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一章 10:06:34:49.574
五
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白い上下の飛行スーツを着ただけのリーデルをひょいっと抱え上げて後部座席に押し込むと、ドリウスはよっこらせとその前に飛び乗った。
「操縦できるの?」
「おぅ、この体になる前は一流の腕だった。今じゃ自分で飛んだ方が早いがな。相当Gがかかるから気絶してていいぞ。ただし上げるのだけはよしてくれ、窒息死されちゃ敵わん」
「……ほんっとサイテイ。うちの国なら重力制御が効いてるから、Gなんかかかりっこないのに」
マスクをつけながら、低くくぐもった返事が返ってくる。
「しょうがねぇだろ。おまえさんとこのアホみたいな技術が再現できねーんだよ、エントはな」
宣言通り、ウォルターの目を掻い潜ってリーデルを艦艇から連れ出し、揚陸艦組に潜り込んだドリウスは、さらに機に乗じて一足先にシンカナウスへ潜り込む予定だった。
「おお、手はず通り、いい弾積んでるな。手配が完璧じゃねぇか」
モニターに表示された搭載火器の名称を見てはしゃぐドリウスの後頭部に、じっとりとした視線が突き刺さった。早くしろ、とでも言わんばかりの白い目線に、まぁ待てとなだめた。
「見ての通り防空システムで向こうからの熱烈歓迎を受けてる最中だ。こんな時に飛んだって海の藻屑だからな?」
「馬鹿なの?」
ぼそっとリーデルが言った。
「シンカナウスの防空システムがどうなってるか知らないの? エネルギー供給を絶たない限り延々と撃ち続けてくるわよ」
「ははは、だろうな。だが、もうひとつこの爆撃の雨が止む時があるだろ?」
女の柳眉が怪訝そうに潜められるが、答えはすぐに向こうからやってきた。
不意に、揚陸艦に降り注いでいた弾幕が薄くなり、雨が上がるようにぽつぽつとした数に減っていく。
「向こうは傷ついた港町ひとつ抱えてるってことを忘れちゃいけねぇな。こっちに対抗手段がないでもねぇが、引っ張ってくるにも使えるようにするにも時間がかかる。だったら――人命をなるべく助けたいのが人情だ。前線を進めないために、時間稼ぎぐらいしにくる。だろ?」
上空に現れた複数の艦影を睨み、リーデルは唸った。
「――あんたの考え方、好きじゃない」
「そりゃあずいぶん、おまえさんの考えはおめでたい」
飛行艇のシステムを温めながら、ドリウスは笑った。
「覚えておくといい。テメェも満足に守れねぇ、弱っている人間の命ほど、戦場で軽んじられるものも、便利なものもない」
「わたしは?」
投げやりに聞いてくるリーデルの顔がキャノピーに映り込んでいる。胡乱(うろん)げだった。もうどうにでもなれとやけっぱちになっている人間の顔は、個人的には好みだ。
「おまえさんは、利用価値がある積み荷だな。いらなくなったら簡単に捨てて燃やせる、自分である程度逃げてくれる、便利な荷物だ」
暗に、無駄なことは考えずに役に立て、という脅しでもある。
「……あんたが底なしの人でなしってことだけは、よぅく分かったわ」
「褒め言葉として受け取っておくさ」
軽口を叩いている間に、飛行艇の発進許可が下りたようだ。ランプの点灯と無線の情報を確認し、ニヤリと笑う。
「じゃあ、シンカナウスを空から観光で楽しむとするかねぇ。ちょっとじゃれつくから、舌噛むなよ」
言いながら、カウントダウンに合わせてスロットルを上げた。
途端に、ぐんっと凶悪なGが全身にかかる。カタパルトから射出されるのは初めてと見えて、リーデルが背後で短く悲鳴を上げる。
そのまま一気に揚陸艦から離れると、全速でシンカナウスの艦隊めがけて突進する。
「ねぇ、死にたいの!?」
「まぁ黙って見てろって。あのちっこいアンドロイドどもがいなけりゃ、俺もずいぶんやりやすい」
いたらこんな無茶通す気にもならねぇけどな、と胸中でだけ呟いた。逃がしてもらえないだろう、あの高速戦闘機並みのスペックでは。
「ナマモノ抱えて飛ぶのも楽じゃねぇなぁ、ったく。――あのガールの前座に少しだけ遊んでやるよ」
そして、急上昇。一気に振り回される恐怖にさすがに声を失ったらしく、リーデルからの反応はない。
一気に頭上を取ると、太陽の目くらましを利用して数ある戦闘機の合間にわざと突っ込み、友軍への誤射を恐れて相手が混乱する間に一息に引き離した。途中で応酬もくれてやれば、一機、二機と煙を上げて落ちていく。損害を与えた上にいくつかの駆け引きをこなしたため、かなり急旋回も急降下も行ったが、そのうちたった一機を逃すよりも他の戦力を通さない方向へ切り替えたのか、追ってくる機体はいなくなった。
「ふん。太陽を使っての目くらましで思い出したぜ。小賢しかったよな、あのアンドロイドどもの指揮個体」
開幕初手、初見必殺。動きを見づらくさせた上で見事に三隻沈めている。戦闘映像を見て、えぐい戦い方しやがる、と思ったものだ。
思い出しながらも手を伸ばしてスイッチを切り替え、ステルスモードを有効にした。これで少しは見つかりづらくなるだろう。
「――ぅ……終わった、の……」
「おぅ、気がついたか」
「……しにそう」
うんざりしたようなリーデルの声が響き、ドリウスは大笑した。
「まぁ気分転換だ。そんなに時間がある旅じゃないが、向こうに着くまでに、MOTHERについて何ぞ面白い話でもしてくれ」
「……面白い話……ねぇ」
ぽそりと復唱して、リーデルはしばらく黙り込んだ。
「操縦できるの?」
「おぅ、この体になる前は一流の腕だった。今じゃ自分で飛んだ方が早いがな。相当Gがかかるから気絶してていいぞ。ただし上げるのだけはよしてくれ、窒息死されちゃ敵わん」
「……ほんっとサイテイ。うちの国なら重力制御が効いてるから、Gなんかかかりっこないのに」
マスクをつけながら、低くくぐもった返事が返ってくる。
「しょうがねぇだろ。おまえさんとこのアホみたいな技術が再現できねーんだよ、エントはな」
宣言通り、ウォルターの目を掻い潜ってリーデルを艦艇から連れ出し、揚陸艦組に潜り込んだドリウスは、さらに機に乗じて一足先にシンカナウスへ潜り込む予定だった。
「おお、手はず通り、いい弾積んでるな。手配が完璧じゃねぇか」
モニターに表示された搭載火器の名称を見てはしゃぐドリウスの後頭部に、じっとりとした視線が突き刺さった。早くしろ、とでも言わんばかりの白い目線に、まぁ待てとなだめた。
「見ての通り防空システムで向こうからの熱烈歓迎を受けてる最中だ。こんな時に飛んだって海の藻屑だからな?」
「馬鹿なの?」
ぼそっとリーデルが言った。
「シンカナウスの防空システムがどうなってるか知らないの? エネルギー供給を絶たない限り延々と撃ち続けてくるわよ」
「ははは、だろうな。だが、もうひとつこの爆撃の雨が止む時があるだろ?」
女の柳眉が怪訝そうに潜められるが、答えはすぐに向こうからやってきた。
不意に、揚陸艦に降り注いでいた弾幕が薄くなり、雨が上がるようにぽつぽつとした数に減っていく。
「向こうは傷ついた港町ひとつ抱えてるってことを忘れちゃいけねぇな。こっちに対抗手段がないでもねぇが、引っ張ってくるにも使えるようにするにも時間がかかる。だったら――人命をなるべく助けたいのが人情だ。前線を進めないために、時間稼ぎぐらいしにくる。だろ?」
上空に現れた複数の艦影を睨み、リーデルは唸った。
「――あんたの考え方、好きじゃない」
「そりゃあずいぶん、おまえさんの考えはおめでたい」
飛行艇のシステムを温めながら、ドリウスは笑った。
「覚えておくといい。テメェも満足に守れねぇ、弱っている人間の命ほど、戦場で軽んじられるものも、便利なものもない」
「わたしは?」
投げやりに聞いてくるリーデルの顔がキャノピーに映り込んでいる。胡乱(うろん)げだった。もうどうにでもなれとやけっぱちになっている人間の顔は、個人的には好みだ。
「おまえさんは、利用価値がある積み荷だな。いらなくなったら簡単に捨てて燃やせる、自分である程度逃げてくれる、便利な荷物だ」
暗に、無駄なことは考えずに役に立て、という脅しでもある。
「……あんたが底なしの人でなしってことだけは、よぅく分かったわ」
「褒め言葉として受け取っておくさ」
軽口を叩いている間に、飛行艇の発進許可が下りたようだ。ランプの点灯と無線の情報を確認し、ニヤリと笑う。
「じゃあ、シンカナウスを空から観光で楽しむとするかねぇ。ちょっとじゃれつくから、舌噛むなよ」
言いながら、カウントダウンに合わせてスロットルを上げた。
途端に、ぐんっと凶悪なGが全身にかかる。カタパルトから射出されるのは初めてと見えて、リーデルが背後で短く悲鳴を上げる。
そのまま一気に揚陸艦から離れると、全速でシンカナウスの艦隊めがけて突進する。
「ねぇ、死にたいの!?」
「まぁ黙って見てろって。あのちっこいアンドロイドどもがいなけりゃ、俺もずいぶんやりやすい」
いたらこんな無茶通す気にもならねぇけどな、と胸中でだけ呟いた。逃がしてもらえないだろう、あの高速戦闘機並みのスペックでは。
「ナマモノ抱えて飛ぶのも楽じゃねぇなぁ、ったく。――あのガールの前座に少しだけ遊んでやるよ」
そして、急上昇。一気に振り回される恐怖にさすがに声を失ったらしく、リーデルからの反応はない。
一気に頭上を取ると、太陽の目くらましを利用して数ある戦闘機の合間にわざと突っ込み、友軍への誤射を恐れて相手が混乱する間に一息に引き離した。途中で応酬もくれてやれば、一機、二機と煙を上げて落ちていく。損害を与えた上にいくつかの駆け引きをこなしたため、かなり急旋回も急降下も行ったが、そのうちたった一機を逃すよりも他の戦力を通さない方向へ切り替えたのか、追ってくる機体はいなくなった。
「ふん。太陽を使っての目くらましで思い出したぜ。小賢しかったよな、あのアンドロイドどもの指揮個体」
開幕初手、初見必殺。動きを見づらくさせた上で見事に三隻沈めている。戦闘映像を見て、えぐい戦い方しやがる、と思ったものだ。
思い出しながらも手を伸ばしてスイッチを切り替え、ステルスモードを有効にした。これで少しは見つかりづらくなるだろう。
「――ぅ……終わった、の……」
「おぅ、気がついたか」
「……しにそう」
うんざりしたようなリーデルの声が響き、ドリウスは大笑した。
「まぁ気分転換だ。そんなに時間がある旅じゃないが、向こうに着くまでに、MOTHERについて何ぞ面白い話でもしてくれ」
「……面白い話……ねぇ」
ぽそりと復唱して、リーデルはしばらく黙り込んだ。
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