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幸せの運び屋

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「幸せの運び屋、代表美川よしおですか? 
 この幸せの運び屋って何ですか?」

  わたしは渡された名刺に目を落としながら聞いた。

「俺の名前を呼び捨てにするのか」

  美川さんはキッとわたしを睨む。その目つきは猛獣のようで恐ろしくて幸せの運び屋とは程遠い。

  眉目秀麗な狼でしょうか?

「あ、いえ……名刺に書かれていた名前を読んだだけなんですが……」

「そうですか。ではそれはいい。幸せの運び屋はお客様に幸せになってもらう笑顔を運ぶ会社なのだよ」

  美川さんはそう言って得意げに鼻を鳴らした。

「……はぁ?  そうですか」

「愛可さん。はぁって何ですか?  ここは素晴らしいと感動するところなんですよ」

「……そうなんですか?」

「本当に感動の薄い人ですよね。わぁ~素敵なお仕事ですねとかそういったリアクションにはならないのですか?」

「なりません」

「……なんとまた即答ですか。びっくりしますよ。ご飯を食べている愛可さんは幸せを運ぶ笑顔を浮かべているのに」

  美川さんはふぅーと溜め息をついた。

「その幸せを運ぶ会社とわたしが何か関係あるのですか?」

  そう聞くと美川さんは……。

「会社名そのままなんですがお客様に幸せになってもらう笑顔をプレゼントしている会社なんですよ。そこで愛可さんあなたの出番なんですよ」

  美川さんはニヤリと笑った。

「わたしの出番って……」

「それはもちろん愛可さんあなたのそのご飯を食べている時の幸せそうな笑顔の出番なんですが詳しく説明する前に食事を注文をしなくてはですよね」

  美川さんは脇によけていたメニューに手を伸ばそうとしたが、

「そうだ、俺も沖縄ちゃんぽんを食べよう」と言ったかと思うと大きな声で「沖縄ちゃんぽんをお願いしま~す」と手を上げ注文をした。

  あんなに何を食べようかなと迷っていたのに結局わたしの真似をするんだね。美川さん……。

「わたしの真似をしましたね。決断力がないんですね」

「いいじゃないですか。美味しそうなんだから……」

  それから暫くすると注文した沖縄ちゃんぽんがテーブルに並べられた。

 「美味しそうだ~」

  美川さんの沖縄ちゃんぽんを見つめるその目はキラキラと輝いた。
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