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maria

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辛いことがあると、景色を撮りに外へでる。
カメラを対象へ向けて、パシャリ、と。その音が心地よく私を満たす。
それだけを求めて私は今日も出掛けるのだ。私の居場所はここだから。この街が私を受け入れて私にだけ美しい世界を見せてくれるのだ。

「おはよう」
街が朝になると、朝食のロールパンを片手に、もう片手にはカメラを持っていつものようにさっさと家を出る。カメラの黒い、固い手触り。さするとさらりとした感触。これがないと、私は、生きてはいけない。これの寿命が来たときは、私の命も消えるから。
高校も、友達も、家も家族も全部が私の命を削るものにしか思えない。息ができなくなる感覚に陥ってしまって気づいたときには、ベットの上だ。
だから、私は願ったのだ。もう、私には関わらないでと。関わってこないでほしいと。願ったのだ。そして私の周りには誰もいなくなった。
そんなある日である。

街であった美しい女、年齢的には女の子という方が正しいが私にとっては女という表現が正しい、不思議な女に出会うこととなった。彼女はそのとき海に腰まで浸かっていて海風に髪は揺れていた。瞳は茶色く光り、確かそのとき彼女と私の距離は大きく離れていたはずだったのだが、私には見えた。
青い、海。
それに吸い込まれる前に私は口を開いた。今になって思えばそれは、しなければよかった、後悔する出来事なのだけれど。

今思っても確かに彼女は綺麗だった。少なくとも私にとってとても美しい被写体であったし、カメラを見つめる彼女も景色と一体化する彼女も、写真としておさめられた彼女も、どれもこれも好きだったから。
私が昔から美しいものが好きだからなのか。一目見たときから心臓があつくなって、それはもうどくどくと脈打ち、私を興奮させた。その興奮がきっと恋なのだと、若い私はそう思ったがその気持ちよりも、彼女のずっとそばに、美しいものに、触れていたかった。ただ、それだけだったのだ、そのときの私の気持ちは。相手の心がどうなっているかも、知りもせずに。ただ、美しい彼女を求めていた。

「ねぇ、名前は何て言うの?」
初めに聞いた言葉だ。よく覚えている、このときの彼女の顔を。驚きに満ちた表情で私を見つめていたことを。その顔までが美しいと思った私の心も。
「私は、アリサ。」
鈴のように高く、だがよく通る声で彼女は答えた。だが、それ以上はなにも言わない。名前を知っても、正体はわからない。そこが、妙に惹かれた。咄嗟に、
「あなたの写真を、とりたいな」
自分でもなぜ言ったかはそのときわからなかった。ただ夢中で話していた。彼女と話したかった。もっと声が聞きたかった。
彼女の傍へ行く。彼女の海に。足先に波が寄ってきて、私の体温を奪うがそれを気にせず私は海へ入っていく。彼女から、一メートル。
「写真を撮ることが好きで、いろんな景色をとりたいと思ってて...その、アリサさんが被写体になってくれたら素敵な写真がとれると思うから」
「無理よ」
彼女の答えはそれだった。彼女の瞳はもう海を映さず、静かに私を見据えて、何かを語る。海に浸かった足から急速に体温が奪われて、冷えていく。寒い。でもこれは本当に、海のせいなのだろうか?
冷たい目と、これ以上は近づいてはならないという何かに阻まれた感覚がした気がしたが、残念ながらこのときの私にはよくわからなかった。それほどまでに幼かった、今思えば。


「私はまだ、許されていない」


この美しい彼女に枷をはめているのは誰だろうか。あのあと私は何も言えず、ただ黙ってひたすら来た道を戻った。海に浸かった足はすっかり冷えていて、冷たくなっていたが、この程度ならどうでもよかった。彼女の体も心もこれよりずっと冷えているのかもしれないと考えると、妙にぞくっとしたからだ。傷つけられるような、痛みのような。そんな、冷たさ。
「どこまでも、美しい」
ぼんやりとそんなことを呟く。あんなに綺麗で壊れそうな美しさは初めて見た。どうしてもカメラに納めたい。どうしても。どうやってでも。
こんな気持ちは、はじめてだ。













    
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