ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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おまけの物語

第90話 時を超えた恋

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 フヒトは何故か、あの絨毯の事が忘れられなかった。

 絨毯に描かれた情景を見たことがあるような、不思議な錯覚を覚える。
 大切な何かを忘れているような、もどかしい気持ちも。

 記憶力の良いルキウスが、あれは『聖杜エストレアの都』で見た、王宮の庭に似ていると言ったので、カイトは納得していたのだが、フヒトはそれ以上の何かを感じてしまう。


 結局一週間後に、一人でもう一度見に行ったのだった。

 閉館時間ぎりぎりに訪れたので、絨毯の前は人もまばらだった。

 もう一度見つめる。

 この絨毯は、縦糸に一色ごと緯糸を結びつけていくことで図柄を完成させていく、とても手間と時間のかかる製法で作られていると説明書きに書かれている。
 この織手は、どれほどの時間をかけて、この絨毯を作り上げたのか、どんな想いを込めながら作っていたのか、そんなことを考えると、胸がぎゅうっと痛くなる。

 近づいて糸目を見たり、遠くに離れて全景を見たりしていると、あることに気づいた。

 これ、完成してないんだ!

 上の方の建物の屋根が途中になっている。

 この織手は、途中で終わらせてしまったのだろうか?
 それとも、何か事情があったのだろうか?


 その時、横からすすり泣きが聞こえてきた。
 振り向くフヒトの視線に、絨毯を見上げて泣いている女性の姿が写り込む。

 金色の髪。緑の瞳。
 その瞳から、ハラハラと涙が流れ落ちている。

 フヒトは慌ててポケットからハンカチを取り出すと、思わずその女性に差し出した。
「大丈夫ですか?」

 はっとわれに返ったように、驚いてフヒトを見つめた女性。

 その瞳に吸い込まれそうな気がした。

 心臓がドキドキして、フヒトは思わず照れ隠しに喋り始める。

「いや、泣いていたから大丈夫かなと思って。急に驚かしてすみません」
「いえ、ありがとうございます」
「実は、俺もこの絨毯初めて見た時泣いたんですよ。人を泣かせる絨毯の力って凄いですよね」

 女性は涙を拭うと、恥ずかしそうに笑いながら相槌を打つ。

「本当にそうですね。この人、一生懸命心を込めて織っていたんだろうなと思ったら、なんか涙でちゃって」
「織手の人、どんな人か興味沸きますよね」
「ええ」

 二人でもう一度絨毯を見上げて、しばし二千年前に思いを馳せた。

 閉館の鐘が鳴り、一緒に博物館ムーセウムを出た。

 お互い華佗ファトゥオ大学の学生と言うことが分かって、意気投合する。
 初対面とは思えない話易さを感じて、フヒトは思い切って名前を尋ねてみた。

葉綾イエリィンです」

「俺はフヒト! 葉綾イエリィンか……素敵な名前だね。『彩り豊かな葉が綾なす美しい模様』って意味が込められているんだろうな」
  
 思わず呟いたフヒトの気障ともとれるセリフを、葉綾イエリィンは素直に喜んでくれた。
 
 博物館ムーセウムに続くアマルの並木道。
 この一週間の温かさに応えるように、蕾と開いた花のグラデーションが一番美しい頃。
 柔らかな風にピンクの花びらがハラハラ舞い散る中、二人で歩く。
 
 先程から心臓の鼓動が耳元で鳴り響いている。
 フヒトはふわふわした気持ちのまま、この並木道がずっと続けば良いと思っていた。
 このまま二人で歩き続けていたい……そんな自分の気持ちに戸惑う。
 同時に、不思議な既視感デジャブも感じていた。

 俺は誰かと一緒にこの道を歩いたことがあったのだろうか?

 そんなことを考えながら視線を移したフヒトは、花びらに手を伸ばす葉綾イエリィンの横顔の美しさに息を呑んだ。

 思わず足を止める。

 見つめる視線に気づいた葉綾イエリィンが、恥ずかしそうに微笑んだ。
 フヒトは慌てて目を逸らしそうになったが、なんとか踏みとどまった。
 勇気を振り絞ってそのまま真っ直ぐに見つめると、葉綾イエリィンも見つめ返してくれた。

 お互いの瞳に優しい色が広がる。

 葉綾イエリィンは思いついたように、手のひらの花びらを見せながら尋ねてきた。

「アマルの花の花言葉ってご存じですか?」
「いや、知らないな」

「アマルの花の花言葉は、『知恵の泉』と『幸せ』の二つなんですよ。どちらも素敵な言葉だと思いませんか」



「そういえば、今度どこに行くって言っていたんだっけ?」

 いつもながら突然部屋に現れるルキウスの立体映像。

「「イリス島だよ」」
 カイトとフヒトの声がハモった。

「今度は私も一緒に行きたいな~」
 ルキウスの隣に現れたのは、ルキウスの恋人のアルフィーネ先輩だ。
 しっかり者のルキウスが年上好きとは意外な気もしたが、しっかりしている奴に限って甘えたいと思う時もあるのかもしれないなどと、フヒトは勝手に思っていたのだった。

「そう言えば、フヒトはその後どうなんだよ。葉綾イエリィンちゃんとは」

 フヒトは飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。

「ちゃんと告ったのか?」
「いや」
「まだ、付き合えて無いのか」
「あれ? この間付き合う事になったって言ってたよな」
 カイトまで攻めてくる。

「ああ、付き合ってるよ」
「で?」
「なんて告ったんだよ」
「……」
「?」

「告られた。先に」

「えー良かったじゃん」
「おお~、葉綾イエリィンちゃん、やるう!」

 フヒトは複雑な顔になった。

 いや、嬉しかったんだよ。本当に。
 必死で告白してくれた葉綾イエリィンちゃん、めちゃくちゃ可愛いかったし、同じ気持ちだったんだって思ったら、舞い上がりそうなくらい嬉しくて。
 でも、色々告白のために準備していたからね。
 場所とか、言葉とか。
 自分が先に言えなかったのは、ちょっと残念。
 
 でも、凄く嬉しかった。
 今も彼女のことを考えるだけでドキドキする。

 よし! プロポーズの時にリベンジしてやる!

 フヒトは心の中で密かに誓った。

 カイトはモテるのに、今のところは恋より旅行に勤しんでいて、告白されても全て断っている。
 理想が高すぎるとフヒトが言うと、『俺を待っている人がいる気がするんだ。まだ出会えていない気がする』と、贅沢なことを言っている。

 そんなこと言っていると、だれとも付き合うこと無く、年取るぞと言ってやった。
 でも、葉綾イエリィンとの不思議な出会いを思えば、カイトの気持ちも分かる気がした。

 
 
 結局夏休みまで待ちきれないと言うことで、カイトたち三人組と、アルフィーネ先輩と葉綾イエリィンの五人で、イリス島へやって来た。

 本当は長い休みを利用した冒険者コースで、帆船に乗る旅にしたかったけれど、今回は短い試験休みだったので、飛行機アビオンでの旅になった。

 空港のすぐ近くには、緑の公園に白い砂浜、青い海が広がる。
 緑の公園内には、白亜の小さな宿泊施設が点在していて、自然と同化するように静かに宿泊できるようになっている。
 
 イリス島は一年を通して過ごしやすい気候であった。
 春が来たばかりの華佗ファトゥオとは違い、海で泳げる温かさ。

 チェックイン後は、まっしぐらに海に直行した。
 アルフィーネ先輩と葉綾イエリィンは初めての海に大はしゃぎ。
 浅瀬まで遊びに来るイルカデルフィーノにとろけそうな表情になっている。

 男性陣はそんな彼女たちを見てとろけそうな表情になっている。
 

 香と医療の薬処ファルマシアに寄りたいとの女性陣の要望に、飛行場とは反対に位置する入江にやって来た。
 女性陣二人は、わいわい言いながら色々な香りを試している。
 フヒトはふと、カイトが店内にいないなと思ったが、まあいいかとほっておいた。

 店の庭先には美しい香の草花が咲き乱れている。
 一年中温暖なイリス島にも、緩やかな四季はあった。
 今は若葉の芽吹くころ。
 明るい緑の葉に彩られ、辺り一面に優しい香が満ち溢れている。

 その向こうに広がる青い海。

 ここに来た瞬間から、カイトはなんとなく包み込まれるような温かさと、居心地の良さを感じていた。
 ずっとここに来たかったような気持ち。
 ここで待っていてくれた何かがあるような気持ち。
 
 くすぐったい気持ちになって、思わず店を出てしまった。

 潮風を吸って深呼吸する。

 やっぱり海風は気持ちがいいな。
 体中が生き返るような気分だ。

 眼下の海に、イルカデルフィーノが跳ねたようなキラリと光る魚影を見つけた。
 思わず興奮して花壇に駆け寄ったカイトは、草影に潜む人影に気づいていなかった。

 驚いた人影が慌てて立ち上がろうとしたので、二人で思いっきりバランスを崩す。
 相手を庇ったカイトは、抱き抱える形で地面に落ちた。

「すみません! 大丈夫ですか?」
 優し気な女性の声が降ってくる。
 逆光の中、サラサラの黒髪が風に揺れて、カイトの顔を撫でていく。

 琥珀色の瞳が絡み合った。

 その瞬間、体にビリビリと稲妻が走ったような衝撃を受けて驚いた。

 胸がドキドキする。

「大丈夫ですか? 起き上がれますか? お怪我は?」
 女性は慌てたようにたて続けに尋ねてくる。

 カイトは体を起こすと、女性としっかり目を合わせながら笑いかけた。

「これくらいなんでもありません。大丈夫です。それより、驚かせてしまってすみません。イルカデルフィーノに夢中になってしまって」

 照れ臭そうに言った。

イルカデルフィーノですか。ここからでも見えるでしょう。私も大好きなんです。毎日会いに行ってるんですよ」
 女性は嬉しそうにそう答えた。

「毎日って、ここに住んでいるんですか?」
「はい、ここの薬処ファルマシアの娘ですから、生まれた時から住んでいます」
「いいな~こんなところに俺も住んでみたいな」

 思わず零れ落ちた本音に、カイトは自分でも驚いて恥ずかしくなった。
 
 初めて会った人に、こんなこと言うなんて、なんて軽い奴だと思われただろうな……

 慌てて何か言い訳をしないとと思ったカイトは、嬉しそうな瞳と鉢合わせになって心の奥がふわっと熱を持つ。

「うわー、嬉しいです。そんな風に言ってもらえて」
 女性は心の底から嬉しそうに言った。
「いいところなんですよ。ここは傷ついた方々に、心も体も癒していただくために開いていて、二千年前から変わらないんです。変わらないからいいと……私は思っているんです。だから、今の言葉、すっごく嬉しかったです!」

 カイトは慈しむような優しい表情で彼女を見つめた。
 初めて会ったのに、全然そんな気がしない。
 俺を包み込んでくれるような温かさ。

「名前、聞いてもいいかな?」

 もう一度二人の視線が重なった。

「フロリアです。あなたは?」
海響カイト! これからよろしく」

 鼻腔をくすぐる草花の香と太陽の光。
 
 二人の笑顔が弾けた。


              了



これで本当のおしまいです(#^.^#)
長い間お付き合いいただきましてありがとうございました。 
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