【完結】とびきりの幸せを、君に

緑野 蜜柑

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2-1. 挑発 (番外編)

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俺は今、予想外の事態に冷や汗をかいていた。

「何階…ですか…?」
「あぁ、10階を頼む」

エレベーターの中。扉のすぐ横で、数字の10が描かれたボタンを押す。まさかこんな所で、この人と二人きりになるとは。

そう。今、背後に、水原部長がいる。

…大丈夫、落ち着け。
水原部長と樫木先輩に関係があったことを俺が知っていることは、この人にはバレていないはずだし、今、俺が樫木先輩と付き合っていることも、まだ誰にも言っていない。

この人は、何も知らない。エレベーターが着くまでのほんの数十秒、同じ空間にいるだけだ。

そう思ったのに、そんな俺を裏切るように、彼は俺に話し掛けた。

「君だろ。結菜が選んだのは」

結菜─、俺がまだ呼べないその名前を、この人は、いともあっさりと呼んだ。そしてそれは、彼女と関係があったことを隠す気はないと、わざと示すかのようだった。

「なんのことですか…?」

しらを切る。悪いことをしているわけではない。むしろ俺の方が胸を張れる関係を樫木先輩と築いている。だけど、そんなことは関係なく、心臓が煩く騒いで、汗で濡れた背中がひんやりと冷たく感じた。

「結菜を見ていたらわかるよ」
「……」
「結菜のこと、泣かせるなよ」
「─…っ、あなたが、それを言うんですか」

黙っているつもりだった。なのに、黙っていられなかった。

振り向いて俺が睨んだ彼は、俺を見て爽やかに微笑んでいた。

この人と直接話すのは初めてだった。樫木先輩との不誠実な関係のイメージもあって、この人に男として負けるわけないと勝手に決めつけていた。

だけど、一瞬で感じた大人の余裕。身に纏う雰囲気に、気圧された。

彼女が恋をした人なのだ。格好良いに決まっている。だけどそんな単純なことを、俺はたった今、認識した。

「そんなに睨まなくても、結菜を取り返したりしないよ」
「─…っ」

その言葉が本心なのか、それともいつか樫木先輩が自分のもとへ戻る自信があるのか、彼の心の内は巧妙に隠されていて、読めなかった。

「良いことを教えてあげるよ」
「……?」
「結菜は、後ろから少し強引に突かれるのが好きだよ」

俺の耳元でそう囁いて、水原部長は扉が開いたエレベーターを降りていった。
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