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雪降る洋館に閉じ込められた

恐怖のお風呂

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わたしは服を脱ぎ備え付けのロッカーに着ていた衣類をポイポイと適当に入れて扉をバタンと閉めた。

バスタオルを巻いてわたしは浴室へと向かう。

とにかく今は早くこの嫌な汗を洗い流したい。わたしはガラスの扉をガラガラと開けて浴室に入った。

誰もいない浴室は広々としていた。シャワーに風呂椅子に洗面器がズラリと置かれていた。わたしは、体に巻いていたバスタオルを取り、それを空いてる風呂椅子に置いた。そして、一番奥の風呂椅子に座り備え付けてあるシャンプーと石鹸で髪の毛と体を洗った。

  
体を洗った石鹸の泡をシャワーの湯で洗い流す。シャワーを浴びると先程までの嫌な夢の中の出来事が全てこの湯と一緒に流れていく気がした。

シャワーを浴び終えた後、湯船の中に先ずは右足を突っこみゆっくりと入った。じわりと温かい湯がわたしの体を温めてくれて、疲れていた心までほぐれていくようだ。

そして、この大浴場は大きなガラス張りの窓があり、その窓は中庭に面していて湯船から外の世界が見られる。

外は真っ白な雪一面の世界が広がっている。こうして見ると息を呑むような美しさだ。だけど、大雪の中を実際に歩くとなるとかなり大変だろうなと思った。

  
わたしは暫くの間、湯船に浸かりただぼんやりと雪景色を眺めた。肩まで浸かると気持ちがいい。ほっとする。

  
旅行なんて何年ぶりだろか。手のひらに透明なお湯をすくいふと考えた。こんな凄まじい雪景色に出会えるなんて思ってもいなかった。

人生は生きていると数々の不思議な不思議な偶然と出会う。

わたしが今ここにいることもそうだし、例えば選んだ職場も色々迷った末に決めたことではあるけれど、なんだろ不思議な巡り合せがあったのかなと思う。

あの時、あの瞬間、そう、あの古本に一枚のチラシが挟まっていた偶然、それに先ずあの古本屋に行かなければ、あのチラシを見つけることもなかったのだから。

あのチラシを見つけなければ良かったのかな?

  あのチラシを見つけなければ……。

考えても仕方ない。せっかくお湯の温もりで心が癒されたのだから、今はこの心地よさに身をまかせよう。

  そう今は。

そのうち心地よくてふわふわした気持ちになりいつの間にかお風呂の中で半分眠っていたのかもしれない。

いけない、眠ったらまずいよね。

そろそろ身体も温まってきたので上がろうかなと、腰を上げようとしたその時……。

え!?  透明なお湯が。これはどうしたというのだろうか。

  
何故?  

透明なお湯が突然赤黒くなって、湯船の端からわたしの方へと、どんどんどんどん赤黒いお湯は流れてくる。

嫌だ嫌だ何なの?

上がろう!

そう思って立ち上がろうとしたその時、ブクブクブクブクと真っ黒な髪の毛がぶわーっと浮かび上がってきた。

その真っ黒な髪の毛は、わたしの足に巻きついてきそうになった。まるでそれは生きているかのように。

「や、やめてー!!」

わたしは声を上げ、湯船から転がり出るような感じになりながら出た。

  
脱衣場のロッカーを開けバスタオルを取り出し急いで体を拭いた。服も適当に着てまだ濡れているけれど今は気にしている場合ではない。わたしは急いで脱衣場を出た。

髪の毛もびしゃびしゃのままわたしは長い長い薄暗い廊下を必死になって走った。

無我夢中に走って走って走り続けた。

誰かが追いかけていないかと気になり、後ろを恐る恐る振り返ったが幸い誰も追いかけてきていなかった。

とにかく今は急いでこの場から逃げ出したい。わたしは速度を上げて走り続けた。

だけど、待てよ。急いで大浴場付近から離れたところで、部屋に戻っても恐怖は待っているのかもしれない。

それでも今は走り続けるしかなかったのだ。あの赤黒いお湯、それからわたしの足に巻きついてきた髪の毛。あれはなんだったのだろうか?

あの子里美の仕業?

それともまた別の何か?  分からない分からない……。
  
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