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8. 寂しがりやとお日様
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(寂しがりやとお日様)
「テレビ付けてないのね?」
「テレビ見る?」
「いえ、そうじゃないけど、静かだから……」
「いつもは付けているけどね。今日はたまたま付けてないだけ。でも、どちらかというと静かなほうが好きだから。でも、湯川さんがうるさいということじゃないよ」
また怒鳴られると思い、すばやく付け加えた。
「私は静かなのはいやだな……、特に学校から帰ったときとか、家に誰もいなくてシーンとしているでしょう。もしかして誰かいるかと思って声をかけるじゃない。でも、返事がないの。私一人。この寂しさは我慢できないわ。多分、どんなにいい男に振られても、しょせん他人だから最初からいなかったと思えば我慢できる。でも、一人の家はいや。江崎君はいつもそんな思いをしているのね……」
妙子は、いつもと違う自分に気づいた。普段は決して口にしない自分の内面のことだった。
「そうだね、その気持ちわかるよ……。昔、学校から帰るとき、暗くて誰もいない家の中を想像したら、怖いのと寂しいのとで、帰りたくなくなっちゃって、街の知らない道を探検して、ぐるぐるぐるぐる歩き回ったことがあったよ。それで知らない公園なんかに出くわして、ブランコに乗ったりして、小さい子供が遊んでいたりして、お母さんが遠くから見ていて、それを見ているだけでもなんか寂しさはまぎれたよ……」
良一も不思議と妙子の前だと、心の奥にしまい込んだ、誰にも話したことのない辛い思い出を話している自分に驚いていた。
「なんか変ね、今まで江崎君の事なんか気にも止めなかったのに、嫌いってことじゃないわよ。私も小さかったし、あれからほとんど君も家に来なかったし、そういうものかなって感じていたけど、今こうして話していると全然かわってないのね……」
妙子も、なぜ良一には、こんなに自然に話せるのか、その理由に気が付いた。
その理由が妙子のもっとも思い出したくない出来事であり、そう思えば思うほど、思い出して懐かしんでいた、もう一人の自分がいたことを……
「……、そんなことないよ。ずいぶん変わったよ。早く大人になりたかったから……」
良一は、少し投げやりな口調で恥ずかしさを隠すように言いながら、遠くを見るようにお寿司を口に運んだ。
妙子には、それが亡くなった母のことだと、すぐにわかった。
そして良一の寂しさも……
「……、私の家に来なさいよー!」
またしても、意に反したことを口走ってしまった。
妙子の心のどこかで、小さい時の妙子が、またあの時の楽しい日々に帰りたいとせがんでいるように思えた。
もう、子供ではないから、一緒にお風呂に入ることも、一緒の布団で寝ることもできないのに……
「でも、僕は大丈夫ー! 今まで一人でやってきたから……」
良一は、にこやかに答えた。
でも、そのにこやかさが妙子には、よけいに寂しいと言っているように見えた。
「意地になっているんでしょう。どうして僕だけ、こんな苦労をしなければならないのかとか、世間のみんなは面白おかしく、据え膳上げ膳で暮らしているのにって。それなら僕は、うんと不幸になって寂しい人間になってやるって……」
「そんなんじゃないよ!」
図星だった。どうして僕だけが……
僕は幸せにはならない。人を頼りにしない。
一生日陰の中で一人寂しく暮らしていくんだ。
良一のいつも思っていることだった。
また、そう心に硬く誓わなければ、耐え切れないほど、本当は寂しかったことは言うまでもない。
「私は思っているの……、どうして、私だけこんな辛い目に合うんだろうって……。みんなと同じように何の苦労もなく平穏に暮らしたいって。昔みたいに幸せに暮らせたら、後は何にもいらない。普通の幸せでいいからお母さんがよくなってくれないかなって……」
見つめるその目は、良一をじっと睨んでいた。
しかし、涙は出ていなかった。
「お母さん、退院したって聞いていたけど、まだ悪いの?」
「私の家に来ればわかるわ。お母さん、悪魔に魔法をかけられてしまって、眠れる森の美女のオーロラ姫になったの。王子様が熱いキスをしないと目を覚まさない……」
良一は返す言葉もなく、また沈黙が続いた。
「でも、私はあなたよりも幸せだけどね。お父さんも、時々は帰ってこない日もあるけど、とりあえずは家にいるし、お姉ちゃんもいるから、私は寂しくなかった。あなたが世の中をやっかんで、すねても不思議ではないと思うわ……」
「そんなこと、思ってないよ……」
良一は妙子に心の中を見透かされているようで、ただただ、たじろぐだけだった。
「じゃあ、楽しいことしなさいよ。幸せな顔しなさいよ。何か知らないけど意地張っているみたいで、一人で暮らしているよりも、私の家に来た方が楽しいに決まっているじゃない!」
「そんなんじゃないよー! ただ迷惑をかけたくなかっただけだよ。他人の僕が、幸せな家族の中に入れば壊れるに決まっているし、辛い思いをするのは僕だけでいいから……」
「私の家は大丈夫ー! 幸せな家ではないから。迷惑かけてよ。私たちまだ子供なんだからいいじゃないっ!」
良一は返す言葉がなかった。
妙子も、何で自分の意に反したことを真剣に語らなければならないのかと、成り行きの怖さを思い知らされていた。
それともやはり、妙子の心の奥の声が、そうさせているのではないかと思っていた。
「変わらないね……」
今度は良一がぽつりと言った。
「何が、……?」
妙子は怪訝な顔で良一を覗き込んだ。
「言いたいことはわかっているわよ。よくしゃべるやつだと思っているんでしょう!」
そのお喋りを止めようと、甘えびのお寿司を口に入れた。
「違うよ。そうじゃないよ。昔と変わらないなっと思って……」
そうだね、昔と変わらない……
僕は君の背中ばかりを追っかけていたよ。
鬼ごっこの鬼は、僕なのかな? 君なのかな?
捕まえたら勝ちなのかな?
そんなに早く行かないでよー!
僕はそんなに早く走れないから……
幸せの足音が聴こえてくる。
昨日まいた種が、今日は春の日差しを受けて芽吹くように……
君はお日様のように眩しいよー!
「テレビ付けてないのね?」
「テレビ見る?」
「いえ、そうじゃないけど、静かだから……」
「いつもは付けているけどね。今日はたまたま付けてないだけ。でも、どちらかというと静かなほうが好きだから。でも、湯川さんがうるさいということじゃないよ」
また怒鳴られると思い、すばやく付け加えた。
「私は静かなのはいやだな……、特に学校から帰ったときとか、家に誰もいなくてシーンとしているでしょう。もしかして誰かいるかと思って声をかけるじゃない。でも、返事がないの。私一人。この寂しさは我慢できないわ。多分、どんなにいい男に振られても、しょせん他人だから最初からいなかったと思えば我慢できる。でも、一人の家はいや。江崎君はいつもそんな思いをしているのね……」
妙子は、いつもと違う自分に気づいた。普段は決して口にしない自分の内面のことだった。
「そうだね、その気持ちわかるよ……。昔、学校から帰るとき、暗くて誰もいない家の中を想像したら、怖いのと寂しいのとで、帰りたくなくなっちゃって、街の知らない道を探検して、ぐるぐるぐるぐる歩き回ったことがあったよ。それで知らない公園なんかに出くわして、ブランコに乗ったりして、小さい子供が遊んでいたりして、お母さんが遠くから見ていて、それを見ているだけでもなんか寂しさはまぎれたよ……」
良一も不思議と妙子の前だと、心の奥にしまい込んだ、誰にも話したことのない辛い思い出を話している自分に驚いていた。
「なんか変ね、今まで江崎君の事なんか気にも止めなかったのに、嫌いってことじゃないわよ。私も小さかったし、あれからほとんど君も家に来なかったし、そういうものかなって感じていたけど、今こうして話していると全然かわってないのね……」
妙子も、なぜ良一には、こんなに自然に話せるのか、その理由に気が付いた。
その理由が妙子のもっとも思い出したくない出来事であり、そう思えば思うほど、思い出して懐かしんでいた、もう一人の自分がいたことを……
「……、そんなことないよ。ずいぶん変わったよ。早く大人になりたかったから……」
良一は、少し投げやりな口調で恥ずかしさを隠すように言いながら、遠くを見るようにお寿司を口に運んだ。
妙子には、それが亡くなった母のことだと、すぐにわかった。
そして良一の寂しさも……
「……、私の家に来なさいよー!」
またしても、意に反したことを口走ってしまった。
妙子の心のどこかで、小さい時の妙子が、またあの時の楽しい日々に帰りたいとせがんでいるように思えた。
もう、子供ではないから、一緒にお風呂に入ることも、一緒の布団で寝ることもできないのに……
「でも、僕は大丈夫ー! 今まで一人でやってきたから……」
良一は、にこやかに答えた。
でも、そのにこやかさが妙子には、よけいに寂しいと言っているように見えた。
「意地になっているんでしょう。どうして僕だけ、こんな苦労をしなければならないのかとか、世間のみんなは面白おかしく、据え膳上げ膳で暮らしているのにって。それなら僕は、うんと不幸になって寂しい人間になってやるって……」
「そんなんじゃないよ!」
図星だった。どうして僕だけが……
僕は幸せにはならない。人を頼りにしない。
一生日陰の中で一人寂しく暮らしていくんだ。
良一のいつも思っていることだった。
また、そう心に硬く誓わなければ、耐え切れないほど、本当は寂しかったことは言うまでもない。
「私は思っているの……、どうして、私だけこんな辛い目に合うんだろうって……。みんなと同じように何の苦労もなく平穏に暮らしたいって。昔みたいに幸せに暮らせたら、後は何にもいらない。普通の幸せでいいからお母さんがよくなってくれないかなって……」
見つめるその目は、良一をじっと睨んでいた。
しかし、涙は出ていなかった。
「お母さん、退院したって聞いていたけど、まだ悪いの?」
「私の家に来ればわかるわ。お母さん、悪魔に魔法をかけられてしまって、眠れる森の美女のオーロラ姫になったの。王子様が熱いキスをしないと目を覚まさない……」
良一は返す言葉もなく、また沈黙が続いた。
「でも、私はあなたよりも幸せだけどね。お父さんも、時々は帰ってこない日もあるけど、とりあえずは家にいるし、お姉ちゃんもいるから、私は寂しくなかった。あなたが世の中をやっかんで、すねても不思議ではないと思うわ……」
「そんなこと、思ってないよ……」
良一は妙子に心の中を見透かされているようで、ただただ、たじろぐだけだった。
「じゃあ、楽しいことしなさいよ。幸せな顔しなさいよ。何か知らないけど意地張っているみたいで、一人で暮らしているよりも、私の家に来た方が楽しいに決まっているじゃない!」
「そんなんじゃないよー! ただ迷惑をかけたくなかっただけだよ。他人の僕が、幸せな家族の中に入れば壊れるに決まっているし、辛い思いをするのは僕だけでいいから……」
「私の家は大丈夫ー! 幸せな家ではないから。迷惑かけてよ。私たちまだ子供なんだからいいじゃないっ!」
良一は返す言葉がなかった。
妙子も、何で自分の意に反したことを真剣に語らなければならないのかと、成り行きの怖さを思い知らされていた。
それともやはり、妙子の心の奥の声が、そうさせているのではないかと思っていた。
「変わらないね……」
今度は良一がぽつりと言った。
「何が、……?」
妙子は怪訝な顔で良一を覗き込んだ。
「言いたいことはわかっているわよ。よくしゃべるやつだと思っているんでしょう!」
そのお喋りを止めようと、甘えびのお寿司を口に入れた。
「違うよ。そうじゃないよ。昔と変わらないなっと思って……」
そうだね、昔と変わらない……
僕は君の背中ばかりを追っかけていたよ。
鬼ごっこの鬼は、僕なのかな? 君なのかな?
捕まえたら勝ちなのかな?
そんなに早く行かないでよー!
僕はそんなに早く走れないから……
幸せの足音が聴こえてくる。
昨日まいた種が、今日は春の日差しを受けて芽吹くように……
君はお日様のように眩しいよー!
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