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第1章 転移編

028 閑話:真宮家の正月と、最強の存在

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 まひるの一件が解決してから数週間が経ち、真宮家は新年を迎えた。シンヤの喪中ということもあり、静かに年を迎える。

 また、真也にとっては、異世界で初の正月であり、そして、人生で久しぶりの「誰かと過ごす正月」だった。

 そんな、厳かで特別な正月も、2日経てば緊張は切れ、ダラダラとした寝正月へと変化する。

 真宮家の一階には、水回りの他に、和室、リビング、そしてダイニングがある。
 しかし、冬が厳しくなってからというもの、うち2つはあまり使わず、ほぼ和室のコタツで過ごしていた。

 まひると真也は早々に寝正月を決め込み、手づくりのおせちで腹を満たしていたが、流石に飽きていた。
 そこで真也がまひるに別の食事の希望を聞いたところ、鍋がいい、と即答され、いそいそと鍋を囲んだのが、20分ほど前である。

 家からどころかコタツからも出不精となった2人は、リビングからテレビを引っ張り出し、コタツの中でテレビ鑑賞と決め込む。

 テレビは、年始らしい特別番組のオンパレードだ。

「あの著名人から、年始の挨拶が届きましたよ!」

 ひときわ大きな女性テレビアナウンサーの声に、真也の意識が鍋の中身からテレビへと向く。

 テレビには、サイドバックとでもいうのだろう、短めの髪をサイドに流したブロンドヘアーの白人男性が映っている。青い瞳は活力に溢れており、年齢は30歳ほどだろう。
 真也はその白人男性の整った容姿に、俳優なのだろうかとテレビに注目する。

 爽やかに笑うその男性は、キザっぽく二本指で敬礼し、指を跳ね上げてニコリと歯を見せる。真っ白な歯が画面越しでも輝いて見えた。
 フルフェイスの、ロボットの頭部のようなヘルメットを小脇に挟み、肘や肩、胸元が金属の板に覆われたボディースーツを身に纏っている。
 その様子は、真也の目にまるでアメリカンコミックのヒーローのように映る。

 男性は何事か話しているようだったが、声は再生されず、代わりに字幕が流れ、アナウンサーがそれを読み上げる。

「トイボックス氏は『日本の皆さん、明けましておめでとう。今年一年も、皆さんにとって平和な日々が続きますよう。祈るとともに行動で示していきます』と語っていました!」

 まひるも、真也の様子につられ、テレビへと目を向ける。

「あ、トイボックスだ」
「まひる、知ってるの?」
「うん。詳しいことは知らされてないんだけど、国疫軍アメリカ支部の人らしくて、世界最強のオーバード、って呼ばれてる。ハイエンドなんだって」
「世界最強のオーバード…」

 真也がぼそりと呟くと、まひるはそれに反応する。

「まあ、今はお兄ちゃんが最強のオーバードだから、『元』最強のオーバード、だねっ」
「いや、最強かどうかは分からないんだよ?
 ハイエンドはみんな、測定できないんだから」

 真也はそう言ってまひるを宥めると、テレビへと集中する。

「アメリカ合衆国、2人目の正義の象徴『トイボックス・トム』。1人目であり、ザ・ヒーローでもお馴染みの『ヘラクレス』と並び、本名などの個人情報は国家の最大機密とすら言われる存在です」

 テレビの画面には、まるで映画のようなトイボックスのプロモーションビデオが流れる。

 このテレビ局は新年特番にオーバードの特集を組んでいた。
 この世界では、有名なオーバードはまるでスターのように扱われ、スポンサー契約などを交わす者までいるのだ。

「まだ記憶に新しい、3年前に中東での大規模営巣地の駆除作戦で表舞台へと姿を現した彼は、まさに時の人。この番組では、隠された素顔、彼の秘密へと踏み込んでいきます!」

 無駄に壮大な煽り文句。それを聞いたまひるは、真也に話しかける。

「…国家機密に踏み込む、っていいのかなぁ?」
「まあまあ、こういうのは雰囲気だから」

 テレビの煽り文句なんて、話半分に聞くに限るよ。真也はまひるにそう言い聞かせると、コタツに肘をつき、番組の進行を待った。

 そんな視聴者2人の様子を知る由も無いテレビアナウンサーは、さも新情報かのようにトイボックスの基本情報を伝える。

「公式に明かされている情報は、マテリアルハイエンドというその実力と、その異能!」

 テレビ画面が変わり、どこかの広い土地にいるトイボックスが両手を広げ、彼の身長よりも大きな金属のコンテナを、大量に、横一列に作り出す。

「コンテナを創り出すという、シンプルな異能、しかしそのコンテナからは、未知の兵器が次々と現れるのです! 機構、原動力は全くの不明。半永久的に活動を続けます!」

 コンテナが、展開図を示すかのようにバタバタと開くと、その中には無骨なガトリングガンが現れる。

 トイボックスは二本指を立て、前方へと向ける。その合図とともに、ガトリングガンから大量の弾丸が放たれる。
 音声の無い映像にもかかわらず、画面の揺れや舞う砂埃から、その弾幕の凄まじさが真也にまで伝わってきた。

「へぇ…強そう」
「まあ、この人1人で国一個相手取れるらしいしね。中東の営巣地も、ほぼ1人で駆除したらしいし」
「そうなの? じゃあやっぱりこの人が最強じゃないか…」
「最強はお兄ちゃんなの!」

 どうしても最強と言って憚らないまひるの頭を真也はぐりぐりと撫で、礼を告げる

「はいはい、ありがと、まひる」
「…むぅ…」

 まひるは納得していないが、頭を撫でられることで多少気を削がれたようだった。

 テレビでは、トイボックス特集が進んでいく。今度は、トイボックスの横に少女が立っていた。

「トイボックス・トムの側で、大量に生み出した兵器を効率よく稼働させる美少女アンドロイド、バトルバディ『B.B』もまた、人気を誇っています」

 様々なカットで映し出される、B.Bと紹介されたアンドロイド。

 トイボックスと似たボディースーツを着用し、金色の髪の毛は短く、顔の大部分はバイザー付きのヘッドギアで覆われている。
 締め付けのきつそうな全身ボディースーツを押し上げる胸元とヒップライン。
 ヘッドギアで隠れている顔の中で唯一見えている口元は人間のそれと変わらぬように見え、細く引かれた赤い口紅が、唇に艶を出している。
 それらは非常にセクシーで、アンドロイドであるのに、真也は思わず見惚れてしまう。

「これが、アメリカか…」

 真也の口から、よく分からない感想が漏れ出た。

「いたっ」

 まひるは自身の頭の上に乗りっぱなしだった真也の腕をはたき落し、じとりと細い目を真也へと向ける。

「お兄ちゃん、アンドロイドをいやらしい目で見過ぎでしょ…」

 まひるの目線から逃れるように、真也は言い訳を始める。

「…そんなわけ…だってあれロボットでしょ、そんな相手に…いや、そりゃ…魅力的に作ってあるだろうし、ねぇ?」

 その言い訳は、話している途中で着地地点がころころと変わった。

「なにその言い訳! …やっぱり、胸なのかぁ…」

 まひるは落ち込んだ様子で自分の慎ましやかな胸元を凝視していた。

「まひる、大丈夫だって。まひるはこれから成長するから…」
「むぅぅぅー…」

 なかなか納得しないまひるに真也が狼狽していると家のインターホンが鳴らされる。

「まひる、俺出てくるよ」

 これ幸いと言わんばかりに真也が提案するが、それより早く、まひるがコタツから立ち上がった。

「いいよ、まひるが行く!」

 そう言いながら、頬を膨らませてまひるが和室を出て行った。

 真也がテレビへと視線を戻すと、B.Bの紹介は終わっており、B.Bのイラストが描かれたTシャツを着たガタイの良い黒人男性が「彼女は最高にクールだよ」と言っている画面だった。

 まひるがインターホンの対応ら和室へと戻ってくると、そこに共に入ってきたのは、レイラだった。

「真也。あけまして、おめでとう」
「レイラ! あけましておめでとう」

 レイラはコートを腕にかけ、新年の挨拶と共にしっかりと礼をし、真也もそれに言葉を返した。

「来るなら、そう言ってくれれば良かったのに」

 真也は、気になる異性に何度もジャージ姿を晒すのが少し恥ずかしかった。
 病院の時は不可抗力とはいえ、洋服を買った今となっては、尚更そう感じる。
 レイラが来るとわかっていればもう少しちゃんとした格好で出迎えたのに、と真也は心持ち今の居住まいを直し、ジャージのシワを伸ばすが、その程度では変わらないほど寝正月モードだった。

 そんな真也に、レイラは突然訪問した理由を伝える。

「サプライズ」
「…そ、そっか」

 年が変わっても、相変わらずよく分からない性格のレイラだった。

「レイラさん! ささ、コタツ入って」
「うん。お邪魔する…あれ、トイボックス」

 テレビをちら、と見たレイラがその番組に反応する。
 テレビで紹介するほどの存在だから当たり前かもしれないが、やはりレイラもトイボックスを知っているようだ。

「やっぱりレイラも知ってるんだ」
「うん。会ったこと、無いけど。…あったかい…」

 そう言いながらモゾモゾとコタツに潜り込むレイラは真也のイメージにあるロシア人らしからぬ滑稽な動きで、真也は頬が緩む。

「あ、私は会ったことあるよ! 去年、視察で東雲に来てた」
「そうなの?」
「うん。なんでも、去年一年で世界中の有名士官高校を回ったらしいよ?」

 同じハイエンドでも、どうやら有名人ともなると、そういった社会貢献のようなことも行うらしい。
 真也は感心すると共に、同じハイエンドであっても、自分とはかけ離れた存在…正に最強の存在のように思えた。

「へぇ…あ、鍋の火が消えてるよ」

 考え事をしながら鍋に目をやると、コンロの火が消えていた。おっとっと、と言いながら、まひるがコンロを捻る。チッチッチッという音と共にもう一度火がつき、少しずつ鍋が温まり直していく。

「また、鍋」

 レイラは鍋に目線をやり、諦めの混じった笑みをこぼす。

 確かに真宮家は食事の鍋率が高い。
 まひるも、そして真也も鍋が好きで、かつ楽だからだ。週に2度3度は鍋をつついている。

 レイラの言葉にまひるは頭を掻く動きと共に、弁明する

「えへへ、おせち飽きちゃったんだよね」
「…そういう時、味、濃いのだと、思う」

 レイラの正論に、まひるは持論で切り返す。

「えー、鍋でも充分気分が変わるよ? レイラさんも食べる?」
「…貰う」

 また鍋だと指摘したレイラだったが、真宮家と交友の深いレイラもまた、鍋が好きになっていたのだった。

「あー、でも結構食べちゃっててさ。作り直そうか?」

 その言葉に、レイラは横に置いてあったコートの下から、買い物袋を取り出した。

「…そう思って、実は、鍋の具材、買った」
「さすがレイラさん、このチョイスは分かってるね!」
「ふふ、私も、鍋好き」

 まひるは喜びながら、レイラに渡された買い物袋の中身を検める。

 真也はレイラの準備の良さに笑いながら、自分のお腹をさする。

「ありがとう。でも俺はもうお腹いっぱいかも」

 その真也の言葉に、レイラが胸を張り、買い物袋から麺の入った小袋を取り出した。

「なら、シメ用の、ラーメン」

 レイラは、ずい、とラーメンの袋を真也の方へ差し出す。

「…本当に流石だよ、レイラは」

 レイラは、どこかセンスが変で、言葉が足らないが、こういった気回しは流石女の子だな、と真也は微笑んだ。

 日本文化に染まりきったロシア人美少女の来訪で、真宮家の正月は賑やかに過ぎていった。
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