felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居してます〜

hina

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第五夜 二人の過去

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長い冬は終わり、春が来ようとしていた。
午後6時、バーホワイトにて。
開店の準備をしていた圭は、一人大きなため息を吐いた。

「もう、一年が経つのか。」

もうすぐ普通なら大切な日のはずなのに、一年で一番憂鬱な日がやってくる。
それは母の命日だった。
圭は去年母の命日で起きたことを思い出していた。

それは陽菜が友人の結婚式で悪酔いした日の次の日のことだった。
一年で一度、家族全員が集まる日。
それは自分が高校生の時に心筋梗塞で急死した母の命日だった。

とはいっても、実家は農家であり自分だけが家に寄り付いていない。
実家は8人家族という大所帯であった。

祖父母と父、家業を継いで20歳の時に結婚した双子の兄夫婦、3年前に離婚して子供と出戻りした長姉と甥姪が住んでいる。
そして近所では次姉が男三兄弟を育てているが、旦那が単身赴任のためほとんど実家を頼り暮らしている。

祖父母はもう歳だからかだいぶ穏やかになったが、家業を守ってきた父親は厳格でバーテンダーとしてフリーターをしている圭に会うたびに説教をしていた。
昨年の命日も圭は父親から、『フラフラと夜の仕事をして、友達とルームシェアなんてけしからん。しっかりしろ。兄を見習え。』と言われた。
圭はつい感情的になり掴み合いの喧嘩になってしまいそうになったところを、兄から止められた。

祖父母や姉達は自分のことで精一杯で、圭のことはただただ甘やかしている。
父親の言うことは確かに正論で自分を思ってくれているのは分かっている。
しかし聡明でいつも味方でいてくれた母が生きていてくれればよかったのにと圭は思った。

圭は陽菜と会う前までは実家の離れに住んでいた。
しかし年々父親との言い合いが絶えず、居心地の悪い実家から逃げるように陽菜の家に住み着いてしまった。

圭は陽菜には出会った頃から今現在、そんな家庭の事情は話していない。
陽菜も陽菜で家族の話を一度も圭にしたことはなく、何か辛いものを抱えているのだと感じていた。

居心地の良い場所で生きていることは、世間の人が見れば甘えているのかもしれない。
しかしそうでしか生きられない、仕事も恋愛も中途半端な自分を受け止めてくれる陽菜の存在は圭にとって心の支えだった。

「今年もまた喧嘩をするんだろうな。俺ももう少し正論を受け入れられる、兄のように広い心があればなぁ。」

圭は憂鬱さを感じながら店の前に出て看板を出すと、目の前に噂をしていた人の姿があり夢かと思った。

「律。」

それは圭の双子の兄だった。
圭のバーには家族で唯一訪れたことがある。
月に1、2回早い時間に、家庭に支障が出ない程度に現れては顔を見に来るのであった。

「明日会うっていうのに、なんかあったの?」
「なにもないけどさ。また去年みたいなことになったら嫌だなって思ったら、お前の顔が見たくなったんだよ。」
「双子って怖いよな。」

律と圭は二卵性の双子のため、容貌は全く似ていない。
しかし同じ時をお腹で過ごしたせいか、同じことを考えている時が過去にも数回あった。

「俺はカッコ良いと思うんだけどな、バーテンダー。圭なんてお客さんにモテモテだろう?」
「そんなことないよ。俺はそんなに愛想も良くないし、ちゃんと心に決めた人がいるから変に思わせぶりなことはしないよ。」
「会ってみたいなぁ。陽菜さんだっけ?」

律はビールを飲みながら、揶揄うようにその名を告げた。
律にだけは好きな人の存在を話していた。
しかし圭は陽菜とは一緒に住んでいることも律に伝えているため、すっかり律の間では陽菜は圭の恋人扱いになっている。

「お前は余計なことを言いかねないからな。」
「お兄様にそんな物言いはないんじゃないか?」
「ただ数分生まれるのが早かっただけで兄さんぶるなよ。」
「ただ数分生まれるのが遅かっただけで未子で溺愛されている弟がいる俺の身にもなれよ?」

二人は会えばこのように言い合いになるが、そうやって腹を割って話せる相手がいることを圭は双子として産んでくれた両親に心底感謝している。

律は自分とは正反対、小さい頃から真面目で父親を慕い従順にしてきた。
もし兄も自分のようにちゃらんぽらんだったら、きっと父親は今のように溌剌には働いていないだろう。

「それで、明日この変わらない俺をカバーしてくれるの?お兄様。」
「いやー、それが難しいからこうやって圭に会いに来たのさ。」
「それは残念。俺ももうありのままで行く覚悟か、逃げるしか選択肢がないんだよ。」
「「憂鬱だなぁ。」」

二人は揃ってそう言うと、大きなため息を吐いた。
圭は律が来て、余計に明日の出来事への鬱憤が募ってしまった気がした。

「夢をまた追いかける気はないのか?」
「あんな恥ずかしい夢。もう子供じゃないんだから。」
「俺や父さんは、諦めてないぞ。」

そう言う律の表情は真っ直ぐで、つい圭は顔を逸らしてしまった。
圭には小さい頃から、たった一つの夢があった。
それは自分の農家で作った野菜を使った店を作ることだった。

夢を叶えるためにまず調理師免許を取りホテルで料理修行を始めたが、上司からの悪質なハラスメントに遭い堪えられず辞めてしまったのである。
それがトラウマで忘れられず、こうしたこじんまりとした小さな店でしか働けなくなってしまったのである。

「夢を叶えられた大人はどのくらいいるんだろうな。お前もなりたくて農家を継いだわけじゃないじゃないか。」
「そうだなぁ。でもだからこそ俺もお前も、夢を抱いていたお前の存在が眩しい星のようで忘れられないんだよ。」

律がそう呟いたのに、圭は遠い夜空の星を眺めた。
そして一年前夜空を共に眺めては時間を止めたいと言った、愛する人の顔を思い出した。

ー俺には守りたいものもあるんだ。

圭はそう心の中で本音を悟ると、しばらく律と他愛もない話をして見送って行った。
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