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美衣佐の家

2美衣佐の家は

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 そのアパートは美衣佐には似つかわしくなかった。薔薇の花が咲き乱れているどころか、古めかしくて建物の壁にはツタが生い茂っていたのだ。築四十年以上経っているような気がする。

 わたしは、ぽかーんと口を開けたままの状態で固まってしまった。

「当近さん、部屋に案内するね」

 美衣佐は薔薇の花のような華やかな微笑みを浮かべる。わたしのこの表情に気がつかないのだろうか。

 そして、ワンピースの裾を翻し、錆が出ているアパートの外階段を上る。

 わたしは想像していた家とのあまりの違いにクラクラと目眩を起こしそうになる。

 別に古いアパートが悪いわけではないけれど、やっぱり驚きを隠せない。二階の廊下の手すりにも錆が出ている。

「さあ、ここだよ」と言いながら美衣佐はポケットから猫のキーホルダーが付けられた鍵を取り出し鍵穴に鍵を差し込む。

 牧内と書かれた表札が出ている。この部屋は間違いなく美衣佐の家のようだ。

 ドアを開け、「どうぞ当近さん」と美衣佐は言いながら部屋の中に入る。

「お邪魔しま~す」 
 わたしも美衣佐に続き家の中に足を踏み入れた。

 玄関からすぐにキッチンだった。わたしは狭い三和土で靴を脱ぎ上がった。

 ここが美衣佐の家なんだ。薔薇の花なんて何処にも飾られていないようだ。

「紅茶を淹れるから適当に座っていて」

 部屋を見回しているわたしに美衣佐が言った。

「あ、うん」とわたしは答え近くの椅子に腰を下ろす。

 美衣佐はヤカンに水を入れコンロの火にかける。それから、食器棚からティーカップやティーポットを取り出している。

 わたしは、そんな美衣佐の後ろ姿をぼんやりと眺めた。学校での美衣佐とこの家にいる彼女は別人に見える。

 クラシカルなワンピースに身を包んだお嬢様がボロボロなアパートに舞い降りてきたそんなイメージが頭の中に浮かんだ。

 お嬢様は自ら楽しそうにお茶の準備をしている。お嬢様はフンフンと鼻歌を歌いながらティーポットにお湯を注ぐ。

 すると、ボロボロなアパートが薔薇の花が飾られている豪邸になった。やっぱりお嬢様には真っ赤な薔薇が似合う。

 甘い紅茶の香りが部屋をふわふわと包み込む。

 わたしが空想の世界でぼんやりしていると、「紅茶とお菓子をどうぞ」と美衣佐の声が聞こえてきて現実に引き戻された。

「あ、ありがとう」

「当近さんこの紅茶美味しいよ。冷めないうちに飲んでね。クッキーもあるからね」

 美衣佐はティーカップを両手で包み込むように持ち薔薇の花のような微笑みを浮かべた。

 わたしの目の前に湯気の立った紅茶とチョコチップクッキーが置かれている。

 紅茶のティーカップの柄はひまわり柄だった。このひまわり柄も美衣佐に似合うかもしれないなと思いながらわたしはティーカップに手を伸ばした。

 飲むと口の中に甘いリンゴの香りが広がった。

「アップルティーだよ。香りがいいでしょう?」

 美衣佐はそう言いながらティーカップに口をつけた。その姿は優雅でボロボロなアパートではなくゴージャスなティールームでお茶を飲んでいるように見えた。

「うふふ、当近さんびっくりした?」
「え?」
「うちは貧乏なんだよね」

 美衣佐にわたしの心の中を見透かすような目でじっと見つめられた。


 わたしは直ぐに言葉が出てこなくて美衣佐の縦にも横にも大きいアーモンドアイの目をじっと見た。

 その目から目を逸らしたいのに惹き込まれてしまいそうになる。

「えっと、その……薔薇の花に囲まれて暮らしているのかなと思ったよ」

わたしは正直に答えた。

 すると、美衣佐は。

「あはは、薔薇の花に囲まれて暮らしているって何それ! 当近さん笑わせないでよ」

 美衣佐はひまわり柄のティーカップをカップソーサに置き口元に手を当てて笑った。

「だ、だって、美衣佐ちゃんはそんなイメージがあったから……」

「ふ~ん、そっか、わたしってそんな風に思われているんだね」

 アップルティーに視線を落とした美衣佐のその表情は何となく寂しそうに見えた。

「……美衣佐ちゃんごめんね」
「当近さん謝ることじゃないよ。だって、人がわたしのことをどう思うかなんてその人の自由だからね」

 美衣佐はそう言って笑いティーカップに手を伸ばしアップルティーを一口飲んだ。その姿をじっと見ていると、美衣佐はここにいるのにスクリーン画面で映画を見ているような感覚に陥る。

 美衣佐はきっと、わたしが思っている女の子と全然違う。そんな気がした。

「美衣佐ちゃん……」
「ん? なあに? 当近さん」
「その……」

 美衣佐ちゃんも寂しいの? と聞きたくなったけれど、もちろんそんなことは聞けなくて……。

「このアップルティー美味しいね」と言ってわたしは無理矢理笑顔を作り笑ってみせた。

「うふふ、わたしもねこのアップルティー大好きなんだ~」

 美衣佐はそう言って無邪気に笑う。ころころ表情が変わる美衣佐はやっぱりちょっと不思議な女の子だ。

「よい香りがして癒されるね」
「でしょう。当近さんの口に合って良かった」

 わたしが想像していた美衣佐の家と随分違ったけれど、幸せならそれでいいと思った。だって、それが一番なのだから。貧乏やお金持ちなんて関係ない。

 そう幸せならね。

 そして、わたしは果たして幸せなのだろうか。違うような気がするけれど、目の前にいる美衣佐と交換日記ができて良かったなとは思う。

「美衣佐ちゃんは幸せ?」
「えっ?」

 わたしの問いかけに美衣佐は目を大きく見開いた。そして、美衣佐が口を開きかけたその時。
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