上 下
6 / 111

ご飯を食べている時の美川さんの笑顔

しおりを挟む
「俺の大好きな沖縄料理だ。初めて沖縄そばを食べた時もそれはもう感動したな」

  美川さんはわたしの顔を睨みながら言った。

「あの……」

「はい、何ですか?」

「その怖い顔は感動を表現しているのでしょうか?」

「はい、今、あの沖縄そばのうどんに近いもちもちした食感を思い出しうっとりしていますが……怖い顔をしていますか?」

  美川さんは真剣な表情で聞いてくる。

  この人は無表情で目つきが悪いだけなのだろうか?

「……はい、それはもうかなり……」

「そ、それはショックだな……」

  美川さんは肩を落とし平たいお皿に盛られている沖縄ちゃんぽんを眺めている。

  落ち込む美川さんの姿を見ていると傷つけることを言ってしまったのかなと思いわたしはほんの少し反省してみる。

「ごめんなさい。そんなに落ち込まないでくださいよ。あ、それはそうと沖縄ちゃんぽん食べないんですか?  冷めてしまいますよ」

「忘れていました。よし、食べるぞ!」

  スプーンを手に取る美川さんの目はキラリと光った。どうやら気合いを入れているようだ。

  美川さんはスプーンを握りしめている。その握りしめているスプーンが沖縄ちゃんぽんに伸びる。美川さんは豪快にスプーンでご飯と具をすくう。 そして、口に運んだ。

  大きく口を開けて沖縄ちゃんぽんを食べた。

  きっと、美川さんのことだから澄ました顔で沖縄ちゃんぽんを食べるんだろうなと思っていた。

  ふふふっ。実際もそうだよねと思っていたのだけど……。そうなのだ。思っていたのだけど、まさかのことが起こったのだ。

  だって、美川さんは……。

  眉目秀麗だけどあの目つきが悪くて無表情な美川さんが……。

  沖縄ちゃんぽんを口に運び食べた途端。無表情だったあの顔がゆるーく緩んだ。ただ緩んだだけではなくそれはもうふにゃふにゃふにゃーと緩み切った表情になったのだ。

「美味しい~これは美味しすぎるぞ激ウマだぞ」

  そう言った美川さんの表情はだらしなく緩んだ。沖縄ちゃんぽんの美味しさに顔が緩み溶けてしまうんじゃないかと思ってしまうぐらいに緩んでいるのだった。

「あの、美川さん」

  わたしが声をかけるも気がついていないようだ。美川さんは沖縄ちゃんぽんの世界にどっぷりとはまっているみたいなのだ。

「俺は幸せ者だ~」

「あの……大丈夫ですか?」

  だけど、これほどまでに幸せそうに食べてもらえた沖縄ちゃんぽんと料理を作った人はきっと幸せ者ではないのかなと思うのだった。
しおりを挟む

処理中です...