上 下
148 / 170
最後の異世界生活~カノン編~

~遠のく意識~

しおりを挟む
カノンが人にぶつからないように廊下を全速力で走る事、数十メートル。

さすがに息を切らし、疲れを感じ走っていた足の速度が落ち、廊下の壁に手をつきながら立ち止まり、息を整えた。

「はぁ……はぁ…(…廊下を全速力で走るなど…失態をお見せしましたわ…。そもそも、雅君があんな…あんな…。)」

カノンが息を整えながら、先ほどまでの事を考え、思い返していると、再び顔が真っ青になっていった。

息もようやく整え終わり、後方に原さんや峰岸君を残して来たのを気にしたカノンは、顔が真っ青になりながらもきびすを返し、今来た廊下を戻ろうと足を踏み入れた刹那、唐突なめまいに襲われた。

カノンは、突然のめまいに体制を崩し、膝から地面に崩れ落ち、体を支える為に片手は壁に手をつき、もう片手は顔の半分を覆った。
その様子を見た廊下にいた生徒達の何人かがカノンに駆け寄り、声を掛ける。

「(な…なんですの…これ…。視界が…ぼやけて…意識はあるはずなのに、皆さんの声が遠いですわ…。体も…力が入りません…。それに…段々と意識が…引っ張られます…わ。)」

カノンがどうにか周りの声に応えようと、振り絞るように力を入れた途端、カノンの意識はぷつりと切れ、その場に倒れ込んだ。

皆が騒然としている所へ、カノンを追っかけていた原さんや峰岸君が疑問を浮かべた表情をしながら駆け寄って来た。

二人は倒れているカノンを見つけ、慌てた様子でカノンの側に駆け寄る。
原さんはカノンの体を優しくゆすり、声を掛けてみるが、目を覚ます気配がない事に余計に焦りを覚える。

原さんが幾度か体をゆすったり声を掛けても起きない様子に峰岸君は、カノンの体の体制を変え、持ち上げ、抱きかかえた。

「原さん、とりあえず保健室に行こう。このままじゃ、人の視線を集めすぎる。」

「…了解。」

カノンを抱きかかえた峰岸君と、原さんはカノンを気遣いつつも、少し急ぎ足で保健室に向かった。


保健室に着いた峰岸君と原さん。
峰岸君は抱きかかえていたカノンを、開いているベッドに優しく降ろした。

峰岸君と原さんが、心配を浮かべた表情でカノンの寝顔を見つめていると、他の生徒から騒動を聞いたのか、担任の先生が保健室に入ってきた。

「一ノ瀬の様子はどうだ…。急に倒れたって聞いたんだが…何があったか知っているか。廊下を全速力で走っていた事と関係あったりするのか。」

「……倒れた理由は…わからないです。ただ…全速力の原因は僕です…。」

「……そうか…。とりあえず、一ノ瀬が目を覚ましたら、二人とも生徒指導室な。それと…一ノ瀬の家の方には連絡を入れておく。二人は午後の授業に戻りなさい。」

担任の先生と峰岸君のやり取りを見ていた原さんが、カノンに向けていた体を先生の方に向け、意を決したような表情で先生を見たのち、拳に力を入れた。

「……一ノ瀬さんの事、心配です。補習でもなんでも受けます…このまま…側にいたいです。……お願いします…。」

「僕も、原さんと同感です。このまま、一ノ瀬さんの側にいさせてください。」

二人の力のこもった言葉や瞳に担任の先生は困った表情を浮かべ、一つ息を吐き、渋々了承をした。
補習の約束を交わした上で、二人にカノンの事を頼み、担任の先生は一ノ瀬家に連絡を入れる為、保健室を後にした。

担任の先生の背中を見送った二人は再度カノンに体を向けた。
カノンの寝顔を見ながら、ポツリと話し出したのは原さんだった。

「……前も…こんな事…あったね。美桜ちゃんがオーバーワークした時…。美桜ちゃんの姿でこういう風に寝顔を見るのは…二度目で…なんだか、遠くに行ってしまいそうで…怖いよ…。」

「倒れた原因はわからない…けど、僕のせいかもしれない…。さっき…からかうなんて柄にもない事…しなければ良かった。そうしたら、全速力で走る事も…倒れる事も…なかったはずなのに…。」

峰岸君は唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべ、拳に力を入れた。
そんな峰岸君の様子を、ちらっと一瞬横目で見た原さんは俯き、地面を見つめたまま峰岸君に言葉を投げ掛けた。

「…峰岸君のせいじゃ…ないよ。美桜ちゃんも、カノンちゃんも…日頃から体力づくり頑張ってるんだよ。あんな風に走ったくらいで、どうって事…ないよ。」

「………うん…。…ごめん、頭冷やすために三人分の荷物、教室から取って来る。僕達が冷静でいなきゃいけないのに……だから、ちょっと行ってくる…。」

「……荷物…よろしく。」

峰岸君は後悔を胸に、沈んだ表情のまま、教室に三人分の荷物を取りに行った。
原さんも沈んだ表情で、ベッドの近くにあったパイプ椅子を自分の方に引き寄せ、腰かけ、いまだ目が覚める気配のないカノンの寝顔を見つめた。
しおりを挟む

処理中です...