14 / 18
2-1. 挑発 (番外編)
しおりを挟む
俺は今、予想外の事態に冷や汗をかいていた。
「何階…ですか…?」
「あぁ、10階を頼む」
エレベーターの中。扉のすぐ横で、数字の10が描かれたボタンを押す。まさかこんな所で、この人と二人きりになるとは。
そう。今、背後に、水原部長がいる。
…大丈夫、落ち着け。
水原部長と樫木先輩に関係があったことを俺が知っていることは、この人にはバレていないはずだし、今、俺が樫木先輩と付き合っていることも、まだ誰にも言っていない。
この人は、何も知らない。エレベーターが着くまでのほんの数十秒、同じ空間にいるだけだ。
そう思ったのに、そんな俺を裏切るように、彼は俺に話し掛けた。
「君だろ。結菜が選んだのは」
結菜─、俺がまだ呼べないその名前を、この人は、いともあっさりと呼んだ。そしてそれは、彼女と関係があったことを隠す気はないと、わざと示すかのようだった。
「なんのことですか…?」
しらを切る。悪いことをしているわけではない。むしろ俺の方が胸を張れる関係を樫木先輩と築いている。だけど、そんなことは関係なく、心臓が煩く騒いで、汗で濡れた背中がひんやりと冷たく感じた。
「結菜を見ていたらわかるよ」
「……」
「結菜のこと、泣かせるなよ」
「─…っ、あなたが、それを言うんですか」
黙っているつもりだった。なのに、黙っていられなかった。
振り向いて俺が睨んだ彼は、俺を見て爽やかに微笑んでいた。
この人と直接話すのは初めてだった。樫木先輩との不誠実な関係のイメージもあって、この人に男として負けるわけないと勝手に決めつけていた。
だけど、一瞬で感じた大人の余裕。身に纏う雰囲気に、気圧された。
彼女が恋をした人なのだ。格好良いに決まっている。だけどそんな単純なことを、俺はたった今、認識した。
「そんなに睨まなくても、結菜を取り返したりしないよ」
「─…っ」
その言葉が本心なのか、それともいつか樫木先輩が自分のもとへ戻る自信があるのか、彼の心の内は巧妙に隠されていて、読めなかった。
「良いことを教えてあげるよ」
「……?」
「結菜は、後ろから少し強引に突かれるのが好きだよ」
俺の耳元でそう囁いて、水原部長は扉が開いたエレベーターを降りていった。
「何階…ですか…?」
「あぁ、10階を頼む」
エレベーターの中。扉のすぐ横で、数字の10が描かれたボタンを押す。まさかこんな所で、この人と二人きりになるとは。
そう。今、背後に、水原部長がいる。
…大丈夫、落ち着け。
水原部長と樫木先輩に関係があったことを俺が知っていることは、この人にはバレていないはずだし、今、俺が樫木先輩と付き合っていることも、まだ誰にも言っていない。
この人は、何も知らない。エレベーターが着くまでのほんの数十秒、同じ空間にいるだけだ。
そう思ったのに、そんな俺を裏切るように、彼は俺に話し掛けた。
「君だろ。結菜が選んだのは」
結菜─、俺がまだ呼べないその名前を、この人は、いともあっさりと呼んだ。そしてそれは、彼女と関係があったことを隠す気はないと、わざと示すかのようだった。
「なんのことですか…?」
しらを切る。悪いことをしているわけではない。むしろ俺の方が胸を張れる関係を樫木先輩と築いている。だけど、そんなことは関係なく、心臓が煩く騒いで、汗で濡れた背中がひんやりと冷たく感じた。
「結菜を見ていたらわかるよ」
「……」
「結菜のこと、泣かせるなよ」
「─…っ、あなたが、それを言うんですか」
黙っているつもりだった。なのに、黙っていられなかった。
振り向いて俺が睨んだ彼は、俺を見て爽やかに微笑んでいた。
この人と直接話すのは初めてだった。樫木先輩との不誠実な関係のイメージもあって、この人に男として負けるわけないと勝手に決めつけていた。
だけど、一瞬で感じた大人の余裕。身に纏う雰囲気に、気圧された。
彼女が恋をした人なのだ。格好良いに決まっている。だけどそんな単純なことを、俺はたった今、認識した。
「そんなに睨まなくても、結菜を取り返したりしないよ」
「─…っ」
その言葉が本心なのか、それともいつか樫木先輩が自分のもとへ戻る自信があるのか、彼の心の内は巧妙に隠されていて、読めなかった。
「良いことを教えてあげるよ」
「……?」
「結菜は、後ろから少し強引に突かれるのが好きだよ」
俺の耳元でそう囁いて、水原部長は扉が開いたエレベーターを降りていった。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
愛想笑いの課長は甘い俺様
吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる
坂井 菜緒
×
愛想笑いが得意の俺様課長
堤 将暉
**********
「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」
「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」
あることがきっかけで社畜と罵られる日々。
私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。
そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?
優しい彼
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の彼は優しい。
……うん、優しいのだ。
王子様のように優しげな風貌。
社内では王子様で通っている。
風貌だけじゃなく、性格も優しいから。
私にだって、いつも優しい。
男とふたりで飲みに行くっていっても、「行っておいで」だし。
私に怒ったことなんて一度もない。
でもその優しさは。
……無関心の裏返しじゃないのかな。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる