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一章 10:06:34:49.574
三
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「MOTHER、作業の進捗状況はどうだい」
『予定通りです。TYPE:μに実装されたシステムのおかげで、計算の効率が大きく改善されたので、順調に作業が進みました』
ノートパソコンに繋いだスピーカーから響くMOTHERの返答に、エメレオは微笑んだ。
陽電巨砲グラン・ファーザーの稼働準備には莫大なエネルギーが必要になる。普段はMOTHERが稼働するために使われているテラエンジンは今、その出力のほとんどを二機のグラン・ファーザー稼働に振り分けるため、エネルギーを別の場所へ遠隔送信している。最低限の非常用エンジンでしか稼働できない状態の彼女は、大きく処理能力を落とした状態であった。この状態では、MOTHERの処理能力を振り出した別の複数の基幹システムの稼働に遠からず支障が出ることが予想され、その調整にこうしてエメレオ率いる施設の技術者チームが駆り出されていた。
だが、そこは不幸中の幸いというべきか、TYPE:μに実装されたシステムの流用による演算補助が功を奏し、MOTHERの処理能力は平時の九十パーセントに及ぶ処理リクエストを捌ききっている。あとは関係各所への要請により、リクエスト数を押さえた状態にしてもらえれば、グラン・ファーザーの稼働分程度の期間は乗り切れる公算であった。――もっとも、その根回しに一番骨を折ったのは、施設長であったのだが。
「この作戦が終わったらしばらく休みたい。そもそもこんなエネルギーの百パーセント転用なんて無茶な運用、予定されてもいないんだが……」
「果たしてうまくいきますかね……」
「試用機体たちの炉心エネルギーも合わせて五十テラワートス超を供給ラインに突っ込むんだ、うっかり途中で伝送の不安定から事故が起きないかの方が心配だ。これほど膨大なエネルギーを遠隔で伝えるなんて滅多なことじゃないからなぁ……どう思う、ヴァーチン?」
科学者たちのぼやきに、エメレオはデータに目を落とす。
「試算結果は良好とまではいえないが許容範囲だ。おそらく今回の運用期間だけならば、エネルギー供給は確実に行える。ただし、数回以上重なる場合は、送受信装置各所の補強が必要かな」
「恐ろしいことを言うな」メンバーの一人が顔をしかめた。「あんな馬鹿げた砲撃を何度も撃たなきゃならん事態なんて、想像したくもない」
「そうだね……一度で焼き払えるならば、その方がいい。何度も使うと、周りの場が崩れ出す。あれほど高出力での崩壊砲撃だと、周辺でプラズマ系の事故が起きてもおかしくないし」
エメレオが画面に目を戻しながら言うと、女性研究員の一人が頭を抱えた。
「……転移事故とか、位相事故とか? うわぁ考えたくない」
「リーゼ、気持ちは分かるがそれを防ぐのが俺たちの仕事だ。……昔、人一人消えて、数十年過去へ時相スリップしている」
「まだ何人か見つかってない人は、実は未来に飛ばされちゃったんじゃないかって話だけど」
「それ、その時になってみるまではずっと分からんだろう」
後ろの会話を何となしに聞き流していると、リーゼが溜息を吐く声が聞こえた。
「っと、悪い。おまえの妹、まだ見つかってないんだったか」
「ええ。……ある日忽然とね。痕跡さえ見つからないから、そういうタイプの事故か、組織的な犯行の可能性があるって警察からは言われたわ。もう半分ぐらいは期待してないの。あの子、亡命したウォルターについていったかもしれないし。そういうのに巻き込まれた人間なんて、大体ろくな目に遭わないって相場が決まってるでしょ」
気まずい沈黙が落ちそうになったところで、施設長が咳払いをして、わざとらしく話を逸らした。
「――そういえば、ウォルターと制御体作成計画で張り合った時、エメレオはどうやってMOTHERの人格パターンを完成させたんだ? あの時はまだ、ソウルコードの検証も固まりきっていない頃だったから、疑似人格の思考場のパターン付けもかなり難しかったと思うんだが、あの完成度だろう?」
「ああ……」
話を振られたエメレオは、目線を逸らした。
「三日ぐらい徹夜して沸いた頭でコーディングしたから、どういう発想だったかメモも判読できないんですよ」
「あー……『神が降りた』とか言ってたな……あの時……」
遠い目になった一同を前に肩を竦(すく)め、「ちょっと休憩してきます」とエメレオは席を立った。
廊下に出て、ガラス越しに中庭を眺めて歩く。
辿り着いた先のカップ自販機がコーヒーを抽出するのを待ちながら、エメレオは目を細めた。
――小さな、嘘を吐いた。メモを判読できなかった、という嘘を。
そもそも、その夜、特殊な発見をした類いのメモは存在していない。
エメレオの理論は正しかった。ただひとつ抜けていたのは、アンドロイドの頭脳に発生させたエネルギーが生命化、あるいは思考場として機能し続けるためには、最初の瞬間にある種の特殊なエネルギーの付加が必要だったという点だ。
「MOTHER、作業の進捗状況はどうだい」
『予定通りです。TYPE:μに実装されたシステムのおかげで、計算の効率が大きく改善されたので、順調に作業が進みました』
ノートパソコンに繋いだスピーカーから響くMOTHERの返答に、エメレオは微笑んだ。
陽電巨砲グラン・ファーザーの稼働準備には莫大なエネルギーが必要になる。普段はMOTHERが稼働するために使われているテラエンジンは今、その出力のほとんどを二機のグラン・ファーザー稼働に振り分けるため、エネルギーを別の場所へ遠隔送信している。最低限の非常用エンジンでしか稼働できない状態の彼女は、大きく処理能力を落とした状態であった。この状態では、MOTHERの処理能力を振り出した別の複数の基幹システムの稼働に遠からず支障が出ることが予想され、その調整にこうしてエメレオ率いる施設の技術者チームが駆り出されていた。
だが、そこは不幸中の幸いというべきか、TYPE:μに実装されたシステムの流用による演算補助が功を奏し、MOTHERの処理能力は平時の九十パーセントに及ぶ処理リクエストを捌ききっている。あとは関係各所への要請により、リクエスト数を押さえた状態にしてもらえれば、グラン・ファーザーの稼働分程度の期間は乗り切れる公算であった。――もっとも、その根回しに一番骨を折ったのは、施設長であったのだが。
「この作戦が終わったらしばらく休みたい。そもそもこんなエネルギーの百パーセント転用なんて無茶な運用、予定されてもいないんだが……」
「果たしてうまくいきますかね……」
「試用機体たちの炉心エネルギーも合わせて五十テラワートス超を供給ラインに突っ込むんだ、うっかり途中で伝送の不安定から事故が起きないかの方が心配だ。これほど膨大なエネルギーを遠隔で伝えるなんて滅多なことじゃないからなぁ……どう思う、ヴァーチン?」
科学者たちのぼやきに、エメレオはデータに目を落とす。
「試算結果は良好とまではいえないが許容範囲だ。おそらく今回の運用期間だけならば、エネルギー供給は確実に行える。ただし、数回以上重なる場合は、送受信装置各所の補強が必要かな」
「恐ろしいことを言うな」メンバーの一人が顔をしかめた。「あんな馬鹿げた砲撃を何度も撃たなきゃならん事態なんて、想像したくもない」
「そうだね……一度で焼き払えるならば、その方がいい。何度も使うと、周りの場が崩れ出す。あれほど高出力での崩壊砲撃だと、周辺でプラズマ系の事故が起きてもおかしくないし」
エメレオが画面に目を戻しながら言うと、女性研究員の一人が頭を抱えた。
「……転移事故とか、位相事故とか? うわぁ考えたくない」
「リーゼ、気持ちは分かるがそれを防ぐのが俺たちの仕事だ。……昔、人一人消えて、数十年過去へ時相スリップしている」
「まだ何人か見つかってない人は、実は未来に飛ばされちゃったんじゃないかって話だけど」
「それ、その時になってみるまではずっと分からんだろう」
後ろの会話を何となしに聞き流していると、リーゼが溜息を吐く声が聞こえた。
「っと、悪い。おまえの妹、まだ見つかってないんだったか」
「ええ。……ある日忽然とね。痕跡さえ見つからないから、そういうタイプの事故か、組織的な犯行の可能性があるって警察からは言われたわ。もう半分ぐらいは期待してないの。あの子、亡命したウォルターについていったかもしれないし。そういうのに巻き込まれた人間なんて、大体ろくな目に遭わないって相場が決まってるでしょ」
気まずい沈黙が落ちそうになったところで、施設長が咳払いをして、わざとらしく話を逸らした。
「――そういえば、ウォルターと制御体作成計画で張り合った時、エメレオはどうやってMOTHERの人格パターンを完成させたんだ? あの時はまだ、ソウルコードの検証も固まりきっていない頃だったから、疑似人格の思考場のパターン付けもかなり難しかったと思うんだが、あの完成度だろう?」
「ああ……」
話を振られたエメレオは、目線を逸らした。
「三日ぐらい徹夜して沸いた頭でコーディングしたから、どういう発想だったかメモも判読できないんですよ」
「あー……『神が降りた』とか言ってたな……あの時……」
遠い目になった一同を前に肩を竦(すく)め、「ちょっと休憩してきます」とエメレオは席を立った。
廊下に出て、ガラス越しに中庭を眺めて歩く。
辿り着いた先のカップ自販機がコーヒーを抽出するのを待ちながら、エメレオは目を細めた。
――小さな、嘘を吐いた。メモを判読できなかった、という嘘を。
そもそも、その夜、特殊な発見をした類いのメモは存在していない。
エメレオの理論は正しかった。ただひとつ抜けていたのは、アンドロイドの頭脳に発生させたエネルギーが生命化、あるいは思考場として機能し続けるためには、最初の瞬間にある種の特殊なエネルギーの付加が必要だったという点だ。
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