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第三章 ここから始まる
4 そこにいたのは
しおりを挟むハイビスカスのTシャツにジーンズ姿の吉田さんがニコニコ笑いながら立っていた。この人はいつもハイビスカスのTシャツを着ている他に服がないのかなと考えてしまった。
「あ、なんだ、吉田さんか」
わたしは、少しがっくりした。だってお客さんじゃないのだから。
「あ、吉田さんだ」
みどりちゃんもわたしと同様にがっくりしているような声だ。
「なんだってとは、何ですか? ちょっと酷いですね。差し入れを持ってきたのにな」
吉田さんは口を尖らせ拗ねたような表情になりながら言った。なんだかその表情は少年ぽくて可愛く見えた。
「あ、ごめんなさい。差し入れですか?」
わたしは、差し入れという言葉に思わず反応してしまった。よく見ると吉田さんは手に紙袋を持っていた。
「お二人が頑張って仕事をしてるかなと思ったので三時のおやつですよ」
吉田さんは「ほら」と言って手に持っていた紙袋を掲げた。
吉田さんは「お客さんは来てますか?」と言いながらテーブルの上に手土産を並べた。
吉田さんが持ってきてくれた手土産は沖縄のちんすこうだった。ちんすこうは琉球王朝時代から沖縄で作られているらしい伝統のお菓子の一つで砂糖とラード(豚の食用油脂)を主原料とした焼き菓子だ。
「わ~い、美味しそう。食べたい、わたしちんすこう好きなんですよ」
わたしは、テーブルの上に並べられたちんすこうを見ると嬉しくなり思わず歓声を上げてしまった。
「あははっ、喜んでもらえて嬉しいですよ。梅木さんはお菓子が好きなんですね」
吉田さんは相好を崩して笑った。
「はい、ちんすこうも好きだし、お菓子はだいたいなんでも好きですよ」
わたしはにっこり笑って答えた。
「吉田さん、お菓子ありがとうございます。お茶を淹れてきますね」
みどりちゃんは立ち上がり言った。
「あ、はい、並木さんお願いします」
わたしは、椅子に腰を下しお茶が出てくるのを待つことにしよう。取り合えずお菓子とお茶を飲んで元気を補給するのだ。
「お茶はまだかな?」
ちんすこうと一緒にお茶を飲もう。
「梅木さんは天真爛漫ですね」
吉田さんはわたしの顔をじっと見てクスッと笑った。
「そうですか?」
「見ていて飽きない。動物みたいで可愛らしいですよ」
そう言ってにっこり笑う吉田さん。わたしの顔をその猫みたいな目でじっと見つめてくる。少し恥ずかしくなりわたしは慌てて、「あ、このちんすこうパイナップル味ですね。パイナップル味って美味しいですよね」と言って笑って見せた。
「いろんな味が出ていますからね。俺もパイナップル味好きですよ」
吉田さんはパイナップル味のちんすこうを手に取り食べ始めた。お茶もまだなのに食べてしまうんだと思った。
「うん、旨い。梅木さんもいかがですか?
ん? どうしましたか? 俺の顔に何か付いていますか?」
吉田さんこそ動物みたいだ。だって、
「吉田さん、口の周りにちんすこうの食べかすが付いてるんですけど」
わたしは、吉田さんの口の周りを指差しクスッと笑いながら言った。
「……あ、えっ、ちんすこうの食べかすですか?」吉田さんは慌てて口の周りを手で触り、「あ、本当だ」と言って照れたように笑いながら紙ナプキンで口の周りに付いたちんすこうの食べかすを拭いた。
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