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第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション

062 ビーコン回収

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 一同は、ビーコンを探して営巣地の森の中を進む。薄暗い森の中は、草原や湖のほとりとは違って音にあふれていた。
 何かが草をかき分けて移動する音、鳥の鳴き声、木々のざわめき。

 そんな音の響く中、真也の前を歩いていた伊織が、ぼそりと呟く。

「あ、聞こえた」

 耳をピクリと動かし、遠くを見つめる伊織に、レイラが質問する。

「ビーコンの音?」
「うん。次の音が鳴るまで…3分以内に、近くまで移動したい。先導しようか?」

 伊織はそう言うと、見つめていた方を指差す。

「お願い」

 レイラの言葉に伊織は頷くと、目の前の茂みを、真也とお揃いの片手剣で薙ぎ払って、道なき道を進み始めた。

 伊織に連れられて、02小隊の面々は木々の生い茂る中を進む。

 真也も伊織に習って、片手剣で木々の枝や草を切り払って歩く。
 伊織のスペアという剣は、驚くほどによく切れ、手に馴染んだ。

「俺もこれ、買おっかな」

 ぼそりと告げる真也に、伊織がニヤリと笑う。

「枝を切るには最高だろ?」
「あ、いや」
「ま、戦闘で使ってから決めた方がいいよ」

 伊織はそう言うと、自身も枝を切りながら、まっすぐに森の中を進んでいった。



「多分この辺」

 何の変哲も無い森の中で、伊織は立ち止まった。

「……もうすぐ、次の音、鳴る。全員、静止」

 レイラが告げ、全員が音を立てないように動きを止め、少し待つ。

 ピン…

 ごく微かな音が真也の耳に届く。

「あ、間宮。そこ、茂みのところに無い?」
「え? ……あ、これか」

 真也が足元を確認すると、迷彩柄の鉄の箱を見つけることができた。

 小さな緑色のランプが細かく点滅している以外は、環境に擬態するように出来ており、発見した真也ですら、少し気を緩めると見失いそうだった。

 真也がビーコンを拾い上げると、冬馬はため息をつき、口を開く。

「やっと1つ目か」
「他の小隊の作戦内容はどの辺りまで進んでるのかしら?」
「気にしても、仕方、ない」

 気がはやる夏美をレイラがたしなめ、全員へと向き直す。

「ビーコンは、誰が持つ?」
「……俺持つよ」

 手を挙げたのは、冬馬だ。

「ビーコンを持てば、戦闘に参加しなくていいだろ?」

 念押しするように言葉を続けてから、ちらり、と冬馬はソフィアの方を見た。
 その様子から冬馬の心情を慮ったレイラは、戦闘に参加しなくていいと頷く。

「うん、よろしく。じゃあ、冨樫、護衛に。あと、喜多見も」
「了解」
「は、はいぃ…」

 真也は冬馬へとビーコンを渡し、冬馬は命綱かのように大切に両手で搔き抱いた。

「さっさと残り1つも見つけよう」

 伊織が部隊を鼓舞するように告げるが、それに水を差したのは秋斗だった。

「ま、それが終わっても音の出ないビーコンを草原の中から見つけなきゃいけないんだけどな」

 その言葉に、全員の脳内に広大な草原が連想される。

「つら……なんでよりによってこの訓練なのよ……」

 夏海はそうぼやくと、大きなため息をひとつついた。



 それから1時間後、レイラたち02小隊は、次のビーコンの位置へとたどり着き、2つ目のビーコンを発見する。

 木のうねに置かれていたビーコンを手にする夏海は、わなわなと体を震わせていた。

「ねぇ、隊長。これは……一体どういうこと?」

 新たに見つけたビーコンを抱えた夏海が助けを求めるように呟く。

「ねぇ、電源が入ってないビーコンは、一個だけなのよね!?」

 彼女の持つビーコンは、電源が入っていなかった。



 電源を切られたビーコンを前に、02小隊の面々は混乱した。
 しかし、草原での混乱とは違い、精神的疲労も相まって、誰も口を開かぬ混乱。

 ここに、電源の入っていないビーコンがある、となると、草原にあるビーコンは、電源が入っているはずである。
 しかし、伊織の、異能の耳に引っ掛からなかった。

 となると考えられるパターンは3つ。

 ひとつ、ウッディの言葉が間違っており、電源が落ちているものが2つある。
 しかし、ウッディはハッキリと電源が落ちているものは1つしかない、と断言した。

 もうひとつ、伊織の聞き漏らし、という可能性。
 しかし、2個目のビーコンを発見した時の、伊織の優れた聴覚を見せつけられた面々としては、その筋は極めて低いと考えるのが妥当だった。


 そして、ひとつ。ビーコンが、草原に無い。


 隊長であるレイラへと、隊員全員の目線が集まる。

 レイラは全員の視線を受け、少し思案した後、口を開いた。

「……問い合わせる。ビーコンを中心に、交代で、周囲警戒。順番に小休止、取って」

 そう述べると、レイラは1人、隊員たちから離れて無線で何やら話し始める。

 ユーリイとウッディは、お互いを見合わせて1つ頷くと、レイラの補佐のため彼女の元へと向かっていった。

 残りのメンバーは話し合い、まずは小休止を取ろうという意見で固まる。
 先にAクラスのレイラを除いたメンバー、真也、伊織、美咲が哨戒に出ることになった。



  3人は無線を片手にそれぞれ別方向へと進む。
 当たり前のように真也にはソフィアがついてきた。

 ソフィアは、2人っきりの空間を満喫し、熱のこもった視線を真也へと投げ続ける。
 その視線に気づいた真也は、居心地悪げに周りを見渡した。
 真剣な顔で真也を見続けるソフィアよりも、苦い顔で周りを見ている真也の方が、哨戒としては正しいのだが。

 あまりにも熱烈な好意。

 人生において、ここまで露骨に好意を向けられたことのない真也はソフィアという少女にどう対応していいのか分からなかった。

 特に、その好意に対してこちらからも好意を返すことのできない相手を、上手くあしらうなどというのは真也には難しすぎる。

 もしも、レイラと出会う前にこの少女と出会っていたら、また違ったのかもしれない。
 ここまで愛されているのなら、そのまま愛を返したくなる。

 特に、1人で過ごす時間の長かった真也には、このソフィアからもたらされる無限に感じられるほどの量の愛は、眩しく見えた。
 一般的に言えば重すぎるソフィアの愛が『重すぎるのかどうか』という判断基準が真也になかったため、少女からの好意を、割と肯定的に見ていたのである。

 しかし、それに応えられないという思いを抱いた上で、であるが。

 真也はちらりとソフィアへと視線を向ける。
 ソフィアはそれだけで天にも登るような恍惚の表情を浮かべ、驚いた真也は視線を外した。


 レイラへの想いを持つ以上、どこかでこの少女に「好意には応えられない」と伝える必要があるだろう。
 しかし、この少女と会うのは、この作戦の間だけである。ならば、このまま傷つける事なく思い出として真也のことを忘れていってもらうのもまた、悪い選択肢ではないのではないか。


 そんな風に理論をこねる真也だったが、とどのつまりは「好意に応えられない」と伝える事が怖いだけである。不意に真顔になるソフィアの様子も含めて。

 真也はソフィアへと話しかける。

「ビーコン、何が起きたんだろうね?」

 真也から話しかけられた。それだけで笑顔の花を咲かせ、ソフィアは真也の質問に返答する。

「多分ですけど、殻獣が持ち去ったのかと思いますわ」
「そんな事あるの?」

「ビーコンはその営巣地の殻獣が避ける金属で作られているのですけれど、違う営巣地から飛来した種が持ち去ることがありますの。
 そんなに頻繁にあることでは無いのですけれど……まあ、この辺りは営巣地が多いので、他に比べて多いですわ」
「……じゃあ、その持ち去った殻獣を探さなきゃいけないのかな…?」

 苦い顔の真也に、ソフィアは珍しく真剣な顔で真也へと告げる。

「私としては、反対です。
 おそらく『青い蝶』も…隊長様も、そう判断されると思います」
「どうして?」
「ビーコンを持ち去ったのであれば、高確率で巣穴に運ばれていると思いますの。
 巣穴に入るのは危険ですし、それに……」
「それに?」

 聞き返す真也に、ソフィアは口を一度開き、それから少し鈍い表情で口を閉じた。

「いえ。これ以上は、予測の範囲ですし……やめておきます。
 私としては、シンヤ様と過ごす時間が減る、というのはとても辛いのです。でも……今回に限っては仕方ありませんわね。
 明日の活動でお会いできるので、夜の間だけですけど……やはり離れ離れは辛いですわ……」

 身を掻き抱くソフィアの姿。それはまるで恋人と、永遠に仲を引き裂かれるかのような、壮大な悲壮感が漂っていた。

 しかし、真也はむしろ、逆のことを考えていた。

「あ……ソーニャ、明日からも一緒なんだ」

 口から溢れでた感想に、ソフィアは人が変わったかのように、笑顔を取り戻す。

「はいっ! 明日も、明後日も、明々後日も。よろしくお願いいたしますわね? シンヤ様」

 この少女と、この合宿中は共に過ごす。
 それは、真也の胃を少しだけ、締め付ける内容だった。



 真也たちは10分ほどの哨戒を終え、レイラたちのいる場所へと帰る。

 その道すがらだった。

「どういうことだよ!?」

 秋斗の乱暴な声が、真也の耳を打つ。

 何かあったのかと驚いた真也は、ソフィアを見る。ソフィアもまた、驚いた顔で真也を見返し、目が合うと頬を赤らめつつも、「急ぎましょう」と口にした。



 02小隊が休憩を取っている場所の近くまで戻ると、ちょうど秋斗がこちらへと歩いてきていた。
 その表情は、どこか影を落としているように感じられ、真也は声をかける。

「何かあったの?」
「いや、なにも」
「すごい声が聞こえたけど……」

 真也の言葉に、秋斗が頭を掻く。

「ああ、何でもない。ちょっと大声出しちゃっただけだ。他のFクラスのメンバーも哨戒に出てるし、俺もこの場で哨戒変わるよ。無線もらうね」

 真也へと手を伸ばす秋斗。
 先ほどの大声の原因が分からないため、真也は腑に落ちない思いであった。
 しかし、秋斗に哨戒を引き継ぎ、無線を渡す。その手続きは正当なため、真也は無線を手渡した。

「なにもなかったなら、いいけど……哨戒、よろしくね」
「ああ、しっかり休憩とって」
「あ、ありがとう」

 秋斗は真也に手を振ると、ソフィアを一瞥し、森の中へと消えて行った。

 真也は、先ほどの大声の原因を聞きそびれてしまったが、みんなのところへと戻った方が詳細を聞けるだろう、と判断して休憩地点へと早足で帰る。

 ソフィアは、森の中へと消えていく秋斗を、しばらくの間見つめていた。
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