1 / 50
1. 私の一番大切なもの、良一の父鉱之の場合
しおりを挟む
(私の一番大切なもの、良一の父鉱之の場合)
私の一番大切なもの。
それは亜希子。お前だよ。
もちろん良一も大切な私たちの息子だ。
でも、一番と訊かれれば、私は迷わず亜希子と答えるよ。
君は、家にいることが好きで、料理をすることが好きで……
「たまには外食でも行こうか」と言うと、君は僕に「何が食べたいの?」と訊く。
僕は「懐石料理なんかどうだい」と答えると……
「それなら私が作ってあげる」と言って、せっせと仕度を始めてしまう。
僕は君に少しでも家事から離れて楽をさせてあげたいと思っていたんだよ。
でも、何処で覚えたのか知らないけれど、君の作る料理は、どの店にも負けないくらい美味しかったよ。
庭じりが好きで、家の掃除が好きで、いつも綺麗に磨いていたね。
そうかと思うと、君は縁側に座って庭をぼーと眺めていたり……
あれはいつだったかな。
君が庭でしゃがんでいるのを見かけて、気分でも悪いのかと心配して裸足で駆け寄ると……
君は嬉しそうな顔をして……
「アリが虫を運んでいるのよ」と言ったね。
君は幾つになるんだと口から出そうになってしまったけれど……
僕は君の笑顔に釣られて、そのまま君とぼーとアリの行列を見てしまっていたよ。
そんな君を私は助けられなかった。
(亜希子、不可解な人)
君と初めて会ったのも、この病院だったね。
僕は廊下を歩きながら書類を見ていて、君とぶつかったんだ。
まるでテレビドラマみたいな出会いだった。
君は大きく跳ね飛ばされて、しばらく立てないでいたね。
僕は大変なことをしてしまったと、焦ったよ。
「今、ストレッチャーを持ってきますから、そのまま、そのまま動かないでいてくださいっ!」
「いえ、大丈夫ですから、転んだだけですから……」
君は、何とも言えない柔らかな微笑みを僕に向けて訴えていたね。
「あれ……、力が入らない……、どうやって立ったらいいのか、忘れてしまいましたわ……」
そう言って、君は笑っていたね。
僕はその時、君のその言葉としぐさで、恋に落ちてしまったのかもしれないよ。
でも違う、あの時かもしれない。
「ちょっと、手を貸してもらっていいですか……?」
君は手を差し出したね。
「あ、すみません! 気が付きませんで……」
僕は慌てて駆け寄り伸ばされた君の手を取ったんだ。
まるで、小さな子供のような柔らかな手とぬくもりだったね。
こんな綺麗な人の手に触れて、僕は内心嬉しかったよ。
でも君はそれ以上のことを僕に要求したね。
「すみません、力が入らないので、抱きかかえてもらっていいですか……?」
僕は迷わず、君の背中に両手を回して抱き上げたんだね。
その時、君のふわふわした服の襟元から君のおっぱいが見えたんだ。
君はブラジャーを着けていなかったんだね。
「ありがとうございます。やっと立てましたわ……。私の方こそ、窓の外を見ながら歩いていたんですのよ。とても眺めがいいですから……」
そう言って、何もなかったように、また歩いて行ったね。
やっぱり、この時だったかな……
二回目に会ったとき、この病院のロビーだったね。
「あ、よく合いますね……」
本当はあれから、また君がいないかと、病院中をぎょろぎょろして歩いていたんだよ。
「先日は、すみませんでした……」
「どうかされたんですか?」
僕は、君が何か病気ではないかと心配したよ。
「先週、この病院で、母が亡くなったんです。今日はその会計で来たんですの」
僕は言葉を失ったよ。
「……、それは残念でしたね……」、やっと出た言葉だった。
「…、それ、会計伝票ですか? 僕がやってきますよ」
「そんな、ご迷惑をお掛けしなくても、私、もう一日中、暇なんですのよ」
僕は君の手から伝票を受け取り事務室に走った。
「これ、先にやってくれないか?」
「先生、向井さんを知っているんですか?」
「え、君、彼女を知っているの?」
「ええ、昔、ここの看護婦だった人ですよ。ちょっと有名な美人さんでしょう。先生も目が早いですねー!」
「そんなつもりはないけど、幾つぐらいの人?」
「先生、それって、セクハラ……」
「年を聴くのは悪いことかー?」
「さあ、どうだったか? でも先生より年上ですよ」
「君、僕の年、知っているのか?」
「先生、有名だから、みんな知っていますよー!」
「あっそう、何でもかんでも有名だな。でも、ありがとうー」
発展のない話のなか、伝票は出来上がった。
あまりにも透明でふわふわした感じで、お嬢様を思わせるような、変わった話し方。
でもよく思い出して考えれば、落ち着いた口調と、丁寧すぎる話し方。
それに母親の面倒を見るくらいだから、やっぱりかなりの年上だ。
でも、こんなに胸が躍って引き付けられる。
僕は彼女に清算伝票を渡して、別れた。
決して、年上だからと言って、興味がなくなったわけでもないが、仕事が溜まっている。
仕事のせいにしているのかと自問自答した。
三回目の出会いは、大学病院が運営している、歩いて五分くらいのビジネスホテルのラウンジだったね。
このホテルは遠方から病院に来る人のためと、患者さんに付き添っている家族のため、そして僕のように帰りたくても帰れない職員のために建てられた。
そしてここのラウンジのキッチンは高級店に劣らない美味しさだと評判だった。
僕は久しぶりに家に帰ろうと歩道を歩いていると、君がホテルのエントランスを歩いて入って行くのが見えた。
まさかこんなところで、と思ったが、もしかして別人かと思い、僕は後を付けたんだ。
もう君はロビーにはいなくて、僕はあたりを見回したんだ。
やっぱり人違いかと思いつつ、入ったついでに噂のラウンジのキッチンで昼食を採ろうとして入ると、君は一人で窓際に座って、遠くを眺めていたね。
着ている服は。やっぱりふわふわのワンピースだった。
「やーぁ、ご一緒してもいいですか?」
僕は話しながら、彼女の了承もなく、二人席の小さなテーブルの向かい側に座った。
彼女は、少し間をおいてから……
「……、先日は、ありがとうございました」
「前にも同じことを言ってましたね」
「そうでしたか?」
彼女は口元に手を当ててクスクスっと笑った。
そして続けて……
「誰かと思いましたわ……」
「え、僕ってそんなに印象薄いですかね?」
「いえ、そのおひげ、前はなかったじゃないですか……」
そうだ、一週間ばかり研究室から出ていなかったことを思い出した。
不精ひげで、顔が覆われていたことも彼女の言葉で思い出した。
「すいません、忘れていました。さっき研究室から出てきたばかりなんですよ。今、細胞の培養してまして、毎日毎日観察で、目が離せなくって……」
「大変ですねー」
「私、剃ってあげましょうか? 私、上手に剃れるんですよ!」
「ええ、知ってます。あの病院で看護婦をやられていたんですね」
「どうしてそれを……?」
「この前の会計の時、事務の人が教えてくれたんです。向井さん。名前までは知りませんが……」
「亜希子です。あなたは……?」
「江崎鉱之と言います」
「立派なお名前ですねー」
「そうですか。硬そうな名前でしょう」
ちょうどその時、ランチが届いた。
「ここはナース時代から、よく利用していたんです。本当に美味しいですわねー」
「僕もです。疲れたとき、ここで食事をすると元気が出てくるんです」
彼女はそう言って、一緒に注文したリンゴジュースを胸を張って飲み干した。
その時、ワンピースの上から乳首が突き出ているのが見えた。
彼女、またブラジャーを着けてないんだ。
乳首が気になるとその周りの乳房までも薄らと確認できてしまった。
彼女は自分で透けてることを知らないのかもしれない。
教えるべきか、それを言ったら、一変に嫌われるのではないかと戸惑った。
でも、やっぱり……
僕は、口元に手をあてて、少し身をかがめて、少し身を乗り出して、彼女に近づいた。
「亜希子さん、乳首が透けて見えますよ……」
彼女は、大きく笑って胸を押さえたものだから、ふわふわのワンピースをとおして、はっきりと乳房の形が現れた。
彼女はそのまま、笑ったまま……
「私、ブラ嫌いなんです。締め付けられるのが苦しくて、家では着けてないんですのよ。それでも改まって外に出るときは、ちゃんと着けて出るようにはしているんですけど……。今日は久しぶりのランチに気を取られてしまって、忘れてしまいましたわ……」
彼女は、そう言って、また思い出したようにくすくす笑った。
それから、さっきの僕の格好を真似するように、彼女はうつむき加減に身を乗り出し、手のひらを口元にあてた。
僕も大きく身を乗り出して、彼女のかざす手のひらの前に耳を寄せた。
「でも、パンツははいていますわよ……」
言い終わらないうちに、彼女はのけぞり口元に手をやって笑った。
僕はそれに答える言葉が見つからず、ただ一緒に笑うしかなかった。
最初に会ったときの印象は、物静かなお嬢様といった感じに見えた。
でも今は、こんなに笑う人だとは思わなかった。
どこかのお嬢様学校の女子高生と話している気分だった。
僕が話に詰まっているのを察したのか、彼女は続けて話を進めた。
「さっきのおひげの話ではないですけど、私、陰毛が、ないんですの」
僕は何の話なのか分からず、ただただ微笑んでいた。
「昔、剃毛の練習で、陰毛を剃ってみたの。それが気持ちよくって、気持ちよくって、それから少しでも伸びてくると、また練習と思って剃っちゃうの。そのうち癖になって、あれから今でも、つるつるになるまで剃っちゃうんですの。昨日の夜も、今日のお出かけのために、剃ってきたんですのっ!」
彼女はまた、のけぞるように大きく笑った。
僕は、ようやく話の内容が見えてきた。
彼女はパンツの話から、その中身の話までしているのだと……
陰毛と具体的な名前を言ってしまうのは看護婦としての常なのか……
ますます話についていけない。ただ笑うしかなかった。
「剃ってあげましょうか? そのおひげ……」
「あ、ああ、これくらいなら電気カミソリですぐだから……」
「じゃー、陰毛は、電気カミソリだと剃れないでしょうー?」
「いいや、僕は、剃毛してもらうほど、どこも悪くないから……」
「残念……、私の腕前を見せてあげたかったのに」
「あ、ははは、じゃー今度、是非……」
「それなら、私の剃った跡見たくないですか? お腹から恥丘から股の間まで、つるつるなんですのー! もともと毛が薄くて、肌が細かいでしょう、股の間なんか、こうやって、剃刀のお腹と肌をぴたりと合わせるんですのよ。決して刃を肌に当てないように、力を入れずにゆっくり剃るんですの……」
彼女は下を向いたとき、自分が服を着てたのを思い出したように、一度動作を止めて、それからゆっくりと僕の方を見てにこりとした。
「剃刀の刃を当てなくても毛は剃れるんですか?」
「そうなの。剃刀のお腹で剃る感じで、剃るというより、剃刀のお腹で撫でる感じかしら。だから気持ちいいのね」
「それが、技なんですね」
僕は、股を広げて剃刀を持って悶えている彼女を想像してしまった。
「……、見たくありません?」
彼女はもう一度言った。
おかしい、尋常ではない。普通の女子なら、会った三回目で、陰毛の話などするのだろうか、それとも僕を誘っているのか……
でも、ここで「また今度、……」と言って逃げ出すのは簡単だ。
しかし幸運にも、一緒にランチが食べられるほど近づけたのに、ここで別れたら、今度いつ会えるかわからない。
それに、ここで断れば、意気地のない男と思われて軽蔑されるかもしれない。
そのことの方が僕にとって屈辱だ。
「勿論、見たいですよ。男なら誰でも……」
「それはよかったですわ。さあ、行きましょうー」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「今からですか?」
「見せてあげますわ……」
予想以上の彼女の行動に、僕は中途した。
「私、三時まで、時間が空いていますの。ここで、外を眺めながら、ぼーっとしていようかと思っていたんですのよ。あなたは、これから御用事でも……」
「いえ、ちょうど自宅に帰るところでした」
「じゃあ、一緒にいられますわねー」
彼女は、座っている僕の方に来て手を差し伸べた。
「お部屋に連れて行ってくださらない」
そこまで言うのなら、僕は覚悟を決めて、立ち上がってから、彼女の差し出された手を取った。
あの柔らかな手だった。
私の一番大切なもの。
それは亜希子。お前だよ。
もちろん良一も大切な私たちの息子だ。
でも、一番と訊かれれば、私は迷わず亜希子と答えるよ。
君は、家にいることが好きで、料理をすることが好きで……
「たまには外食でも行こうか」と言うと、君は僕に「何が食べたいの?」と訊く。
僕は「懐石料理なんかどうだい」と答えると……
「それなら私が作ってあげる」と言って、せっせと仕度を始めてしまう。
僕は君に少しでも家事から離れて楽をさせてあげたいと思っていたんだよ。
でも、何処で覚えたのか知らないけれど、君の作る料理は、どの店にも負けないくらい美味しかったよ。
庭じりが好きで、家の掃除が好きで、いつも綺麗に磨いていたね。
そうかと思うと、君は縁側に座って庭をぼーと眺めていたり……
あれはいつだったかな。
君が庭でしゃがんでいるのを見かけて、気分でも悪いのかと心配して裸足で駆け寄ると……
君は嬉しそうな顔をして……
「アリが虫を運んでいるのよ」と言ったね。
君は幾つになるんだと口から出そうになってしまったけれど……
僕は君の笑顔に釣られて、そのまま君とぼーとアリの行列を見てしまっていたよ。
そんな君を私は助けられなかった。
(亜希子、不可解な人)
君と初めて会ったのも、この病院だったね。
僕は廊下を歩きながら書類を見ていて、君とぶつかったんだ。
まるでテレビドラマみたいな出会いだった。
君は大きく跳ね飛ばされて、しばらく立てないでいたね。
僕は大変なことをしてしまったと、焦ったよ。
「今、ストレッチャーを持ってきますから、そのまま、そのまま動かないでいてくださいっ!」
「いえ、大丈夫ですから、転んだだけですから……」
君は、何とも言えない柔らかな微笑みを僕に向けて訴えていたね。
「あれ……、力が入らない……、どうやって立ったらいいのか、忘れてしまいましたわ……」
そう言って、君は笑っていたね。
僕はその時、君のその言葉としぐさで、恋に落ちてしまったのかもしれないよ。
でも違う、あの時かもしれない。
「ちょっと、手を貸してもらっていいですか……?」
君は手を差し出したね。
「あ、すみません! 気が付きませんで……」
僕は慌てて駆け寄り伸ばされた君の手を取ったんだ。
まるで、小さな子供のような柔らかな手とぬくもりだったね。
こんな綺麗な人の手に触れて、僕は内心嬉しかったよ。
でも君はそれ以上のことを僕に要求したね。
「すみません、力が入らないので、抱きかかえてもらっていいですか……?」
僕は迷わず、君の背中に両手を回して抱き上げたんだね。
その時、君のふわふわした服の襟元から君のおっぱいが見えたんだ。
君はブラジャーを着けていなかったんだね。
「ありがとうございます。やっと立てましたわ……。私の方こそ、窓の外を見ながら歩いていたんですのよ。とても眺めがいいですから……」
そう言って、何もなかったように、また歩いて行ったね。
やっぱり、この時だったかな……
二回目に会ったとき、この病院のロビーだったね。
「あ、よく合いますね……」
本当はあれから、また君がいないかと、病院中をぎょろぎょろして歩いていたんだよ。
「先日は、すみませんでした……」
「どうかされたんですか?」
僕は、君が何か病気ではないかと心配したよ。
「先週、この病院で、母が亡くなったんです。今日はその会計で来たんですの」
僕は言葉を失ったよ。
「……、それは残念でしたね……」、やっと出た言葉だった。
「…、それ、会計伝票ですか? 僕がやってきますよ」
「そんな、ご迷惑をお掛けしなくても、私、もう一日中、暇なんですのよ」
僕は君の手から伝票を受け取り事務室に走った。
「これ、先にやってくれないか?」
「先生、向井さんを知っているんですか?」
「え、君、彼女を知っているの?」
「ええ、昔、ここの看護婦だった人ですよ。ちょっと有名な美人さんでしょう。先生も目が早いですねー!」
「そんなつもりはないけど、幾つぐらいの人?」
「先生、それって、セクハラ……」
「年を聴くのは悪いことかー?」
「さあ、どうだったか? でも先生より年上ですよ」
「君、僕の年、知っているのか?」
「先生、有名だから、みんな知っていますよー!」
「あっそう、何でもかんでも有名だな。でも、ありがとうー」
発展のない話のなか、伝票は出来上がった。
あまりにも透明でふわふわした感じで、お嬢様を思わせるような、変わった話し方。
でもよく思い出して考えれば、落ち着いた口調と、丁寧すぎる話し方。
それに母親の面倒を見るくらいだから、やっぱりかなりの年上だ。
でも、こんなに胸が躍って引き付けられる。
僕は彼女に清算伝票を渡して、別れた。
決して、年上だからと言って、興味がなくなったわけでもないが、仕事が溜まっている。
仕事のせいにしているのかと自問自答した。
三回目の出会いは、大学病院が運営している、歩いて五分くらいのビジネスホテルのラウンジだったね。
このホテルは遠方から病院に来る人のためと、患者さんに付き添っている家族のため、そして僕のように帰りたくても帰れない職員のために建てられた。
そしてここのラウンジのキッチンは高級店に劣らない美味しさだと評判だった。
僕は久しぶりに家に帰ろうと歩道を歩いていると、君がホテルのエントランスを歩いて入って行くのが見えた。
まさかこんなところで、と思ったが、もしかして別人かと思い、僕は後を付けたんだ。
もう君はロビーにはいなくて、僕はあたりを見回したんだ。
やっぱり人違いかと思いつつ、入ったついでに噂のラウンジのキッチンで昼食を採ろうとして入ると、君は一人で窓際に座って、遠くを眺めていたね。
着ている服は。やっぱりふわふわのワンピースだった。
「やーぁ、ご一緒してもいいですか?」
僕は話しながら、彼女の了承もなく、二人席の小さなテーブルの向かい側に座った。
彼女は、少し間をおいてから……
「……、先日は、ありがとうございました」
「前にも同じことを言ってましたね」
「そうでしたか?」
彼女は口元に手を当ててクスクスっと笑った。
そして続けて……
「誰かと思いましたわ……」
「え、僕ってそんなに印象薄いですかね?」
「いえ、そのおひげ、前はなかったじゃないですか……」
そうだ、一週間ばかり研究室から出ていなかったことを思い出した。
不精ひげで、顔が覆われていたことも彼女の言葉で思い出した。
「すいません、忘れていました。さっき研究室から出てきたばかりなんですよ。今、細胞の培養してまして、毎日毎日観察で、目が離せなくって……」
「大変ですねー」
「私、剃ってあげましょうか? 私、上手に剃れるんですよ!」
「ええ、知ってます。あの病院で看護婦をやられていたんですね」
「どうしてそれを……?」
「この前の会計の時、事務の人が教えてくれたんです。向井さん。名前までは知りませんが……」
「亜希子です。あなたは……?」
「江崎鉱之と言います」
「立派なお名前ですねー」
「そうですか。硬そうな名前でしょう」
ちょうどその時、ランチが届いた。
「ここはナース時代から、よく利用していたんです。本当に美味しいですわねー」
「僕もです。疲れたとき、ここで食事をすると元気が出てくるんです」
彼女はそう言って、一緒に注文したリンゴジュースを胸を張って飲み干した。
その時、ワンピースの上から乳首が突き出ているのが見えた。
彼女、またブラジャーを着けてないんだ。
乳首が気になるとその周りの乳房までも薄らと確認できてしまった。
彼女は自分で透けてることを知らないのかもしれない。
教えるべきか、それを言ったら、一変に嫌われるのではないかと戸惑った。
でも、やっぱり……
僕は、口元に手をあてて、少し身をかがめて、少し身を乗り出して、彼女に近づいた。
「亜希子さん、乳首が透けて見えますよ……」
彼女は、大きく笑って胸を押さえたものだから、ふわふわのワンピースをとおして、はっきりと乳房の形が現れた。
彼女はそのまま、笑ったまま……
「私、ブラ嫌いなんです。締め付けられるのが苦しくて、家では着けてないんですのよ。それでも改まって外に出るときは、ちゃんと着けて出るようにはしているんですけど……。今日は久しぶりのランチに気を取られてしまって、忘れてしまいましたわ……」
彼女は、そう言って、また思い出したようにくすくす笑った。
それから、さっきの僕の格好を真似するように、彼女はうつむき加減に身を乗り出し、手のひらを口元にあてた。
僕も大きく身を乗り出して、彼女のかざす手のひらの前に耳を寄せた。
「でも、パンツははいていますわよ……」
言い終わらないうちに、彼女はのけぞり口元に手をやって笑った。
僕はそれに答える言葉が見つからず、ただ一緒に笑うしかなかった。
最初に会ったときの印象は、物静かなお嬢様といった感じに見えた。
でも今は、こんなに笑う人だとは思わなかった。
どこかのお嬢様学校の女子高生と話している気分だった。
僕が話に詰まっているのを察したのか、彼女は続けて話を進めた。
「さっきのおひげの話ではないですけど、私、陰毛が、ないんですの」
僕は何の話なのか分からず、ただただ微笑んでいた。
「昔、剃毛の練習で、陰毛を剃ってみたの。それが気持ちよくって、気持ちよくって、それから少しでも伸びてくると、また練習と思って剃っちゃうの。そのうち癖になって、あれから今でも、つるつるになるまで剃っちゃうんですの。昨日の夜も、今日のお出かけのために、剃ってきたんですのっ!」
彼女はまた、のけぞるように大きく笑った。
僕は、ようやく話の内容が見えてきた。
彼女はパンツの話から、その中身の話までしているのだと……
陰毛と具体的な名前を言ってしまうのは看護婦としての常なのか……
ますます話についていけない。ただ笑うしかなかった。
「剃ってあげましょうか? そのおひげ……」
「あ、ああ、これくらいなら電気カミソリですぐだから……」
「じゃー、陰毛は、電気カミソリだと剃れないでしょうー?」
「いいや、僕は、剃毛してもらうほど、どこも悪くないから……」
「残念……、私の腕前を見せてあげたかったのに」
「あ、ははは、じゃー今度、是非……」
「それなら、私の剃った跡見たくないですか? お腹から恥丘から股の間まで、つるつるなんですのー! もともと毛が薄くて、肌が細かいでしょう、股の間なんか、こうやって、剃刀のお腹と肌をぴたりと合わせるんですのよ。決して刃を肌に当てないように、力を入れずにゆっくり剃るんですの……」
彼女は下を向いたとき、自分が服を着てたのを思い出したように、一度動作を止めて、それからゆっくりと僕の方を見てにこりとした。
「剃刀の刃を当てなくても毛は剃れるんですか?」
「そうなの。剃刀のお腹で剃る感じで、剃るというより、剃刀のお腹で撫でる感じかしら。だから気持ちいいのね」
「それが、技なんですね」
僕は、股を広げて剃刀を持って悶えている彼女を想像してしまった。
「……、見たくありません?」
彼女はもう一度言った。
おかしい、尋常ではない。普通の女子なら、会った三回目で、陰毛の話などするのだろうか、それとも僕を誘っているのか……
でも、ここで「また今度、……」と言って逃げ出すのは簡単だ。
しかし幸運にも、一緒にランチが食べられるほど近づけたのに、ここで別れたら、今度いつ会えるかわからない。
それに、ここで断れば、意気地のない男と思われて軽蔑されるかもしれない。
そのことの方が僕にとって屈辱だ。
「勿論、見たいですよ。男なら誰でも……」
「それはよかったですわ。さあ、行きましょうー」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「今からですか?」
「見せてあげますわ……」
予想以上の彼女の行動に、僕は中途した。
「私、三時まで、時間が空いていますの。ここで、外を眺めながら、ぼーっとしていようかと思っていたんですのよ。あなたは、これから御用事でも……」
「いえ、ちょうど自宅に帰るところでした」
「じゃあ、一緒にいられますわねー」
彼女は、座っている僕の方に来て手を差し伸べた。
「お部屋に連れて行ってくださらない」
そこまで言うのなら、僕は覚悟を決めて、立ち上がってから、彼女の差し出された手を取った。
あの柔らかな手だった。
1
あなたにおすすめの小説
WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!
TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。
その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。
競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。
俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。
その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。
意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。
相変わらずの豪華客船の中だった。
しかし、そこは地球では無かった。
魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。
船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。
ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ……
果たして、地球と東の運命はどうなるの?
異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――
黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。
ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。
この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。
未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。
そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる