情が混濁していた。

しばらくして、感情の整理がついたカグヤは服で涙を拭った。

「うん!
私は最後にいろいろ君から貰えたから満足!

でも君は違う。トージ。
施設に閉じ込められ続けて、まだ世界を知らない。
そんな状態で国と心中なんて私としては不本意なの。

だから、私の代わりに行って!
人間達が鬼に追い詰められる前の世界に!」

犬の白が対鬼兵装を咥えてカグヤに擦り寄る。

「シロ。あなたくらいなら窮屈だけど乗り込めそう!
一緒に乗ってトージを助けてあげて!」

シロは元気よく吠え、トージの座る足元にうずくまる。

上の方で破壊音がした。
おそらく隠し部屋の扉が壊されたのだろう。

「時間がない!
タイムマシンを作動するね!」

カグヤは再びモニターに向かって移動した。

「光量子エネルギー充填率100%
到着時間座標まで時空間障壁無し。
タイムマシン起動!」

カグヤが最後のボタンを押す。
鬼が地下階段を降りて現れた。

座席に設置された両翼がトージとシロを包み込み、淡いピンク色に発光する。
まるで「桃」そのものである。

「トージ、シロ。
良い旅を。」

にこやかに笑うカグヤに、鬼が手に持った巨大な鉄棍棒を振り下ろす。

衝撃でコーヒーカップが床に転がり落ちたと同時に、タイムマシンは消えていた。


~とある山奥の民家~

「では、ばあさんや。
ちょっくら炉に焚べる薪を拾ってくる。」

無精髭を蓄えた老父が、木造の家の外へ出る。

「またおむすび落とさないでくださいね。
私は川に洗濯に行きますので。」

大きな桶に洗濯ものをまとめて、白髪を一つに丸く纏めた老婆は準備する。

「わかっとる。
そういえば最近鬼が出ると言う話を聞いたから気をつけてな。」

老父が思い出したかのように言う。

「はいはい。お爺さんも気をつけてね。」

老父は山へ向かう。
すると晴天にもかかわらず、巨大な雷が一筋走った。
音は無かった。

「うぉ…なんじゃ…
晴れておるのに雷とは…

今日は早めに切り上げるかの。」

老父は山へ登ってゆく。

一方川に来た老婆は流れる川で服をゆすいでいた。

「あら?何かしら。」

川上からゆっくり流れてくる巨大な物体が一つ。
それはこの世界では「桃」と呼ばれるものに酷似していた。

巨大な桃は河原の砂利の堆積地に引っ掛かり、動きを止めた。

「これはこれは…こんな大きな桃見たことないわ。
お爺さんに一緒に持ち上げてもらいましょう。」

桃は静かにその時を待つ。

続く…


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