バナナとリンゴが机の上から同時に滑り落ちたら

なかじまあゆこ

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お姉ちゃん

懐かしい

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  どこにでもあるような木造二階建ての実家の前にわたしは立っている。表札には『成田』と書かれている。

  わたしの住んでいるマンションから徒歩二十分ほどしかかからない距離に実家はあるのに帰ってきたのは一年ぶりぐらいだ。

  インターフォンを鳴らそうかと思い手を伸ばしたその時、玄関の扉がガチャリと開いた。

「あれ?  葉月ちゃんじゃない!  久しぶりね。帰ってくるって言ってくれたら美味しいご飯を用意していたんだけどね」

  お母さんはそう言いながら玄関の横にある郵便ポストから夕刊を取り出した。

「うん、なんだか突然帰って来たくなったんだよ」

「うふふ、でも嬉しいわよ。さあ、中に入って」

  お母さんは玄関の扉を開いた。部屋の中がちらりと見えた。

  すると、わたしのよく知っているこの家がなんだか知らない空間に見えた。

  だけど、どこからともなく懐かしい香りがした。やっぱりここもわたしの家だよねと感じた。

  
  靴を脱いで家の中に入ると更に懐かしさが込み上げてきた。下駄箱の上に置かれている猫の置物なんて昔から変わっていない。

  だけど、わたしはこの家に住んでいなくてやっぱりどこか人の家にお邪魔しました感もある。

「葉月ちゃんの好きなココアでも淹れるわね」

  お母さんはそうと言ってパタパタと台所に行った。

「うん。ありがとう」

  居間に入るとお姉ちゃんの後ろ姿が目に入った。

「お姉ちゃん、こんばんは」

  わたしは恐る恐るソファに座るお姉ちゃんの後ろ姿に声をかけた。

  お姉ちゃんは、わたしの声に振り返り、「あ、葉月ちゃんじゃない~お菓子食べる」と言ってポテトチップスの袋をカサカサと振った。

「うん、食べる。あ、そうだ、わたしもお菓子を持ってきたよ。ドーナツとシュークリームだよ」

  わたしもドーナツとシュークリームが入っている袋をカサカサと振った。

「わ~い、食べる~」

  お姉ちゃんは無邪気な笑顔を浮かべた。なんだか幼い日の笑顔を思い出した。

  
  わたしは、お姉ちゃんの隣にぽふっと座った。こうして実家でお姉ちゃんの隣に座っていると過ぎ去ってしまった時間が戻ってきたような錯覚を起こしてしまいそうだ。

「お姉ちゃんの大好きなドーナツだよ~」

「どれどれ?」

  お姉ちゃんはそう言ってわたしからドーナツの入っている紙袋をパッと取り紙袋を開けた。

「おっ、これはバナナのドーナツだね」

  お姉ちゃんはそう言ったのと同時にバナナのドーナツをパクパクと食べた。

「お姉ちゃんってばもう食べてるの~」

「いいじゃん。このドーナツめちゃくちゃ美味しいよ」

  お姉ちゃんは口の周りにドーナツの食べかすをくっつけて子供みたいなんだから。

「お姉ちゃん、口の周りが汚れているよ」

「えっ?  あ、そう」

  お姉ちゃんは紙ナプキンで口の周りを拭いた。

「あらあら二人とも仲良しね」

  お母さんがお盆に湯気の立ったマグカップを載せてやって来た。

「うん、ドーナツ食べてるよ」


  「お母さんもドーナツ食べたいな」

  お母さんはそう言いながらテーブルの上に湯気の立っているマグカップを置いた。ココアの良い香りがふわりとした。

「たくさん買ってきたから食べてね。あ、シュークリームもあるよ」

「美味しそうね。お皿がある方がいいわね」

  お母さんはそう言ってパタパタと台所に戻っていった。

  テーブルの上に置かれたマグカップにわたしは目を落とした。

  このマグカップはお姉ちゃんとお揃いで買ったものだった。わたしのマグカップは三毛猫が踊っていて、お姉ちゃんのマグカップは三毛猫が寝そべっている柄だった。

「お姉ちゃん、このマグカップ懐かしいね」

  わたしは二個目のドーナツを食べているお姉ちゃんの横顔を見て言った。

「あ、うん。そうだね」

  お姉ちゃんはそう言いながらマグカップを手に取った。

  わたしもマグカップを手に取り口に運んだ。ココアはじわりと甘くて温かくて心が落ち着く。

「お姉ちゃん、美味しいね」

「うん、そうだね」


  
  お姉ちゃんはニコニコと笑いながら三毛猫が寝そべっている柄のマグカップに口をつけた。

  そんなお姉ちゃんの笑顔を見ているとなんだか昔のわたしとお姉ちゃんに戻れたような気がして嬉しくなった。

「ねえ、お姉ちゃん、今日は英美利ちゃんのコメディドラマの放送日だよ。一緒に観ようね」

  わたしはにっこりと笑いながらお姉ちゃんの顔を眺めた。

  お姉ちゃんは三個目のドーナツを食べながら「うん、あの馬鹿らしいコメディドラマを観よう」と言った。

「わ~い!  嬉しい。今日の英美利ちゃんはどんなコメディな姿を見せてくれるのかな?」

「ふん!  どうせ、またすっ転んだりするんじゃない?」

  お姉ちゃんは大きな口を開けて三個目のドーナツを食べ終えた。

  お姉ちゃんの口の周りにはドーナツの食べかすがべったりとくっついていた。

「ドラマが始まるのが楽しみだね」

  嬉しくなりわたしの頬は緩んだ。
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