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プロローグ
しおりを挟む走る、走る、走る
鬱蒼と繁る森を俺は走っていた。
「何で追ってくるんだよ!」
俺の口から益体のない悪態が漏れる。
そう言いながらも足を止めることはない。否、それ以上だ。足をひっかけようとする木の根を飛び越え、道を塞ぐように降りてくる枝を切り落として投げ捨て走る。
足を止めることは出来ない。追いつかれてしまうからだ。
「待ってくださいませシウス様!私も連れてってくださいませ!」
木の上から女の声が降ってくる。俺を追いかけてる奴だ。正確には付きまとわれてると言うべきか。
「五月蝿い! とっとと帰れ!」
「いいえ、帰りませんわ!連れて行ってくださいませ!」
しつこい。何で俺にここまで固執するか分からない。別に俺は一匹狼を気取ってるわけじゃない。女とだって実力があるのなら組むことを厭わない。実際にあの女の植物を操る魔法は厄介だ。撒くことが出来ずに2時間近く追いかけられてる事からも察する事が出来る。じゃあ何故あの女を相棒にできないかと言うと、俺の職業とあの女の肩書きの相性が最悪だからだ。それにエルフというのもマイナスだ。
「私を盗み出したのはシウス様。なら私はシウス様の物ですわ!」
「俺が盗みたかったのは食料だ。エルフの姫なんざいらねぇんだよ!」
俺のような盗賊が姫なんかと一緒にいてもろくな事にはならない。軍隊に追いかけ回されるのはゴメンだ。こいつを殺してしまっても追っかけ回される、城に送り届けてもお縄。振り切ってしまって諦めるのを待つ他ないと思ったが撒くことすら出来ない。
「何であんなに箱があったのに、俺はあいつの入った箱を持ってきちまったんだ。」
運命を呪いたくなる。追いかけっこの始まるきっかけとなったのは2時間以上前の事だ。
俺はエルフの城から食料を盗み出そうとしていた。
「兵士はいないな。」
俺は慎重に周囲を確認して古井戸から這い出でる。この井戸は俺が半月かけて掘った抜け道だ。地下水路に続いている。
「さてと、今日も一つだけ頂くとするかな。」
そっと足音を殺して食料倉庫に近づいていく。今日も見張りはいない。杜撰な管理だ。俺にとっては有難いことだがな。城の守りは地上に張り巡らされた半円状の結界に頼りきっている。なので入ってしまえばこんなものだ。
「まっ、やる気なんざ起きねえわな。」
城の兵士は大体がガキの頃にとっ捕まった奴か、身内を人質に取られてるような人間ばかりだ。エルフは数が少ないので見張りなどはしたりしない。そもそも高い身分についてるから雑用みたいな仕事はしない。
「おかげで楽なもんだがな。」
苦もなく倉庫の中に入り狙いの物の前までたどり着く。倉庫には大きな箱が沢山積まれており、中には小麦や干し肉などの日持ちする食料が入っている。
「今日はこの箱にするか。」
箱を少しだけずらして中を見る。チラリと小麦が入っているだろう茶色い袋が見える。今日も豊作だ。
「なんだありゃ? 杜撰にも程があるだろ。」
箱に隠れて見えなかったところにいくつか小麦の茶色い袋が積まれている。箱に入ってないあたり怠慢を極めてるとしか言い様がない。
「まっ、俺には関係ねえ事か。」
俺は素早く縄で箱を縛っていく。古井戸の底に降ろすためだ。井戸の近くで作業してて運悪く見回りに見つかってもつまらないからな。入口を警戒してればいいだけの倉庫で準備を進めていく。
「こんなものかな。」
縄の締め具合を確認して抱えて走る。そしてロープでゆっくりと箱を底まで下ろして手早く自らも降りる。後は地下水路を通って外の森。今日もバレる事なく盗みを完遂する。
「うーし、これを持って帰れば仕事終了だ。エルフの城と言ってもこのシウス様にかかれば楽勝だぜ。」
「城の外に出ましたのね。流石ですわ。」
中から女の声。幻聴か?
俺は箱のロープを解いて蓋を大きく開ける。
「こんばんはシウス様。良い夜ですわね。」
「最悪だ。」
中には街で見た肖像画のエルフの姫にそっくりな女。俺は即座に逃げ出して今に至るわけだ。
「ハァハァ、早く諦めてくれよ。」
流石にもう足が限界に近づいてきている。走るだけでも大変なのに、エルフ女の魔法への対処もある。コレはこっちが音を上げる方かもしれないな。
「キャーー、何ですのコレは!」
エルフ女の悲鳴?
俺は思わず立ち止まって振り返る。そこには空中で何かに絡め取られたエルフ女の姿。そして……
「ジャイアントスパイダーか。」
巨大なアギトを持つ大蜘蛛が巣を張っていた。どうやらエルフ女はそこに突っ込んだようだ。
「ヒィ、嫌、来ないで、来ないでくださいませ!」
おい何やってるんだ。早く枝なり根っこなりで自分の身体を引っペがせよ。どうもパニックを起こしてるようで必死にじたばたともがいている。そんなエルフ女に大蜘蛛がゆっくりと近づいていく。久々の食事なのかは知らんが口からは変な液をダラダラ垂らして嫌悪感を掻き立てる。
「来ないでくださいませ。私はそんな美味しくはないですわよ!」
馬鹿が、飢えたやつは味なんて気にしないんだよ。腹に溜まって明日を生きれるなら何だって食うものだ。大蜘蛛にどこか幼い頃の自分を重ねてしまう。
そう俺が物思いに耽ってる間も必死で距離を取ろうとするエルフ女。しかし当然のように距離は取れず大蜘蛛を目の前までやって来させてしまう。
「目を閉じてろ女!」
そう叫ぶと同時に腰から機械式のボウガンを取り出して素早く大蜘蛛に向かって射る。狙いは誤らずに大蜘蛛の目を射抜く。続けて2射、3射と続けて命中させる。
「ひゃぅ、気持ち悪いですわ!」
予想通りに大蜘蛛から吹き出した体液を被るエルフ女。それを確認した俺は無言で踵を返す。
「あの、何で助けてくれたんですの?」
巣の上からエルフ姫が聞いてくる。何故かって?
「アンタにここで死なれたら俺が殺したと思われる。兵士の大軍に追っかけ回されるのなんてごめんだ。」
俺は首だけ回して肩越しにエルフ女を見て言い捨てる。
「そうなんですのね。助けて貰った上に厚かましいのですけど、私を連れて行ってくださいませ。」
「悪いがそれは出来ない。あんたのような姫様とは住んでる世界が違うんだよ。悪い事は言わないから帰りな。」
「そうですわね。ダメですわよね。」
やっと諦めたか。こんなに手間がかかるとは思わなかったが帰ってくれるならそれでいい。帰り道が分からないなら近くに送っていくくらいはしてもいいかもな。途中でくたばられたら一大事だしよ。
「私、帰りますわ。今日シウス様と話せただけでも幸せですわ。今日の事は絶対に忘れませんわ。そして帰ったらみんなにシウス様の事を話しますわ。」
「おい待て待て、それはやめろ。」
「箱に詰めて私を外に連れ出してくださったシウス様。」
誘拐のように聞こえるなそれ。
「おい…………」
「森の中で行われた一夜の戯れ。そして最後には私はベトベトになってしまいましたけど、とても楽しかったですわ。」
いかがわしい何かをやったように聞こえるな。指一本触れてはいないのに。
「分かった。請負う。俺はアンタを盗んだ。望み通りに後は勝手についてこい。」
どうやらエンカウントした時点で俺の負けだったらしい。思わず天を仰ぐも、木に覆われた森から星を見ることは出来なかった。まるで今後を暗示するかのようだ。こうして盗賊のシウスとエルフの姫ターニャは片や望み通りに、片や不本意ながらコンビを組むことになったのだった。
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