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わたしは悪魔それとも……

お兄ちゃんの笑顔

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  お兄ちゃんの笑顔、お兄ちゃんの笑顔、お兄ちゃんの笑顔。

                忘れられない。

  少し長めの前髪をかきあげ笑うお兄ちゃん。

  あの優しい笑顔を忘れることなんて出来ない。

   確か、事故があったあの日倒れた時のお兄ちゃんの表情も、と、思ったところで、わたしの脳裏にある映像がぷつりと途切れ膜がかかったようになり何も見えない。

  

  何も見えない、何も見えないよ。


「どうした、ふ、み、さ、どうするんだ?   お前の望みを叶えてやると言ってるんだぞ」

  声の主のその声は、わたしの心臓まで響きズトーンとわたしの心臓を貫くようだ。

  わたしは、悪魔になってしまいそうだ。

  どうすることも出来ない、この感情をわたしはコントロールすることも出来ないようだ。

「さあ、史砂どうするんだ」

   声の主にわたしは逆らえない……。


  
「わ、わたしは……」

  駄目だ、額からも汗が垂れ落ち、背中にもじわじわと汗をかく。

  そして、心臓はドキドキドキドキドキドキドキドキと早く打つ。

  この場に立っているのも、やっとで、息苦しい。

  わたしはどうしたらいいの?

「さあ、史砂早く答えるのだ」


  
  まるで、崖っぷちにでも追いつめられた、そんな感覚だ。

  じりじりじりじりと声の主がわたしを追いつめる。

  もう、わたしの足は崖から半分はみ出ているそんな感覚だ。そして、今にも崖から転がり落ちてしまいそうだ。

「さあ、史砂、どうした?」

   どうした、どうするんだ。どうした、どうするんだと低くて通る声がわたしを追いつめる。

   唇が震えた。そして、

「わたしは、悪魔になります」


  
  そうわたしは、「悪魔になります」と答えてしまった。

  このわたしの口が気がつくと動いていた。

  自分の言った言葉があまりにも恐ろしくて、わたしは、「よく言ったな」という声の主を無視して、坂道を転がり落ちるように走る。

  恐ろしくて、怖くて後ろを振り返ることもできない。

  木々が生い茂る道もお地蔵さんが三体ある前も何度も転びそうになりながら走り通り過ぎた。

  
  走って、走って、もうそれは必死で走り気がつくと玄関の前に立っていた。

  低くて通る声が何処までも追いかけてくるような気がして怖かった。

  わたしは、後ろをチラリと振り返り誰もいないことを確認して、玄関の扉を開け急いで閉めた。

  すると、ぬぼーっと人影が!

「史砂、どうしたの?」

「なんだ、お母さんか……」

   目の前に立っていたのはお母さんで、ほっと胸を撫で下ろした。

  
  わたしは、ただいまの挨拶もしないで、お母さんの横を通り過ぎようとすると、

「あ、史砂ちゃん、さっき、ゆかりちゃんが来たわよ」と、お母さんが言った。

  ゆかりが……。

  今のわたしにとっては一番聞きたくない名前だ。

「ゆ、ゆかりが何て?」

  わたしは、声にならない声で聞いた。

「遊ぼうかなと思って来たみたいだけど、史砂ちゃんは留守よって言ったら、あ、そうでしたかって言って帰ったわよ」

 「あ、そう……」

  
 わたしは、お母さんにそれだけ言って、二階の自室に向かった。

  今日は、なんだか部屋の中がいつもより薄暗く感じられた。二階に上がる階段もいつもより、ミシミシミシミシと大きな音がした。

 そして、なんだか床もひんやりとしているように思えた。

  家の中にいるのに、まだ、あの展望台に佇んでいるのではないかと錯覚してしまう。

  
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