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最後の異世界生活~カノン編~

~混沌の中で~

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カノンが意識を失い、倒れてから数十分後。

すでに荷物を教室から持ち戻った峰岸君は、原さん同様にカノンの寝ているベッド横のパイプ椅子に腰かけており、そこへ連絡を受けた美桜の母、ゆいが学校に着き、事務員に案内され慌てた様子で保健室に入ってきた。


「いのりちゃん!雅君!カノ……美桜はっ……。」

ゆいの問いかけに二人は、沈んだ表情で首を横に振った。

「………とりあえず、場所を移動しましょ。車を持ってきているの。担任の先生からは、三人とも早退というふうに聞いているわ。」

「……すみません、お邪魔します。荷物は私が持つから、峰岸君、美桜ちゃんお願い。」

ゆいの提案に、二人は軽く頭を下げお礼を伝え、原さんの言葉通り、峰岸君はカノンを抱きかかえ、原さんは三人分の荷物を持ち、一ノ瀬家へ向かう準備をした。


ゆいの運転のもと一ノ瀬家に着き、原さんや峰岸君は美桜の部屋に案内され、三人分の荷物を適当な場所に置いたり、抱きかかえていたカノンをベッドに下ろした。
二人はベッド横に座り、いまだに目を覚まさないカノンの様子を見守る。

ゆいも心配の表情を浮かべ、カノンの目が覚めるのを見守っていたが、飲み物を用意する為、美桜の部屋からそっと出て行った。

「…カノンちゃん…全然…目を覚まさないね。…息はしているのに…これじゃぁ…眠り姫だよ…。」

「…このまま…目が覚めないなんて事…。」

「やだなぁ…そんな事……カノンちゃんなら…大丈夫だよ、きっと…。」

「…そう…だよね。」

原さんと峰岸君、二人は何も出来ない事に歯がゆさを感じていた。
原さんは「カノンなら大丈夫」そう自分にも言い聞かせ、カノンが目覚めるのを静かに見守る。
峰岸君も不安を押し殺し、カノンの目が覚めるのを見守った。


皆がカノンの目覚めるのを今か今かと待ち望んでいる頃、カノンは夢を見ていた。
いつもの白い世界。
何もない、ただただ白い世界。

「ここは…おまじないをした後に必ず見る夢の中の白い世界?

おまじないをしていないのに、どうして…。
たしか、廊下を全速力で走って、いのりちゃん達のいる所へ戻ろうとして…。

そうですわ…急に一瞬目の前が暗くなって…体に力も入らなくて…それからの記憶が…曖昧あいまいですわ。

………まずは…状況の把握ですわね…。
と言っても…おまじないをしていないのに、この世界にいる夢を見るだなんて…。

そういえば…以前、占いをされる方に特別な力が弱まっていると言われましたわ…。
特別な力とは、おまじないの力ですわよね。

力が弱くなっているから、おまじないの手順や自分の意志とは関係なしに、この世界に意識が引っ張られたのでしょうか…。

このまま…目を覚まさなければ…どうなるのでしょうか…。この世界に…閉じ込められるなんて事…。」

カノンは状況を把握するべく、一つ一つ事の整理をしていた。
そうした考えの中に「もしも」の事が頭をよぎり、カノンの背筋に少しだけ悪寒が走り、身震いした。

「…この世界に閉じ込められるなんて…嫌ですわ…。まだ…何も終えてませんわ…何もかも…中途半端で…そんな状態な中、この先もずっと…こんな何もない世界にいるなんて事…耐えられませんわ。

何か…何か方法があるはずです…。この世界から抜け出す方法が…何か。」

カノンは不安に駆られながらも、思考を巡らせ、この世界から抜け出す方法を探した。
外に向かって呼びかけたり、何もない世界の中をどこともなく走ってみたり、出来る事を試した。

だが、何をしても抜け出せる感じがしない。
いつも夢から覚める時に感じる、あのなんとも言えない感覚さえも起こらない。
カノンの心は、不安から焦りや恐怖へと次第に変わっていった。

「焦っては…いけませんわ…。落ち着くのです…必ず…何かあるはずです…。
思考を…止めてはダメです…止めてはダメ…なのに……。

どうして…頭も…まわらず…こんな気持ちに…。
こんな……怖い…だなんて…。
皆さんに…会いたい…ですわ。

…………殿下…。」

カノンの思考が鈍り、恐怖心から足がすくみその場に座り込む。
恐怖から来るものなのか、目からは涙が溢れ、その気持ちを抑えるべく、目を強く閉じ、拳を強く握った。

「わたくし…いつの間にこんなに…涙もろくなってしまったの…。
前までは…こんな弱音も、恐怖も…なかったはずですわ…。

………前のわたくしになれば、もっと、楽…なのでは…。
前は…外の事に干渉せずに…一人でしたわ…。

あの頃に戻れば…こんな恐怖も…弱音も…出ませんわ。」

カノンは心に落ち着きを取り戻し涙は引いたが、少し…心に影を落とした。
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