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第二夜 守りたい夢
①
「あー、やっと終わったー。」
「お疲れ様です、先輩。」
「え、奏多?」
午後8時、病棟にて。
陽菜は日勤勤務だったが、ゴールデンウィーク明けに重なった予定手術や緊急入院の処理で残業をしていた。
早く仕事が終わった同僚に手伝ってもらいながらも自分にしかできない仕事を一人でこなし、ようやく終わった時だった。
ナースステーションに隣の病棟に勤めている奏多が現れたのだった。
「奏多も日勤だったの?」
「はい。あの、大事な相談があって。今日時間ありますか?」
「…うん。大丈夫。」
陽菜はあまりに真剣な表情をする奏多の様子のおかしさに心配し、普段なら戸惑う奏多からの誘いを受けた。
そして本題を話さぬまま二人はそれぞれ更衣室に行き、行きつけのバーホワイトへと行った。
「あれ、珍しい組み合わせだね。いらっしゃい。」
「はるちゃん、仕事お疲れ様。」
陽菜が奏多と二人でホワイトに来るのは、初めてだった。
平日だからか客も少なく、二人に歓迎されながらも陽菜は異様に緊張した。
しかし二人で行くところはホワイトしか考えられなかった。
陽菜と奏多は簡単なおつまみとカクテルを頼み、お酒に弱い奏多はすぐに酒が回った。
顔を赤くしながら、陽菜に大切な相談の内容を告げたのは店に入って30分ほどが経った頃だった。
「俺、仕事やめようかと思うんです。しかも来月を持って。」
「え。なんで?」
奏多は聡明で明るい笑顔で人当たりもよく、隣の病棟でも噂が聞くほど患者にも家族にも人気のナースマンだった。
「四年目だし、そろそろいいのかなって。」
確かに陽菜達の勤める病院は大きく、新人の教育機関も担っていて、卒後三年や四年経ち一人前になった看護師が辞めることは多い。
しかしそんな理由で辞めるなんて奏多はありえないと陽菜は思った。
奏多は仕事へやりがいを感じていることを知っていたからだ。
「何かしたいことできたの?他の病院に移るとか?学校に通い直すとか?」
「いや、フラフラしたくて。」
そう言って笑う奏多は真面目な彼らしくなかった。
陽菜は顔色を変え、神妙な顔付きで言った。
「そんな理由でやめたら、絶対後悔すると思う。」
「先輩だって前の仕事、3年で辞めてるじゃないですか。」
「でも私は…。」
確かに陽菜も理由は違えど、四年目になる春に最初の職場を退職している。
説得力のない理由を告げようとした時、バーカウンターにビールジョッキを置く大きな音が立った。
「はるちゃんにそんなこと言うために、奏多さんは相談に来たの?」
二人の会話に入ったのは、静かに話を聞いていた圭だった。
圭は目の色を変えていて、陽菜はすかさずマスターを睨んだ。
「もしかして、圭にお酒飲ませたんですか?」
「ふふ。新しいワインの試飲だよ~。」
呑気に笑うマスターは明らかに悪意を感じた。
バーテンダーのくせに圭はとてもお酒に弱く、少しでも口にすると人が変わるのであった。
「そんなことまだ22才のお前に言われたくないよ。」
「歳なんて関係ない。」
「てか俺客だよ?前からお前のこといいと思ってなかったけどさ。」
最悪な状況になった。
陽菜の横で、向かい合う二人は険悪な雰囲気で喧嘩をおっ始めていたのだ。
陽菜は頭を抱えながら二人を仲裁し、マスターに二人に水を提供してもらった。
「俺、キッチンにいます。」
圭はまだ憤怒しながら、キッチンにこもってしまった。
加害者でもあるマスターはやれやれとため息をつきながら、代わりにバーでお酒を作り始めた。
「ねえ奏多。私、本当にそんな理由で奏多が仕事を辞めると思えない。それだったら私にこうして相談する意味もないでしょう?」
陽菜が少し冷静になり落ち着いた奏多にそう伝えると、奏多は唇を噛んで俯いた。
これはやはり訳有りなようだった。
二人の間に無言が続く中、陽菜は奏多が仕事をやめたい本当の理由を頭の中で巡らしていた。
ー小児科病棟は患者だけでなく家族にもケアが必要で、身も心も削られるから?
いや、しかし子供が大好きな奏多はいつも笑顔で真摯に看護をしていた。
それなら思い当たる理由は一つー。
「陽菜さーん。」
陽菜が考え耽っていると、隣にいた奏多は大粒の涙で泣いておりマスターが困り顔で宥めていた。
さすがにバーカウンターで泣かれるのは他の客の目もあるので、陽菜は奏多の体を支えながらソファー席へと移動した。
「家族に何かあったの?」
「はい…。」
そして奏多は仕事を辞めたい本当の理由を話した。
小児科の開業医の一人息子として産まれた奏多は自分も父と同じように医師になることを夢見ていた。
しかし医師になるためには学力が足りず、それでも小児科医療に携わりたいと看護師になった。
看護師としてだが、いつか父と共に働ける未来を望んでいた。
しかしそんな父が持病であった関節リウマチを悪化したことで、病院を閉院することを決めたのだと言う。
もし自分が医師になれていれば、父の病院を守れた。
そんなことを思っていると看護師として仕事をしているのに無気力になってしまったのだと言う。
陽菜にとっては難しい問題で、奏多にかけられる言葉はなかった。
ただ思う存分お酒に浸ることにだけ、今日は付き合ったのであった。
「お疲れ様です、先輩。」
「え、奏多?」
午後8時、病棟にて。
陽菜は日勤勤務だったが、ゴールデンウィーク明けに重なった予定手術や緊急入院の処理で残業をしていた。
早く仕事が終わった同僚に手伝ってもらいながらも自分にしかできない仕事を一人でこなし、ようやく終わった時だった。
ナースステーションに隣の病棟に勤めている奏多が現れたのだった。
「奏多も日勤だったの?」
「はい。あの、大事な相談があって。今日時間ありますか?」
「…うん。大丈夫。」
陽菜はあまりに真剣な表情をする奏多の様子のおかしさに心配し、普段なら戸惑う奏多からの誘いを受けた。
そして本題を話さぬまま二人はそれぞれ更衣室に行き、行きつけのバーホワイトへと行った。
「あれ、珍しい組み合わせだね。いらっしゃい。」
「はるちゃん、仕事お疲れ様。」
陽菜が奏多と二人でホワイトに来るのは、初めてだった。
平日だからか客も少なく、二人に歓迎されながらも陽菜は異様に緊張した。
しかし二人で行くところはホワイトしか考えられなかった。
陽菜と奏多は簡単なおつまみとカクテルを頼み、お酒に弱い奏多はすぐに酒が回った。
顔を赤くしながら、陽菜に大切な相談の内容を告げたのは店に入って30分ほどが経った頃だった。
「俺、仕事やめようかと思うんです。しかも来月を持って。」
「え。なんで?」
奏多は聡明で明るい笑顔で人当たりもよく、隣の病棟でも噂が聞くほど患者にも家族にも人気のナースマンだった。
「四年目だし、そろそろいいのかなって。」
確かに陽菜達の勤める病院は大きく、新人の教育機関も担っていて、卒後三年や四年経ち一人前になった看護師が辞めることは多い。
しかしそんな理由で辞めるなんて奏多はありえないと陽菜は思った。
奏多は仕事へやりがいを感じていることを知っていたからだ。
「何かしたいことできたの?他の病院に移るとか?学校に通い直すとか?」
「いや、フラフラしたくて。」
そう言って笑う奏多は真面目な彼らしくなかった。
陽菜は顔色を変え、神妙な顔付きで言った。
「そんな理由でやめたら、絶対後悔すると思う。」
「先輩だって前の仕事、3年で辞めてるじゃないですか。」
「でも私は…。」
確かに陽菜も理由は違えど、四年目になる春に最初の職場を退職している。
説得力のない理由を告げようとした時、バーカウンターにビールジョッキを置く大きな音が立った。
「はるちゃんにそんなこと言うために、奏多さんは相談に来たの?」
二人の会話に入ったのは、静かに話を聞いていた圭だった。
圭は目の色を変えていて、陽菜はすかさずマスターを睨んだ。
「もしかして、圭にお酒飲ませたんですか?」
「ふふ。新しいワインの試飲だよ~。」
呑気に笑うマスターは明らかに悪意を感じた。
バーテンダーのくせに圭はとてもお酒に弱く、少しでも口にすると人が変わるのであった。
「そんなことまだ22才のお前に言われたくないよ。」
「歳なんて関係ない。」
「てか俺客だよ?前からお前のこといいと思ってなかったけどさ。」
最悪な状況になった。
陽菜の横で、向かい合う二人は険悪な雰囲気で喧嘩をおっ始めていたのだ。
陽菜は頭を抱えながら二人を仲裁し、マスターに二人に水を提供してもらった。
「俺、キッチンにいます。」
圭はまだ憤怒しながら、キッチンにこもってしまった。
加害者でもあるマスターはやれやれとため息をつきながら、代わりにバーでお酒を作り始めた。
「ねえ奏多。私、本当にそんな理由で奏多が仕事を辞めると思えない。それだったら私にこうして相談する意味もないでしょう?」
陽菜が少し冷静になり落ち着いた奏多にそう伝えると、奏多は唇を噛んで俯いた。
これはやはり訳有りなようだった。
二人の間に無言が続く中、陽菜は奏多が仕事をやめたい本当の理由を頭の中で巡らしていた。
ー小児科病棟は患者だけでなく家族にもケアが必要で、身も心も削られるから?
いや、しかし子供が大好きな奏多はいつも笑顔で真摯に看護をしていた。
それなら思い当たる理由は一つー。
「陽菜さーん。」
陽菜が考え耽っていると、隣にいた奏多は大粒の涙で泣いておりマスターが困り顔で宥めていた。
さすがにバーカウンターで泣かれるのは他の客の目もあるので、陽菜は奏多の体を支えながらソファー席へと移動した。
「家族に何かあったの?」
「はい…。」
そして奏多は仕事を辞めたい本当の理由を話した。
小児科の開業医の一人息子として産まれた奏多は自分も父と同じように医師になることを夢見ていた。
しかし医師になるためには学力が足りず、それでも小児科医療に携わりたいと看護師になった。
看護師としてだが、いつか父と共に働ける未来を望んでいた。
しかしそんな父が持病であった関節リウマチを悪化したことで、病院を閉院することを決めたのだと言う。
もし自分が医師になれていれば、父の病院を守れた。
そんなことを思っていると看護師として仕事をしているのに無気力になってしまったのだと言う。
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ただ思う存分お酒に浸ることにだけ、今日は付き合ったのであった。
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