felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居してます〜

hina

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第五夜 二人の過去

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その夜は客足も少なく、後から現れたマスターによって圭は早めに帰宅した。
しかしもう日付は変わっている。
昨日陽菜は日勤勤務であったため、もちろんもう寝ているのだろうと思っていた。

リビングの電気をつけると、ソファーに体育座りをして丸まった陽菜の姿があった。
陽菜は電灯の光を眩しなりながら、腫れた目をして圭を見上げた。

「お疲れ様。早かったね圭。」

圭はついその身体を強く抱きしめたくなった感情を抑え、その隣に座った。

「はるちゃんも仕事お疲れ様。仕事で何かあったの?」

陽菜は俯いたまま、深くため息をつきテーブルに突っ伏していた。
明らかに様子がおかしく不安定な陽菜に圭は心配し、陽菜が好きな暖かい飲み物を作って渡した。
そしてしばらくすると、陽菜は話し始めた。

「今日、久しぶりにお姉ちゃんの顔を見たの。」
「お姉ちゃん…いたんだ。会ったの?」
「いや、会おうとしたけど会えなかった。お姉ちゃんね、私が働いてる病院の精神科病棟に入院してきたの。重い話になるけど、聞いてくれる?」

そして陽菜が告げたのは、一人抱えていた辛い過去だった。

陽菜は代々歯科院をしていた歯科医の父と事務や経理をしてその仕事を助ける母の下で、次女として産まれた。
陽菜には10も歳の離れたの姉がいて、姉は小さい頃から陽菜のことをよく可愛がってくれた。

そんな平凡な家庭が壊れたのは陽菜が14才の時だった。
大人しい母がずっと一緒に勤めていた若い歯科医と不倫をしており、離婚したいことを父に告げた。
そしてそのまま子供を置いて、不倫相手と家を出ていった。

母に裏切られていたショックで、父はアルコール依存症になった。
父は仕事もろくにできなくなり病院も閉院を余儀なくされた。
そしてそのまま肝臓を悪くして、あっという間に父は亡くなってしまった。

それは陽菜が18歳の時だった。
ちょうど私大への進路が決まっていたが、家計は借金まみれで陽菜は夢を諦めるしかなかった。
しかし小さい頃から十歳であった姉は大学で助手をしており、陽菜の学費を工面することで事なきを得たはずだった。

陽菜は無事に大学生活を送ることとなったが、実際のところ姉は助手の仕事だけでは大学の費用を賄えなかった。
副業に手を出していたが、いつの間にかキャバクラに始まり結局風俗嬢となっていた。

そして姉はだんだん心と体のバランスを崩し、陽菜が大学を無事卒業することが決まった時に自殺未遂を起こした。
それから姉は母方の実家で療養したがまだまだ心身不安定で、今でも入退院を繰り返していた。

陽菜はそんな辛い現実から逃げるように地元を離れ、就職を理由に上京した。
しかしある時東京で母と再会し、衝撃の事実を告げられた。
自分は母と不倫相手の間に産まれた不義の子供であったのだ。

母は東京で事業を成功させた不倫相手と再婚し、華やかな世界で生きていた。
そんな母から自分達と一緒に暮らさないかと提案されたが陽菜は断固拒絶し、そして結局地元に戻ってきてしまった。

「私ね、どうしてお姉ちゃんを不幸にしたのに生きてるんだろうと思うの。でも私は姉に詫びることも助ける勇気もなく、現実から逃げながらのうのうと生きている。今日もお姉ちゃんに会おうとしたけど、結局足が震えて怖くてダメだった。」

陽菜はそう言い終えると、涙が溢れ出て震えていた。
圭はそんな陽菜の頭を優しく撫でて、包み込むように抱きしめた。

現実から逃げ続けることも容易いことではない。
しかし現実に向き合うのも強い勇気がいることを圭は痛いほど知っていた。

圭はさっきまで自分が悩んでいたことがちっぽけなものに思えた。
本当に嫌なのは父親ではない、現実から逃げて夢を忘れたふりして居心地の良い場所で生きている自分である。
陽菜の止まらない涙は圭に一歩前を向いて歩く勇気をくれたのであった。

陽菜はそれから涙を流し続け、疲れてそのまま寝てしまった。
圭はそんな陽菜の体の上に毛布をかけ自室に戻ったが、陽菜の想像以上の辛い過去に打ちのめされ眠気が飛んでしまった。

ー俺は一年半はるちゃんと一緒にいて、何も知ろうとしなかった。俺はもっと早く気付いて、はるちゃんを助けなければいけなかったのに。

圭は陽菜に独りよがりの気持ちを抱き、求められればそれに応えて満足する居心地の良さに浸っていた自分を責めていた。
そしてまた何か陽菜にできることはないかと考えれば考えるほど、ろくな言葉も見つからずただそばにいることしか考えられない無力な自分に嫌気がさしたのであった。
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