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第1章 転移編

014 共闘(下)

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 殻獣の牙がレイラへと伸び、間も無くその美しい顔を破壊するかというその時、レイラの耳に声が聞こえる。

「レイラ!危ない!」

 離れていた真也は、いち早くレイラへと向かう殻獣に気づくことが出来た。

 真也が、危ない、と思った次の瞬間、なんの前触れもなく、レイラとアリの間に大楯が現れる。

 アリと大楯がぶつかり合い、ガァン!と大きな音が響く。大楯は一切反動を見せず、レイラの顔にぶつかることすらなく、完璧にその役目を果たした。

 盾が現れたのはレイラの眼前すぐの位置だったため、レイラは急に視界が真っ黒になっていた。
 しかし、盾とアリのぶつかる音を聞き、レイラは初めて何が起きたのかを理解する。

 レイラの目に映る大楯は先程まで他のアリを刻んでいたものであり、どう見ても瞬間的に移動してきた様に思われた。

 アリは突如現れた大楯に阻まれ、大楯に押し出されるように空中に吹き飛ばされる。
 そうして空中に舞い上がったアリは、地面に落ちる前に大楯たちの餌食となった。

 バラバラとアリの残骸が地面へと落ち、酸い匂いが辺りに広がる。

 それを見ていたのか、レイラによって繋ぎとめられているアリ達は、顎を擦り合わせて恐怖とも怒りとも取れる音を奏でる。
 真也のアリに対しての怒りからか、大楯は先ほどよりも苛烈にアリ達にトドメをさして回った。
 全てのアリの殻獣がバラバラの残骸に変わり、やがて辺りを静寂が支配する。

 レイラは周囲の安全を確認すると、真也の方へと走り寄る。

「さっきは、危なかった。
 …真也、ありがとう。助かった」
「いや、俺がとどめを刺すのが遅くて」
「…そんなこと言わない。元々、力を借りなかったら、死んでた、かも。奴らに、こんな知恵、あるとは、思わなかった」

 死んでた。その言葉に、真也の体がブルリと震える。

「レイラが無事でよかった…ホントに、よかった」

 真也の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。また目の前から、1人、居なくなるかと心が引き裂かれそうな恐怖を感じた。
 でもそれ以上に、それを自分が阻止できた事が嬉しかった。

 真也は、その時初めて、自分が誰かを守る力を持ったのだと自覚した。

 レイラは、涙を流す真也に微笑みかける。

「…なきむし」
「…うるさい」

 くしゃくしゃになりながらも、真也は笑顔を返した。

 そこへ、遠くから声がかかる。

「これはこれは」

 研究所の方から現れたのは、津野崎だった。津野崎は、平然とした態度で歩いてくる。
 周りに幾人かの研究員が居たが、彼らは津野崎と違い、アリの死骸を見て怯み、鼻を抑えながら距離を取っていた。
 真也は大急ぎで顔を擦り、涙を搔き消す。

「む、ツナギの」

 津野崎を視界に入れたレイラは、分かりやすく顔をしかめる。

「間宮さん、レオノワさん、お見事です、ハイ。
 いや、本当に助かりました。研究所にもオーバードはいますが、軍レベルの戦闘系は少なくて。
 お二人がいなければどれほど被害が出たか…」

 津野崎は、真也とレイラにそれぞれ握手を求める。
 レイラは不服そうな顔をしつつも、その握手を受け入れた。

 津野崎は真也へ向き直ると、人差し指を立てながら忠告する。

「でも、今後は、検査が終わるまではあんまり異能を使わないでいただけると。割と最高機密なんですよ、ハイ。
 それに、軍人登録していないオーバードの異能の使用は法律違反なんですよネ。間宮さんは、オーバードとして登録すらされていないんです。これ以上話がややこしくなると、流石に困っちゃいますよ、ハイ」 
「…すいません」

 法律違反。そこまで真也は考慮していなかったが、殻獣を平然とかち割る自分の異能の力に、たしかにこのような力は好き勝手に使っていいものではないことは理解できた。

 真也の落ち込んだ表情を見て、津野崎は声を明るくする。

「…まあ、お小言はこれくらいにして、と。
 間宮さん。これは、みんなを守るためだったんでしょう?
 ならば、間宮さんの判断は正しいですよ。法律はどうあれ、私はそこを責めるなんて事はしませんよ、ハイ」

 その言葉に、真也はどこかホッとした。守るため、という事が津野崎に理解された事が大きい。

 ずい、とレイラが2人に近寄ると、声を上げる。

「今回は、私が協力を依頼した。緊急時の、措置行動。合法。真也を、驚かせない。恩を着せない」

 津野崎は、じとりとしたレイラの目線を受けるも、どこ吹く風に真也に言葉を続ける。

「…そうでしたか。軍からの要請なら法律的にも問題ないですネ。良かった良かった」

 どこからともなく、ヘリコプターの音がする。それから間も無く、ヘリコプターの本体が目視できる位置へと現れた。

 真也はヘリコプターに詳しいわけではなかったが、ヘリコプターと飛行機を合わせたような形は、見たことのないものだった。

 ヘリコプターは、研究所の上で旋回し始める。

「おや、お早い到着ですネ」

 津野崎はその言葉とともに、ヘリに手を振り、空き地を指し示す。

 直後、ヘリコプターはその方向へと移動し、着陸する。

 何人かの軍人が現れ、うち1人が此方へ走ってくる。それは、真也にも見覚えのある人物だった。眼鏡をかけた、黒人の兵士。
 ウッディ・グリーンウッドであった。
 
 レイラはウッディに気づくと、敬礼をして待機をする。こちらまでやってきたウッディは、レイラの敬礼に返礼するといつも通り丁寧な口調で話し始めた。

「レイラ、ご無事ですか? それに、間宮さんではないですか」

 レイラは、ウッディが敬礼を終えると、自らの腕も下ろし、報告する。

「ウッディ曹長。蟻型甲種、見える範囲で殲滅した。残りは?」
「上からも確認しました。いませんよ。全滅です」
「そう、よかった」

 ウッディは再度辺りを見渡す。その視線の先には、バラバラに砕かれた殻獣の残骸があった。

「これ全て、レイラが片付けたのですか?」
「いや、協力を仰いだ。彼に。緊急措置」

 彼に、とレイラから指をさされた真也は、先ほどの会話から違法かもしれない不安を拭い去れず、体が硬直する。

「ふむ。被害が最小限に抑えられたことは大変に喜ばしいですが…」

 ウッディは、津野崎をちらりと見る。
 その目線は、軍でも現段階で機密扱いとされている真也に対する、研究所の見解を求めていた。
 津野崎はその意図に気付き、返答する。

「ああ、一応、間宮さんの事は一旦伏せておいて下さい。あとで公式にそちらの上の方にお願いしておきますんでネ。避難も、殲滅も早かったので、目撃者は少ないでしょうし」

 津野崎の目線がウッディから外れ、レイラへと伸びる。

「なので貴女も、ネ?」

 津野崎の事を、控えめに言ってよく思っていないレイラも、その言葉には納得せざるを得ない。

「…分かっている。あの能力は、下手すれば混乱を起こす」

 レイラの言葉に、津野崎は満足したように頷いた。

「分かってるようで良かったですよ、ハイ。
 では、間宮さん、いきましょうか。あとは国疫軍の管轄です」
「待って」

 真也を連れて行く津野崎の行動を引き止めたのは、昨日と同じくレイラであった。

「彼は、友人。だから…たまに面会、お願いしたい」

 津野崎は目を細め、短い時間何かを思案していたが、すぐに口を開く。

「…いいですよ。お好きな時にいらして下さい、ハイ。彼は付属病院の西棟、301でしばらく生活しますからネ」

 その言葉に、レイラは表情を変える事なく津野崎に近づく。そして、真也には聞こえないほどの小声でぼそりと呟いた。

「言質は取った」

 その言葉に、津野崎は愉快そうに笑う。しかし、目は笑っていない。レイラもまた、似たような表情であった。

「ええ。彼と昨日お話しして、大丈夫と判断しました。貴女がどうであれ、彼は暴れないでしょうし、先ほど戦闘を見た感じだと、貴女では彼に歯が立ちませんから、彼は安全でしょうしね、ハイ」
「…そう。的外れ」
「そうですかね?」
「ええ」
「まあ、でも、何かあったら即出禁にしますからネ?」

 火花が散るような2人の会話。
 しばらくにらみ合っていたが、ぷい、とお互いに目線をそらすとレイラは真也のほうへ近付く。

「真也、また、後日いく。君には、私もいる。ツナギだけじゃない」

 その言葉に、真也は微笑む。

「ありがとう、レイラ。…でも、津野崎さんとも仲良くしてもらえると」
「呼び捨て」
「え?」
「レイラ。呼び捨てになってる。それでいい」

 話の流れを強引に潰したかのようなレイラの発言であったが、彼女の笑顔に見惚れた真也は、それ以上言葉を続けられなかった。

 全くもって青春の1ページのような2人を側から見ていた津野崎は、ウッディに声を掛ける。

「なんか、私ひどい言われようですネ?」
「…まあ、彼女も思春期ですから」

 ウッディの適当な相槌は、寒空の中に消えていった。
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