たった一つの恋

hina

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身体の異常

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「初めまして、麗ちゃん。」
「静流がお世話になってます。よく話聞いてました。」
「おい。」
「そんなに私の噂してたの?」

2月の終わり。
ようやく年度末の試験を終え春季休暇に入った静流は、夕方早い時間に友人二人と近くの居酒屋で飲んだ後、自宅で二次会を開いていた。
そして友人達の強い要望で麗を誘うこととなり、初めて会う可愛らしい彼女の存在に彼らは静流を冷やかした。
麗は久しぶりに静流に会うことができ嬉しい気持ちで、彼の隣に座り小突いた。

「麗は何飲む?」
「今日はジュースでいいや。」

麗はそう言うと笑顔で、友人達のカップに缶ビールを注いだ。
静流は不思議そうな顔をして麗を見つめた。
酔っ払ってる自分達が飲み途中で、まるで見せ物のように麗を呼んでしまったことに申し訳なさを感じた。

夕飯を食べたと言う麗はあまり飲食せずに、友人達と楽しい会話を繰り広げていた。
案の定、酒に弱い友人達は先にソファーの上に倒れてしまい二人の時間になる。
麗がきてからは酒が進まず酔いが覚めてしまった静流は、キッチンで洗い物をする麗の隣に立って言った。

「どこか具合悪いの?」
「…静流にはバレちゃうか。」

麗はそう言って洗い物を続け、終わると静流に向き合った。
しかしすぐに目を逸らし俯き、小声で言った。

「月の物がきていないの。」
「…どのくらい?」
「2週間かな。」
「…検査はした?」
「うん。」

麗はそう言うと、静流のベッドの上に腰掛け自分の下腹を見つめて優しく摩っていた。
静流は近くのカーペットの上に座り、彼女の姿に絶句した。

「陽性だった。」
「…そっか。」

静流はもちろん子供の父親の相手は分かっていた。
ここ数ヶ月素直に自分と接してきた麗を信用している。
きっと麗が壊れた日に産まれた命だとー。

泣きそうになりながらも、愛おしそうに新しい命に触れ続ける姿に静流はかける言葉がなかなか見つからなかった。
麗のこれから下さなければいけない苦渋の選択を聞くなどできるはずがなかった。
しかし麗の身体を一番に思うと、きっと自分にしか話をしていないだろう麗に自分がしなければいけないことがあると感じ、恐る恐る聞いた。

「病院には行ったの?」
「まだ行けてない…。」
「…じゃあ明日、一緒に行かない?」
「一緒に行ってくれるの?」

そう言う麗の声は震えていた。
そして堪えていた涙が頬を伝った。
例え自らの過ちだとしても、数週間どれだけ独り不安を抱えていたのだろうー。

静流はすかさず麗を優しく抱きしめていた。
無意識に行動してしまうほど、どこまででも麗を大切に想う自分の気持ちで胸が痛くなった。

二人は寄り添いながら朝を迎え、友人たちが目を覚めて家に帰ってから、近所の産婦人科へと行った。
しかしそこは完全予約制の人気なクリニックだったよくで、診察を受けるまで数時間を要した。

お腹の大きい妊婦のほとんとは夫や子供を連れてきており、笑いながら診察を待っている。
入院中の新生児を抱く褥婦や退院する家族の姿もあった。
そんな中で床を見つめ無言で俯く麗の心境を考えながら、静流は心を痛めた。

そして午前中の最後であろう診察を受けた後、静寂になった待合室に戻ってきた麗は目に大粒の涙を溜めていた。
鼻をすすりながら静流の隣に座り、小声で言った。

「妊娠してた。でも赤ちゃんはいなかった。」

麗は震えながら持っていた、真っ黒の超音波写真を静流に渡した。
その写真を見つめた静流は何も言わなかった。
医師から告げられただろう内容はすぐ察した。

ー流産、もしくは異常妊娠か…。

一週間後再審の予約をする麗の姿を見ながら、受診を勧めたことで不安を煽ってしまった自分を静流は悔いた。
そして病院を出て覚束ない足取りで自宅への帰路を進む麗の手を掴んだ。

「静流…?」

路上の真ん中で、そのまま静流は麗を自分の胸の中に包みこんでいた。
その温もりに麗は安堵したのか笑みが溢れ、静流の腰に腕を回した。

「今日から春休みだから。バイトの日もあるけど…。側にいてくれないか?」

「静流…ありがとう。ごめんね。」

人に心を開くことが苦手で深い関係になることができず不器用に生きていた自分を、どこまでも受け入れてくれる静流の優しい言葉に麗は涙がこみ上げてきた。
そしてまた静流もこれほど麗を想う気持ちに驚きながらも、どんな状況になってもこのままずっと側にいたいことへの気持ちは変わらないと思った。

それから二人はずっと寄り添いながら過ごした。
麗は吐き気が酷くなり、飲食がまともにできなかった。
あまり眠ることもできず虚な目で言葉も発することもなく日に日に弱っていく麗の姿を、静流はただ側で支えていた。

そして病気に再診する前日の夜、静流はどうしても休むことができないバイトのシフトがあった。
不安定な麗を残していくことは不安で仕方なかったが、大丈夫だとその時だけ笑顔を繕った麗の気遣いに甘えてバイトに行った。
それでも不安が拭えなかった静流は忙しいバイト中でも頻繁に麗と連絡を取っていた。

しかし日付が変わった頃、麗から連絡が途絶えた。
寝てしまったのかもしれないが嫌な予感がして落ち着かない静流は、早くバイトを上がらせてもらった。

そして帰路まで動悸がする胸を押さえながら、ひたすら走っていた。
だが憔悴していた麗を見守るというか監視してるかのように気を遣っていた静流の身体も心もボロボロで、何度も気を失いそうになった。

やっとのことで家に着きドアを開けて倒れ込んだ静流は、玄関に麗の靴があったことに酷く安堵感を覚えたがそれは一瞬で消え去った。

「麗!!」

最後の力を振り絞るように下足のまま静流は麗の下へと行った。
麗はトイレの前の廊下で下腹を押さえて倒れ込み痛みもがいていた。
そして下半身には大量の血が流れていた。

静流が想定していた二番目の最悪な事態が起きてしまった。
目の前が真っ暗になったが、青い顔で今にも気を失いそうになっている麗を助けるため、動揺を抑えながら救急車を呼んだ。


運び込まれた総合病院で麗が目を覚ましたのは、次の日の夕方だった。
朦朧とした意識の中で、自分はベッドに横たわり両腕に点滴をしおり、モニターなど多くの精密機械に囲まれていることを少しずつ理解した。
そして自分が目覚めたことを知った看護師が医師を呼び、しばらく診察を受けてから家族が現れた。

涙を流して笑顔で喜ぶ、祖父母の姿だった。
彼らはただ、『良かった、良かった。』と言ってくれていた。

麗はパジャマの中から下腹に手を触れると、ガーゼが保護されており鋭い痛みが走った。
そして最後の記憶が断片的に思い出した。

ー就寝前にトイレに行ったら大量に出血して激痛が走って…そして静流が帰ってきてくれて。

ここには静流の姿はなかった。
きっと静流のことだから一緒に着いててくれていたはずだ。

ーでも今はきっと会う方はできないだろう

麗はそのまままた眠気に襲われ、目を瞑った。
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