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沖縄ちゃんぽんを食べて幸せな笑顔
しおりを挟む美川さんは沖縄ちゃんぽんのご飯と具を次々と口に運ぶ。そして、幸せそうにぱくぱくと食べる。
「う~ん、このもやしのシャキシャキ感は最高だぜ! たまらんな~野菜の出汁とご飯が絡み合って旨い。それに卵もふんわりしているしな」
美川さんは沖縄ちゃんぽんをぱくぱくと食べながら美味しい感想を呟いている。ご飯を食べるとこれほどまでに使用前と使用後みたいに表情が変わる人を見たのは初めてだった。
スプーンを口に運ぶ手が止まらないらしい。でもなんだか幸せそうで癒されるな。
わたしは、うふふと笑いながら美川さんの食べている姿を眺めた。
そして、わたしも残りの沖縄ちゃんぽんを一気に食べた。うん、美味しいな。わたしの頬もゆるりと緩んだ。
「ごちそうさまでした。美味しかった~」
美川さんはスプーンを平たいお皿の上に置いた。
「ごちそうさまでした」
わたしもスプーンを平たいお皿の上に置いた。
そして、わたしと美川さんは「美味しかったですね」とほぼ同時に言った。
食事を終えたわたしと美川さんの顔はキラキラと輝いている。
「この食堂の沖縄ちゃんぽんは美味しいですよね」
「うん。そうですね。ほっぺたが落っこちてしまいそうな美味しさですよ」
美川さんはそう言って微笑んでいるのかと思いきや怖い目つきで宙を睨んでいるではないか。
「あの……美川さんって食べている時の表情は本当に幸せそうですよね」
「はい。俺はご飯を食べると幸せな気持ちになるんですよ。温かいぬくもりを感じるんですよね」
「あ、わたしもです。温かいご飯は心も体も癒してくれるんですよね。あ~生きていて良かったなってそう思います」
そうなのだ。わたしは温かいご飯を食べると幸せな気持ちになる。
そして、お母さんが帰ってこなくて公園のベンチで泣いていたわたしに手を差し伸べてくれたあのおばさんの柔らかい笑顔と沖縄ちゃんぽんを思い出すのだった。
「俺もですよ。やっぱり愛可さんは俺と似ていますね」
「……そうですか?」
「はい、そうですよ」
美川さんと似ているのは正直あまり嬉しくはないのだけど。
「そうですか。あはは」
「なので俺は愛可さんをスカウトしたんですよ」
そういえば何のスカウトだったのだろうか?
「美川さんとわたしが似ているからスカウトしたとはどういうことですか?」
「愛可さんのご飯を美味しそうに食べる姿に感動したと言いましたよね」
美川さんはお茶を美味しそうに飲みながら言った。
「はい、そうですね」
「その笑顔が仕事になるんですよ。先程の会社の話に戻りますが俺はやる気を失った食堂やカフェのオーナーや店長それから笑顔を忘れた人達に幸せな気持ちを取り戻してもらう仕事をしているんですよ」
そう言いながら美川さんはお茶をもう一口飲んだ。お茶を飲む時も美川さんはほっこり笑顔になっている。
「……う~ん、ちょっとよく分からないのですが……」
「分かりにくいですか……」
「はい、分かりづらいですね……」
「それは残念です。簡単に言うと食堂やカフェに行って食事を美味しく食べてくれたらいいんですよ」
「それだけですか?」
「はい、そうですよ。いつもの愛可さんのありのままの姿で食事をしてくれたらいいんですよ」
美川さんはそう言ってわたしを睨む……のではなく微笑みかけているのかな。
「それだけなんですか?」
「はい、それだけです。簡単でしょ」
「簡単ですね……」
「良かった。ではお仕事をお願いできるんですね」
「あの……わたしはまだその仕事をするとは言ってませんけど」
「愛可さんは学生さんですか? それともお仕事が忙しいとかなんですか?」
美川さんはそう言ってわたしの顔をじっと見る。
「いえ、学生じゃないですし仕事も今はしていなくて探していますけど」
「お~無職ですか~それならお仕事できますね。良かった~」
全然良くないのですが……。わたしが学生だとか仕事をしているとかの問題ではないと思う。美川さんは一般的な感覚からどうやらズレているようだ。
そして、美川さんは突然立ち上がり手を差し出してきた。
「あのその手は何ですか?」
「何って握手ですよ」
「あ、握手って何故?」
「だって、これから仕事仲間になるのですからね」
美川さんはなぜだか得意げに胸を張った。
「……」
この人の考え方についていけないよ。誰か助けてください。
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