上 下
18 / 83
二章 欠陥だらけの殺戮人形(キリングドール)

しおりを挟む
 *


「っ、μミュウ――!」
 エメレオは急発進した車の座席から身を起こし、耳をつんざくような轟音ごうおんに一瞬肩をすくめた。
 ルームミラーに手をかざして角度を調整し、背後を確認すれば、遠ざかる景色の中、ぶつかり合った二人の人影が見える。
 ひとまず、しばらくは持ちこたえそうだが――。考えたエメレオは軽く首を振り、車の通信装置と自分の懐に入れていた端末を接続した。
「――〝パペット〟だ。当初想定されたとおり、獲物が釣れた。かなり暴れている」
『了解。押さえ込むために増援を送り出している』
「急いでくれ。他にもまだいるかもしれない」
 通信相手――国家保安局の局員に頼みながら、エメレオは目を伏せた。

(――すまない、μ)
 天才科学者、エメレオ・ヴァーチンをおとりにした、敵性勢力のあぶり出し。最初は、連絡をしてきたMOTHERの発案だった。
(『おそらく、向こうには「時間がない」のではないか、と思うのです』)
 記憶の中で、MOTHERの声が蘇る。
(『期限が決まっているからこそ、その前に、できるだけ収穫できそうなものは収穫し、潰せるものは潰しておく。一連のエージェントたちの様子からは、そういった動きが予測されました。――なので、博士。彼らが欲しいと思っているあなたを囮にして、このまま現状のアポイントメントへの対応を続行し、釣り出すことはできないかしら?』)
 無茶な提案だなぁ、と、一昨日の夜のエメレオは苦笑した。それでも何とかやってのけた。通信が傍聴されている可能性を考慮して、λラムダたちには何も言えなかった。せめてあの『物騒な会合』の一言で、何かしら事情を察してくれていればよいのだが。
「……だが、このままでは終わらせない」
 通信端末を操作して、エメレオは呟いた。
「僕は僕の力で、あの子を守る。――僕謹製の最高傑作のシステムだ、お試し体験と行こうじゃないか」
 口元に笑みが浮かんでしまうのは、少しだけ許してほしい。男の子のロマンというやつだ。
 通信装置の画面に表示されたメッセージに従い、ポケットから取り出した黒いキーカードを装置の下のスリットに差し込んだ。
 
 ――システム□□□□、機能限定解除。□□□□領域と接続。リソースの規定量を確認。演算フィールドを制定。
 
 エメレオが施したログハック対策のマスキング処理によって、ほとんど意味を成さないメッセージが画面上に流れる。
 
「――情報とは何だと思う、μ」
 エメレオは遠くから彼女に向かって語りかける。届くはずがない、だから、これは科学者の独り言だ。
  
 情報。最も一般的な意味で言えば、それは『知らせ』だ。だから、情報は知らせる、作る主体がいなければ情報たり得ない。
 ならば、情報とは知らせる主体の生命活動の結果である。生命活動は複雑な仕組みをしているが、すべての仕組みの間にはそれぞれに情報伝達系が存在する。情報はあらゆるところに遍在する。
  
 ――本当に?
 
 エメレオがそれに気づいたのは本当に『偶然』だ。情報は一種のエネルギー場を規定している。情報は質量を伴うものではない、概念だ。
 だが、質量を得る前の『段階』が物質には存在している。
  
「生命が必然的に発生するのであれば、すべての出来事には目的と意味が生じる。この宇宙は何らかの目的を持って存在する。ならば――発生の前に必ず、必然を招く『情報』が、理由がある」
  
 固体液体気体、そして幽体プラズマ
 この質量に溢れた宇宙の原点は超高温高密度のプラズマだ。そのエネルギー量はエメレオの視点から見れば、まさに神の生誕と受肉に等しい。その原点の向こうに、さらに大量のエネルギーを、情報を、物語を、エメレオは幻視した。
  
「量子とは波であり点である。それは視点や次元が異なるだけで、単なる見方の話。僕からすればその正体は、概念的にいえば、塵のような肉体を得た巨大なエネルギー……いいや、意志の欠片」
  
 だから、順序が逆なのだ。
 情報とは知らせる主体の生命活動の結果――ではない。
  
 情報とは、生命の正体そのもの。生命とは意志あるエネルギーだ。そして、世界の塵になり損なっただけの、エネルギーはそこかしこに存在している。
   
「この宇宙が『肉』を得たのはたったの数パーセントぽっち。残りの十数から数十パーセントは……『僕たち』だ」
 MOTHERは、魂を高密度のエネルギー記録型情報体と表現したけれど。
「魂とは、存在理由プログラムを確かに宿した指向性を持ったエネルギーの塊、いわば意識だけを持った生命、意識体だ。それが物質として記録されていたのが、僕が見つけたソウルコード。物質的なソウルコードから逆再生して、エネルギーを意識体たらしめるには、エネルギーにプログラムを宿すための継続的な接点と場と、それなりのエネルギー量が必要だが――幸い、君たちの体でも再現できた。『協力者』は必要だったけどね」
  
 だからそう、これは、その発展型。
  
「さあ、準備はできた。魂を宿した、世界初の、いや、宇宙初の人造生命。君たちを次の段階へ進めよう」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

意識転送装置2

廣瀬純一
SF
ワイヤレスイヤホン型の意識を遠隔地に転送できる装置の話

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

ACE Girls

ふろいむ
SF
 霞ヶ浦学園に通う大学生の鹿島亜美は、幼馴染の大宮霞と一緒に新しいサークル、「ゲームサークル」を立ち上げる。メンバーも増え、フルダイブVRゲームの一つである「Blue Sky Squad」通称BSSで腕を磨いていた亜美たち。順調にサークルから部活へと昇格し、一年が経ち、修了式を迎えた亜美たちを待ち受ける運命とは…… ――以下予告風あらすじ。第一話に完全版があります。第二話「序章」からお話が始まります。  駅前のスクランブル。インテリデバイスを通して見える大きな映像は、一つの事件を報道している。 「速報です。ただいま南ストリアを占領中のテログループが犯行声明となる動画を公開しました――」  部員の失踪。テログループの侵略。救出。撃滅。  眼の前にはフルダイブ技術を応用した戦闘機。与えられたのはまるで人間のように振る舞うAI。  これはゲームではない。"本物の空"だ。 「今、助けるから!」

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

処理中です...