felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居してます〜

hina

文字の大きさ
6 / 35
第二夜 守りたい夢

しおりを挟む
「あー、やっと終わったー。」
「お疲れ様です、先輩。」
「え、奏多?」

午後8時、病棟にて。
陽菜は日勤勤務だったが、ゴールデンウィーク明けに重なった予定手術や緊急入院の処理で残業をしていた。
早く仕事が終わった同僚に手伝ってもらいながらも自分にしかできない仕事を一人でこなし、ようやく終わった時だった。
ナースステーションに隣の病棟に勤めている奏多が現れたのだった。

「奏多も日勤だったの?」
「はい。あの、大事な相談があって。今日時間ありますか?」
「…うん。大丈夫。」

陽菜はあまりに真剣な表情をする奏多の様子のおかしさに心配し、普段なら戸惑う奏多からの誘いを受けた。
そして本題を話さぬまま二人はそれぞれ更衣室に行き、行きつけのバーホワイトへと行った。


「あれ、珍しい組み合わせだね。いらっしゃい。」
「はるちゃん、仕事お疲れ様。」

陽菜が奏多と二人でホワイトに来るのは、初めてだった。
平日だからか客も少なく、二人に歓迎されながらも陽菜は異様に緊張した。
しかし二人で行くところはホワイトしか考えられなかった。


陽菜と奏多は簡単なおつまみとカクテルを頼み、お酒に弱い奏多はすぐに酒が回った。
顔を赤くしながら、陽菜に大切な相談の内容を告げたのは店に入って30分ほどが経った頃だった。

「俺、仕事やめようかと思うんです。しかも来月を持って。」
「え。なんで?」

奏多は聡明で明るい笑顔で人当たりもよく、隣の病棟でも噂が聞くほど患者にも家族にも人気のナースマンだった。

「四年目だし、そろそろいいのかなって。」

確かに陽菜達の勤める病院は大きく、新人の教育機関も担っていて、卒後三年や四年経ち一人前になった看護師が辞めることは多い。
しかしそんな理由で辞めるなんて奏多はありえないと陽菜は思った。
奏多は仕事へやりがいを感じていることを知っていたからだ。

「何かしたいことできたの?他の病院に移るとか?学校に通い直すとか?」
「いや、フラフラしたくて。」

そう言って笑う奏多は真面目な彼らしくなかった。
陽菜は顔色を変え、神妙な顔付きで言った。

「そんな理由でやめたら、絶対後悔すると思う。」
「先輩だって前の仕事、3年で辞めてるじゃないですか。」
「でも私は…。」

確かに陽菜も理由は違えど、四年目になる春に最初の職場を退職している。
説得力のない理由を告げようとした時、バーカウンターにビールジョッキを置く大きな音が立った。

「はるちゃんにそんなこと言うために、奏多さんは相談に来たの?」

二人の会話に入ったのは、静かに話を聞いていた圭だった。
圭は目の色を変えていて、陽菜はすかさずマスターを睨んだ。

「もしかして、圭にお酒飲ませたんですか?」
「ふふ。新しいワインの試飲だよ~。」

呑気に笑うマスターは明らかに悪意を感じた。
バーテンダーのくせに圭はとてもお酒に弱く、少しでも口にすると人が変わるのであった。

「そんなことまだ22才のお前に言われたくないよ。」
「歳なんて関係ない。」
「てか俺客だよ?前からお前のこといいと思ってなかったけどさ。」

最悪な状況になった。
陽菜の横で、向かい合う二人は険悪な雰囲気で喧嘩をおっ始めていたのだ。
陽菜は頭を抱えながら二人を仲裁し、マスターに二人に水を提供してもらった。

「俺、キッチンにいます。」

圭はまだ憤怒しながら、キッチンにこもってしまった。
加害者でもあるマスターはやれやれとため息をつきながら、代わりにバーでお酒を作り始めた。


「ねえ奏多。私、本当にそんな理由で奏多が仕事を辞めると思えない。それだったら私にこうして相談する意味もないでしょう?」

陽菜が少し冷静になり落ち着いた奏多にそう伝えると、奏多は唇を噛んで俯いた。
これはやはり訳有りなようだった。

二人の間に無言が続く中、陽菜は奏多が仕事をやめたい本当の理由を頭の中で巡らしていた。

ー小児科病棟は患者だけでなく家族にもケアが必要で、身も心も削られるから?
いや、しかし子供が大好きな奏多はいつも笑顔で真摯に看護をしていた。
それなら思い当たる理由は一つー。

「陽菜さーん。」

陽菜が考え耽っていると、隣にいた奏多は大粒の涙で泣いておりマスターが困り顔で宥めていた。
さすがにバーカウンターで泣かれるのは他の客の目もあるので、陽菜は奏多の体を支えながらソファー席へと移動した。

「家族に何かあったの?」
「はい…。」

そして奏多は仕事を辞めたい本当の理由を話した。

小児科の開業医の一人息子として産まれた奏多は自分も父と同じように医師になることを夢見ていた。
しかし医師になるためには学力が足りず、それでも小児科医療に携わりたいと看護師になった。
看護師としてだが、いつか父と共に働ける未来を望んでいた。

しかしそんな父が持病であった関節リウマチを悪化したことで、病院を閉院することを決めたのだと言う。
もし自分が医師になれていれば、父の病院を守れた。
そんなことを思っていると看護師として仕事をしているのに無気力になってしまったのだと言う。

陽菜にとっては難しい問題で、奏多にかけられる言葉はなかった。
ただ思う存分お酒に浸ることにだけ、今日は付き合ったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

25cmのシンデレラ

野守
恋愛
デパートに靴を買いに来た梨代は、自分の足に合う25センチのサイズが無くて落ち込んでいた。そこで偶然起こった暴漢騒ぎ。とっさに靴を投げて助けた男性は、まさに梨代が買おうとしていたブランドのメーカー「篠塚製靴」に勤める篠塚だった。しかも篠塚グループと呼ばれる現代財閥の御曹司だとか。 後日お礼として非売品の靴を届けに来た篠塚は、梨代にとある仕事の依頼を持ちかけて……。 御曹司が庶民を体験⁉ 王子様の「逆」シンデレラスト―リーが始まった! と思いきや、事態はあらぬ方向に。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

素直になっていいの?

詩織
恋愛
母子家庭で頑張ってたきた加奈に大きな転機がおきる。幸せになるのか?それとも…

処理中です...