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雪降る洋館に閉じ込められた

帰りたい、それとお風呂

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この洋館には、 何かあるのかな?

早く家に帰りたい。早く明後日になってほしい。ううん、明日には帰りたい。そうだ、明日帰ろう。

京香ちゃんやすみれへの言い訳なんてどうでもいい。なんと思われてもこの際構わない。今はとにかく家に帰り自分のお布団でゆっくりと眠りたい。

明日、バスが来なければどうしよう。この大雪だからあり得そうで恐ろしい。

そんなことを考えながら走って走って走りまくっていると、ドシンッと誰かにぶつかった。

「きゃあ~~」

とわたしはあまりにもびっくりして思わず大声をあげてしまった。

  
「い、痛い!」

男性の声だ。

聞き覚えがある声だと思い顔を上げると、そこにはわたしの知っている太郎の顔があった。その顔は暗闇に浮かび上がり、口元がニヤリとしているようで少しだけ怖かった。

「未央ちゃんじゃないか、びっくりした。あれ?  未央ちゃんびしゃびしゃじゃないか!  水も滴るいい女ってか?」

ハハッと呑気に笑う太郎の姿にわたしの緊張感は少しだけほぐれた。

  
「太郎君、いきなり飛び出して来るからびっくりしたわよ」

「いやいやそれはこっちの台詞だよ、未央ちゃん。でもなんでまた、そんなにびしゃびしゃな状態で急いでいたの?」

「それは、その……」

太郎が言ってることはごもっともだと思うので、言い訳が思いつかない。

すると太郎は不思議そうな表情でわたしの顔を覗き込んだ。

どうしよう。太郎に本当の事を話したい。でも、だけど……。

「ううん、なんでもない。気にしないで」

わたしは曖昧な誤魔化し笑いを浮かべた。

  
暗闇に浮かぶ太郎の顔は、腑に落ちないなという表情をしている。太郎に話せば楽になるのかなと思うのだけど里美のことは話したくない。

幽霊が出たかもしれないことと、あの赤黒いお湯と髪の毛の話だけでもしてしまおうかなとも考えてみる、やはり迷ってしまう。

「未央ちゃん、ちゃんとバスタオルで髪の毛を拭くんだぞ、風邪を引いてからでは遅いからね!」

太郎は、優しい表情でそう言った。

今のわたしには人の優しさが胸に染みる。

「太郎、ありがとう」

わたしは、太郎の優しさに感謝をした。


  
幽霊のことなど話したいけどやはりやめておくことにした。

わたしは部屋に戻ろうと扉に手をかけたところで、太郎が、

「未央ちゃん、心配事とかもしあるのならいつでも俺に言ってね」と片手を挙げて微笑んだ。

「あ、うん。太郎君ありがとう」

わたしは、太郎の優しい笑顔を見ると言ってしまいたい聞いてもらいたいと思った。だけどやはり言えないかな。

そこまで考えたところで、太郎は長い廊下を部屋とは反対方向に歩き始めるところだった。

「あ、あの太郎君、どこに行くの?」

太郎はわたしの問いに振り返り、「どこにって大浴場に決まってるじゃん」

「あ、そうだよね」

考えてみるとそうだよね。だからわたしとぶつかったのだ。

  「もしかすると、未央ちゃんもう一回大浴場に行って俺と混浴したいとか?  ウェルカムだぜ!」

そう言って太郎はケケッと笑った。

「変態、ふざけないでよ!」

「ハハッ、元気あるじゃん。嘘に決まってるだろう、じゃあな」

太郎は、バスタオルをブンブン振り回しながら、長い廊下を再び歩きはじめた。

「ま、待って!」

「は、まさかの?」

「違うってばバカ」

「じゃあ何?」

「え、えっとそのですね、あのですね」

「未央ちゃんなんなんだ?」

「幽霊じゃない、そう、お風呂が変なの」

わたしは、少し声を張り上げて言った。
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