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第1話 未亡人は過日を思う
しおりを挟む「こんなのがいるなんて聞いてねえぞ!」
財宝が所狭しと並ぶ部屋で俺はずんぐりむっくりとした岩の巨人と相対していた。
「ゴーレムですわ!ここの主は大層な使い手のようですわね!」
最近相棒(なし崩し的に)になったエルフ女が素早く得物の樫の棒を握り直して言う。
「魔法使いとしてはどう戦うんだ?」
「魔力切れを待つのがセオリーですわ。自律型という事は事前に魔力を補充してるものですわ。」
「それは使えねぇな。音をたてちまってる。兵士が来るのも時間の問題だ!」
手振りで右に動くようにターニャに指示を出しつつ俺は左へと動くとそこにゴーレムの拳が落ちる。2メートルを超える巨体から振り下ろされるそれを受け止めるのは困難だろう。
「やべえぞ。兵士が近づいてきてる。」
「コアがどこかにあるはずですわ!それを壊せば!」
「壊しても兵士が来て詰みだ!」
こんな所で死んでたまるか!何かあるはずだ。
俺達が生死を分けるような事になったのは数日前まで遡る。
「これから人に会いに行く。だから分かるな?」
「分かってますわ。つまり愛想良く笑って印象を良くしろと言うことですわね。得意分野ですわ!」
「違うわ! 顔を隠せと言いたいんだよ!フード被った上に布を巻いておけ!」
森の中に俺の声が響き渡る。
エルフとバレると問題だ。人間がエルフに戦争で負けてから10年。長く虐げられてきた人々にとってエルフは恐怖の対象だ。それも王族となれば耳を隠していてもバレかねない。何せ肖像画なんかで見る機会もあるくらいだからな。
「とにかく顔を隠す。それとターニャじゃなくてそうだな…………スーだ。スーと名乗れ。」
「偽名ですわね。それにしても味気ないのではありませんの?」
「どうだっていいだろそんな事は……」
俺は視線をエルフ女から荷物へと向ける。確か中にボロ布があったはずだ。
「スーという名前にはどんな意味があるんですの?」
「意味? そんなものはないぞ。」
「そうなんですの?」
上目遣いでこっちを見てくるエルフ女。
「昔の知り合いから借りただけだ。深い意味は無い。」
もう会うことの出来ない女。エルフに捕まってしまった彼女。恐らくもう生きてはいないだろう。
「フフフ、よほど大切な人でしたのね。とても苦しそうな顔をしてますわ。」
「そういうお前は嬉しそうだな。人の不幸は蜜の味か? 」
「違いますわ。私が嬉しいのは確かですけど、シウス様が辛そうだからではありませんわ。」
「じゃあ何が嬉しいってんだよ。」
苛立ちを隠すことなく俺はエルフ女に言葉としてぶつける。
「そんなに大切な方の名前を偽名とは言えくださったからですわ。」
エルフ女は優しく微笑む。その顔に不覚にも俺は見蕩れてしまった。
「魔法の世界では名前には力があるとされていますわ。つまりシウス様にとって特別な意味を持つ人の名前を私にくださった。それはとても素敵な事じゃありませんか?」
「知るか。それと俺の事はシウスだ。様付けはするな。気持ち悪くてかなわん。」
「照れてますのシウス?」
「うるさい黙って顔を隠せ。」
「分かりましたですわ。」
エルフ女が布を顔に巻くのを待ってから街道へと降りる。鬱蒼とした森に挟まれてはいるが、そこだけは整備されて歩きやすくなっている。
「これからどこに行くんですの?」
「人の街だ。今となっては唯一のな。」
10年前の戦争で人間はエルフに負けた。唯一残ったのが今から行く街だ。いや、意図的に残されたと言うべきだな。早い話が危険因子を集めるための場所なのだから。当時5歳の姫を統治者に据えてる所からもそれが窺える。
「街に入って大丈夫ですの?」
「森の中よりも人の中に紛れ込んでた方がいいってもんだ。」
探知の魔法も森の中で行うよりも精度が落ちるだろう。それでもリスクは消えないけどな。
「ならいいですわ。それにどうせ私の事を取り戻そうなどお父様は考えてないでしょうし。」
「何だ?」
小声でボソボソと呟くスー。
「何でもありませんわ。」
まあいいか。その後は2人で道を歩いて街へ入る。
「賑やかなところですわね。」
「離れるなよ。」
「あら?離れて欲しかったのではなかったんですの?」
「お前の目的地はあっちだ。あそこら辺でたむろしてる野郎共に声をけてみるといい。愉快だぞ?」
俺は下卑た笑みを浮かべる身なりの悪い男達をそっと指し示して言う。
「どう考えても慰み者になる未来しか見えませんわよ!全然愉快じゃありませんわ!」
「俺はお前と縁が切れるから愉快だぞ?」
「ビックリするほど自分本位でしたわ!」
そんな事を話しつつも俺達は1軒の店の前にやってくる。店の名は万事屋グリードだ。
「オバチャンいるか?」
扉を開けつつ声をかける。店の中は刀や防具が置いてあるかと思えば、隣に野菜や小麦、干し肉などの食べ物があったり、家具があるかと思えば宝石の類が置いてあったりと節操がない。
「あらシウス坊やじゃないの。おかえり。調子はどう?」
店の奥からふくよかな中年女性がドスドスとこちらへやってくる。ポニーテールにした金髪が肉付きの良い顔パーツと大変ミスマッチだ。なんというか香辛料の味しかしないカレーにゲロマズな炭酸飲料を合わせてしまったかのような衝撃を与える。
ピンクで統一されたワンピースがアクセントになって、毒を持つ生き物を連想させる。
こんなでも20年前は人気の娼婦だったらしい。まあそれはオバチャンの与太話だろう。
「しくじったよ。これ以上の食料は盗めない。」
「坊やにしては珍しいわね。もしかして後ろの子が関係してるのかしら?」
「まあな、こいつはスーだ。事情についてはおいおい話す。」
「訳アリなのね。わかったわ。」
「スーですわ。よ……よろしくですわ。」
しどろもどろに挨拶をするスー。
「スーちゃんね。ふーん、へー、なるほどね。」
値踏みするようにオバチャンがスーを見る。そして近づいていく。
「へっ? うぅぅぅぅん、フハフゥゥ!」
顎をクイッと持ち上げるとオバチャンはスーの唇をガッツリ貪るようにそれはそれは濃厚な接吻をした。まるで花の蜜を吸う怪物のようにスーの唇を蹂躙していく。客観的に見てもこれは酷い。トラウマが蘇ってくるな。
俺もスーと同じ目に遭ったことがある。
「フゥゥゥ、ご馳走様。私はモーラよ。よろしくねスーちゃん。」
「ハァハァ、吸い殺されるかと思いましたわ。よろしくお願いしますわ。でも二度としないでくださいですわ。」
どこか肌のツヤがまして二割増(迫力が)になっているオバチャン。そしてスーは今にも枯れ落ちそうな花みたいになっている。今なら布の下の顔が老婆になっていても驚きはしないだろう。三百年の寿命を持つエルフなのにだ。
「善処するわ。」
バチコーンと妙に巧みなウインクをして返事をするオバチャン。ウインクの上手さが時の無情さを感じさせる。そして善処出来た試しは無い。
「オバチャン、新しい仕事はあるか?」
「そうそう、丁度いいわ。シウス坊や向きの仕事が来ているのよ。貴方くらいにしか任せられない仕事よ。」
オバチャンがそんなふうに言うということは、かなり厄介な仕事なのだろう。これは気を引き締めて聞く必要があるな。
「どんな仕事だ?」
「エルフの屋敷から指輪を盗み出して欲しいそうよ。依頼人がまた明日来るから詳しい話はその時にね。受けるかどうかもその時にするといいわ。」
「そうさせてもらう。部屋は空いてるか?」
「あら? シウス坊やの部屋に連れ込んでしまえばいいじゃないの。私は気にしないわよ?」
ニヤニヤしながら俺とスーに熱い視線を送ってくるオバチャン。ついでに鼻息も荒い。
「やめてくれ。そういうじゃないんだよ。」
「私はそれでも構いませんわよ?」
頬を赤らめながら俺をチラチラ見てくるスー。ここはいつからピンク色空間になったんだ。いや、いつもピンクか。どぎついから意識から弾き飛ばしてただけだった。
「俺が構うんだよ!いいから部屋があるのかないのかだけ教えてくれ。」
「シウス坊やは相変わらずウブね。これ以上怒られる前に答えましょう。屋根裏なら空いてるわ。ただ掃除しないと眠れないわね。」
「そうか、じゃあ借りるぞ。」
その後、屋根裏を2人で掃除してから2人はそれぞれの部屋で休むのだった。
「アレが忍び込む舘なんですのね。」
高い塀に囲まれた舘を見下ろせる高台に俺達は来ていた。距離にして500メートルくらいだろうか。この高台以外に舘の周りに隠れられるような林や障害物は無い。等間隔に屋敷に続く道には街路樹が植えられている他はのどかな平原と言った感じだ。
「見つかったらこの平原を逃げ続ける事になる。馬なんか使われたら捕まるのは時間の問題だ。」
「私の魔法でも流石に無理ですわね。草じゃ足止めにも使えませんわ。」
魔法か。俺は数日前の事を思い出す。
「お前の魔法について聞かせろ。」
万事屋グリードの屋根裏部屋。つまりスーの部屋に俺はやって来ていた。
「分かりましたわ。立ち話もなんですからこちらへお入りくださいですの。」
何故かベットの布団をめくりあげて招くスー。だから俺は傍らの椅子に腰掛ける。
「何で椅子に座るんですの!」
「逆に聞くが何で俺が布団に入ると思ったんだ?」
「だって男女が部屋で語らいをする…………」
モジモジと身体をくねらせるスー。
布を巻いてはいないので憎たらしいエルフの耳まで真っ赤になってるのが分かる。
「つまりピロートークですわ!」
「それで、お前の魔法というのはどういう事が出来るんだ?」
「スルーですの!」
「・・・・・・・」
俺は話を始めるのをじっとスーを睨みながら待つ。すると何故かまたモジモジてし始める。
「どうした?」
中々話を始めないのに業を煮やした俺は問い詰める。
「そんなに見つめられると恥ずかしいですわ。」
「はぁぁぁぁ、魔法ってのはなんだ?お前は植物を操っていたようだが他に出来たりするのか?」
「またスルーですの!しかもため息までついて!」
何が不満なのかこちらを睨みつけてくるスー。なんか疲れる。
「もういいですわ。えーと、魔法でしたわね。私が操れるのは木の魔法ですわ。」
やっと魔法の話を始めたか。ベットに座ったスーが足をブラブラさせながら話を始める。
「魔法には火、水、土、木、金の5つの分類からなっていてこれを五行と言いますわ。エルフはその中のどれか一つの才能を持って生まれてきますの。」
「スーは木の魔法しか使えないということか。」
「2つの才能を持って産まれる方もいらっしゃいますが、それはレアケースですの。私はシウスが言うように木しか使えませんわ。」
暗い屋根裏部屋にスーの声が響く。後ろに手をついて話すものだから胸元が強調されて目のやり場に困る。木は使えても気は使えないようだ。
「5つか。探査や過去を見るとか特定の人物の死の瞬間を見る魔法もあると聞いたが?」
「それはアーティファクトを使った物ですわね。死の瞬間を覗き見るのは神代のアーティファクトで現在では再現出来る者はおりませんわ。」
教師のように振る舞うスー。話してるうちに機嫌が直ったのか微笑みを浮かべながら話を続ける。
「そんなに凄いものなのか?」
「それこそアーティファクトを作るしか脳がないドワーフでも無理ですわ。今はお父様の所持してるものしか現存してるのはありませんわ。」
「なるほどな。それでお前の木の魔法はどんな事が出来るんだ?俺を追ってた時は木を操ってたよな?」
「生きてる木々を操る魔法と植物を成長させる魔法、それに木材を自在に変化させて操る魔法の3つですわ。」
どこか誇らしげにスーが話す。やはり自分の魔法には強い思い入れがあるのかもしれない。
「木の魔法と言うだけあって植物関係ばかりなんだな。その、植物を成長させる魔法で麦を育てたりは出来ないのか?」
「出来ますわよ。食べたら地獄の苦しみを甘受することになりますけどね。」
「チッ、使えない。」
「使っ! 使えないとはなんですの! 仕方ないじゃないですの。魔法は魔力で動きますのよ。魔なるものを帯びたら魔に染まる。それが人型種族には毒なのは知ってるでしょう!」
確かに魔とは陰。陰なる法則こそが魔法だとは聞いた事がある。1部では魔法の使えない人間は1番清らかな人型種族だと主張する連中がいる程だ。
「大体は分かった。それぞれの魔法に制限はあるのか?」
「植物を操れるのは30メートル圏内が限度ですわ。他二つは接触してなければ使えませんわ。」
「そうか。」
「私からも1つ聞いてもいいですの?」
「なんだ?」
真剣な眼差しのスー。俺も居住まいを正す。
「何で布団に入らなかったんですの?」
「うるさいバカエルフ。そんなくだらないことを聞きたかったのか?」
何だか力が抜けた。本当にこいつは頭の中身がお花畑なのか?
「もちろん冗談ですわ。本当に聞きたいのは別にありますのよ。」
またしても真剣な眼差しを向けるスー。どうせろくでもない事だろうが付き合ってやろう。
「森で私が追ってた時にオーラを使ってましたよね?地下に穴を開けたのもオーラによるものですの?」
オーラ
それは魔法と対となる陽の力。
人体の中のみに発揮する奇跡の一端だ。
オーラなくしてあの逃走劇は無理だったろう。
「それか。確かにオーラは使ったがそれだけじゃない。ドリルを使った。」
オーラで増強した力で掘り進めたが、道具がなくてはやってられない。硬い岩盤は力だけではどうにもならないからな。
「下のの物置部屋に置いてある。見たいなら見るといい。三角錐に溝が入っていてそれに持ち手がついている。すぐに分かるはずだ。」
「分かりましたわ。明日の朝にでも覗いて見ますわ。」
「行かないのか?」
興味津々だからすぐに行くかと思ったんだがな。そうでもなかったのだろうか。
「だってシウスとの一時を長く楽しみたいですもの。」
「そうか、なら俺は寝る。お前ももう寝ろ。」
部屋を立ち去るべく俺は椅子から立つ。
「ならどうぞですわ!」
「入らねえよ!」
布団に招こうとするバカエルフを無視して部屋に戻るのだった。
そして現在。
「地図は頭に入れてきたな?」
「もちろんですわ。」
布をしっかりと巻いたスーが頷く。服装は黒衣で闇夜に紛れ込めるようにしてある。俺も同じ黒衣だ。顔も布で隠している。スーはペアルックだの言って大層喜んでいたがバカバカしい。仕事着が揃うのは当然だろう。
「手筈通りに行くぞ。いいな?」
「はいですの。なんかワクワクしますわ。」
「遊び気分なら帰れ。」
「分かってますわよ。遊びじゃないことくらい。」
力強く笑うスー。1つ頷き合い行動を開始する。
月以外の誰も見るものは無い闇夜を獣のように走る。500メートルあった壁までの距離をあっという間にゼロにして壁に張り付く俺達。
「スー。」
「はいですの!」
スーが背負っている袋から丸められた樫の棒を取り出す。
「我が盟友たる者の成れの果てよ。今一度我に力を」
小さく唱えられた詠唱を受けて樫の棒が元の形である真っ直ぐに戻る。俺はその端を握り込む。すると樫の棒はしなり反対を持つスーの体を持ち上げて壁の上と瞬く間に運んでしまう。
「シウス。」
呼び声とともにスーは壁のヘリに樫の棒を曲げて引っ掛け準備を整える。すると樫の棒はヘリの近くでグイグイ曲がって俺の体を引っ張り上げる。
「壁をあっという間か。魔法っていうのはたまらんな。」
「いつもはどうしてたんですの?」
「縄を鉤爪で壁に引っ掛けて登る。」
俺は壁から飛び降り、スーは樫の棒を地面に突き立てそれを曲げることで地面に難なく降り立つ。
「地図によると宝物庫は2階の奥だ。1度屋根まで登って屋根裏の窓から入るぞ。」
「はいですわ。」
樫の棒を一旦丸めつつスーが頷く。長い棒など邪魔になるから普段は使えないが、魔法で自在に畳めるとなると便利この上ない。
俺達は庭を静かに走る。目前には二階建ての大きな屋敷。天井が高い作りなのか前に見える2階のテラスが高い位置にある。
「スー。棒!」
「はいですの。」
壁に近づいてきたところでスーに声をかけて棒を真っ直ぐに伸ばさせる。俺はそれの端を持ってさらに壁へと、テラスの下へと走りつつ持ち手と反対を地面に突き立てる。
それを軸に高く飛ぶ。
「よし、来いスー。」
テラスに取り付いた俺は樫の棒を下に向けて伸ばしてそれをスーが掴む。
「スーフー、ハッ!」
小さく気合を入れて腕にオーラを集める。その力でもって一気にスーの体を持ち上げて屋根へと運ぶ。
「OKですわ。」
壁の時と同じ要領で固定した樫の棒で俺の体を屋根まで持ち上げるスー。屋根から下を一瞥すると何人かの兵士が庭を見回りしている。数にして5人。素早く数えて記憶する。
「ここからは見えないが門の上にも1人はいるだろうな。」
装備からして人間。同族だ。人質でも取られたか脅されたかしてるのだろう。どちらにしても戦闘は避けたいものだ。
「天窓だ。やはり窓は閉まってるか。スー、木枠ごと窓を外せ。」
「人使いが荒いですのね。我が盟友たる者の成れの果てよ。今一度我に力を」
樫の棒を丸めたスーは木枠に触れるとあっさりと窓を木枠ごと外してしまう。
「先に行くぞ。」
外れた窓から俺は飛び降りて舘の中に入る。
「来い。」
手を広げて俺は受け止める準備をする。狭い室内じゃ樫の棒で降りるのは時間がかかるからな。
「・・・・・」
「どうした?早くしろ!」
何故か窓枠のところでモジモジとしているスー。何をしているんだあいつは。
「胸に飛び込んでもよろしいのですのね。」
「いいから飛べバカエルフ。来ないなら捨ててくぞ。」
「はい!今行きますわ!」
窓から飛び降りてくるスー。俺は素早くスーの両脇に手を差し入れて受け止め着地させる。
「な……何で胸で抱きとめてくれないんですの!」
「する必要がどこにある?馬鹿言ってないで早く行くぞ。」
「うぅぅ、抱きとめられて胸に頬ずりする所までイメージしたのに、あんまりですわ。」
頭を抱えたくなってきた。あいつは頭の中の花畑にも魔法を使ってるのだろうか?初対面の時から段々と酷くなっていってる気がする。
「武装しろ。ここから先は不意の接近がありえる。その時は悲鳴も上げさせずに素早く処理するぞ。」
「はいですわ。」
スーは腰から別の樫の棒を取り出して伸ばす。室内でも振り回せる程度の長さのそれを油断なくスーは構える。
そして俺達は舘の中を静かに走っては角で止まって先の様子を見る。俺達はそんな事を続けながら先を急ぐ。長引けば見つかるリスクが増える。素早い行動は基本だ。幸い廊下にはロウソクが灯してあって昼ほどではないが先が見通せた。
そうこうしているうちに俺達は目指すべき宝物庫の前にいた。
「鍵がついてますわよ。どうするんですの?」
頑丈な鉄の扉が宝物庫には嵌っていた。鍵穴もしっかりついていて力で開けるのは無理だ。
「こいつを使う。」
俺は腰の袋から小さなドリルを取り出す。油で濡れたそれを専用のアタッチメントに取り付けると鍵穴にあてがう。
「ドリルですわね。穴を開けてどうするんですの?」
「穴を開けるんじゃない。こいつをねじ込んで回すんだ。」
呼吸を整えて指先にオーラを集める。その力でもってドリルを回す。するとゆっくりと鍵穴にドリルがねじ込まれていく。
「開いたぞ。」
しばらくねじ込むとカチリという音がする。すると鍵が外れる。俺は扉を開けて中を見る。
「こんなのが居るなんて聞いてねえぞ!」
こうして俺達はゴーレムと出くわしたのだった。
どうする?
俺はゴーレムの拳を避けつつ考える。指輪を見つけて逃げるか? ダメだ。廊下で兵士と鉢合わせする。
なら隠れるか? それもダメだ。ゴーレムの目から逃れられない。この部屋にいる限りは追い続けるだろう。
「動きを止められれば隠れられるんだけどな。」
「私の魔法では抑え込めませんわ。せめて土があればこの種を育てて蔦でゴーレムを抑え込めるますのに。」
スーも魔法でなんとかしようとしてるようだ。そんなやり取りをしてる間もゴーレムの拳は振り下ろされて猛威を振るう。どうやら先に俺を仕留める気らしい。
「土か、屋敷の中じゃないよな。」
俺はゴーレムの拳をバックステップで躱す。するとゴーレムの拳が少し崩れて床に舞う。
土、目の前にあるじゃないか!
「スー!種をゴーレムに植えろ!」
「植えろって言われましても、こんな硬いのどうやって掘るんですのよ!」
ゴーレムの拳を右に左にと避ける。単調とはいえ1回でも当たればただじゃ済まない。油断は許されない。
「ドリルだ! お前の魔法でドリルを作れ。」
「なるほどですわ。」
ゴーレムの後ろでスーが笑う。
やる事が分かったからか行動は迅速だった。
「我が盟友たる者の成れの果てよ。今一度我に力を」
樫の棒が姿を変える。みるみると先がとんがって三角錐になっていく。それはまさにドリルだった。
「コッチだ木偶の坊!」
そこらに転がってしまっている財宝の中から適当に腕輪を取り投げつける。ゴーレムにダメージは与えられないだろう。しかし魔法を使おうとしているスーを気にし始めていたゴーレムが再び俺の方に意識を割く。財宝を守る命令なら当然の行動だろう。
「ハァァァァ!」
ガガガガガとゴーレムの背中でドリルが回る。それと同時に俺はゴーレムに向かって走る。
「やりましたわ!これで種を植えられますわ!」
「伏せろ!」
「ひゃっ!」
スーの頭上をゴーレムの裏拳が通過していく。どうやらギリギリ躱したようだ。
「寝てろ!」
ゴーレムの頭まで飛び上がり勢いのままに蹴りつける。ゴーレムは狙い通りバランスを崩して背中から倒れる。裏拳でバランスが崩れてなければ倒す事は出来なかっただろう。
「起き上がるタイミングで種を仕込め。時間はないぞ。」
兵士達の足音が近づいてくる。
「蔓で縛ってやりますわ!」
「違う、根で内側から止めるんだ。」
両手をついてゴーレムが体を起こす。それに合わせて俺とスーはゴーレムの背中に回り込む。
「我が盟友たる者よ、我が祈りに応えて芽吹き育て!」
ドリルで出来た窪みに種を植えて魔法を使うスー。するとゴーレムの背中からニョキりと芽が出てすぐに小さな木になる。
「いけるか?」
「あとちょっとでゴーレムの隅々まで根が届きますわ!」
ゴーレムは立ち上がったところでやっと動きを止める。
「隠れるぞ!」
俺達はゴーレムの背中に隠れる。それと同時に兵士達が部屋の前に殺到する。
「宝物庫の扉が開いてるぞ!」
兵士達が宝物庫の中を覗く。俺はゴーレムからはみ出ないようにスーを抱き寄せる。
「~~~~~~~!!」
何やら慌てるスー。声にならない叫びすら上げてるような気がする。何となく布で顔が隠れてるのが残念な気がした。きっと愉快な顔をしていたことだろう。
「侵入者はどこですかね?」
「下がれ馬鹿野郎!死にたいのか。」
兵士の中の1人が宝物庫へと踏み出そうとしたのを他の兵士が引き戻す。
「ゴーレムがああして止まってるんだ。侵入者は片付けたか他に逃げたのだろう。中なんて確認する必要は無い。というか出来ん。ゴーレムに潰されるからな。」
「それもそうですね。あんなの相手にするのはゴメンです。」
扉を閉めて兵士達が遠ざかっていくのを気配で感じ取る。
「行ってくれたか。」
狙い通りに事が進んでホッと一息つく。俺はスーを離してゴーレムの背中から地面に降りる。
「スー。俺は指輪を探す。ゴーレムは任せたぞ。」
「・・・・・うへ…………うへへへへへへへ……」
顔は見えないが気持ち悪い笑を浮かべてるのが分かる。
「おいスー!」
「ヒャイ! 何ですのアナタ。」
「誰がアナタだ!俺は指輪を探すからお前はゴーレムを抑えとけ。」
「ふへへ……指輪…………」
またしても気持ち悪くなるスー。
「フン!」
「あいた!」
頭を小突いてから俺は指輪を探すのだった。
探すことしばらく。
お目当ての指輪が見つかる。
「見つかりましたのね。」
「ああ、帰るぞ。」
俺は指輪を腰の袋に入れると扉の方へと歩いていく。
「ゴーレムはどうしますの?」
「部屋から出たら解放してやれ。兵士達の口振りからしても部屋の外までは出てこないだろう。」
俺達は宝物庫から出る。そして魔法を解いて扉を閉める。その後は侵入してきたのと逆の手順で無事に俺達は脱出したのだった。
仕事を終えた数日後。
俺とスーは万事屋グリードで店番をしていた。
「客が来ませんわね。」
「そうだな。」
オバチャンが所用で出かけてしまったので俺とスーの2人しかいない。
そんな店内に喪服の女性が入ってくる。
「こんにちはでございます。」
「こんにちはですわ。」
「どうした?」
依頼は終わってオバチャンを経由して報酬は受け取っている。俺は何をしに来たのか訝しみつつノイマン夫人を見る。
「改めて感謝をしに来たのでございます。家督の指輪をありがとうございます。あなたがたのおかげでお家の再興の第1歩を踏み出せたのでございます。本当にありがとうございます。」
深々と頭を下げるノイマン夫人。
「俺達は仕事をしただけだ。」
「そうでございますか。それでも本当にありがとうございました。」
本当にそれだけ言いに来たのか去っていくノイマン夫人。
「再興……出来るといいですわね。」
背中を見送りながらポツリと呟くスー。
「バ…………そうだな。」
俺は言いかけた事を引っ込めて無難に相槌をうつ。エルフと人間の戦争は10年前に終わっている。その時に旦那が戦死してるならお腹の子は誰かなど、きっと口にするべきじゃないだろう。
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